赤い死神
人が人を殺しては駄目な理由。
大きく見れば殺す理由が無いからと感情のままに殺していたら社会や組織が成り立たない事だ。
そもそも殺す場合、反撃されて逆に殺されるリスクが伴うのも大きい。
それ故に人は人を殺す事をタブーとしている。
例外は国家間の戦争と法による死刑である。
国を上げての戦争による殺し合いは殺人にはならないという理屈で一定のルールによる殺し合いが可能だ。
そして法による殺人も刑という形で可能だ。
戦争による殺人は国家間の思惑が絡み合い複雑な様相を呈するが要は国の都合である。
死刑は大抵凶悪犯を裁く必要から生じた殺人であり法の元による必要悪でもある。
そこに正義か悪かを問うても意味をなさない。
そもそも生物は必ず死ぬ。
早いか遅いかの違いだ。
戦争で死ぬのも死刑で死ぬのも平凡な人生を送って死ぬのも波瀾万丈の人生で死ぬのも全て一緒だ。
死は全てに平等でありそれ以上でもそれ以下でもない。
あるのはただどのように死んだかの死に方だけである。
「例えば葬儀があったとしよう」
赤いローブを身に纏った黒い長髪の女は地面に座って話し始める。
ここは森の中。
夜の暗い中で焚き火の色が辺りにウツウツと広がっている。
金狼メルヴィが携帯用の椅子に座りながら火を見つめ赤い死神の話に耳を傾けていた。
「1人は大勢の人間が参列していた、1人は数人しか参列していない、どちらが本人に取って幸せか?」
メルヴィは火を見つめ続けながら答える。
「一般的には多くの人間が参列している方が生前の人間の人柄なり生き方なり功績なりが分かるという考えから多い方が幸福と言われるけれども、それは残された生者達の自己満足であり死者には幸福は無いわね」
「その通りだ」
特に意味はないお喋り。
「この間ポレットが来たわよ」
「相変わらず人形を作っているのか?」
「そう、」
「元気ならそれでいい」
そう言って火を見つめる2人。
死神の赤いローブが火の光に照らされて微妙に色を変える。
死神の着るローブは特殊な素材を使って作られており見る角度によって色が変わる。
色が変わるといっても全て赤系統だが闇夜に動く死神としては派手でしかない。
死神の名前はナターシャ。
各地で悪を裁く真紅の死神として恐れられている。
法の元で裁けぬ悪を夜な夜な斬り殺しているがその動機は単なる趣味でしかない。
悪に対して憎悪とか復讐云々といった理由は一切ない。
ただ邪悪を嗅ぎ取る嗅覚は鋭い。
同じ嗅覚でもメルヴィの嗅覚とナターシャのそれは対象物が違う。
メルヴィはシャドーの臭いを嗅ぎ取れるのに対してナターシャは悪を嗅ぎ取る力を持つ。
どんなに善人を装ってみても内部にある腐敗した悪の臭いが分かる能力。
パチパチ…パチパチパチ...パチチ…
切り木が燃える小気味良い音を聞きながら2人は黙って火を見つめ続ける。
都市部ではこういった焚き火はまずお目にかかれない。
他に誰もいない、人間社会から遠く離れた広大な森の中で2人はただひたすらに燃える火を見る。
火の燃える光、熱、音、そして臭い。
それらは実に心地よい。
本能的なものだろうか?。
メルヴィの元には焚き火を見に人が集まる。
そんな中、吸血侯爵レジュナが好むのは水の音だ。
水の音や川のせせらぎの音もまた癒しの効果があるとされている。
レジュナは度々居住している洞窟の下に広がる地底湖で浮遊しながら眠る。
水の音を聞きながらどのような夢を見るのか?。
レジュナは明らかにしないが心地よい夢が見れるそうな。
「業火の炎で身を焼かれながら死ぬのもまた一興」
メルヴィの呟きにナターシャは笑む。
「ポレットか」
「この間、焚き火を見ながらそう言っていたわ」
「死ぬことに躊躇いがない割に死なないな、アイツは」
「どうやって死のうか…それを考えるのが楽しいんでしょう」
「いつ死んでも構わないと思っている者が長生きしているという皮肉か」
「いつかは死ぬわよ、早いか遅いかの違いなだけ」
「不死ではないからな、我々も」
「長生きをする事に意味があるのか?…の答えにはなったんじゃない?」
「不老ならば長生きする価値はある…か」
「少なくともどんなに時代が変わっても焚き火の火を見続けられる事は最上の事よ」
「かつて見た火は消えても新たな火は赤々と燃え盛る」
「それは贅沢な生き方じゃない?」
「かも知れないな」
木々に赤く灯る火の色。
これの価値は計り知れなく大きい。
人間の休息の時。
なぜ多くの人はそれを忘れ去ったのか?。
人工物に閉ざされ生きていくしか無くなった生物はその内なる世界しか知らず外の世界の一切を知らない。
だが人間社会には人間社会の良さがある…と白い魔女は考えたりもしている。
人間である以上、全くの自然に回帰する方法はなくやはりどこかで人間社会と繋がっていなければならない。
それが人間として生まれた者の宿命である。