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ショートショート10月〜4回目

ラハウスについて

作者: たかさば

 ラハウス、それはとある国で精力的に展開されている、集合住宅の名称である。


 小さなワンルームがいくつも連なる、マンション形式の家屋。

 エアコン完備、自動清掃機能つき、生活を豊かにする機能が多数備えられた、小規模近代建築物。


 住んでいるのは、単身者である。

 家族で一つの部屋に入居することはできないが、各々が単身で入居することはできる。

 高齢者が多いが、若者も入居している。

 男性も女性も利用している。


 ラハウスは国が運営しているので、月々の賃料は不要であり、食費も含めて一切費用がかからない。


 朝、昼、晩と食料が、希望があれば間食が配布される。

 自由に飲めるウォーターサーバーが完備されている。

 味を整えるためのポーションシステムが設置してある。


 インターネット環境が整っており、自由にサイトを巡る事ができる。

 ゲームができる。

 テレビ放送を見る事ができる。

 映像作品を視聴できる。

 カラオケで歌う事ができる。

 ルームランナーで身体を動かす事ができる。

 デジタル描画ができる。

 過去のイベント記録を楽しむ事ができる。


 隣り合う部屋は完全に隔離されているため、住人同士が顔を合わせることはなく、プライバシーは守られる。窓はないが、毎日空模様を生配信している動画サイトの映像がデジタルサイネージに映し出されている。


 ラハウスは、自活できる人なら誰でも利用できる。無職、高齢者、世捨て人、夢追い人、クレーマー、対人恐怖症、犯罪者…職業や年齢、性別で入居を断わる事はない。


 生きていくのに、コミュニケーションを必要としない人が利用した。

 生きていくのに、目まぐるしさを求めない人が利用した。

 生きていくのに、何も心配したくない人が利用した。


 毎日食料を与えてもらい、自分のしたい事をして、気ままに暮らす事ができた。

 与えられたものを、与えられた空間で消費しながら、時間をつぶす事ができた。


 自分のためにも、誰かのためにも、いっさい働かなくていい場所…何もしなくても生きていける場所、それがラハウスである。


 この、一見なんの意味もない、無駄遣いとしか思えない集合住宅。

 ラハウスは、多大なる恩恵をもたらしていた。


 少子高齢化が問題となっていたこの国では、働きたくないのに働かなければいけない、やる気もないのにやらなければいけない…無気力な人が増えていた。


 だがしかし、ラハウスが本格的に稼働したことで、社会は活気づいた。


 不安定な生活に我を失い、不愉快な感情を蒔き散らす人が排除され。

 意欲のない、仕事に責任を持てない、雑な労働しかできない人が激減し。

 働かなければいけないプレッシャーでイライラする人が減り、やる気のある人がのびのびと活動することができ。


 多数の社会活動不適合者が、ラハウスという飼育小屋の中にまとめられる事で…国の在り方が変化したのだ。

 生き生きとした国民を阻害する者に対し、生活を保証することで、隔離に成功したと言えよう。


 ラハウスから出る際は、たとえ一時的だとしても、入念な手続きが必要不可欠であった。


 ラハウスはあらゆる設備がスケジュール化されている施設なので、入居者の気まぐれな行動は制限されている。食事手配、電力供給、清掃管理、外出に際して停止しなければならないシステムが多数あったのだ。


 また、衣服の手配に思いのほか時間がかかった。普段裸で過ごしている人に外出ができるレベルの衣服を準備することは、サイズの微調整などの問題もあってスムーズにいかない事が珍しくなかったのである。


 ラハウスで暮らす際、【一切の衣類を身につけてはならない】というルールがあった。


 裸で過ごす事で、あらゆる手間を排除し、誰とも対面せずにいたいと思わせ、外出しようという意欲を削ぐ目的のもと、厳しく課せられた入居条件である。


 ラハウスというネーミングは、もともと『裸ハウス』という意味でつけられたものだ。


 あらゆる手間を省くために、衣服を排除してはどうかという意見が出たのは、今から50年ほど前のことだった。


 当時、要介護対象人口が爆増していたこともあり、国の将来を担う若者たちへの負担は限界に達していた。大きなクーデターが起きてしまう前に、国が衰退してしまう前に手を打たねばと識者が集まり議論を重ねた。


 服を着るから汚れる。服が汚れるから洗わなければいけない。衣服をつけさせ、汚し、汚したものを脱がせ、服を着せ、また汚して…、足りない人材を圧迫する、明らかに無駄の多い作業。

 外出する事もないのに服を着せ、汚して、その始末をする。服を着せられる高齢者、着せないといけないと誰が決めた?人間の尊厳を考えるべきだ…服を着せれば守られると?オムツをつけて、服を着せて、汚して、取り替えて、服を着替えさせて、ごはんを食べさせて、汚して、着替えさせて、汚して、着替えさせて、入浴させて、着替えさせて、汚して、着替えさせて。

 人手はなく、作業が滞り、すべてが雑になっていく。苛立ちが増し、ミスが増えていく。ストレスを解消するために手を抜く、何もできない人に対してはけ口を求め、人道に外れた行為を日常的に繰り返すようになっていく。

 衣服を着なければ、始末をしなくてもいい。

 オムツをつけなければ、始末をしなくてもいい。

 汚した部屋を掃除するには、水で洗うのが一番いい。

 乾いた場所が汚れると汚れを落とすのが難しい。常に水が流れているようにすれば、汚れは簡単に落ちるのではないか。

 水が流れている場所が汚れたら、たくさん水を流せばいい。汚れたらすぐに流せる環境を用意すれば。


 高齢者の生活において、衣服の着用は非常に手間のかかる悪習慣であり…排除すべき案件だと結論付けられた。条例が整い、負担の少ない介護が法的に認められるようになった。


 衣服を剥いでしまえば、介護はかなり負担が少なくなった。


 汚れたら洗い流すだけ。

 粗相したら洗い流すだけ。


 裸の高齢者を集めて効率的に介護するシステムの運用が始まった。比較的自立している人は、個室で。ある程度介助の必要な人は、集団で。寝たきりの人は、介助がプログラム化された大型施設の個別ボックスで。


 高齢者の介護問題の崩壊から生まれた、ラハウス構想。


 ラハウス内には、常に水流が足元を流れている。

 一昔前にありふれていた室内大型プールのような…ざらついた床には、緩やかな傾斜が設けられている。汚れた水は最下部から排出され、一か所に集められて、ろ過・浄水処理をされ、ふたたびラハウス内に流される。

 部屋の各所にシャワーが設置してあり、汚れたら自分で流すことができる。

 一時間に一度壁から水が放出されて、汚れを自動的に押し流す。

 管理モニターで汚れを感知した場合、都度水を流すシステムになっている。

 あまりにも汚れが排除されない場合、清掃ロボットが出向することもある。


 濡らしてしまったから拭くのではなく、常に濡れている状況を作った。タオルやティッシュなどを使わない、エコな技術である。

 衣服を身につけないので、ホコリが舞う事はない。床や壁は汚れの落ちやすい素材でできているので、水を流せば簡単に清潔になる。


 常に風呂の中で暮らしているような状態となるラハウスは、湯に浸かる習慣のあるこの国の住人には概ね好評だった。


 汚れにくい部屋で、気軽にシャワーを浴びることも、浴びさせることも、掃除もできて、心地の良い温度が保たれた状態で過ごせる上に、あたたかい湯の上で眠る事も可能……、高齢者介護のために開発されたラハウスは、やがて運営が軌道に乗って、入居者資格の軟化が進む事になった。


 要介護認定、介護度の高い人のみの利用から、要支援者も対象に。

 70歳以上の利用可能から、定年退職者ならOKに。

 働けない人の利用が可能に。

 働きたくない人の利用が可能に。


 国内で活性化していたが、次第に国外から注目を集め始め…頻繁に取材を受けるようになった。そして、一気に流れは変わっていったのだ。


 それはまるで……、産業革命の再来のように。


 ラハウスシステムを輸出することで、国は潤った。ワンルームのラハウス、ラハウス専用の機材、食材、特許収入、各種取材…あらゆる事が金になった。


 ラハウスシステムに国外の高齢者を受け入れることで、国が潤った。

 諸外国も介護要員の不足にあえいでおり、手数料を支払う事で丸投げできるならと…挙って高齢者を送り込んだのだ。


 ラハウスで巨万の富を得たこの国は、地球規模の高齢者受け入れ施設となった。


 有償の移民受け入れは、この国の代表産業となった。


 小さな島国はグングン人口を増やし、豊かになっていった。


 貧困にあえいでいた若者たちに、手厚いサポートが届くようになった。


 学びたい人に心ゆくまで学んでもらえる、教育無償化。食事の無償化。無料の学生寮、社員寮。豊かな労働選択の機会、潤沢な休息日。子育て支援の充実、暮らしやすい街の整備、楽しいイベントの開催。


 豊かになった国の中で、活き活きと暮らす人がたくさんいた。

 豊かになった国の中で、裸で暮らす人もたくさんいた。

 裸で暮らす事をやめる人もいたし、裸で暮らすようになった人もいた。

 豊かな暮らしをしながら精力的に働いて、手厚いサポートを受けて次世代の子供たちを産み、育てる若者が増えた。


 不変を望む人は、広くひらかれたラハウスの中で毎日同じ暮らしを続けた。与えられたものの中に喜びを見つけて、明日も同じように喜びを見つけていけばいいと、穏やかに過ごした。


 子供の数が爆増している一方、諸外国からの高齢者の移民が爆増しているので、国で暮らす人の平均年齢は高いままだった。豊かになっても少子高齢化の止められない国、そういう印象をもつ諸外国は少なくなかった。


 やがて、高齢者だけでなく、諸外国の無気力な若者たちも受け入れるようになり、この国は巨大な人間保護施設として広く認知されるようになった。


 全国に散らばっていたラハウスが局所的に集められるようになり、さらに効率化が進んだ。


 無気力な人間は従順であり、いきなりの居住地変更に柔軟に対応した。

 変わらない日常を過ごしながら個室ごと移動することに、なんの違和感も持たなかった。

 体調を崩せばパソコンで診察を受け、薬を処方してもらえたし、あまりにも不調であれば個室ごと病院に行くことができた。

 ラハウスで暮せば、何一つ不安のない、満たされた毎日を送ることができる。今さら服を着て、窮屈な生活をしたくない…そう思う人は少なくなかった。


 日々多くの人が流入している、この国。


 このところ、新たな産業が活発化しているのだが…、その事を知る人は、多くない。


 順調な発展は、やや…人々から、緊張感を削いでいた。


 与えられているものは誰が与えているのか、気にしない者が多かった。

 この国の人口が減っているのか、増えているのか、気にしない者が多かった。

 この国がこの先どうなるのか、気にしない者が多かった。


 諸外国の人の受け入れについて、特に何も感じていないのは、服を着ない人間が多かった。

 無気力な人の受け入れが続く事で、国がますます繁栄していくだろうと思っているのは、服を着ている人間が多かった。


 貴重な生物の輸出が国を支えている事を知る僅かな人は、毎日服を着て…仕事に邁進していた。


 貴重な生物の輸出で国を支えていこうと考えるモノが、時折服を着て…仕事に邁進していた。


 服を着せる身体を持たない存在が、この国の中枢を担い…仕事に邁進している事を知る人は、ほとんどいない。


 この星に侵入してきた多数のモノに、連れ去られた人の数は…いかほどだろうか?


 この星から連れ出された人が、何を思って、何をしているのか……知る人は、どこにもいない。


 ラハウスの行く末がどうなるのか…誰にもわからない。



 この星の上から、人が消えるのか、あふれるのか……わからない。



 この先、何が起きるのか想像することが難しい私は…、ただ、穏やかに、見守り続けようと……思うだけなのだ。

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