第四集「トクベツナカンケイ」
その後、掌客?様は医者を連れて戻ってきた。
彼が通訳になってくれて診察はスムーズに行われた。
とはいえ三日も寝ていた間に外傷については治療がされていたし、驚いたことに屋台に飛び込んだ時、壱岐くんは受け身を取っていたらしい。三日たっても異変がないのであれば、とりあえずは安心だろうということだった。
少しでも異常を感じたら申告せよとのことだったけれど、もう普通に生活してよいと。
普通の生活?
留学生だから学校に行くのかなやっぱり。でもついていける気が全然しないんだが。
それにしても――壱岐くん、運動神経いいんだな。そこは俺と違うところだ。
医者を送ってくると出ていった掌客様は、衣をたすき掛けして剥き出しになった両腕に、湯気の上がった桶を抱えて戻ってきた。
「入浴は、明日にしよう。今日は身体を拭くといい」
言いながら浸された布を絞ってくれたはいいが、俺の襟に手をかけてきたから、「いや、自分で!」と布をひったくったら、不思議そうな顔をされたが気づかないふりをした。
何だろう……距離近くない? 二人とも。
この時代は、それが普通なんだろうか――思いつつ、俺が襟やら袖から手を入れて、こそこそ身体を拭いていたら、彼はふいっと出ていった。
今のうちだ! 俺は急いで帯を解き、微妙なところを大慌てで拭き上げた。
それから、彼は注ぎ足しのお湯やら、着替えやら、食事やらを運んできた。わざわざ自分で。だけでなく、着替えを手伝おうとしたり、粥と薬湯が置かれた文机まで抱えていこうとしたりやたら手を出そうとするものだから、その都度、「大丈夫です!」、「自分でできます!」、と慌てふためく羽目になった。
用意された粥は水分多めの優しい甘さで、身体に染みわたる。
薬湯はどす黒い液体で、「う……」と思わず声が漏れてしまう不気味さだったが、その傍らに、半透明の角砂糖みたいなのが三個乗せられた小皿があった。
何だこれ? これも薬なのか? 手に取ってまじまじと見ていると、
「薬は苦いから、甘いものが要るだろう」
声に振り返ると、掌客様と目が合う。彼は薄く微笑んでいた。
表情がほとんど動かない、いかにも切れ者な彼がこんな表情を見せることにも驚いたけれど、何か、日本語滑らかになってない?
困惑しながら、薬湯を飲み、甘味で口直しを終えたタイミングで、「終わった。牀台に戻れ」と声をかけられた。
文机に背を向け、一段高い床から足を下ろしたところで、大股で寄ってきた彼に手を差し出される。立ち上がろうとその手をとったところで――ぐっと引き上げられ、目の前に端正な顔があった。バッチリ目が合って、ふっと笑われた。それがあまりにも優雅で、年甲斐もなく赤面してしまった。
医師の手配はともかく、食事の用意やら、寝具一式の取り替えやら、怪我人の身の回りの世話なんて、役人自らがやることか? しかもこんなに手厚く。
てか二人きりになったとたん日本語ペラペラだよね? さっきの片言なに? もしかしてこの二人、なんか特別な関係なの?
トクベツナカンケイ――自分で思いついた台詞に真っ青になっていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
扉が開いた。
大伴くんだった。