第九十四話 緑色の終焉
「グッフェェェェッ……!?」
ハエ叩きで、思いっきり上から引っ叩かれたように。
空から勢いよく振り下ろされた巨大フォークによって。緑魔龍公爵の体は、地面の中にめり込むほどの強烈な力で叩きつけられた。
そのまましばらく全身を大地にめり込ませて、悶絶しながら体をピクピクと震わせる緑魔龍公爵。
しばらくして、やっと息を吹き返すと。呼吸を乱しながら慌てて飛び起きる。
「ハァ……ハァ……! このクソ雑魚うじ虫勇者共があああぁぁぁッ!! 調子に乗りやがってぇぇッ!!」
激しい怒りの表情を浮かべながら、緑魔龍公爵は激昂する。
その全身からは、緑色の液体が流れ出し。口から大量の緑色の血を吐血させている。
地面に体を打ち付けられ、両手も失っている緑魔龍公爵の姿は、外から見れば完全に満身創痍な状態に見えた。
……だが、まだ決して油断する事は出来ない。
相手は魔王軍の4魔龍公爵の名前を冠する強者なのだ。これくらいのダメージで倒れてしまう、という事は決して無いはずだ。
緑魔龍公爵が弱っている、この機を逃すまいと。畳み掛けるように、舞踏者の勇者である藤枝みゆきが、片腕だけの状態で必死に剣を握りしめながら斬りかかる。
「チィィッ! このクソ雑魚どもがーーッ!! 調子に乗るんじゃねええええぇーーッ!!」
緑魔龍公爵は、激昂しながら大量の光を全身から一気に放出させる。
すると、失われていた緑魔龍公爵の両腕が一瞬にして、その付け根の部分から再生された。
失った体の一部を再生させるのは、緑魔龍公爵にとって、かなり体力を消耗させる行為だ。だが、驚異的な速さで斬りかかってくる藤枝みゆきの剣技に対抗する為には、やむを得ない選択肢だった。
”カキーーーーン!!” ”ガキーーーーン!!”
再び舞踏者の勇者が織りなす、華麗な斬撃が炸裂する。
緑魔龍公爵の長く鋭い爪が、舞踏者の勇者の繰り出す剣とぶつかり合い。空中で火花を散らしながら、幾重にも光の線を交差させた。
激しい交戦をしている両者のうち、片方は片手を失っている状況だというのに。
両手を復活させた緑魔龍公爵は必死に緑色の爪を伸ばし。藤枝の猛攻を防ぐのがやっと……という状態にまで追い込まれている。
それ程までに、緑魔龍公爵の体力は消耗し切っていた。
今回の戦いにおいて、無名の異世界の勇者達にここまで追い込まれてしまった事に対して。緑魔龍公爵は屈辱を感じざる得ない心境に陥っていた。
……だが、もはやそのような劣等の感情に流されている暇さえなかった。
この、時実は……コンビニチームの異世界の勇者達が想像していた以上に。緑魔龍公爵の精神は、かつてないほどにギリギリの状態にまで追い込まれていた。
これまで緑魔龍公爵は、全ての戦闘の場面おいて。自身の能力を完全に再現出来る『分身』を作り出して、敵と戦わせてきた。
例え敵と戦っている分身がやられてしまったとしても。それは本体ではない分身なのだから、何も問題ない。
そうやって緑魔龍公爵はいかなる場においても、絶対に自分の本体が敵に殺される事はない、という『無敵』の強さと自信を誇ってきたのである。
今回の戦闘においても、実は緑魔龍公爵の本体は旧ミランダ王国の王都周辺にはなく。少し離れた場所にある山中の洞窟に、本体をこっそりと隠していた。
そこから遠隔操作で自身の『分身』を操り、異世界の勇者達と戦っていたのである。
だから仮に、想定外の事態が起きたとしても。
緑魔龍公爵には、何も焦る必要は無かった。
自身の本体はここから遥か遠く離れた山の中にあり。決してそれが他者に見つかって、攻撃をされるという事はあり得ないのだから。
そう、先程までは確かにそう思っていたはずなのに。
緑魔龍公爵の自信と余裕の源でもある、自身の分身を操りながら敵と戦うという安全を確保した戦闘スタイルの土台が、一瞬にして崩されてしまうという『想定外の事態』が起きた。
それは、アイドルの勇者である野々原有紀が、レベルアップにより取得した新たな能力――『自身の結界の範囲内に侵入をした敵の、固有の能力の一部を封じてしまう』という能力。
それにより、緑魔龍公爵は自身の身を守る緑色の障壁を張る事が出来なくなってしまった。
それだけではない。つい先程までは、分身体の状態で敵と戦っていたはずだったのに……。
いつの間にか自身の『本体』が、この場所に強制移動させられてしまい。分身体の代わりに本体が直接、異世界の勇者達と戦うという事態にされていたのだ。
つまり分身に敵と戦わせるという緑魔龍公爵の得意の戦法が、強制的に野々原のアイドルの結界の新能力によって、無効化されてしまったのである。
だから、この場でコンビニを守る勇者達と戦っているのは、緑魔龍公爵の本体だ。
もちろんこのような経験は、緑魔龍公爵にとっては生まれて初めての事だった。
遠い昔、動物園の勇者である『冬馬このは』と共に、この世界で当時暴れていた魔王と戦った時でさえ。
彼女は常に自身の本体を隠して、分身体を用いて安全に敵と戦ってきたのだ。だからどのような強敵と戦う時でも、自分の本体の安全だけは、常に確保をされているという余裕があった。
それなのに……まさかその分身体も、身を守る防御シールドも。全てが敵の謎の能力によって、完全に無効化されてしまうなんて。あまりにも想定外過ぎる。
緑魔龍公爵は、舞踏者の藤枝みゆきとぶつかり合いながら、横目でコンビニの屋上で歌っているアイドル野々原の姿を忌々しげに睨みつける。
このような反則の能力を持つ勇者を、この世界に野放しにいておく訳にはいかない。必ず魔王軍にとって、後々の災いとなるに違いない!
だが今は、あまりにも分が悪過ぎた。
このままでは、自分は本当に殺されてしまいかねない。このクソ生意気な新参の異世界の勇者達に、無様に殺されてしまう事。それだけは絶対に避けなくてはならない。
緑魔龍公爵が生き残る為に今……取るべき行動は、もう2つしか残されていない。
1つは、チート結界を発動している3流コスプレアイドルをぶち殺して、結界を強制的に解除する事。
もう1つは、隙を見てこのチート結界から逃げ出し。再び『分身』の能力を発動させて、本体を安全な場所に避難させてから戦う事である。
しかしそのどちらの方法を取ろうにも、目の前でしつこく斬りかかってくる、片腕の剣士が邪魔過ぎる! ウザ過ぎる!
結界を生み出している、アイドルの野々原を攻撃させまいと。舞踏者の藤枝は、手を休める事なく執拗に緑魔龍公爵に対して攻撃を繰り返し続けていた。
緑魔龍公爵は、得意の大ジャンプをして上空に逃れようにも。そこには超巨大クマのぬいぐるみが、空の上で銀色のフォークを振り回しながら待ち構えている。
あの巨大なクマのぬいぐるみの攻撃は、あまりにも恐ろし過ぎる……。うっかり巨大なフォークの攻撃を食らってしまうと、それだけで本当に瞬殺されかねない。
だから安易に上空に飛び、結界の範囲外に逃れようとする事も出来ないでいた。
藤枝も、小笠原も、野々原も緑魔龍公爵が分身の能力を解除されて、精神的に追い込まれている事を知っている訳ではなかった。
むしろ自分達が先程まで戦っていた相手が、緑魔龍公爵の分身体であった事など。3人娘達は全く知らなかったくらいだ。
ただ弱り始めている緑魔龍公爵を、この野々原のアイドルの結界から逃がさないようにと、無心で攻撃を繰り返しているに過ぎない。
しかし、時間が経てば経つほど。
藤枝みゆきも、小笠原麻衣子も、その体力の限界が既に近づいてきていた。
2人ともレベルアップによる身体能力の上昇と、野々原の結界によるバフ効果によって、その能力は大きく上昇をしていたが。負傷している体の傷が癒えた訳ではない。
藤枝は失った左腕の付け根から、大量の出血を吹き出している。
両足を溶かされてしまっている小笠原は、意識を失う寸前の所で。地面にうつ伏せに倒れながら、気力だけで超巨大クマのぬいぐるみを操っていた。
緑魔龍公爵を追い詰めているように見える2人の異世界の勇者も、出血死する寸前のギリギリのラインで戦いを続けている。
「クッソがあああぁぁッーーー!! この死に損ないのゾンビ勇者どもめえええぇぇーーッ!!」
緑魔龍公爵は咆哮をあげて。全生命力を燃焼させるようにして、全身から緑色の光を発光させる。
そしてコンビニの屋上にいる、アイドルの野々原を一気に始末しようと、勢いをつけて襲いかかった。
もちろん、それを阻止する為に。藤枝みゆきが緑魔龍公爵の正面に剣を構えて立ち塞がる。
だが――……。
”カキーーーーーーン!!
今度は、藤枝の体が――。緑魔龍公爵の強烈な一撃によって、大きく後方に弾き飛ばされた。
元々、藤枝は片腕を失い。大量出血の中、気力だけで戦いを続けていたような状態だ。
自身の生死をかけた、本気の緑魔龍公爵の一撃を食い止めるだけの体力は既に無かったのである。
「うおおおおおおおぉぉぉーーーーッ!!」
両手から伸ばした鋭い爪を大きく振り上げ。
緑魔龍公爵は勢いよく大地を蹴り、上空に跳躍をしながらコンビニの屋上にいる野々原に向けて襲いかかる。
コンサート会場内で歌う野々原には、直接敵と戦う戦闘能力は無い。だから、緑魔龍公爵の攻撃を野々原には防ぐ事が出来ない。
つまり、この状況でアイドルの野々原を救う事が出来るのは――。『射撃手』の勇者である紗和乃、たった1人だけという状況だった。
(私が、野々原さんを絶対に守り抜かないと……!)
紗和乃は必死に、現在の状況を頭の中で整理する。
緑魔龍公爵と対等に戦える3人娘達と違い。自分はここにいるメンバーの中では、1人だけレベルが低いお荷物の勇者だ。
レベルアップをした野々原の結界のおかげで、紗和乃はバフ効果の恩恵を受けてパワーアップしている。
だから今なら、敵に魔法の弓を当ててダメージを与える事が出来るかもしれない。
しかも緑魔龍公爵は、自身の身を守る緑色のシールドが野々原の結界により無効化されている状況だ。
そう、魔法の弓を当てさえすれば良いのだ。
そうすれば確実に、敵の攻撃を食い止める事が出来るかもしれない。
――でも、もし当てられたなかったらどうなる?
命中をせず、緑魔龍公爵に魔法の矢の攻撃を避けられてしまったとしたら。その隙に野々原を仕留められて、全てが終わってしまう可能性もある。
そんなリスクを負ってしまうような攻撃を、今はするべきではない。
何も自分が直接、緑魔龍公爵を倒す必要はないのだ。
ここは、野々原を守る事だけを優先させればいい。
だから今、紗和乃が取るべき道はこれしかない。
紗和乃は手にしていた魔法の弓をしまい、魔法の矢を幾重にも折り重ねて。それを自分の体に巻きつけるようにして、小さな防御シールドを作り出した。
味方全体を守るような、大きな防御シールドを張る事は出来ないが、自身の体だけを守る事の出来る小さなシールドなら展開する事が出来る。
その無数の魔法の矢による防御シールドを身にまとった状態で、紗和乃は野々原の前に立ち。
襲いかかってくる緑魔龍公爵の正面に立ち塞がる。
「そこを、どけええぇぇぇーーッ!! このクソアマがあぁぁーーッ!!」
「絶対にどかないわッ!! ゾンビ量産しか出来ない、このサイコ女めええぇーーーッ!!」
緑魔龍公爵の緑色の鋭い爪が、魔法の矢に包まれた紗和乃の体を直撃する。
”ギギギギギギギギギギギ――ッ!!!”
無数の金色の火花が大量に飛び散り、そして――。
「なッ……!? そんな、馬鹿な……!?」
紗和乃に襲い掛かった緑魔龍公爵の体が……。まるで放電している電線に触れてしまった野生動物のように、衝撃で大きく後方に弾かれた。
野々原の結界のデバフ効果により、能力が大きく下げられている緑魔龍公爵は、逆に能力上昇のバフ効果を与えられ。魔法の矢で作った防御シールドに、全ての力を注ぎ込む紗和乃の体を、切り裂く事が出来なかったのである。
「クッ……! これでは……!?」
緑魔龍公爵はアイドル野々原と自身の間に、ガードマンとして立ち塞がる紗和乃を、忌々しげに睨みつける。
目の前で魔法の矢の防壁を展開している勇者を取り除く事が出来ないのならば、これ以上、どんな攻撃を仕掛けても無駄だろう。
紗和乃という邪魔者を排除する力がもう、緑魔龍公爵には残されていなかった。
それは、アイドルの野々原を殺して結界を壊すという選択肢が完全に『詰んで』しまった事を意味する。
それならばもう、取るべき選択肢は1つしか残されていない。
緑魔龍公爵は野々原と紗和乃の2人を睨みながらも、踵を返して、全力でコンビニから遠くに走り去ろうとする。
ここはもう、逃げるしかない。
逃げて、逃げて……。アイドルの勇者の作り出す結界の及ばない所にまで全力で逃げる。
そこで分身を生み出す固有能力を復活させて、何とかこの不利な状況をひっくり返すしかない。
上空高くにジャンプして逃げようとすると、高さ70メートルを超える超大型クマのぬいぐるみの攻撃を受けてしまう。だから緑魔龍公爵は、地面を走るようにして、目立たないように結界の外を目指して駆けていく。
その姿を見て、ここまで追い詰めた緑魔龍公爵を絶対に逃すまいと――。
気力のみで体を動かしている、舞踏者の藤枝みゆきが、再び緑魔龍公爵の後方から飛び掛かっていく。
後方に後退りながらも、藤枝の猛攻に必死に対応をする緑魔龍公爵。
”ガキーーーーン!!” ”ガキーーーーン!!”
既に体力の限界を遥かに超えている藤枝みやきの剣の動きは、だいぶ鈍くなっていた。
いくらバフの効果があっても。藤枝の体はもう、大量出血によって気を失う寸前の状態だ。
緑魔龍公爵は、藤枝の剣撃を避わしながら。このまま何とか、自分は結界の外に逃げ切る事が出来ると確信する。
あと、たったの10メートルほどだ。
結界の中に入れないゾンビ達が、結界の障壁の周辺で、群れをなして集まっている光景が見えてきた。
あそこまで辿り着きさえすれば、不利な状況から逆転する事が出来る。
結界により制限されている自身の能力を全て復活させて、再び有利な条件で異世界の勇者達と戦う事が出来る。
緑魔龍公爵の顔に、ようやく安堵の笑みが浮かびそうになった、その時だった――。
「ぐぎゃあああああっっっーー!? な、何だコレは……!?」
緑魔龍公爵の全身に、突然、強烈な激痛が走る。それは体の一部分だけではなかった。
体の全ての箇所で、同時に針で突き刺されたかのような強烈な痛みが走ったのだ。
慌てて緑魔龍公爵は、自身の体を見回して見ると。
そこには、豆粒サイズの小さなクマのぬいぐるみの群れが、体中の至る所に張り付いていた。
その小さな1つ1つのクマのぬいぐるみ達が、手に持っているミニマムサイズの銀色のフォークを、緑魔龍公爵の体の表面の皮膚に突き刺している。
「こ、この……! 死に損ないの、クソ異世界の勇者どもがあぁぁッ!!」
痛みで完全に我を忘れた緑魔龍公爵は、激昂しながら空中に大ジャンプをする。
空中で体を振り回し。全身にくっ付いているミニマムサイズのクマのぬいぐるみ達を、体から強引に振りほどく。
しかし、上空にジャンプした無防備な緑魔龍公爵の体を、空から見下ろしていた超大型クマのぬいぐるみが放っておく訳がない。
その手に持っている巨大な銀色のフォークで、緑魔龍公爵を再び大地に叩きつけようとする……と、思われたのだが――。
意外にも空中で緑魔龍公爵を捕まえたのは、超大型のクマのぬいぐるみではない、もっと『別の物』だった。
「な、何だ? この銀色の物は……!?」
緑魔龍公爵の体を空中でキャッチをしたのは、空から伸びてきていた『銀色のアーム』だった。
それはクレーンゲームの勇者である秋山早苗が、コンビニの中から遠隔操作で操るクレーンゲームの巨大アームである。
既に弱りきっていた緑魔龍公爵の体を、強制的に掴み上げる銀色のアーム。そしてアームは、そのまま上空に緑魔龍公爵の体を強引に引っ張り上げていく。
しばらくすると、銀色のアームは空の上で緑魔龍公爵の体を掴んだまま――。
忽然と、その姿を消し去ってしまった。
その光景をコンビニの屋上から紗和乃は呆然とした面持ちで見つめていたが……。ふと我に返って。急いで大怪我をしている藤枝みゆきと、小笠原麻衣子の体の回収に向かった。
あのクレーンゲームのアームは、緑魔龍公爵をどこかに連れ去ってしまったようだが……。おそらく、もう安心して大丈夫なのだろうと紗和乃は思った。
なぜなら、あのアームが向かった先にはきっと――。
自分達よりも遥かに強い、コンビニ陣営最強の『あの人』が待ち受けているに違いないのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぐぎゃあああぁぁぁーーッ!?!?」
銀色のアームに掴まれた緑魔龍公爵の体が、突然、暗闇に包まれた広大な空間の床に叩き落とされる。
全身にまだこびり付いていた、小さなクマのぬいぐるみ達を必死に振り落とし。
緑魔龍公爵は静かに、周囲の様子を観察してみた。
……一体、ここはどこなのだろうか?
先程までコンビニの周囲に張られていた結界から逃れようと、自分は必死に走っていたはず。
それが突然、空から伸びてきた巨大な銀色のアームに掴まれて。こんなにも静かで、薄暗い場所に落とされてしまった。
「ここは、一体……?」
広大な空間に漂う不気味な静けさと。
無限に広がり続ける暗黒の闇。
だが、ここはどこかで一度。
見た事がある場所だと、緑魔龍公爵は思い出した。
その場で、キョロキョロと周囲を見回していた緑魔龍公爵の耳に、闇の向こうから『カツーン、カツーン……』と、反響しながら響いてくる誰かの足音が聞こえてきた。
緑魔龍公爵が注意深く、その足音が聞こえてくる方角を注視する。
すると闇の中から……今、彼女にとって最も出会いたくない人物の姿が浮かび上がってきた。
「あらあら。また、この地下駐車場の中でお会いをするなんて、本当に奇遇ですね」
「――お、お前は!?」
目の前に現れたのは、ピンク色の髪に上品な灰色の制服を着こなした細身の女性。
そう――。暗闇の中から姿を現したのは、コンビニホテルの支配人。コンビニの地下階層を統べる守護者でもあるレイチェル・ノアであった。
緑魔龍公爵は、自分がいつの間にかにコンビニの外から。コンビニの地下の最下層にある、地下駐車場の中に瞬間移動させられた事に気付いた。
そして、レイチェルの姿を見るやいなや――。
慌ててその場から、脱兎のごとく逃げ出そうとする緑魔龍公爵。
”ガチャリ……!”
しかし、いつの間にかに自分の体には拘束用の鎖が巻き付けられていて。体が自由に動かせなくなっている事に気付いた。
「ウフフ。本当に残念ですね……。前回のように分身体だけを残して本体は生き延びるという事が出来ないように。私はずっと特別な鎖を作って用意していたのです。ですが野々原さんが想像以上にレベルアップをしてしまったので、この鎖を使う必要がなくなってしまいました。でもせっかく夜鍋をして徹夜で作り上げた物なので、今回は特別に使用させて貰う事にしますね☆」
ニコニコと笑顔で近づいてくるレイチェルの姿が、今の緑魔龍公爵には恐怖にしか感じられない。
体を大きくひねるようにして、鎖を振り回してみても。両手足にしっかりと繋がれている鎖は、どう足掻いても引きちぎる事が出来なかった。
「――『重力圧縮領域』――!」
レイチェルが左手を真上にかざしながら、ゆっくりと緑魔龍公爵の体に近づいていく。
その手の先に、白い閃光の輝きがゆっくりと収束していく。そして目に見えない、巨大な空気の断層を地下駐車場に出現させる。
「や、やめろおおおおおおおおッッ――!?」
ハイヒールの足音を高らかに響かせながら。
ゆっくりとこちらに歩み寄るレイチェルに、緑魔龍公爵は必死に叫び声を上げる。
「大変申し訳ありません。ここでやめてしまうと、地上に残るゾンビ達をまとめて消す手段がなくなってしまいますので……。申し訳ありませんが、あなたにはここで消滅して貰います」
白い閃光の集まる指先を、レイチェルはゆっくりと緑魔龍公爵の体にそっと触れさせる。
すると……。
「グギャァァァァーーッッ!?!?」
巨大な空気の断層に、体が押し潰されていくかのように。
緑魔龍公爵の体は、深海に沈んで水圧に押し潰されていくカップ麺のように。その体積がどんどん小さくなっていった。
やがて緑魔龍公爵の体は、目に見えない小さな点にまで縮小していくと。
”――ポン――!”
最後には、軽快な炸裂音だけを残して。
緑魔龍公爵の姿は、この世界から完全に消え去ってしまっていた。
100年にわたる魔王軍との戦争の中で。人々に最も恐れられていた最強の4魔龍公爵は、ミランダの地でコンビニの勇者の仲間達によって倒されたのである。




