紫の泥棒猫
黒と紫色の猫耳パーカーの耳をピンと立てて少女は軽快な足取りで洞窟の奥へ進む。
奥には目的のモノがある。
ピョコンと短パンのお尻付近から出している尻尾はクネクネと踊る。
それにしてもこの洞窟はどこまで続いているのか?。
彼の者の気配を探りつつ複雑に分岐する洞窟の通路を進む。
通る岩壁の通路は綺麗に舗装され歩くのには不便はない。
そのモノ足らなさと普段体を使って飛び跳ね移動する事に慣れている事からマルティナはこの通路に不満だ。
もっと開けたところなら上下左右に飛び跳ねながら開放感溢れる移動が可能になるのだろうが。
「あー、何か嫌だ」
別に狭い所は嫌いではない。
しかし目的を持って来ている時は別だ。
逃げ場が無いのは精神的に落ち着かない。
かといって泥棒をする時は大体施設や家屋等であり言うほど広くはない。
だがこの洞窟のこれは想定外なので愚痴はでる。
洞窟とはこのように快適に整備されているのを言わない。
もっと暗くてジメジメしていて不快な筈だ。
それを覚悟して来ている身からすると拍子抜けも甚だしい。
ブツクサと独り言を言っていると狭い通路は終わりを迎えた。
開けた目の前には広大な空間が広がっていた。
天井は遥か上に、横の空間はどこまでも広がっている。
これはまさしく洞窟と呼ぶに相応しい。
これを洞窟と言わなければ何が洞窟なのかと言いたくなる程だ。
「さてっと…」
広大な場所に出たのは良いが問題はこれから。
この広い洞窟の中から目的の一人を探さなくてはならない。
マルティナは目を閉じパーカーを脱ぎ指を地に付け触覚を研ぐ。
空気の流れや洞窟の中の流れを皮膚で感じ取る。
この今いる場所から彼女を見つける為に。
「こっち」
感覚で捉え一瞬先には大きく跳躍し跳び跳ねながら先に進む。
やはり広い場所の方が移動速度は格段に上がる。
何よりスピードによる爽快感が出る。
「上」
大ジャンプして大した着地音も立てずに足の裏は地を踏む。
ここは天井がかなり低くなっている場所…というか先は崖になっていてその遥か眼下には地底の水、地底湖が広がっている。
一体どのぐらいまで下に降りてきたのか。
しかしマルティナは水に構ってはいられない。
目的は眼下ではなく頭上にいるのだから。
「見つけた」
頭の上、天井にぶら下がって…いや、天井に足を付けて逆さまで眠っている人物。
噂の蝙蝠だ。
吸血鬼のような衣服を着ていて空を飛べる事から世間では吸血侯爵と呼ばれている。
マルティナの今回の獲物だ。
しかし不思議なことに本来ならマントも髪の毛もダラリと下に垂れる筈なのにまるで重力が無いかのようにそうはなっておらず完全に逆さまで留まっている状態だ。
「みゃーお」
一声鳴いてみる。
しかし起きる気配はない。
声は洞窟内に響いた筈だが。
「もしかして死んでる?」
呆れた顔で言ってみる。
しかしピクリとも動かない。
跳んで摑んで引き摺り落としてやろうかとも思ったが死体ならばそれはそれで厄介だ。
「生きてる、死んでる?」
もう一度呼びかけてみる。
「生きていますよ」
天井に立っていたレジュナは薄っすらと目を開けた。
開いた目は薄暗い洞窟内で紫に輝く。
「おー、目が光るって話は本当だったんだ」
「貴女は?」
「泥棒よ、財宝を頂きにきたわ」
「私は大した財宝は持っていませんよ?」
「アカシックってお宝があると聞いてやってきたわ」
「誰から聞いたのですか?」
「言うわけないでしょ?」
「アカシックは実体を持った財宝ではないですよ?」
「何かは知らないけど?、てか実体が無いならなに?」
「記憶の空間、過去現在未来のあらゆる事が収まられているモノ」
「へー、なら未来が見えるって事?」
「一応は、けれど誰でもが見れる訳ではありません」
「アナタは見れるって?」
「僅かです、アカシックに触れてもその多くは視えません」
「見えないって?」
「そもそも人間が立ち入れる領域ではありませんから」
「アナタは人間じゃないものね?」
「領域的には人間に分類されるとは思いますが、外れていると言えば外れていますね」
「どうやって空を飛べるようになったの?」
「アカシックに触れた事が原因ですね」
「触れれば空が飛べるようになるの?」
「出方はそれぞれとしか」
「それぞれって事はアナタには他にも仲間がいるのね?」
「まぁ…何人かは」
「そのアカシックっていうのに触れる方法を聞きたいわ」
「教えるのは構いませんが触れる事が出来るかどうかは分かりません」
「難しいって事?」
「才能というのなら才能、適性があると言えば適性がある…他にも言い方はありますが簡単に言えばそうなりますね」
「才能ね、なら私に才能があるかどうか試したい」
「なぜアカシックに触れたいのですか?」
「私はあらゆるモノが欲しいの、それこそ普通の人が手にした事もないモノを、だって普通に生きても面白くないでしょ?」
「ここに来た事で資格は手に入れています」
「ん?、ここに来た事でって何?」
「普通の人間はここに辿り着く事はできないようになっていますからね」
「へー、何か仕掛けでもあるんだ?」
「鍵を取得する資格は得ました、鍵を手に入れる事と門を開ける事ができるかどうかは貴女次第です」
「任せといて」
マルティナは笑んで嬉しそうに尻尾をくねらせた。