第八十六話 グランデイル軍との会談
「ねえねえ〜。アレって、杉田くんじゃないの!?」
ドローンの映像を見た玉木も、隣で驚きの声をあげる。
「ああ、そうだな。あれは間違いなく、杉田だよな……」
俺が愕然としながらモニターを見つめていると。横で同じ映像を見ていたティーナが声をかけてきた。
「彼方様。あの白い旗を左右に振る行為には、一体どういう意味があるのでしょうか?」
「……ん? そうか。ティーナはこっちの世界の人間だから、『白旗を振る』の意味が分からないよな。アレは俺達の世界では『降伏する』、あるいは『交戦の意思はない』って意味なんだ。だからグランデイル軍の先頭で杉田が白旗を振っているって事は、俺達と戦闘するつもりはないっていうメッセージを送っているんだと思う」
そしてそれを、俺の親友である杉田がしているという事にも意味があるんだろうな。
つまりこれは、コンビニの勇者である俺に対して宛てられた、グランデイル軍からのメッセージなのだろう。
おそらく親友の杉田を使えば、俺がホイホイとやって来る可能性が高いだろうと向こうは踏んでいるはずだ。
杉田が俺とグランデイル王国の関係性をどの程度まで理解しているのかは分からないが、今回はそれを上手く利用しようとしているのかもしれない。
元々、俺はグランデイル軍と交渉したいと思っていた。コンビニの守護騎士であるアイリーンを連れていけば、俺の護衛役としては完璧だろうし。上空からはドローンによる監視網だってある。
それにグランデイル王国も立場上、いきなりコンビニの勇者に襲い掛かる事は出来ないはずだ。
なにせ俺は今回のミランダ領遠征では、各国の首脳陣が最も期待している1番の戦力だからな。
逆に言えば、コンビニの勇者である俺の戦力が無ければ――。連合軍は緑魔龍公爵には勝てないだろう。つまり、俺に危害を加えるって事は、グランデイル軍にとっては自分達の首を絞める行為にしかならないはずだ。
「紗和乃はどう思う? このグランデイル王国の動きについては?」
俺はトランシーバーで、コンビニの屋上で待機している紗和乃にも聞いてみる。
『……ザザー、ザー、そうね。彼方くんに何か伝えたい事があるというアクションを、向こう側が取っているのは間違いないわ。でもそれは彼方くんを暗殺するだとか、そういうものではないはずよ。もし、向こうが本気なら。魔王軍と戦っている彼方くんの背後を、いきなり襲ってくると思うし』
「――という事は、今回の杉田を使っての俺へのコンタクトは、俺を招き寄せて危害を加えようだとか。そういう、何かしらの罠である可能性は低いって事か……」
『ええ。順番は逆になってしまったけど、カルツェン王国の水無月くん達がまだここに到着していないのなら。先にグランデイル王国と、話をしてみるのもいいかもしれないわね。その時に、向こうが一体何を彼方くんに求めてくるのか……。それをしっかりと見極めるのが重要だと思う。きっと彼方くんに、何かしらのお願い事があるから、わざわざコンタクトを取ってきているんだと思うし』
「よーし、分かった! それなら俺はアイリーンを連れて、向こうの様子を探って来る事にするよ。念の為、ドローンで上空から俺の様子をチェックをしてもらって。もし、カルツェン王国の軍勢がここに到着したら、すぐに俺のスマートウォッチに知らせて欲しい!」
『――了解よ。でも、くれぐれも気をつけてね!』
俺はコンビニの屋上で警戒中のアイリーンを呼び寄せて、すぐに出発の準備に取り掛かる。
一応、トランシーバーを使って地下で待機しているメンバー達にも、現在の状況を伝えておく事にした。
「……彼方様、本当に大丈夫でしょうか?」
ティーナが心配そうに、俺の顔を見つめてくる。
「大丈夫だよ、ティーナ。杉田は俺の親友だし、他の勇者達も元の世界のクラスメイト達だ。倉持達は除くとしても、俺に対して敵対的な行動を取ってくるという事は多分ないはずだから。後はグランデイル王国軍を一体誰が指揮をしているのかだけ、しっかりと探ってくる事にするよ」
俺がグーの拳を作って軽く前に突き出すと、ティーナもそこに自分の拳を軽く押し当ててくれた。
「分かりました。でも、くれぐれも慎重に行動して下さいね。もし、彼方様の身に何か起きてしまった時は、私はうっかり地対空ミサイルの発射ボタンをグランデイル軍のど真ん中に向けて、押してしまうかもしれませんから」
「……ティーナさん? それはさすがに怖いかも!? ミサイルが文字通り大量殺戮兵器になってしまうから、それだけは自重してくれよな!」
冗談ですよと、ティーナは微笑んでくれたけど。
目が笑ってなかったような気がする。
うん、俺の身にもし何かあったら。その時は、この辺り一帯が大惨事になると思って行動した方が良さそうだ。気を引き締めていくとしよう。
そういえば俺がもし、この世界で死んでしまったら。
俺のコンビニって、どうなってしまうんだろう?
ティーナは報復でミサイルの雨をグランデイル王国軍に降らすみたいな事を今、言っていたけど……。
実際の所、俺のコンビニって。俺がいなくなったら、この世界から消えたりはしないのかな?
そういえば、大昔にこの世界を滅ぼしたという伝説の魔王は、魔王の谷の底に過去に作った建造物が残っていたりもしたよな。それにそこを守る『守護者』も、墓所に存在し続けていた。
その辺りの仕組みは、まだ謎だけど。流石に、試しに俺が死んでみる事は出来ないからな。
もしかしたら、その者が持つ能力によっても違うのかもしれない。という事はやっぱり、俺が死んでもアイリーンやレイチェルさんは、この世界に残り続けるのだろうか?
そうだとしたら大昔の大魔王を守る守護者は、魔王の谷の底に1人だけ残っていたけれど……。
本当に生き残っているのは、その1人だけだったのだろうか?
「……店長。お待たせして申し訳ありません。私も準備が整いましたので、一緒に参りましょう!」
アイリーンが身支度を整えて、俺の目の前にやって来てくれた。
「よし! アイリーン、一緒に行こう! 敵陣のど真ん中への潜入だからな、気を引き締めて行こうぜ!」
「――了解です、店長!」
俺はコンビニの守護騎士であるアイリーンと共に、グランデイル王国軍の元へと向かう事にする。
移動は念の為、コンビニの地下駐車場にある装甲車に乗って行く事にした。
それも、丘の上のくぼみに隠しているコンビニの位置が敵に悟られないように、大きく迂回をしながらゆっくりとグランデイル王国軍の方向に向かって行く。
今回の遠征には、グランデイル王国の騎士は3万人以上も参加しているらしい。
そのほとんどはアッサム要塞に駐留していた軍勢という事だが……。問題はそこに女王のクルセイスや、倉持達がいるのかどうかだ。
案外、クルセイス自身は王都で待機していて。他の誰か騎士団長みたいな人に指揮を委ねている、という可能性は十分にある。
そもそも一国の女王様が、遠征軍を直接指揮しているなんて普通はあり得ないからな。
他の国の軍勢も、ほとんどは戦場に軍隊だけ派遣して。王様や女王様は、王国で待機しているというのが普通だろう。
国家反逆罪で逮捕をされたという倉持が、今回のグランデイル遠征軍の中にいるのかどうかは、まだ未確認だが……。もし、クルセイスも倉持もいないとなると。
俺は今回、グランデイル王国軍と話をしても。そこからは何も収穫は得られないかもしれないな。
その場合は早々に話を切り上げて、杉田や他の異世界の勇者を連れ出す事にしよう。
もし、それをグランデイル王国の騎士達が止めようとするなら。アイリーンと共に騎士達と戦闘になっても仕方がないと思っている。
今回の遠征では、グランデイル王国軍と仲良く魔王軍と戦おうなんて気は、最初から無かった。
各国の代表が戦場に到着をしたら。『グランデイル王国の女王クルセイスはビッチなので、縁を切りました!』って、高らかに俺は宣言するつもりだったんだからな。
「……店長。もし、グランデイル王国の騎士達が店長に危害を加えてくる事があった場合ですが……。その時は私は、店長に敵対する人間達を切り捨ててしまう事もあるかもしれません。それでも構いませんか?」
装甲車の中で、アイリーンが俺にそう尋ねてきた。
「ああ。その時は仕方がないと思う。もちろん出来る事なら人間は殺したくないさ。でも、向こうから突然襲い掛かってくる時には、俺も無抵抗で殺されてやる程、寛容じゃないからな。その時は例え相手が人間だったとしても斬って構わない」
俺は静かな声で、アイリーンにそう指示する。
「了解しました、店長。ありがとうございます!」
よくよく思い返してみると、俺は魔物と戦う事はあっても。この世界の人間相手にコンビニの能力を使った事は、ほとんど無かったと思う。
もちろん、例外もある。ソラディスの森で、盗賊に追われてティーナと一緒にコンビニに隠れた時。直接的ではないが、襲ってきた魔物達によって、盗賊が何人か殺されてしまったりもした。
それに、コンビニがカディナの壁外区で3000人のグランデイルの騎士達に囲まれた時も。ガトリング砲の連射で、ショック死してしまった騎士だとか。騒ぎの中で混乱して、頭から転げて命を落としたり、何かしらの形で重傷を負った騎士だっていたと思う。
誰も殺さずになんて綺麗事はもう許されない。
敵が魔物だけなら、本当は良かったんだけどな。
その魔物を操っている魔王は、元々異世界から召喚された勇者だし。さらにその魔王を生み出す為に暗躍しているのは、この世界の住人である女神教徒だったりもする。
コンビニの勇者がこの世界の人間達と殺し合う。
それはもう、避けられない運命なのかもしれないな。
俺とアイリーンを乗せた装甲車は、グランデイル軍が駐留している場所に辿り着いた。
車から降りると、そこには白旗を掲げた親友の杉田が待ち構えていた。
「――彼方、ようやく来てくれたか! 実はお前に大事な話があるんだよ!」
持っていた大きな白旗を投げ捨てて。『火炎術師』の勇者である、杉田勇樹が大急ぎで俺の元に駆け寄ってきた。
「杉田、久しぶりだな! ちゃんと元気にしていたのかよ?」
「いや、今はそれどころじゃないんだよ! 彼方、悪いがすぐに、俺と一緒に来てくれ!!」
杉田は俺の姿を見るやいなや。すぐさまに俺の手を掴んで、強引にどこかに連れて行こうとする。
グランデイルの罠の存在を警戒していた俺とアイリーンは、杉田の突然の行動に不信感を持つ。
「……いや、ちょっと待てくれよ、杉田! いきなり俺をどこに連れて行こうってんだ! それに俺がこのミランダの場所に来ているって、どうしてお前は知っていたんだよ?」
「ハァーッ? そんな事は後でもいいだろう! 今は、とにかくこっちに一緒に来てくれよッ!!」
俺は強引に引っ張る杉田の手を、足に力を入れて踏ん張り。力づくで立ち止まる。
いくら相手が親友の杉田でも。このまま訳も分からずに、見知らぬ場所に連れて行かれる訳にはいかない。
俺の身を案ずるアイリーンも、腰に付けた黄金の剣に手を置き。その場で杉田を鋭く睨みながら身構えていた。
お互いに呼吸を乱して、睨み合う俺と杉田。
異世界に一緒にやってきたクラスメイト達の中でも、1番仲の良かったはずの杉田。それなのに俺は、何でこんな変なやり取りを杉田としているんだよ。
不審の目で親友を見つめる俺に対して、杉田は鬼気迫る表情でこう告げてきた。
「いいか彼方、よーく聞いてくれ! 2軍のみんなが、魔王軍に全員殺されちまったんだよ! ここに到着する前に、みんな4魔龍公爵の襲撃を受けたらしいんだ!」
「――何だってッ!? そんな事が……!?」
俺は杉田に連れられるがままに。急いでグランデイル軍の駐留する、仮設の宿営地の中を進んでいく。
途中、グランデイルの銀色の騎士達が何人も周囲に立ち並んでいたが……。俺とアイリーンは、歩みを彼らに止められる事もなく。杉田の後を追って急いでグランデイル軍の陣地の中にすんなりと入る事が出来た。
どうやら俺には手を出さないように、全員上から命令でも受けているようだな。
俺は杉田に誘導されて、グランデイル軍の宿営地の中央部にまで辿り着く。
そこで、俺達を待ちうけていたのは……。
キャンプ場に張られたタープのような場所の下に。人間の体が丸々入る大きさの、茶色い布袋が8体分。綺麗に横一列に並べられていた。
……おいおい、冗談はマジでやめてくれよ!
それだけは絶対に起きちゃダメなやつじゃないか。
布袋の前には、座り込むようにして泣きじゃくっている『回復術師』の勇者――香苗美花の姿も見えた。
その光景が目に入っただけで、俺の頭には最悪な事態の予感がヒシヒシと伝わってきてしまう。あの真面目な香苗が、杉田の悪ふざけに参加するはずがないからな。
杉田が言っていた、2軍の勇者達が全滅したという情報。そして目の前に並んでいる8人分の遺体を詰め込まれている布袋。更にはその布袋の前で、号泣しているクラスメイトの香苗美花。
これじゃあまるで、突然の交通事故に遭い。死んでしまったクラスメイトの葬式に来ているみたいな雰囲気じゃないかよ……。
「おい、頼むよ……。ここに並んでいる茶色い袋の中身はまさかそんな事、絶対にあり得ないよな……」
「彼方くん、グスッ……。本当にこれが冗談なら、私も良かったと思うわ。でもここに並んでいるのは、本当に私達の仲間なの。クラスメイトのみんなの遺体なのよ……」
香苗が涙声で、残酷な真実を俺に伝えてくる。
そんな、バカな事が……!?
俺は止めようとする杉田の静止を振り切って、茶色い布袋を開けてその中身を確認する。
布袋の中に入っていたモノを見た俺は――。
「グヘェ………! オヴェ………ッ!」
喉の奥から、異常な悪寒と嘔吐が込み上げてきた。
茶色の布袋に包まれていたのは、間違いなく俺のクラスメイト達だった仲間の姿をしていた。
あまりの衝撃と、絶対に信じたくないという思いから。俺は並べられていた布袋を次々と順番にこじ開けていく。
そしてその中身を確認していくたびに、俺は特大の嘔吐を繰り返し続けた。
「オ、オウェ………ッ!! グフゥッッ……!!」
袋の中身は全部、元2年3組のクラスメイト達だった仲間達の遺体だ。
ご丁寧に顔をちゃんと識別出来る様に、顔の半分だけを残して他の部分が真っ黒に焼け焦げていた。
全員の死体は、何か強烈な熱で焼かれたように――その全身の皮膚が黒焦げにされていた。
まるでガスバーナーで体全体を熱して、無理矢理焼き目を付けたような状態にされている。
人間の体を、それも同じクラスで過ごしたクラスの仲間達の体を……。こんなにも酷く、惨たらしい死体の状態で、間近で確認する事になってしまうなんて。
「くっそおおおぉぉぉ――ッ!! 一体どうして何だよッ!! 誰がこんな酷いことをしやがったんだッ!!」
俺は荒れ狂う獣のように、激しい咆哮を上げた。
「みんなは魔王軍の緑魔龍公爵に殺されたんだ……。俺達よりも先にミランダ領に向けて出発していた2軍のみんなは2日前に突然、敵の襲撃を受けたという報告があって。それで俺達も急いで駆け付けたら、もう……みんなは敵に殺された後だったんだよ」
杉田が香苗と一緒に泣きながら、俺に事の経緯を説明をしてくれた。
グランデイル軍はここに駆け付けて来るのが早かったと言うのは、どうやらそういう事情らしい。
先発していた2軍のみんなが、突然敵の襲撃を受けたという報せを受けて、大急ぎで馬を駆けてここまでやってきたとの事だ。
「クルセイスさんが言うには、きっと彼方もこの場所に先に来ている可能性があるから。俺に連絡を取って欲しいとお願いをされたんだ。それでお前にも急いでこの事を知らせようと思って、俺は合図を送っていたんだよ……」
「それは本当か? あのクルセイスがこの場所に来ているのか?」
俺は杉田の言葉に驚いて、思わず聞き返す。
「ああ。今回のグランデイルの遠征軍は、クルセイスさんが直接指揮をしているからな」
――そうか。ここに、あのクルセイスの野郎もやっぱり来ているのか。
俺はクラスのみんなが惨殺されたという状況で、頭がパニックになっていたが。時間が経つにつれて、少しずつ冷静な思考が出来るくらいには、落ち着きが戻ってきた。
そして――。そんな俺の元に、側にいたアイリーンが小さく耳打ちをしてくる。
「……店長。ここにある店長のご友人である8人分のご遺体ですが……少し、不審な点がございます」




