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移動するぬるぬる

作者: みつお真

移動するぬるぬる


今から大事なお話をさせてもらいます。

ようく心しておいてください。

その移動するぬるぬるは、時として人を喰らい、惑わし、憑きまとい、アヤカシテしまうと云われています。


昔から或るのです。


岩礁にへばりつき、若葉を好み、隙間を徘徊し、下水道やコンクリートのき裂、田んぼのあぜ道や蛙、鼠、蟲、烏云々・・・を媒介者にしては捕食し近付いてきます。

乳房やクルブシ、そのいずれかより寄生された人はどうにも面倒です。

気が触れたかと思えば四肢を痙攣させて四つん這いになって、髪をむしり目玉をえぐり出しては踊り死ぬのです。


ミラレのツヅケに我タマラン。


先代の住職はそう言い残し此の世を去りましたが、六文銭の在り処を気に病んでの自死との扱いで、各方面に計らって頂きました。とりわけ、下水流聖青年団団長様には格別の恩義がありますから、かように場を設けている訳です。


さて。


味は甲殻類ににて美味でありながら、触手は極度の苦味を放つ移動するぬるぬるは、無色透明であり捕獲を試みては断じてなりません。

メクラマシにて人に憑依する。

ツキモノ、イタダキモノと呼ばれる所以云々ー


連日の暑さで私は参ってしまった。

テレビもつけたまま、19度に設定したエアコンの下のソファでうたた寝をしていると、幼少期に聞かされた乳母の声がすんなりと、いとも簡単に脳髄へたどり着いてしまった。

寝室で眠る女は私のことを好いていると云い、3日前の下弦の半月の日に転がり込んできたが名は知らない。

勝手に若葉と名付けたが、あちらはたいそう喜んでいるかと思う。

私の事を薫と勝手に呼んでみては、キャッキャしながらその美しい肢体を惜しげもなく照らしていた。40ワットの白色球に。


「好きにすると良い」


初夜の汗のぬめりに私はそう言った。

同じか、似ているレベルの人間だと思ったからだ。

肌は冷たく爬虫類のようでありながら、吐息は熱く爪は丁寧な作業で整えられていた。

そんな女は未だ、くうくうと寝息をたててベッドに埋もれている。


「好きにすると良い」


頬に接吻して、私は再びソファへ戻るとテレビのヴォリュームをあげた。


「ーのニュースです。広島から博多へ勢力を拡大しながら向かっている移動するぬるぬるは、現在未確認ながら進路を北寄りに変える見通しです。現地では対策に追われています」


夏の風物詩にもなった移動するぬるぬると風鈴の話題は、私にとってはどうでも良く、所詮は他愛も無い殺意の抜けた排気ガスみたいな存在だった。


何故なら私が移動するぬるぬるだからだ。


「特集です。移動するぬるぬるの目撃例が多発していますが、皆さん、絶対に近づかないでください。触れるのもやめてください。転倒し、思わぬ怪我をするかもしれません。実際に東京では、移動するぬるぬるに足を取られた30代の女性が、転んで足を打撲すると言ったー」


私はエアコンの設定温度を変えた。

世間では、移動するぬるぬるを得体の知れない未知のなにかしらだと決めつけているのだか、移動するぬるぬるは私だ。

しかも私は健在で、乳母に言い聞かされた頃には既に移動するぬるぬるになっていた。

移動するぬるぬるが憑依したとするのが正しい。

幼かった私のクルブシより侵入してきた移動するぬるぬるは、長年にわたり私を支配してきたが時に分裂して悪さをしては戻ってきた。

言いかえれば、移動するぬるぬるの媒介者となった私は、移動するぬるぬるを移動しないぬるぬるに変えたのである。

移動するぬるぬる。もとい。移動しないぬるぬるは私の影に寄生する。

よって影はぼやけたり、不自然な動きをする。

寄生された者だけが、ぬるぬるに触れられることも知った。

ぬるぬるを千切れることも知った。

その部位は再生を繰り返す。


私は台所で鍋を火にかけて、ぬるぬるをひとさじ入れて出汁をとる。

こうして作る味噌汁は格別に旨い。

具は木綿豆腐が良いだろう。焼きネギがあればなおさらだ。

しかし不安もツキモノで。

たぎる湯を眺めながら私はこう思う。


下水流家に生まれて良かったのだろうか、或いはそんな私も。


ーミラレのツヅケに我タマランー


となるのだろうか。


遮光カーテンの隙間から日差しがぬめる。私の影は笑っている。

いつものことだ。

女もまだ眠っている。



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