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序
――あの店だ。
俺は立ち止まり、袖の下でぐっと拳を握りしめた。
天上では空の青が深まり、夕暮れの気配は西の空に消え入ろうとしている。
間もなく戌の刻。
城内の閉門を告げる暮鼓八百声が、鳴り始める頃合いだ。
あの日、地下鉄を下りた時、時計は七時を回っていた。
この時期の日没は七時半前後。時間的には、合っている。
あとは――彼が、同じ考えに行きついてくれているかどうか――。
「よし!」気合を入れて一歩踏み出そうとしたら、帰路を急ぐ人々の喧騒の中から馬車が突如現れ、目の前を通り過ぎていった。俺は再び足を止める。
危なかった、さっき立ち止まらなかったら轢かれてた――いや、轢かれておいた方がよかったのか?
ちらりとそんなことを思ったけれど、俺はすぐさま首を振る。
ダメだ死ぬ、あの勢いの重量級馬車に跳ね飛ばされたら、今度こそ死ぬ。
目の前で巻き上がっている砂塵を袖でばっさばっさと払っていると、通りの向こう、四つ角に立つ件の店の主が、ふと顔を上げた。
あれ、あの店主――そう思ったとき、彼と目が合った――。