白い魔女
生きている事と死んでいる事の境はそれほどない。
境界線があるのは能力のある持ち主の場合だけだ。
大半は生きていても死んでいても世界に何の影響力も持たない人々でしかない。
夜の摩天楼を見下ろす白い魔女。
夜景は美しいかと言われれば単なる光の集合体にしか過ぎずその中には薄汚い者人々が蠢いているだけの汚らしい光の渦だ。
闇に光る吸血侯爵の瞳のあの変化する色の美しさには比べることすら愚かな程の濁った光。
人間が作り出した超高層建築物が並んでいるだけの場所で眼下に広がるそれを箒に乗って魔女はただぼんやりと見つめる。
とんがり帽子も服も帯もブーツも白一色だ。
ただ肌は白くても髪は金で瞳の色は青であり白ではない。
世間一般からは白い魔女と呼ばれている。
名前は残念ながらホワイトではなくゴールド。
「見つけた」
ゴールドはぼんやりとした意識から少し気を入れて現実に戻った。
そして箒を操作して眼下に聳え建つ高層ビル群に向けて急降下する。
何百メートル、もしくは何千メートル急降下しても帽子は飛んでいかないし衣服もバタバタと音を鳴らさない。
ただ少し揺れるだけだ。
それは魔女の力の一つ。
箒を股に挟んでではなく横向きに腰掛けて乗っても体勢は崩れないし落ちない。
急降下から減速し路面数十メールまで斜め下に下降して今度は横に疾る。
車の、人々の頭上を箒に乗って滑り流れながら疾る。
当然人々の一部はそれに気づき、驚く者やスマホを取り出して撮ろうとする者色々だ。
しかし箒のスピードの方が速い。
撮ることは出来ない。
現代人の病気ともいえる撮るという病。
たかが知れている記録を残そうとする現代人のこの無意味な行為にゴールドは嫌気が差している。
だが同時に記録するという行為は別に嫌いではない。
宇宙の記録や記憶は重要だ。
だからといって個々の取るに足りない記録は無意味とまでは言わないが意味をなさない。
特に自分のこの記録は意味がない。
「いた」
捜していた人物を見つけ箒を停止させる。
「な?」
男はゴールドにびっくりした表情をした。
別に面識がある訳ではない。
ただ突然目の前に現れた真っ白い魔女姿の女に驚いただけだろう。
何より宙に浮く魔女姿の女が街中に突然現れれば誰でも驚く。
ゴールドは箒を降ろして路面に降り立つ。
「貴方、魔具を持ってるわよね?」
「魔具?、魔具って何の事だ?」
「呪いの物、呪われたアイテム、呪いのアンティーク、呼び方はそれぞれね、能力をもった物、誰かを犠牲にして何かを得るもの、今持っているわよね?」
「しらねぇな」
「あらそう」
ゴールドは手の平を男に向ける。
男の内ポケットから古びた年代物らしきコンパクトが飛び出てゴールドの手に収まる。
「男が持つにしては面白いアイテムね」
「な…そんなバカな」
勝手に飛び出て宙に浮き魔女の手に渡ったアイテムを見て男は信じられないという顔をした。
「なるほど、未来透視能力ね、これを使ってギャンブルで大儲けしたと」
「か…返せ」
「何人犠牲にしたの?、一回使用につき一人殺しているわよね?」
「くそ‼︎」
逃げ出す男。
しらばっくれる余裕もメンタルも持ち合わせていないのだろう。
小者が欲を出して呪われたアイテムを使えばこうなる。
「……」
ゴールドは特に追いかける事もなく逃げる男を見ていた。
目的はアイテムの回収であって使用者をどうこうする事ではない。
だから逃す、男に興味はない。
「……」
そのまま逃げるかと思われた男だが突然その場に倒れた。
「ああ…来たのね」
倒れた男の側には一体の人形が立っている。
可愛らしいドレスに身を包んだ可愛らしい顔の人形。
目を閉じているが目を開ければさらに美しいだろうことは分かる。
「お久しぶりです、ゴールド」
ドールの口が動く、その動きは滑らかだ。
「ポレット、貴女も来ていたのね」
「ええ、ネットでそのコンパクトをアップしていた人間がいたので追跡しました」
「私もよ、最初に家に行ったけどいなかったので外に出て捜して見つけたわ」
「どうします?、この人?」
「アイテムは回収したわ、もう悪さはしないでしょう」
「では解放します」
ドールは男を解放した。
とはいっても気絶しているが。
「更に人形が可愛くなっているわね」
「人形師としてお褒めいたただきありがとうございます」
ロココ調のドレスを着た人形は畏まる。
これを操作している当のポレットはゴシック調またはゴスロリ調の服を好んで着ているが人形にはロココ調を着せている。
「それは未来が見えるコンパクトですか?」
「そう、とはいえほんの数十分か数時間かそこぐらいの見たい未来しか見えないけれどね」
「なるほど、探している呪いのアンティークではなくて残念ですね」
「そうね、アレを見つけるのは至難の技だわ」
会話をする二人の周りに人が集まってくる。
ゴールドは手をかざす。
すると人々が撮ろうとしていたスマホが一斉に破壊された。
「なぜすぐにカメラや動画に撮って全世界に発信したがるのかしらね?」
「さぁ?…それにしても外野が増えて来ましたね、面倒なので私はこれで帰ります」
「また会いましょう、今度食事でも?」
「良いですね、ぜひ連絡下さい」
ドールはニコリとする。
ゴールドは箒に座り浮上した。
ドールは手にした白とピンク色の花柄傘を広げ浮上する。
「それじゃまた」
「はい、それでは」
そしてゴールドは箒を操って飛び去る。
ドールもまた傘を操り逆方向に飛行していった。