第九十六話 悪の水源を止める
「――あ、アイツは!? くそっ、よりによってこんな時に金森かよ! あの水道ホース野郎ッ……! 本当に水を大量に垂れ流すしか能がない、クソ野郎だな!」
装甲車から距離にして、おおよそ20メートル離れた場所に立って両腕を組み。ドヤ顔をしている男の顔を見つけて俺は思わずうんざりする。
こちらに向けて、大量の水を流し続けている金森は、相変わらず脳味噌の中にお花畑が咲いているみたいだな。もう、その存在自体が周囲に毒の胞子をばら撒く、有害生物の代表みたいな雰囲気を醸し出している奴だ。
「彼方、どうしたんだ? 外に何かいたのか!?」
「ああ。とびっきりの有害モンスターが向こうで水を垂れ流しながら、遊んでいやがるぜ! 聞いて驚くなよ? まさかの、金森さ。水妖術師の金森が、大量の水をこちらに流してきていやがるんだ!」
「ええっ、金森くんが!? そんな、どうして……」
俺は一度、装甲車のハッチから外に出していた顔を引っ込めて。車内にいる水無月と香苗に状況を説明した。
2人とも一瞬驚いた顔を浮かべたが、相手が金森だと分かると。すぐにどこか納得した表情になる。
つまりはそれだけ、金森が危険でヤバい野郎だって事は、既にみんなの共通認識になっているって事だ。
元の世界では、大人しくて無害そうな奴だったのにな。
異世界に来た途端に、ラフレシアみたいに巨大で怪しげな花を脳味噌に咲かせて、毒々しいキャラに豹変しやがった。
それが異世界の環境が原因なのか、それとも元々……実はヤバい奴だったのかは賛否が分かれる所だが、俺は後者の方だと思っている。
「よし、俺にも外の様子を確認させてくれ、彼方! 相手が例えあの金森だとしても、今の俺ならアイツに負けるような事は無いはずだ! 俺は槍を用いて高速移動する事が出来るからな。外に出て、そのまま金森の背後に一気に回り込めれば、アイツの頭に槍を打ち込んで無力化させる事が出来ると思う!」
自慢の槍を左手に構えて、『槍使い』の勇者である水無月が自信満々に俺に親指を立ててくる。
「大丈夫か? くれぐれも気をつけてくれよ。以前に金森は、俺を本気で殺そうとしてきたからな。同級生だから、どうせ本気じゃ無いだろうみたいな甘い認識は持たない方がいいと思うぜ。少なくともこっちの世界に来てからのアイツは、委員長の倉持を超えるくらいに1番頭がイッちゃってる奴なのは間違いないからな」
俺は水無月に注意をするように促す。
存在そのものが悪い意味での陰キャの代表みたいな金森の事だ。どんな卑劣な手段を企んでいるのか、分かったものじゃないからな。
「心配しないでくれ、彼方! こう見えても俺は今、カルツェン王国の将軍をしているんだぜ? グランデイル王国にいた頃から、金森の事はよく知っているけど。アイツが水妖術師の能力で生み出す、洪水にさえ注意すれば何とかなるはずさ!」
水無月は自分が大幅にレベルアップして強くなった事に、少しばかり過信をしていたのかもしれない。
それとも同じクラスメイトの金森が、まさか本気で襲い掛かってくる事もないだろう……と、まだ心のどこかで油断していたのかもしれないな。
装甲車のハッチから、手を伸ばして顔を外に覗かせた水無月が一瞬。ピタリとその場で停止した。
そしてそのまま体を凍り付かせるようにして、その動きを止めてしまう。
「えっ……!?」
ハッチから顔を覗かせた水無月が、突然驚きの声を上げた。『どうしたんだ?』……と、俺が水無月に話しかけようとした、その瞬間に――。
”ズシャッ――!!”
鋭利な刃物で、野菜を切るような軽快な音が装甲車の上から聞こえてきた。
「ぎゃあああああああっーー!?」
水無月が大きな悲鳴をあげて、装甲車の中に慌てて体を戻して屈み込む。
装甲車の床には飛び散った水無月の赤い血と、綺麗に切り落とされた水無月の『右手』がコロコロ……と、転がっていた。
「み、水無月ッ! 大丈夫かッ!?」
右手を失った水無月は、右腕の先から大量の出血を流しながら、激痛に耐えるように悶え苦しんでいる。
「どいて、彼方くん! 私が水無月くんを治すわ!」
大怪我をしている水無月に、『回復術師』の勇者である香苗美花が急いでそばに駆け寄る。
そして香苗は右手から薄い光を発光させながら、重症を負った水無月の治療を開始した。
香苗は床に落ちている水無月の右手を急いで拾うと、それを切断面に戻し。青い光でその周囲を優しく包み込んでいく。
「ハア……ハア……ハア………!」
痛みで全身から滝のような汗をかいている水無月が、香苗の発する青い光に包まれていく。そして、少しずつその表情は和らいでいった。
切断面から流れ出る大量の出血が止まり、徐々に水無月も落ち着きを取り戻していく。
「凄いな……。香苗は、水無月の怪我を完全に治す事が出来るのか?」
「うん。私は、大きな病気や体の一部が欠損してしまうような大怪我でも、回復術師の能力で修復してあげる事が出来るの。もちろん全てを治せる、という訳ではないから。未知の病気や老衰、即死に至るような大怪我なんかは治せないんだけどね」
香苗が両手を押し当てている箇所が、青色の優しい光に包まれている。
右手が切断されるという、重傷を負った水無月だったが――。香苗の発する青い光の中で、切られた右手が徐々に元通りの状態に戻り始めていく光景が見えて。俺は思わず感動してしまった。
この異世界に来てから、色々な能力や魔法の力を目にしてきたけれど。香苗の能力は、まさに『奇跡』と呼んでも良いくらいに神々しいものに見えたからだ。
そういえば、うちに身を寄せている『射撃手』の勇者の紗和乃が言っていたっけ。
香苗の能力は、グランデイルの人達にとても感謝されているって。街の人々からは『女神様』と呼ばれていて、めちゃくちゃ慕われていると聞いていた。
グランデイルの街の病院は、噂を聞きつけた人々で溢れ返っていて、香苗は連日大忙しだったらしい。
心の優しい香苗は、そんな治療を待つ病院の患者達を放っておく事が出来なかった。だからアッサム要塞攻略戦の後も、杉田と一緒にグランデイルに残る事を決めたらしいからな。
確かに異世界の勇者の中でも、人々の怪我を治療するという面において、チート級の能力を発揮出来る香苗の能力は、まさに『女神様』と呼ばれるのに相応しい能力の持ち主だと思う。
俺は水無月の怪我の治療は、香苗に全て任せる事にした。そして改めて、外にいる水道ホース野郎の様子を探る事にする。
同じクラスメイトである水無月に、こんなにも酷い大怪我を負わせるなんて、金森の野郎……! とうとう完全に『人間』を辞めちまったみたいだな。
だけど今、問題なのは金森がどんな攻撃を仕掛けてきたのかその方法を探る事だ。それが分からないと、迂闊に装甲車から外に出る事も出来ないからな。
俺は外にいる金森の様子を、上空のドローンのカメラで確認して。その映像をスマートウォッチの画面で覗いてみた。
「……なるほどな、アレか。あの水色の輪っかみたいなものが、水無月の右手を切断しやがったのか!」
外にいる金森の周囲には、水色の輪っかのような物が複数枚浮かんでいた。
それは見た目だけなら、小さなDVDの円盤が空中に浮いているように見える。
おそらくあの円盤カッターが、こちらに向けて高速スピードで放たれ。水無月の右手を切断したのだろう。
ハッチから顔を出した水無月は、おそらく咄嗟に顔の部分への直撃だけは避けたんだ。
もしそのまま体を動かさずにいたなら、水無月は顔を真っ二つに切断されて即死だったかもしれない。
……それを考えると、あの金森のクソ野郎ッ! マジで俺達を殺そうとしていやがるようだな。
俺は装甲車の天井のハッチから顔を出さないようにして。外にいる金森に聞こえるような大声で叫ぶ。
「おい、聞こえてるか金森! 今回だけは絶対にお前を許さないぞッ! もう謝って許して貰えるような範囲をとっくに超えている事を理解しろよッ!!」
俺の呼びかけに対して、金森も大声で返事をしてきた。だがその声は、いつもの人を小馬鹿にしたような感じの軽い口調ではなく。
あの金森が発したとは、思えないくらいにドスのきいた低い声で。こちらを威圧するように叫び返してきた。
「――ハァ? そっちこそ、この僕を舐めるなよ!! 街にいたクソ雑魚の3軍の勇者共を拉致したみたいに、今度は僕のお気に入りの香苗を奪い去っていくつもりなんだろう? 絶対に、絶対に、それだけはさせないからな! 香苗以外の勇者は全員皆殺しにしてやる! 僕の香苗を奪い去ろうとする奴は、それが例え誰であっても必ず殺す! 分かったか、このコンビニ野郎がァァ!!」
金森の怒鳴り声はもちろん、装甲車の中にいる水無月や香苗の耳にも聞こえていた。
水無月の怪我を治療中の香苗が、怯えるような目線で俺の方を見つめてきた。
「……えっと。金森って、実は香苗の事が好きだったりしたのか? 何だか物凄いヤクザみたいな低い声で怒鳴り散らしているけれど。結構ヤバいくらいに、ガチ切れしてるみたいだな」
俺の問いかけに、右手を治療中の水無月が小さな声で答える。
「ああ。たしか金森は、以前からずっと香苗さんにご執心だったと思うよ。香苗さんは基本、クラスの誰に対しても優しく接してあげる性格だし。無口で引っ込み思案だった金森に、唯一優しく声をかけてあげていたのが香苗さんだったと思う。だからきっと金森は密かに、香苗さんへの恋心を抱いていたんだろうな」
「私は……その……」
水無月の手を治療しながら、香苗は困ったような表情を浮かべていた。
まあ、当然そういう反応になるよな。
人から好かれるのは、本来なら誰でも嬉しい事だ。
でも、相手があの金森準じゃ、粘着ストーキングされて。最後は逆上して、ナイフで滅多刺しされるような怖い未来しか想像出来ないものな。
俺が女性だったら、金森は絶対に警戒して距離を取りまくる危ない男子ナンバー1な存在だと思う。
スマートウォッチで、カメラの映像を確認しながら慎重にハッチを開けて。俺は外を覗いてみた。
「おい、金森ッ! お前が香苗に夢中な事は知らないが、同じクラスメイトに危害を加えるような危ない奴を香苗が本気で好きになると思っているのか? 男ならちゃんと胸を張って、好きな女の子に告白出来るような真っ当な人間になってみせろよな!」
”ヒュンヒュンヒュン――!”
金森の周囲に浮かんでいる円盤状のカッターが、再びこちらに向けて放たれる。
それに気付いた俺は、慌ててハッチの下に顔を引っ込めた。円盤カッターは金属製のハッチにぶつかり、大きな金切音を立てて弾かれる。
「うおおっ!? マジで危ねぇな……!」
スマートウォッチで、周囲の様子を見ていたから助かったけれど。水の円盤カッターが放たれたのと同時に首を引っ込めなかったら、俺の首も切り飛ばされていただろう。
装甲車のハッチには、大きな傷が深々と刻まれている。金森の水の円盤カッターは、金属の板を切り裂く程の威力までは無いようだった。
俺は再び装甲車の内部で、体を屈めて息を潜める。
するとまた、金森の絶叫するような怒声が車内にまで聞こえてきた。
「ハアアァァ!? お前は何を言ってるんだ、このコンビニ野郎ッ!! この異世界では力さえ有れば、お金も権力も好みの女でさえも好きなだけ手に入れる事が出来るんだよッ! お前達2人を殺した後で、香苗は僕の専属の性奴隷にしてやるんだ! ここから連れ去った後に委員長に頼んで、魅了の魔法をかけて貰えばイチコロさ! 香苗は僕なしでは生きられない淫らな女に育ててやるよ。だから後の事は何も心配いらないから、安心してお前達はここで死ねばいいのさッ! アッハッハ〜〜!」
「…………」
マジで想像以上に、笑えないくらいのゲス野郎になっていやがるな、金森の奴。
金森の声が聞こえていた香苗は、装甲車の車内で怯えて体を震わせている。それでも水無月への治療を決して止める事はなかった。
水無月の方も、切断された右手が香苗の回復術師の力によってほぼ接合されている。そして今は、静かに顔に怒りの表情を浮かべていた。
「彼方――俺は今、カルツェン王国で将軍をしていると言ったよな? 敵と戦う戦場では怪我をして助からないと判断された騎士や、集団の和を乱し、全体の統率を妨げるような行動をするような騎士を、容赦なく見捨ててしまう事もあるんだ。それが他のより多くの部下の命を救う為なら、仕方のない行為だと俺も思っている」
水無月が、香苗の治療によって結合し終えたばかりの右手を軽く動かす。
そして、その調子を確かめると。そのまま自身の得意武器である長槍を復元された右手で掴み上げた。
「俺は、豹変した今の金森は例え元クラスメイトであったとしても、ここで倒してしまうべきだと思う。実際にグランデイルにいた時も、アイツは好き勝手な事ばかりしてたんだ。さっき金森が発言していた事は、全部本当の事さ。金森は委員長に頼みこんで、この世界の女の子を魔法で操って好き放題にもて遊んでいた。だから金森は委員長にいつもベッタリだったんだ」
「水無月くん……。で、でも! 金森くんは、私達と同じクラスメイトなんだよ!」
水無月の殺気を察したのか、優しい香苗は動揺した表情を浮かべながら訴えてくる。だが、俺の気持ちも水無月と同じだった。
「悪いな……香苗。どちらにしても、今はあの金森を何とかしないとここから動く事が出来ない。俺はコンビニに仲間を残してきているから、早くここから戻らないといけないんだ。だから洪水を流し続けている金森の野郎を、何とかしないといけない!」
俺はドローンの映像を確認しながら、大量の水を流し続けている金森の様子を見つめる。
幸い金森が水を大量に放水しているお陰で、装甲車の周囲にいた緑色のゾンビ達も、連合軍の騎士達も水で流されてしまっている。
つまり今なら、空中に待機させているドローンからミサイル攻撃を加えても大丈夫だろう。
俺はスマートウォッチを操作して、空中に待機させている近くのドローンから小型ミサイルを金森に向けて発射させた。
上空から白い糸を引くようにして、金森の体に接近していく小型ミサイル。
例えそれが威力の低い小型ミサイルだったとしても。人間の体に直撃をすれば、確実に相手の体は粉々に砕け散ってしまうだろう。
ミサイルは金森の立っている場所付近に着弾するコースをとって、そのまま勢いよく進んでいった。
ドローンから放たれたミサイルは、あと少しで金森に命中をすると思われたその寸前で――。
”ドゴーーーーーーン!!!”
金森の周囲に浮かんでいる水の円盤カッターが、急接近してくるミサイルに反応して飛んでいき。そのまま上空でミサイルに命中して爆発させてしまった。
空中で四散したミサイルの爆風と轟音が、装甲車の内部にまで大きく響いてくる。
「クソっ……! あの水の円盤は、接近するものを自動で追尾して撃退する機能も付いているのかよ!」
超スピードで向かっていくミサイルに、手動で狙いを定めて迎撃するなんて事は、人間の反応速度では不可能だ。金森のあの水の円盤カッターは、近づく物に対して自動で照準を定め。しかも攻撃をしかける事が出来るのだろう。
ミサイルが自身の近くの空間で爆発をしたのを目撃した金森は『キィーーッ!』と空を睨みつけて。
その手を上空にかざし。先程、空の上から小型ミサイルを発射させたドローンに向けて、水の円盤カッターを連続で発射させていく。
そして今度は空中で待機させていたドローンを、上空で爆発させて撃墜してしまった。
これでミサイル攻撃で金森を行動不能にする事は、もう不可能になっちまったな……。
ドローンからの攻撃が効かないなら、今の俺にはもう打つ手は何も残っていない。
「クソ……水無月はどうだ? お前の怪我は、もう大丈夫そうなのか?」
「ああ。俺の右手はもう大丈夫だよ。相変わらず香苗さんの能力が神過ぎて言葉もないくらいだけど。俺はもう戦える状態にまで復帰出来たよ」
水無月が、切断された右手を治療してくれた香苗に、感謝の言葉をかけながら深く頭を下げる。
そして俺達は、外で水を流し続けている金森に対抗する手段を改めて考える事にした。
「俺は槍を持って、高速移動する事が出来るんだけど……。周囲の足場が全て水で流されているこの状況だと、ちょっとキツイかもしれないな。本来のスピードを発揮する事が出来なくなっているし、金森に向けてこの装甲車の上から大ジャンプをして飛びかかるのも無理だと思う。空中では軌道の変更が出来ないから、真っ直ぐに飛んで向かっていく間に、あの水の円盤カッターの集中攻撃を受けてしまうからな」
「そうか……。だとすると、この装甲車の中に隠れている事くらいしか今の俺達には出来ないって訳なのか」
俺は早くコンビニに戻らないといけないのに。まさか、あんな奴の為に行動不能にされてしまうなんて。
それに杉田を助けに行ったアイリーンが、なかなか戻ってこない事も気になる。アイリーンが戻ってきてくれれば、金森なんか一瞬にして退治してくれるだろうに。
でも、いつまで経っても戻ってこないという事は……。きっとアイリーンと杉田の身にも、何か危険が及んでいる可能性もあり得る。
今は、金森の水道ホース野郎なんかに貴重な時間を割いている場合ではないんだ。
それこそ今、この瞬間……あの緑魔龍公爵がこの場に突然襲いかかってきたりでもしたら、最悪な事になる。
ここは何としても、早めに金森を撃退して。俺達は次の行動に移らないといけないな。
「水無月……。実は俺に少しだけアイデアが有るんだけど、ちょっとばかし協力して貰っても良いかな?」
「えっ? あ、ああ……それは大丈夫だけど。一体どうするつもりなんだ、彼方?」
俺は水無月と香苗の2人の顔を交互に見て、ニヤリと笑ってみせる。
「もちろん、決まっているさ。あの水道ホース野郎に正面から正々堂々と『一騎討ち』を挑んでやるのさ! そしてアイツの顔をボコボコに殴り倒して、心の底から俺はスカッとさせて貰うつもりだぜ!」