第九十一話 黒い戦車軍団の参戦
ミランダ領の森林地帯に轟音が連続で鳴り響く。
大地を震わせながら、辺り一面に轟く大きな爆発音。
その音の発信源は、南側にある丘の上に。横一直線に並んでいる黒い戦車部隊から発射される、大砲撃によるものだった。
”ドゴーーーーーン!!”
”ドゴーーーーーン!!”
世界各国の騎士団と、緑魔龍公爵の放ったゾンビ達が激しい戦闘を繰り広げる森林地帯から、少し離れた場所。
南の丘の上に陣を構えた赤い鎧を着た騎士団が、緑色のゾンビの大群に向けて、黒い戦車から集中砲火を繰り広げている。
「一体、何なんだよ……あの黒い戦車部隊は? もの凄い数の戦車が丘の上にびっしりと整列しているぞ。しかもあの黒い戦車、うちのコンビニの地下に格納されている戦車と外見が似ているような気がするけど……」
この異世界に、あんな近代兵器を大量に所持しているような軍隊があったのか?
だとしたらそれは、一体どこの軍隊なのだろう?
「赤い鎧の騎士団!? 彼方くん、あれはきっと南のバーディア帝国の軍隊よ。バーディア帝国は今回の遠征で、1番多くの大兵団を引き連れて参戦してくるって、グランデイル軍の中でも噂になっていたもの!」
「バーディア帝国だって? そのバーディア帝国ってのは、俺達が暮らしていた世界と同じ近代兵器を所持している国なのか? この世界には『剣と魔法』だけじゃない、ハイテク文明が栄えている国も存在していたっていうのかよ……」
俺はあまりの驚きで、ついまくし立てるように香苗に聞き返してしまった。
そんな俺からの質問に、香苗は申し訳なさそうな顔を浮かべて返答する。
「彼方くん、ごめんなさい……。私にも、よく分からないの。南のバーディア帝国は今まで、魔王軍との戦いに積極的に参加した事が一度も無い南の大国なの。だからそのバーディア帝国が、どんな兵器を所持しているのかは、きっと誰も分からないと思うわ」
「……そうか、分かった。この世界の中でも、ずっと謎に包まれていたような国の軍勢なら、香苗が知らないのも当然だよな。俺も興奮し過ぎて、つい大声を出しちまった。申し訳ない……」
「ううん、いいのよ、彼方くん。それよりも、あの黒い戦車の砲撃は本当に凄いわね……。押し寄せるゾンビ達の波を全部、弾き返しているみたいだわ」
俺と香苗は2人で、黒い装甲車の上部ハッチを開けて。そこから顔をヌイッと外に向けて出している。
そして、遠くの丘から戦車隊による大砲撃を繰り広げているバーディア帝国軍の様子を遠目で見ながら。事態の推移を観察し続けていた。
「確かに、戦車隊の砲撃が凄まじいのもあるけれど。この森林地帯から離れた所で、ちゃんと陣形を組み。向かってくるゾンビ達だけに、砲撃を集中させているのは凄いな……」
既に各国の騎士達が入り乱れ、混戦状態に陥ってしまった戦場からは一定の距離を置き。
バーディア帝国の軍勢は、丘の上から自軍に対して向かってくるゾンビ達の集団だけに的をしぼって、集中砲火を浴びせている。
誰が指揮をしているのかは知らないが……。きっと、かなり冷静な判断が出来る司令官が帝国にはいるのだろう。
この戦場に最後に到着して。今の状況が瞬時に判断出来ているのだから、かなり有能なのは間違いない。
「それと、あの様子から見ると。ここのゾンビ達は、森林地帯以外の地面からは沸き出て来る事が出来ないみたいだな。もしどこからでも出現出来るのなら、あの丘の上に並ぶ戦車隊のいる場所からでも、湧き出て攻撃を加える事が出来るはずだしな」
バーディア帝国が陣を構える丘の上の土地からは、どうやらゾンビ達は湧き出てくる事が出来ないらしい。
森林地帯から出現した緑色のゾンビ達は、丘の上の戦車隊に向けて歩いて反撃に向かっている。
そしてその途中で、戦車隊の集中砲火を浴び。次々と倒されているという状況だった。
俺と香苗は、しばらく突然出現したバーディア帝国の軍隊に見惚れていたが――。
……ふと、大切な事に気付いた。
「あれ? そういえば、杉田はどこに行ったんだ……?」
「えっ、あっ……!? たしかに、杉田くんの姿が見えないわ!」
俺と香苗が、遠くの戦車部隊を見つめている間に。いつのまにかに、杉田の姿が見えなくなってしまっていた。
「しまった! あいつ、まさか……!?」
「――店長! ご友人の方ならつい先ほど、装甲車の後部ハッチから急に飛び出して。ゾンビの群れの中に、お一人で飛び込んで行ってしまいました」
装甲車の周りのゾンビを、黄金剣で斬り裂き続けているアイリーンが叫びながら俺にそう伝えてきた。
「杉田が!? マジかよ! せめて、この装甲車を運転して進めば安全だったのに。わざわざゾンビの海に自分から飛び込むなんて、何を考えてるんだ!」
「彼方くん……。きっと杉田くんは頭に血が上ってしまって、今は冷静さを失っているのよ。だから、早く連れ戻してあげないと!」
たしかに……。
さっきの杉田は、完全に冷静さを失っていた。
もちろん、妊娠中の奥さんが大事なのは分かる。
でもだからと言って、ここから走って。しかも1人でグランデイル王国に向かうなんて、あまりにも無謀過ぎる。
むしろ自分からゾンビの群れに飛び込んで、ますますピンチな状況を作ってしまっている。
「店長……もしよろしければ私が、店長のご友人を連れ戻しに行って参ります。飛び出て行った方向も、私はちゃんと確認していますから、数分も頂ければ必ずここに連れ戻す事が出来ると思います。その間、店長はここで待っていてくれませんか?」
「アイリーンが? よし、分かった! すまないが杉田を頼む。アイツを無事にここまで連れ帰って来てくれ!」
「了解しました! 店長もどうか、ご無事で!」
アイリーンが装甲車の周りのゾンビを片付けながら。急いで方向転換をして、後方の森林地帯の中へと全速力で駆けていく。
俺と香苗は、装甲車の上部ハッチをいったん閉めて。とりあえずは、安全な車内に避難する事にした。
――ふぅ……。
正直、今の俺は……。アイリーンにとって、ただのお荷物な状態だ。
俺はコンビニの店長ではあるが、特別に凄い魔法や武器が扱える技能を習得している訳でもない。
せめて上空のドローンをもっと自由に操れるのなら、ドローンからミサイル攻撃をして。ゾンビ達の集団に、道を切り開く事も出来るのだろうけど。
「まあ……この混戦の中じゃ、それはちょっと難しそうだよな。香苗の方はどうだ? 何か魔物と戦えるような攻撃魔法を扱えたりするのか?」
俺は『回復術師』の能力者でもある香苗に、対魔物用の魔法などを習得していないかどうかを聞いてみた。
「……ううん。彼方くん、ごめんね。私は回復魔法が専門だから、戦闘用の能力は何も持っていないの」
ガクッと肩を落として。頭を下げてくる香苗。
「いや……。そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ! 俺なんてコンビニで沢山の商品を扱ってたりするけど。全然、敵と戦えるような能力を持たない、無能だったりするからさ。戦闘に関しては俺も香苗と同じようなものさ」
「そうなの? コンビニの勇者の彼方くんは、もの凄く強いんだってグランデイル王国軍の中でも評判だったよ。だって、魔王軍の強い幹部を倒したんでしょう?」
「ああ。赤魔龍公爵を倒した時の事か? あれは俺の能力というよりは、味方が凄く強かったのさ。さっきの青い鎧を着た騎士のアイリーンは、マジでめちゃくちゃ強い騎士だからな。アイリーンが本気を出せば、この辺りのゾンビも全部倒せちゃうだろうしな」
「ええっ、そうなの? でも、その強い騎士さんは、彼方くんの指示を何でも聞いてくれるんでしょう? だったらやっぱり、彼方くんが凄いんだと思うよ! コンビニを管理している彼方くんが凄いから、みんなも彼方くんを信頼しているんだと思うし」
「そ、そうなのかな? その辺りはよく分からないけど。褒めてくれてありがとうな、香苗」
俺は苦笑いというか、照れ笑いを浮かべて。羨望の眼差しで俺を見つめてくる香苗から目を逸らした。
何だか、クラスメイトの香苗美花とこうしてゆっくりと話をするのは、本当に久しぶりだけど。
やたらと俺の事を丁寧に持ち上げてくれるので、つい気恥ずかしくなってしまう。
そういえば香苗は、クラスの誰に対しても態度を変える事がない優しい性格の奴だった。
クラスのイケメンカースト順位が低い、俺みたいな普通男に対しても、普段からいつも笑顔で話しかけてくれてたし。人懐っこく可愛い顔をしていたから、クラスの隠キャ男性陣にもかなり人気が高かったのを憶えている。
「……よーし! ここでアイリーンの帰りを待っているだけなのも、暇だしな。少しでも装甲車の周りのゾンビの数を減らしておくとするか!」
「えっ……彼方くん、どうするつもりなの?」
俺はとりあえず装甲車の運転席に座り、エンジンを入れてみる事にする。
鋼鉄の装甲車の中にはゾンビは入れない。だから車内の安全は確保されているけれど、周囲をゾンビに完全に包囲されているので、いくらアクセルを踏み込んでも装甲車を前進させる事は出来なかった。
俺達が車内にいる事を知っているゾンビ達は、車の周りを埋め尽くすように進行方向を完全に塞いでいる。
車のエンジン馬力をもってしても、何重にも折り重なるゾンビ達の肉壁を突き崩す事は出来ない。
「コイツら、バッタの大群みたいに群れて襲い掛かってきやがって……。それなら、これでも食らいやがれッ!」
俺は装甲車の先頭部分に装備されている、機関銃の発射トリガーに指をのせる。
そして、一気にボタンを押して。目の前のゾンビ達に向けて機関銃を思いっきりぶっ放してやった。
”ズドドドドドドーーーッ!!!”
装甲車の正面に張り付いたゾンビのうち、かなりの数が装甲車の機関銃によって、吹き飛ばされていく。
さっきハッチの上からから顔を出して、周囲の様子を確認した時。車の周りには人間の騎士がいない事は確認済みだったからな。
だから今なら、装甲車の機関銃を乱射させても大丈夫だろう。
……だが、とにかく数の多いゾンビ達は、機関銃の射撃によって空けられたスペースを、あっという間に埋め尽くしてしまう。
倒れたゾンビ達の上を、すぐに別のゾンビ達が飛びつくようにして襲い掛かってくるからだ。
これじゃ押し寄せる大波に、永遠に小石を投げつけるくらいの効果しか期待出来ないな。
「くっそ……! 本当にキリのない奴らだ。今度は力技で、無理矢理押し出してやるぞ!」
再び機関銃を連射させた俺は、今度は砲撃によって空いたスペースにアクセルを全開にした装甲車をそのまま突っ込ませる。
そしてアクセルを踏みっぱなしにしながら、車体を時計の針のように回転させて。機関銃を乱射させながら、周囲のゾンビ達を次々と薙ぎ倒していった。
「彼方くん、凄い!! まるで、映画の『カー・アクションシーン』みたいだね!」
「へへっ……いつもドローンの遠隔操作をしているから、機械の扱いは鍛えられているからな。これくらいの芸当は、お手の物だぜ!」
何をしても、ベタ褒めしてくれる香苗におだてられて。
俺がついつい調子に乗って、装甲車の運転席でドヤ顔をしていると。
”ドゴゴーーーーン!!”
今度は突然、装甲車の屋根に大きな衝撃が走った。
「うおおぉッ!? な、何だよ……今の衝撃は!?」
俺と香苗は2人で装甲車の天井部分を同時に見つめる。するとそこには、大きな衝撃による凹みが入っていた。
鋼鉄の装甲車の鉄板に、こんなに凄い凹みが入るなんて。一体、何が起きたっていうんだ?
どうやら何かもの凄く強い衝撃が、装甲車の上から加えられたみたいだな。
狭い装甲車の車内からは、上部の様子を覗くことは出来ない。なので俺はスマートウォッチを使って、上空に待機させているドローンのカメラから、装甲車の上の様子を探ってみた。
「えっ? 一体何だよ、この巨大なカエル達は!?」
ドローンの偵察カメラの映像には、緑色の巨大カエルが数匹――。黒い装甲車の上にのしかかるようにして、くっ付いている映像が映し出されていた。
上に乗っかるだけで、装甲車の外壁を凹ませる事が出来るのかよ?
このカエル達は一体、どれだけ重くて頑丈なんだ。まさか鋼鉄製のカエルって訳じゃないだろうな。
「彼方くん! あ、アレを見て!」
「えっ……!? って、うおおぉぉぉ、マジかよ!?」
ジューッ、と音を立てて。装甲車の正面部分の機関銃が溶け始めている。
どうやら巨大カエル達は、口から強力な酸性の唾液を吐き出して装甲車の機関銃を溶かしているようだった。
「クッソ、流石にこれはまずいな……。アイリーンが早く戻って来てくれないと。俺達だけじゃもう、持たないかもしれないぞ」
杉田を探しに行ったアイリーンは、まだ戻って来ていない。数分もあれは大丈夫だとは、アイリーンは言っていたけれど……。
もしかしたら、外で何かトラブルに巻き込まれていたりするのかもしれない。
どちらにしても、このままだと装甲車ごと俺と香苗は、あの緑色の巨大カエル達に溶かされてしまいかねないぞ。
ここは何とか手を考えないと、マジでやばいだろう。
”ドゴーーーーン!!”
再び大きな衝撃が、装甲車の上からのしかかる。
俺と香苗は、車内で押し潰されないように身を屈めて後部座席の奥に体を寄せ合う。
ミシミシと揺れる装甲車の車内。
俺は最悪な未来を想像して、何とかこのピンチを切り開こうとスマートウォッチを操作して上空のドローンを呼び寄せる。
こうなったら一か八かだ。ドローンのミサイル攻撃をカエル達に食らわせて活路を聞くしかない。
すると――。
突然、大きな絶叫音と共に。外で何かが弾け散るような音が聞こえてきた。
俺と香苗が様子が分からずに、車内にある小窓から周囲をキョロキョロと見回していると……。
「おーーい! 大丈夫かーー!?」
懐かしい日本語で呼びかけてくる男の声が、外から聞こえてきた。
俺と香苗は、急いで上部ハッチを開ける。
そして装甲車から恐る恐る顔を覗かせて、外の様子を見回してみると――。
外にいたのは、長い槍を持った男だった。
そいつの顔に俺は、よーく見覚えがある。
現在はカルツェン王国に身を寄せているという『槍使い』の異世界の勇者。
俺達のクラスメイトの水無月洋平が、装甲車の近くに横たわる2匹の巨大カエルの死体の上に立ち。こちらに向けて手を振ってきていた。




