吸血侯爵
人間が小さな世界に閉じこもって数千年経つ。
脳を進化させ科学技術を発展させた人間は人類至上主義を掲げて地球上を席巻。
他の動物を絶滅させて拡大していった。
「現れたのはいつです?」
「15分前だ」
「例のヤツですか?」
「そうだ、例の空飛ぶヤツだ」
「吸血侯爵でしたっけ?」
「巷じゃそう呼ばれているな」
「何者なんです?」
「俺が知るか」
午前20時頃。
都市部の真ん中で警官達が話している側を通り過ぎる少女。
少女の姿をしているソレは普通の服を着て歩道を歩く。
パトカーの赤い回転灯が目に眩しい。
「……」
特に何を言う事もない。
ただ人々の雑音と動きが流れていく。
現実は現実として幻想でありひどく朧げな音声を伴ったぼんやりした映像、それだけがあるだけ。
道交う人々も道路を走る車も白く眩しく輝く電灯も何か得体がしれなくて不愉快だ。
「……」
どうやって家に帰ろうかと思う。
車?、電車?、飛行機?
自分で飛べる力があるが移動はゆっくりの方がいい時もある。
赴くままに。
電車で揺られ都市部を離れて岩山の地帯へ。
そこから先は人間が立ち入る事が困難な世界だ。
少女は周りに人がいない事を確認し宙に浮きそしてそのまま空を飛んだ。
遠くにある巨大な岩山を掘って作った洞窟の入り口がある。
そこが少女の家だ。
岩山の家は地下に続いており地下深くにある洞窟と直結している。
洞窟はどこまでも続いている。
どこまで続いているのかは調べていないので分からない。
調べようと何度か試みたが疲れて帰ってきてしまう。
それで地下の洞窟探索は諦めた。
その人の世から隔絶されたかのような家に少女は帰ってきた。
少女と呼ぶが姿こそそれでもその年齢は百歳を過ぎている。
実際に自分の年齢がどのくらいなのかは遠い昔の事ゆえに普段は意識しない。
或いは数百歳であるかも知れない。
少女は吸血鬼のような黒いマントとタキシード風の服装をしている。
その空を飛ぶ姿から目撃者からは吸血侯爵と呼ばれている。
「......」
ただ空を飛ぶというのは非常に疲れる。
これは人間には到底理解出来ない疲れだ。
少女が人間であるのは違いないが人間社会という枠の中では生きていない。
少女のとっては人間社会もまた流れゆく崩壊するものの一つにしか過ぎず、その中で生きることはない。
「レジュナ、空中遊泳は楽しかった?」
頭の中で受けた言葉。
少女は遠くからの言葉を受け止める事が出来る。
レジュナという名前、それが少女の名前になる。
だが名は個を識別する為の記号にしか過ぎずそれ自体に意味はない。
「いつもと変わっていませんよ」
透き通った可愛らしい声でレジュナは答える。
その声を発して数秒後目の前から1メートルちょっとの距離に女の立体映像が映し出された。
機器を利用してのものではない。
彼女達の能力の一つだ。
綺麗に映し出されたのは魔女みたいな衣服に身を包んだ若い女。
若いと言っても容姿であって本当の年齢は違う。
あえて年齢を言えば18歳前後というところだろう。
後ろで腰の辺りまで伸ばした長い金髪もまた美しい。
トンガリ帽子と魔女の衣、そしてブーツ。
着ているその全てが真っ白く汚れ一つない。
白色は一点の汚れでも目立つ。
そして汚れは取り難い。
同じ服を何百着も所有し僅かな汚れもこの魔女は許さない。
マントに多少の汚れがあっても気にしないレジュナとは対照的だ。
「何か用があるのですか?」
「これと言ってないわ、単なる生存確認よ」
「孤独死で発見が遅れると腐敗して醜くなってしまいますものね」
「そう」
「誰かが亡くなったのですか?」
「死に接すると生物が死ぬことを思い出すわ」
「お気の毒に」
「それはそうとまたいつか食事でも?」
「そうね」
「その時には連絡するわ」
「分かりました」
それだけ伝えて魔女の映像は消えた。
「……」
生命に寿命があるように自分にもいつかは自然に息を引き取る時が来る、その時にどこで死んで誰に発見されるか。
それを考えたところで死はいつ来るか分からないし死後を考えたところで自分の意識は現世にないのだから無意味だ。
洞窟の中でひっそりと息を引き取れば生物や微生物が肉体を解体してくれるだろう。
自分の魂はどこにいくのか?。
宇宙のどこか?、それとも魂もまた肉体の崩壊と共に消滅するのか。
宇宙の記憶と記録。
その場所に死後自分の生きた人生が記録されるのかも知れない。
自分は滅びたとしても。