第八十七話 クルセイスとの再会
あまりにも残酷過ぎる、凄惨な姿へと変わり果ててしまった同級生達の遺体と対面をした俺に――。
アイリーンが不審な点があると耳打ちをしてきた。
「……不審な点だって? それはどういう事なんだ?」
アイリーンが周囲の人に聞こえないように、小声で俺に耳打ちをしてきたので。俺も杉田や香苗達には聞こえないように、小さな声でアイリーンに聞き返す。
「先程のお話ですと、店長のご友人が緑魔龍公爵の襲撃を受けたのは、2日前との事でしたが……。おそらくこの遺体は死亡してから、2週間以上の時間が経過しています」
「えっ? それは本当なのか、アイリーン?」
アイリーンは小さく首を縦に振って肯定する。
そして俺に顔を更に近づけて、周囲に聞こえないように話しかけてきた。
「私には、物質の成分や状態を分析する能力が有ります。細胞組織の破壊状況や、腐敗の進行速度から分析すると。ここにある遺体は全て、死後2週間以上経過しています。おそらく状態保持の魔法や、凍結魔法などで、見た目の新鮮さを保つ為の偽装がされています」
見た目の状態を『偽装』している?
一体誰が、何でそんな事をする必要があるんだ?
アイリーンの物質分析能力については、いつも俺に料理の栄養成分を厳しく指摘してきてたからな。だからその分析結果については、確実に信用に足るものだと思う。
「……だとすると、2〜3日前に緑魔龍公爵の襲撃を受けて、みんなが死亡をしたという話は真っ赤な嘘という事になるな。だけど杉田や香苗が、その嘘に加担しているとは思えない。――という事はグランデイル王国……いや、女王のクルセイスが2人を騙して、本当の死因を隠しているという事なのか?」
「何者かの手によって、8名が惨殺されたのは間違いないでしょう。おそらくは高温の電撃魔法のようなもので、一瞬で全身を焼かれたのだと思います。それが本当に緑魔龍公爵の手によるものなのかは、分かりませんが……」
そうか……。アイリーンの話を元に考えると。少なくとも死亡の時期やタイミングについては、グランデイル王国は嘘をついているという事になるな。
そして何でわざわざそんな事をする必要があったのか、という事を考えるんだ。
2週間前には、何者かの手によって既に殺害をされていたクラスメイト達。
その死体をここまで運んで、そしてつい最近――緑魔龍公爵によって殺害されたのだと、俺に見せつけてきたグランデイル王国の意図は一体何だ?
もしも、単純に結果から逆算して考えるとしたら。
俺に緑魔龍公爵へのヘイトを向けさせて。緑魔龍公爵と俺を戦わせようとしているという可能性が1番高そうだ。
実際に、アイリーンの指摘を受けるまで。俺は頭に完全に血が昇ってしまっていた。
もし、そのまま杉田達の話を信じてしまっていたら。2軍のみんなの敵討ちの為に、この地にいる魔王軍に全力で戦いを挑んでいた可能性が高いと思う。
だがそうなると、2軍のみんなを殺害したのは緑魔龍公爵ではないような気がしてくる。
本当に、緑魔龍公爵によってみんなが殺害されたなら。その事実をそのまま俺に見せればいいだけのはずだ。
わざわざ殺害の時期をズラして。俺に報告をしたりする必要性が全くない。むしろそんな事をなぜ行ったのかを考えると――。
クラスのみんなを殺害したのは、緑魔龍公爵ではなく。実は他の誰かの手によって殺害されていて、それを緑魔龍公爵がしたかのように見せかけている。
そしてそれを俺に知らせて、緑魔龍公爵と戦うように誘導をしている。そう考えた方が、ピッタリと辻褄が合うじゃないか。
「……アイリーン。いつでも黄金剣を出せるように臨戦態勢を取るんだ。どうやら俺達は、仲間達を惨殺した『真の敵』の巣窟に潜入してしまったのかもしれないからな」
「了解しました、店長。安心して下さい。ここにいる3万人程度の騎士達なら、私1人でも十分に戦う事が可能です。店長の指示があれば、グランデイル王国軍を全滅させてしまっても構いません」
アイリーンが小声で恐ろしい事を呟いたので、俺は首を横に振ってそれを拒否した。
もし、そんな事をしたら。それこそ俺は闇堕ちをして、魔王への道に真っ逆さまだろうな。
別に俺は、殺戮王になりたかった訳じゃない。
そうさ。これでも最初はもふもふの獣人娘や、エルフのお姉さん達に囲まれた、王道ハーレム展開勇者を目指していたんだぞ。
まあ、もし今そんな浮気をしたりでもしたら。コンビニにいるティーナさんが、ミサイルの発射ボタンを押して。世界中に血の雨を降らす事になる可能性があるから、やめておく事にするけどさ。
ここにいるクラスメイト達の無残な死体を作り上げたのは――おそらく、グランデイル女王クルセイスだ。
それか裏で暗躍をしているという、女神教徒達の仕業なのかもしれない。だが、その行為に少なくともグランデイル王国女王のクルセイスが、何かしらの形で加担をしているのは間違いないだろう。
俺は泣いている杉田と香苗に、自分でもビックリするくらいに冷淡な声で話しかけた。
「杉田、この8人が敵に殺されたという報せを1番最初に知らせてきたのは誰なんだ? それを教えてくれ!」
「――彼方? ああ。それは確か……委員長の倉持だったな。倉持が俺達の所に突然やって来て、先に出陣していた2軍のみんなが、敵の緑魔龍公爵の襲撃を受けたって教えてくれたんだよ」
「倉持が? アイツもここにやって来ているのか?」
杉田が首を縦に振って頷く。
なるほど。女王のクルセイスだけじゃなく、おまけであの妖怪倉持までも付いて来ていやがったのか。まさにオールスター勢揃いじゃないか。
ますますもって、今回の遠征に参加をしているグランデイル王国軍全体が胡散臭くなってきた。
でも、ある意味これで俺の目的は全部達成出来そうだ。
今回俺は、グランデイル女王のクルセイスや倉持と直接話をして。この世界の事を色々と聞き出そうと思っていたからな。
女神教徒達の事や、元の世界に帰れるという手段を倉持が知っている可能性があるという事についても。本人から直接、事の真相を聞き出したい所だ。
そして、その事にプラスしてたった今……。
俺は直接2人に拷問を加えてでも、絶対に聞き出したい事が増えたばかりだからな。
俺達の仲間である2軍のクラスメイトのみんなを、こんなにも惨たらしく惨殺したのは一体誰なのか? そしてその事に、グランデイル王国が関わっていたのかどうかを、必ず問い詰めてやる。
俺が杉田に、『今、倉持の野郎はどこにいるんだ?』
……と、ちょうど声をかけようとしたその時だった。
「……彼方くんじゃないですか? やっぱりここに来てくれたんですね!」
まるで離れ離れになっていた、愛しい恋人を見つけたかのように。
俺にとっては厄病神でしかない、クラス委員長。そして選抜勇者達のリーダーでもある倉持悠都が、俺の所に小走りで駆け寄って来た。
黄金剣に手をかけたアイリーンが、即座に身構える。
俺は右手でアイリーンの動きを制して、近寄って来た倉持の様子をまず窺う事にした。
よくよく考えてみたら、直接コイツと再会するのは、一体どれくらいぶりなんだろうな?
グランデイルの街を追放された時以来だから、もう……かなりの時間が経っていると思う。
何だかんだコイツは、色々な所で俺にちょっかいを出してきていたからな。割と俺自身はいつでも身近な存在として、コイツを感じていた気がする。
「よお、倉持! お前と会うのも、随分と久しぶりだなって、言いたい所だが――。今はお前に、色々と聞きたい事がある。お前は俺に何か言いたい事はないのか?」
俺をグランデイルの街から勝手に追放して――。
カディナの壁外区にいた時には、コイツは俺を処分する為に3000人もの騎士達を送りこんできやがった。
おおよそ同じクラスメイトがする行為とは到底思えない、道徳心のかけらも無い行為を、平然と俺に対して行ってきた真性のクズ野郎に俺は軽く声をかけてみる。
すると、俺が予想をしていた返事とは全くかけ離れていた返答が倉持からは返ってきた。
「――か、彼方くんッ!! 本当に、本当に……今まですみませんでしたッ!!」
杉田や香苗も、近くにいるこの場所で。
あのナルシスト兼、妖怪サイコパス野郎だったはずの倉持が……地面に頭をズリズリと擦り付けながら俺に土下座をしてきた。
それも今まで役に立たない3軍の勇者だと、ずっと見下してきたはずの、この俺に対してだ。
「ん……?」
何なんだよ、その態度は?
ちょっとだけ俺は拍子抜けしてしまった。
ここは当然、いつも通りの高飛車な態度で『やあやあ、彼方くん! お久しぶりですね、実にお元気そうで何よりです!』――だとか。
例の如く、上から目線で俺に対して高圧的に接してくるものとばかり思っていたのに。
「これまで、彼方くんに対して僕が行ってきた数々の非礼、暴言、非道な行い……。それらは決して、許して下さいとお願い出来るようなモノではない事は理解しています。謝罪をこめて、この場で自害しろと言われたなら、それも仕方のない事だと僕は覚悟もしています!」
あのイケメン倉持が、情けなく頭を地面に擦り付けている。
「許して欲しいとは、とてもお願い出来ません。ただただ、本当に申し訳ありませんでした……と、君に心から謝罪をさせて欲しいんだ!」
倉持の自慢の長髪が、まるでモップのように何度も地面に擦り付けられて。ぐちゃぐちゃになっている。それほど必死に、倉持は俺に対して土下座を続けていた。
……いや、もちろん今更謝られても全然遅いけどさ。
なんて言うか少し変な感じだが、『悪役』は悪役のままでいて欲しかったという残念な気持ちがある。
今更中途半端に謝られても、拍子抜けもいい所だ。全く何もかもが本当にダメダメだぜ、倉持。
俺は別に土下座をしている倉持の頭を、上から踏みつけて悦に浸ろうとか、そんな事をするような気にはならなかった。
正直、今はそんな気分じゃない。
倉持が今更、俺に頭を下げてこようが。本当に今はどうでもいい。それよりも先に、俺はこいつにどうしても聞きたい事があるんだ。
「別にお前に今更謝罪されても、俺は何も感じない。そんな事よりも、殺された2軍のみんなの事について、お前には聞きたい事がいっぱいあるんだ。そんな形だけの土下座なんてどうでもいいから、お前には知っている事を洗いざらい話してもらうぞ、倉持!」
「は、はい……。僕が知っている事でしたら何でもお話をさせて頂きます、彼方くん」
完全にヘタレキャラと化した倉持をまず立ち上がらせて。俺は問い詰めるようにして倉持に問いただす。
「2軍のメンバーである8人が殺された事について、お前はどれだけ関与をしているんだ? それとも何も知らないだなんて、しらを切るつもりじゃないだろうな?」
「そ、そんな……! 僕は本当に何も知らないんです! 全部クルセイス様からの報告を杉田くん達に伝えただけなんです!」
「……そうか。それならグランデイル女王のクルセイスはこの件に関して、深く知っているという訳なんだな? 俺をここに呼んでこいと指示をしたのも、全てクルセイスの指図って事で良いんだな?」
「彼方くんの能力は、僕達グランデイル軍には今、絶対に必要なんです! だからクルセイス様からも、彼方くんをここにお連れするようにとお願いされていて、僕はその命令を受けてここに来ただけなんです」
「そうか。よーく分かった。クズのお前は何も知らないが、クルセイスなら事の真相を全てを知っているんだな。よし、それなら好都合だ! 俺をさっそくクルセイスがいる場所にまで、案内して貰おうじゃないか!」
俺は倉持の背中を押して、クルセイスの待つ場所にまで連れていけと指示をする。
本当はすぐにでも、元の世界に戻る方法の情報をコイツから聞き出したい所ではあったけれど……。
今はみんなが殺害された件についてを、問いただすのが先だ。
クラスメイトのみんなをこんな目に合わせたのは、本当にクルセイスなのかどうか、直接問い詰めてやる。
俺に怒鳴られた倉持が、ビクビクと震えながら前に向かって歩き出す。
その光景を唖然とした顔つきで見ている、杉田と香苗の2人に構う事なく。俺は腰を低くして『こちらです……』と、完全にパシリ扱いとなった倉持の後を追いかけ。
グランデイル軍の宿営地の中を更に奥へと、突き進んで行く事にした。
「……おい、彼方!? これは一体、どういう事なんだよ?」
俺と倉持のやり取りを不思議そうに見つめていた杉田が、後ろから話しかけてきた。
「悪いな、杉田……。積もる話は後にさせて貰うぞ。俺はまず、グランデイル女王のクルセイスと話をしないといけない事があるんだ。その後で色々と、今後の話を一緒にしようぜ!」
仲間の死に悲しむ2人の前で、突然土下座を始めた委員長の倉持。そして、その後の俺と倉持との不思議なやり取りを見せられ……。
杉田と香苗の2人は、まるで訳が分からないといったキョトンとした表情で、その場に立ち尽くしていた。
もちろん当初の予定では、クルセイスや倉持と直接話をしつつ。クラスメイトである杉田や香苗の2人をコンビニ陣営の仲間に誘う事も、大事な任務の1つだったからな。
俺は移動をしながら、腕につけたスマートウォッチを操作して。コンビニの中に残るメンバー達に、メールで現在の状況を報告する事にした。
そして杉田と香苗がいる現在地についての報告も、メールで送信しておいた。
俺達のクラスメイトが8人も、この世界で殺害をされてしまったいう事実。この事を知ったら。仲間想いの玉木はきっと凄く悲しむだろうな……。
だが、この凄惨な事実をずっとみんなに知らせない訳にもいかないだろう。
俺は出来るだけ感情のこもらない、事務的な文章を心掛けて。2軍のメンバー達が全滅した事実を、メールでコンビニのパソコンに向けて送信した。
トロイヤの街を出る時に、ククリアが全ての仲間を守る事は出来ないだろう……とは言っていたけれど。
まさかこんなにも早く、仲間達の命が奪われてしまう事になるなんて……クソッ! 絶対に俺はみんなを殺した犯人を許さないからなッ!
立ち並ぶグランデイル王国の銀色の騎士達の間を、縫うようにして前に進んでいく俺と倉持。
そして、とうとう……。白い幕に覆われた敵陣の宿営地。グランデイル女王クルセイスが待っている場所にまで、辿り着く事が出来た。
倉持と同じで、俺は女王のクルセイスと会うのもグランデイル王国を追放された時以来だ。
スゥ〜っと、深く息を吸って呼吸を整える。
俺がその大きな白い幕の中に、心を落ち着けてゆっくりと入ろうとすると――。
なぜか俺の後ろに控えていた倉持は、一緒について来ようとはしなかった。
「――ん? 倉持、何をしているんだ? お前も一緒に中に入るんだよ!」
俺が後ろにいる倉持に声をかけると。
倉持はびっくりするくらいに、全身にびっしょりと汗をかいていた。その表情は真っ青で、まさに顔面蒼白な状態になっている。
「彼方くん、本当にすいません……。僕はこの中に入る権限が与えられていないんです。クルセイス様にも、彼方くんを1人でここに連れて来るようにと言われていますので……僕はこれ以上、一緒には行けません」
何かに怯えるように。倉持はさっきから全身をビクビクと震わせている。
何だ……? この怯え方はあまりにも異常だぞ。
そもそも倉持は元々クルセイスの婚約者で、グランデイルの国政を好きなように牛耳っていた……という噂を俺は聞いていたけれど。
それがどうして、こんなにもクルセイスに対して怯えるような状態になっているんだ?
さっきから『クルセイス様』って、何度も敬うような言い方をしているのも気になった。
何て言うか、倉持らしくないように感じる。
きっと倉持なら、あのクルセイスの事をもっと上から目線でこき使っているようなイメージもあったのに。それに実際にコンビニに合流したみんなの話だと、普段王宮の中で、クルセイスに対して倉持がそういう態度を取っていた事もあるという話も聞いていたからな。
それとも、一回クルセイスに逮捕された事で。
徹底的に立場が逆転してしまうような出来事でも、2人の間にはあったという事なのだろうか?
俺が不審な目で、震えている倉持を見つめていると。
「――さあ、中でクルセイス様がお待ちです。彼方くんは、どうぞ中へ入って下さい!」
態度が明らかに不自然な倉持が、俺を白い天幕の中へ入るようにと促してきた。
そして俺が倉持をその場に置いて。
クルセイスの待つ場所に取り敢えず向かおうとした、その瞬間だった。
倉持が急に後ろから俺の手を握り。いきなり固く握手をしてきやがった。
何だよ突然、気持ちが悪いな。
俺は、倉持の暑苦しい握手を払い除けようとしたんだが……。
俺の手の中には、いつの間にか小さな『紙切れ』が握らされている事に気付いた。
……ん? 何だコレは?
今、倉持が俺にこの紙切れを握らせてきたのか。
その事を俺が確認しようとする間もなく。白い天幕の中から、俺に対して懐かしい女性の声がかけられる。
俺が振り返って、天幕の中を覗こうとすると。
ほんの一瞬だけだが、倉持が俺のよく知っている、昔の不敵で尊大な委員長の表情に戻っていたような気がした。
「――これは、コンビニの勇者様! 長い事、お待ちをしておりました。やっと再会が出来て本当に嬉しいです。とうとう我がグランデイル王国に、帰ってきて下さったのですね!」
俺の目にクルセイスの姿が入ってきた。
本当に、コイツと会うのはグランデイル王国から追放された時以来だな……。
白い天幕の中には、金髪の美しい髪に、透き通るような青い瞳の美しい女性。グランデイル王国女王――クルセイスが椅子に座りながら俺を待ち構えていた。