第九話 初めてのレベルアップ
凶悪な黒い魔物達の襲撃から、俺は命からがら何とか生き延びる事が出来た。
その疲労からか、コンビニの中で気絶するように深い眠りに落ちてしまい。再び意識が戻った時には――。
時刻はもう、すっかりお昼過ぎになっていた。
コンビニの店内に飾られた時計の針が、午後3時過ぎを指し示している。
「どうやら、結構深く眠り込んでいたみたいだな……」
両手を大きく伸ばして、一度欠伸をする。
そしてそのまま、俺は慌ててコンビニの中で飛び起きた。急いで周囲を見回し、店内の様子を観察する。
こうして五体満足で、俺がまだ無事に生き延びているって事は……。俺が眠っている間に、新たな魔物達による襲撃は無かったみたいだな。
もし、魔物の襲撃があったなら。
俺の体はとっくに食い散らかされて、こんな風に悠長に過ごしてなんていられなかったはずだ。
どうやら本当に、日中は魔物達は襲撃してこない可能性が高いみたいだ。もしそうなら、太陽の光が出ているうちは俺の安全は確保されるという事になる。
つまりは、昼間のうちに出来るだけたくさん移動をしておいて。早めにこの森から、脱出した方が得策だろう。
この森を覆っている周辺の木々の高さは、マジで半端なく高い。でも枝の葉の密度はそこまで濃い訳ではないらしい。
日中には眩しいくらいに明るい太陽の斜光が、十分過ぎる程の量で大地に降り注いでくれている。
もちろん、まだ油断は出来ない。
明かりが無いこの異世界では、うっかりすると。
昨晩みたいに、あっという間に漆黒の闇に覆われてしまうからな。
「――でも、もうあと数時間で夕暮れか。これはヤバいな。本当にちょっと寝過ぎたかもしれないぞ……!」
とりあえず昨夜の襲撃でボロボロになった、コンビニの後片付けだけはしておこう。
俺はまず、コンビニの中をいったん綺麗にする事にした。
黒い魔物達に荒らされて、店内はだいぶボロボロにされてしまっていた。
でも相変わらずコンビニの片付けは超簡単だから、問題はない。一度能力でコンビニをしまって、もう一度出し直せばそれで終わりだからな。
魔物達にグチャグチャにされてしまった店内も。
『あら、不思議!』――あっという間に、元通りの綺麗な状態に完全復元された。
この辺はカップラーメンを作るよりも遥かに簡単な作業なので、ぐうたらな俺でも楽勝である。
「――という訳で、コンビニも綺麗に復元し終わった事だし」
俺には残された時間を使って、改めて確かめてみたい事があった。そう……それは何と言っても、コンビニに追加された新メニューの確認だ。
俺のコンビニはなんと、昨日の襲撃後に『レベルアップ』をしていた。もちろんレベルアップなんて、俺にとっては初めての経験だ。
グランデイルの街の中にいた時は、全然レベルアップなんてした事が無かったからな。店のメニューも最初からずっと3品だけで、増えた事がなかったし。正直に言って、とてもコンビニとは呼べないような品揃えの状態がずっと続いていた。
「よーし! それじゃあ早速、追加された新商品やら新設備なんかを、確かめてみるとするか!」
どれどれ。今回、俺のコンビニに新たに加わった新メニューは――。
おにぎりが今までの『鮭』『昆布』に加えて。
新たに『ツナマヨ』と『明太子』が、ラインナップに加わっていた。
おまけにサンドイッチも新メニューとして加わり、なんと『BLTサンド』が、俺のコンビニでも発注出来るようになっていた。
BLTサンドといえば、B、L、Tが食パンの中に入っている、あの定番の人気サンドイッチだ。
実はこのBLTサンド。
俺は、地味に結構嬉しかったりする。
俺のコンビニのメニューは、どうしても炭水化物メニューが中心で、ついつい栄養が偏ってしまう。
BLTサンドにはレタスやトマトなど、新鮮な野菜がたっぷりと含まれているし。レタスに含まれている栄養素といえば、βーカロテンや葉酸などのビタミンも有名だ。他にもカルシウムや鉄、カリウムなどのミネラル分も多く含まれている。
トマトにも、美容を気にする女性達が好んで摂取する、リコピンが多く含まれている。
抗酸化作用の強いリコピンは、美肌効果や老化防止作用もあり、若い女性には大人気の栄養素だ。
まあ、つまりは俺みたいなイケメン主人公には、どれも絶対に欠かせない栄養素という訳だよな。
うんうん。これだけ『美肌も意識しています』アピールをしているんだ。
いつか俺の物語が現実世界でアニメ化? あるいは漫画化なんかをされた時にはさ。もちろん俺のことを、超絶イケメン主人公に描いて欲しいよな〜?
目元なんかはもちろん、パッチリ二重!
中性的かつ、ワイルドな雰囲気もあるイケメン男。やっぱ普段は大人しいのに、実はピンチになると覚醒する優男ってのが王道でいいんじゃないのかな?
うんうん。絵師さん、ぜひそこの所もよろしくお願いしますよ〜!
……とまあ、謎の冗談はさて置き。
改めて、新たに追加された飲み物のメニューも紹介していくとしようか。
今まで俺のコンビニには、飲み物はペットボトルの『おいっ! お茶』の1種類しか置いてなかった。
ふっふっふ……。だが、聞いて驚くなよ?
今回はとうとう、『アレ』が!
俺のコンビニにも念願の『アレ』が! 新たに追加をされたんだよ!
そう、みんな大好き『コーラ』だ!!!
”プシュッ〜〜〜!!”
「プハァ~~~! 超うんめええええええっっ!!」
俺はゴクゴクと、黒い甘美な液体を一気に飲み干す。
この悪魔的な風味を持つ至高の炭酸飲料。
ああ、もうマジでヤバイよ。俺の頭、完全に溶けちゃいそうだよ……。
ペットボトルのコーラだから、1本に含まれる内容量は全部で500mlか。それを一気に全部飲み干したのは、これが生まれて初めてかもしれないな。
――ゴクリ。ゴクリ。
やばい、喉を潤す快感が止められない。
もう2本目だってのに、全然余裕で飲めてしまう。
昨晩は緊張で冷や汗を流し過ぎたからか、もう体の水分もカラッカラになっていたしな。
そこにキンキンに冷えた最高のコーラが、グビグビと喉の奥に流れこんでいく。この炭酸の刺激と、弾ける泡の爽快さ。そして絶妙な甘味と、マイルドな喉越し。
「ぷはあ~~っ! 本当に生きてて良かった~! コーラって最高かよ! 発明した奴はマジで天才だぜ!」
なんだかもう……異世界系じゃなくて、グルメ系の物語にシフトチェンジしてもいいような気がしてきた。
お茶もたしかに美味しいんだけどさ。さすがに毎日お茶ばっかりだと、正直飽きてしまう。だから甘味のある炭酸飲料なんて、本当にに至福のご褒美でしかない。
そしてコーラ以外にも、もう一つ。
ペットボトルに入った『美味しい水』が、実は新メニューとして新たに加わっていた。
……ふっふっふ。
実はコレも、かな〜り俺は嬉しいんだ。
確かに、水はコーラみたいに味のある飲み物って訳じゃないけどさ。この異世界では綺麗な水は本当に貴重品だ。
特にコンビニで売っているペットボトルの水なんて、不純物の少ない本当に綺麗な水だからな。
ペットボトルのお茶でさえ、街の人達には貴重がられるくらいなんだぜ?
綺麗なお水なんてのは、この異世界では『超』が付く程の贅沢品扱いだろう。
だって川で汲んできた水だとか、井戸の水だとか。
いかにも雑菌がたくさん含まれてそうな、濁った水を日常的に使用している世界だしな。
綺麗な水はこの世界においては、本当に確保するのが難しい至高の一品という事になる。
俺のコンビニにはなぜか、水道設備が全然備わっていなかったからな。本当はトイレの横に手洗い場でもあれば、水は無限に出し放題だったろうに。そういう所が謎に不便な仕様にされているのが、俺の異世界コンビニの難点だ。
でもこれからは、水は商品として事務所のパソコンで無限発注出来るようになる。
衣服の洗濯用に、生活水として使っても良し。
髪を洗うのにだって、使っても良し。
そのまま飲んでも、滅茶苦茶美味しい!
だから今回の新メニュー『美味しい水』は、貴重な生活水が確保出来る、まさに待望の一品だった。
これで体を洗ったり服を洗ったりするのにも、やっとお茶とかじゃなくて普通の水が使えるようになる。
俺の異世界ライフの生活水準が、大幅にグレードアップ出来たのは間違いない。
――という訳で。俺はコーラを飲んで、大好物のツナマヨおにぎりでお腹を一杯に満たした後。
再び森の中を、1人で歩くことにした。
まだ陽の光があるうちに、少しでも森の中を進んでおきたかったからな。
でも太陽の光が差しているからって、無条件に安心をしている訳じゃない。魔物が日の光に弱いなんてのは、俺がそう勝手に推測しているだけで、まだ何の確証も無いんだからな。
一応、早朝に魔物達が去っていった時の映像を、俺は監視カメラの録画を見てチェックはしておいた。
その結果、あの黒い魔物達は確かに日の光を嫌って、店内から慌てて逃げ出したとしか思えない動きをしていたのは間違いない。
だが、俺が安心して森の中を進もうと思ったのは、他にも理由がある。
それはコンビニのレベルが上がったことで、新たに追加された『耐久設備』のおかげによる所が大きい。
コンビニに新たに加わった耐久設備。
それは、『消火栓』『火災警報器』『スプリンクラーヘッド』『防火シャッター』の4つだった。
このラインナップを見れば分かる通り。異世界の冒険で使えるような新武器だとか、魔法アイテムみたいなのは相変わらず皆無だった。
それでも俺のコンビニの安全度が、かなり上がったのは間違いないだろう。
火災警報器とか、消火栓、スプリンクラーヘッドについては俺が説明しなくても大体想像はつくよな?
よく商業施設のお店の天井なんかに付いていて。煙とか火を感知すると、うるさい警報音が鳴り出す小型の警報機だ。
スプリンクラーヘッドは火災警報機と連動していて、火災を感知すると天井から水を吹き出す仕組みになっている。
この辺りはまあ、あるにこした事はないんだけどさ。
コンビニの中で火災なんて、そうそうに起きるものじゃないから、別にそこまで嬉しいというものでもない。
俺にとって一番嬉しかったのは、もう一つの追加装備『防火シャッター』の方だった。
防火シャッターといえば、よく商店街とかでお店が閉店時間になると。ガラガラガラ……って入り口を閉ざす、ネズミ色の硬いカーテンみたいな奴だ。
うん。コレは素直に嬉しいよな。
俺のコンビニはとにかく、防御力が滅茶苦茶に弱い。
表の入り口側は、全面フルオープンのガラス張りだし。外からは丸見えもいい所だ。
おまけにガラスの耐久度だって、そんなに強いって訳じゃない。だから、正直全然安心は出来なかった。
その点……この防火シャッターは、けっこうな強度がある優れモノだ。いや、ガラスと比べてどうよ? って言われたら、正直そんなに変わらない感じはするんだけどさ。
でも壁が1枚よりは2枚あった方が、遥かに安心度は増す気がするだろう?
ましてガラスと違って店内を外から隠してくれるわけだから、俺のプライバシーだって守ってくれる。
家の窓だって、ただ閉めてカーテンを引いておくだけより。雨戸も閉めて、2重にしておいた方がずっと安心に感じるじゃないか。
防火シャッターは耐久度もまあまあ強いし、俺にとっては十分心強いものだった。
これで万が一、魔物に襲われたとしてもだ。
俺はすぐにコンビニを出して、その中に逃げ込めばいい。昨日の黒い毛むくじゃらな魔物ぐらいなら、この防火シャッターで、何とか防ぐ事も出来るかもしれない。
それにしても、森の中を歩きながら俺はふと思うんだが……。
「俺のコンビニのレベルが上がったのって。やっぱり魔物達の襲撃を防いで、コンビニを守りきったからレベルが上がった――って認識でいいのかな?」
グランデイルの街で過ごした約1ヶ月の間には、レベルは全然上がらなかった。
仮にそうだとしたら……正直、かなりの無理ゲーだなって俺には思えてしまう。
だって俺のコンビニには基本、攻撃能力が何も付いてないんだぞ? 常に専守防衛。敵から身を守りきることでしかレベルを上げることが出来ない。
耐久面では防火シャッターが増えたといっても、せいぜい壁が一枚増えたくらいだ。
別に鋼鉄の壁って訳でもないし。それこそ異世界モノによく出てくるような『ドラゴン』だとか、巨大な魔物の襲撃でも受けたら、防火シャッター程度じゃ到底防げないだろう。
俺にとってはまさに命を失う寸前だった、あの黒い魔物達との必死の攻防もさ……。
正直に言うと、襲ってきた魔物は、魔物達の中ではかなり『低級な部類』の奴にしか見えなかったからな。
だって金森とか杉田の能力なら、あんな雑魚モンスターはきっと余裕で撃退出来きていたと思うぜ。
多分、俺が――『コンビニの勇者』だから。
コンビニに篭るしか能が無い。一般人に毛が生えた程度の能力しか持たない、無能な勇者の俺だからこその大ピンチだったと思うんだ。
まあ、客観的に見ると多分そうなんだろう。
単純にコンビニの奥に隠れて、消火器をぶちまけて。少しだけ時間稼ぎをしていた間に、夜が明けて。たまたま助かった……ってな具合だったからな。
まあ、いっか。
もうなんだか、深く考えるのも疲れてきたし。
昨日から、本当に立て続けに色々な事が起きたと思う。
「ああ、そうか。そういえば玉木の奴。コーラが飲みたいって言ってたっけな……」
今なら玉木に、お望みのコーラをいっぱい飲ませてあげられるんだけど。
でも俺はもう、しばらくはアイツとは会えそうにないなぁ。
宅配便とかウーバー◯ーツでもあれば、コーラを大量に送ってやりたい所だけど。まあ、この異世界じゃそれも無理だろう。
まずはこの森をなんとか脱出して、ちゃんと生き残らないとな! それが今の俺にとっての最優先課題だ。
いざとなったら、すぐにでも俺はコンビニを出してその中に立て篭もろう。
安全なコンビニの中に篭って、全力で防御に徹する。常にこれが『コンビニの勇者』の基本戦略だ。
こんなんで本当に勇者と呼べるのかよ? って俺も本当に思うけれど。
本当に『無能の勇者』って肩書きは、根も葉もない言いがかりって訳ではないからな。むしろ『真実』と言っていいくらいだ。
俺もあんまり触れたくないから、意識しないようにはしていたけれど。
実は、俺のステータス欄。
称号の所に『無能の勇者』って。
いつの間にかに、追記されてるんだよね……。
もしかしてこの称号欄って、一生消えなかったりするんじゃないだろうな? そんなデジタルタトゥーみたいなのやめてくれよ。
まあ、自分のステータスが見れるのは、自分だけみたいだから。他の人に見られたりはしないんだろうけど。
地味にこれ。精神的なダメージがじわじわと来るよね。
なんか『お前は無能だ!』って魂に刻み込まれているような感じになるし。
「はぁ〜〜。もう、やめた! 考え過ぎるとまたどんどん気持ちが鬱になってく」
そういうわけで、とぼとぼと俺は樹海のような森の中を、1人寂しく歩き続ける事にした。
日が沈むまでには、あと2時間くらいはあるかな?
今日はもう、あまり遠くにまでは行けないかもしれない。
防火シャッターのおかげで、夜になってもコンビニの店内の明りを隠す事は出来るかもしれない。
でも店内の照明は隠せても、外に出ている看板部分の照明がまだ残っている。
これを消せないとやっぱり夜の暗闇の中じゃ、コンビニは目立ってしまうんだろうなぁ。
思わず、深ーい溜息がまた溢れ出る。
異世界にきてから何も良いことが無かったんだし。
せめて消灯スイッチくらいは付けといてくれよ……。
異世界の勇者なのにコンビニしか出せないし。
異世界の勇者なのにハーレムが作れないし。
異世界の勇者なのにもふもふの獣っ子や、エルフの美少女ともお知り合いになれないし……。
――――――。
俺がそんな愚痴を延々と、心の中でこぼしながら森の中を歩いていると……。
「ぎゃあああああああああああ――っ……!!!」
木々の奥の方から、突然大きな悲鳴が聞こえてきた。
声は男の叫び声だった。
「――なんだ、なんだ!? グランデイルの騎士達が俺を追ってきたのか?」
俺は慌てて近くにあった木の陰に隠れて身を潜める。
息を殺して、慎重に周囲を警戒した。
いや、グランデイルの追っ手という可能性は低そうだな。
ここで俺を追いかけてきて殺すくらいなら、わざわざ追放などしないだろう。それなら昨晩のうちに始末をしたはずだ。
それに今の叫び声は多分、悲鳴だった。
まるで敵に襲われて、最後の断末魔の叫び声のように俺には聞こえたが……。
「クソ! とにかくここは、様子を探るしかないか!」
俺は慎重に周囲の様子を窺いながら、ゆっくりと叫び声のした方向へと向かう。
もし、敵なら身を隠してやり過ごそう。
仮に誰かが今、魔物に襲われているのだとしたら……。
それを俺が助けることで、この森から脱出する手助けをしてもらえるかもしれない。
森で迷子の俺は今、この世界の住人の助けが必要な状況だ。森の出口まで、案内をしてくれる人がどうしても必要なんだ。
俺は音を立てないように、慎重に歩きながら。
ゆっくりと叫び声の聞こえた、森の奥の方へと向かって行く事にした。