異世界人と侵入者
投稿は初めてです。温かく見守っていただければ幸いです。誤字脱字もあると思いますがよろしくお願いします。
男が目を覚ますと見知らぬ森の中にいた。草木が生い茂る見渡す限りの木々に囲まれた幻想的な風景、そこにある澄み切った湖のほとりで彼は目を覚ましていた。
「どこだ、ここは?」困惑するのは当然だ、彼の日常でこんな風景を目にする機会は皆無と言っていい。日々の殆どを仕事で埋め尽くされていた彼にとってこれ程奇っ怪な光景はない。夢か幻か、そんな類のものだろう。日常のストレスが遂に幻覚まで見せるようになったのかと彼は少し壁癖した表情を浮かべた。
「それにしても立派な木だな」
木の幹を擦りながら、空高く伸び、太さ2mはあるであろう大木を見上げながらそう呟いた。如何せん、この現状を理解しなければならない。夢であるなら良し幻であれば病院行きだ。できれば夢であってほしいと思いながら彼は重い腰を上げ、ほとりの湖を覗き込んだ。
「誰だコイツは?」
やはり頭がおかしくなったのだろうか、湖に映る人物はまるで自分とは異なる形相が映し出されていた。現実の姿はを思い浮かべると、だいぶ美化されている姿だ。目鼻立ちははっきりしていて所謂イケメンの部類に入る顔立ちだった。そんな風に湖の男を眺めていた彼は、ふと思い出すものがあった。
「アンノウンワールド…」
彼が呟いたのは、忙しなく過ぎる時間の中で唯一といってもいい楽しみであったゲームの名前だ。10年ほど前に某有名企業から発売されたvrmmorpgで日本国内に留まらず世界的人気作品となったゲームだった。日々、運営から更新があり各種イベントの追加や広大なゲームフィールドを有し、当時、プレイヤー達からは、「他のプレイヤーとは遭遇できるのか?亅と不安がられるほどだった。というのも、このゲーム自体が複数人での協力プレイやコミュニティと呼ばれる複数人の集団同士の対戦要素も盛り込まれていたためだ。加えてアイテムの種類の豊富さやキャラクター設定の細かさ等、やりこみ要素がふんだんに散りばめられていたこともあって当時のゲーム好きの人々の心をくすぐった。これらが大まかなアンノウンワールドの概要である訳だが、何はともあれ彼は彼自身が作り出したゲームのキャラクターの姿形そのものになってしまっていた。
「異世界転移というやつか。」
彼は悩みながらも、よくライトノベルであるテンプレ化された現象だと思っていた。しかし、自分は死んだのだろうか?そう考えるとここ最近の記憶がないようにも思えた。兎に角、確認をしてみなければ始まらない。「ステータスオープン」
彼が発した言葉に反応した様に空中にコンソールが浮かび上がった。
name︰ラーズ
Lv 1986
MP500000
攻撃 7320
防御 12500
素早さ 6000
種族 人間を超えし者
魔法 火 闇 光 雷 水 (アイテム使用中)etc
マジかよという彼の呟きは、森の様々な音の中に吸い込まれていった。はっきりと数値が刻まれたステータス、まさにそれは、彼自身が愛用していたキャラクターそのものだった。このゲーム特有といってもいいHPがないゲーム体制もそのまま反映されている。運営が、ゲーム発売当初から、剣で切られたキャラクターがHPが高いからといって平然としていられるのはおかしな話だという論理の元で、ゲームキャラクター達はそれぞれが魔力を持ちそれを体全体に張り巡らせある種のオーラを形成しているからこそ剣で切られる又は魔法攻撃にあっても肉体的なダメージを直接受けることはないという設定にしたのだ。つまりこのゲームでのMPは、体力と魔法攻撃、ふたつに用いられている。また、ほとんどのプレイヤーはどの程度の魔法攻撃を行えるか(強化具合や種類など)をアイテムで隠蔽する場合が多く、彼もまたアイテム使用者の一人であった。
コンソールを閉じた彼は愕然としていた。言葉が出ないというのはこういうことを言うのかと、彼は、しみじみと思っていた。
「試してみないとな。」
彼は人差し指を森に向けた。
「ヘルフレイム(獄炎)」
呪文を唱えたと同時に、どす黒い炎が彼の指から真っ直ぐ伸びていき一帯の木々を燃やし尽くした。
衝撃的な光景を前に、彼は、只々たたずむことしこできなかった。燃えた木々の灰があたりを漂い静けさを取り戻す。
「とても夢とは思えない」
指から発せられた炎の感触、それらは夢で片付けられるような類のものではなくしっかりと現実味を帯びて彼自身に恐れに近い感情をもたらしていた。地平線の先まで燃えた木々が、一つの道を作り出していた。ここがどこなのか調べなげればならない、周囲の状況や環境についてだ。まずはここを離れよう、彼は歩きだした、一歩一歩踏みしめるように、異世界への希望と不安を胸に抱きながら…
とある王国のとある都市
都市の中心部に建てられた一際大きな存在感を放つ軍務省の階段を駆け上がる男がいた。男の名は、マルクス・ヴィッテンという。この王国の伯爵家の三男で、跡取りでないことから軍の士官養成学校を経て軍に所属している。歳は28才で、位階は中佐である。それなりのエリートであるはずの彼が慌ただしく動いていることには理由があった。今朝の異常事態の報告のためだ。階段を上がり終えると、すぐさま奥から二番目の警務部ドアをノックした。
「入れ!」中から野太く響く声があり、部屋に入る。
部屋には、4人の男達が四角いテーブルを取り囲む様に立ちテーブルに置かれた図面を見ていた。奥から、ベッセル中将、左右に別れてシフ大佐、グラームス大佐、そして同期のベルトラン中佐である。
「マルクス中佐、新しい情報は」
シフ大佐の言葉に反応し、得られた情報を告げる。
「はっ!予想されていた通り何者かによる外部からの魔法攻撃の可能性が高いとのことでした。」
グラームス大佐は首を傾げながら「そんなことが有り得るのか」と呟いている。
そうだ、通常ではありえない事なのだ。
「まさか魔法結界が破られるなんて」
そう声を発したのは同期のベルトランだった。緊急的に行われている会議は、深刻な様相を呈していた。それもそのはずだ。今朝、軍務省に来てからは大騒ぎだった。都市を覆うようにはられた対魔物・魔族用の魔法結界の一部が壊れていたからだ。加えて、欠損部分が炎で焼かれた様にアメーバ状になっていたことから何者かによる魔法攻撃だと判断される要因になっていた。
「犯人は未だに特定できないか…隣国の仕業という訳ではないようだしな」
ベッセル中将は図面を覗き込みながら修復に必要な人員を計算していく。
結界への攻撃についての情報がもたらされた際、誰しもが隣国を疑った。しかし、隣国に潜伏中のスパイ達からは「怪しい動きは見られていない」との報告があり、城壁の見回りをしていた警備隊の者も壁外に人影は見られなかった報告していた。
「マルクス中佐、ベルトラン中佐、至急に参謀部、統括部と連絡を取り合え、万が一のことにも備えなければならん。私は、魔法省と話をする。気を抜くなよ。」
ベッセル中将達は、部屋を後にする。
残されたマルクスとベルトランも足早に目的地へ向かった。
二人が参謀本部へと着くと、溢れんばかりの軍人が参謀部に詰め込まれていた。
「おおマルクス、いいところに来た。これから統括部に行くのだろう、この書類を届けてきてくれ。」
「これは?」
「新しい情報だ。偵察隊からあげられた話をによると
魔法攻撃は、エルフの森からである可能性が非常に高く攻撃に用いられた魔法は闇属性と火属性の複合魔法と推定されるとのことだ。」
「なぜそこまで詳しく…」
「商人達の目撃者がいたらしい。」
商人達はいつの時代でも逞しい。壁外の移動ともなれば決して安全な場所ばかりではないからだ。盗賊や魔物がいる。襲われて命を失うことも珍しくない。彼等がいることで未然に防ぐことが出来る危険は多くあるだろう。
そうか了解した、とだけ言い二人は統括部へ急ぐ。
「なあ、マルクス、エルフの森ってことはあそこに住むエルフの連中がこの騒動の犯人ってことかよ」
「いやエルフではないだろう。奴等とは不可侵条約を結んでいる。そう容易く破るとは思えん。それに根本としてエルフは闇属性の魔法は使えない、ダークエルフなら話は別だがな、考えられるならエルフの森の新種の魔物、エルフと我々の反目を狙った者の仕業か、まあ後者はないな、それにしては行動が杜撰だ。」
もうすぐで統括本部だという所で通信指令が建物内に響き渡った。
「エルフの森方面より、中級と覚しき魔物の姿を発見、数は300、客員戦闘準備に入られたし」
二人は目を合わせた。それほどに驚愕すべきことだったのだ。魔物が都市に向かって来ること自体は珍しいことではないが、300という数は、明らかに異常だった。
「知恵のある魔物がいるな」
こういった場合、往々にして上級の個体が群れを率いている場合が高いからだ。
「もしくは、新種の魔物を恐れて逃げ出したか…」
二人は背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じる。もしそうであるならば、如何にして討伐をするべきなのか、討伐をできる存在なのかを確かめなければならないのだから
少しの沈黙を経て二人は動き出す。二人は軍人だ、今為すべきことをしなければならない。
「ベルトラン、お前は魔物討伐に向かってくれ。私も統括部に報告をしたらすぐに向かう。」
ベルトランの姿が見えなくなり、ふっと軽く息を吐きマルクスは統括部のドアをノックした。
マルクスが訪れる少し前、統括部を若手将校達が忙しなく動き、情報の整理をしていた。
「全くこのような時期にこの騒ぎ、本当に隣国の仕業ではないのだろうな?」
統括本部に在席している大将クラスの軍人達もこの事態に計り知れない危機感を抱いていた。
「はっ、そのような可能性は低いかと」
隣国の仕業でないことは大将達も分かっている。魔法結界を破るには大部隊を率いなければならないからだ。目撃情報がない以上は、その線は薄いものとなっていた。
「偵察隊はどうなっている」
「警務部・参謀部に報告の上、こちらに遣いを送る手筈になっています。」
「王都への連絡は」
「既に行っております。王都より送られている特殊精鋭部隊を指揮下に収める許可をいただきました。」
「その者たちはどこにいる」
「彼らが滞在している官舎に早馬を走らせております。もう少々お待ち下さい。」
綺麗な礼をして若手将校は部屋から出ていくと同時に通信指令が響く。エルフの森方面より中級魔物300が現れたと。
「各自、戦闘準備を整えろ!」
大将達の声とともに若手将校達が部屋から退出していった。
異常だ、大将の一人が呟くがそれに答えるものはいない。その異常さを皆が分かっているからだ。エルフたちの仕業なのか。分からない、情報がほしい。その時、部屋をノックする音が響いた。
マルクスは、統括部に入った。統括部の面々の厳かな存在感に萎縮しそうになる。
「警務部マルクス中佐であります。この度の情報を参謀部よりお伝えに参りました。」
大将達は、そうかとだけ言いマルクスの情報に耳を向ける。
「魔法攻撃は、エルフの森内部より行われた模様です。闇属性と火属性の複合魔法による可能性が高いとのことです。」
マルクスからの話を聞いた大将達は、エルフの仕業ではないと結論付けた。もとより、マルクス同様、彼らもエルフが不可侵条約を破るとは真剣には考えてはいなかった。
大将達は頭を悩ませている。この事態を黙って見過ごす訳にはいかず、対応を考えねばならないからだ。度々、こんな事が起こっては治安上の問題が起こりかねない。ましてや、軍のメンツが保てなくなってしまう。しかし、軍の上層部も馬鹿ではない。早急にエルフと連絡を取り、単純に森へ討伐隊を向かわせることは愚策だと分かっているからだ。過去、敵の力を見誤り失われた命は少なくない。加えて言えば、今回の目標は、闇属性と火属性の複合魔法を結界を破壊する威力で行使する化け物なのだから。
大将の一人が声を発した。
「マルクス中佐、君はどのように考えている?」
マルクスの表情は強張り、私などの意見は…と伝える。
しかし、多角的な意見を欲しているとの大将の言葉によりマルクスも意見を述べることにした。
「エルフの森内部で新種の魔物が発生したのではないかと考えております。先程の魔物襲来もその魔物が率いている可能性も捨てきれないかと。」
なるほど、と言った後に大将の一人は言葉を続ける。
「その魔物が長の場合と、その魔物を恐れて逃げてきた中級魔物の集団か、どちらかの場合が考えられる訳ですな」
ふむ、と大将は頷いた。
「いや、まだもう一つ可能性がある。」
今まで口を開く事がなかった、統括部司令官バームス大将が口を開いた。それは何でしょうという疑問に、
「侵入者だ。」
司令官は短く答えた。この部屋に誰かが忍び込んだ訳ではない。統括本部が静まり返ったことをマルクスは肌で感じていた。侵入者という言葉に過敏に反応してしまうのは、もはや軍人だけではないだろう。神話の時代から語り継がれる話だ。異世界人がこの世界を荒廃させる話…うかがい知ることのできない力を背景に財を奪い、愛する人々さえ奪っていくおぞましい罪人・悪魔の使者…それが侵入者と呼ばれる者達だ。
「しかしそれは、神話の話でしょう。事実かどうかも怪しい話では」
一人の大将が司令官に疑問を呈す。
「事実だ。およそ300年前、まだ王国統一前にも一度あった。記録に残されているだけで、3人の侵入者が確認されている。」
大将達は言葉が出ないでいる。マルクスが発する。
「それは、機密事項ではないでしょうか」
司令官は睨む様にマルクスを見つめる。
「その通りだ、マルクス中佐。この事は、最高軍事会議に参加している者達、つまり各都市の司令官と王族しか知り得ない話だ。まあ民たちの間でも神話として語り継がれてはいるがな。しかし、状況を見て判断せねばならない。今が、その時だと私が判断した。マルクス中佐!この話を警務部のベッセン中将にも伝えておくように。それと、警務部は早まった行動は控える様…」
バームス司令官は頭が切れる、加えて勘が良い。数十年前、第九都市の参謀だったころの若き日のバームスが隣国の侵攻を察知し打ち破ったことは軍部では有名な話だ。他の若手将校達はどうして敵がやって来ることがわかったのかとバームスに問い詰めた。するとバームスは勘だとだけ言ってその場を後にしたという伝説的に語られる逸話がある。そのような男が、睨みつけるような眼差しで話した「侵入者」の可能性は、もはや確信めいたものを孕んでいるようだった。
「はっ、畏まりました。」と言って、マルクスは統括本部を後にする。マルクスも困惑していた。侵入者が実在したこと、誰もが幼少の頃から知っている侵入者の所業が事実であるなら、新種の魔物等、比ではないほどの警戒をしなければならない。兎に角、ベッセン中将のもとへ急がなければならない。マルクスは走る、走り続ける、その先にあるものが希望か、絶望か、彼自身にも分からないまま…