第八十五話 決戦の地
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「ここが昔、ミランダ王国があった場所なのですね……」
ティーナが静かな声で、そう呟いた。
「ああ、そうさ。ここは旧ミランダ王国で一番栄えていた王都の跡地だった場所らしいな」
ドリシア王国にあるトロイヤの街を、俺達が出発してから――かれこれもう、5日が経過した。
その間、コンビニ戦車をずっと走らせて続けてきた俺達は、とうとう目的の場所、旧ミランダ王国の王都があった場所にまで辿り着く事が出来た。
そこは見渡す限り、深緑色の木々が生い茂る森林地帯へと変わり果てている。
今から約25年前。魔王軍の赤魔龍公爵によって、滅ぼされたという旧ミランダ王国。
その王都のあった跡地には、今は誰も住んでいない。かつて人が住んでいたであろう建物の周りには、植物のツタが生い茂り。街は木々に飲み込まれて、森の一部となり、完全に自然と同化してしまっている。
トロイヤの街からここまでの道中は、以前、俺達をドリシア王国に案内してくれた『ミランダ・サーフィス』さんが、最短ルートを事前に教えてくれたので、だいぶ早く到着する事が出来た。
そういえばミランダさんって、改めて考えてみると。名前がミランダ王国と一緒だな……と、今更ながら気になったので、その事を本人にも聞いてみた。
するとミランダさんはやはり、元々は魔王軍に滅ぼされた、旧ミランダ王国の王族の血を引く人物だったらしい。
ミランダさんがまだ赤ん坊だった頃、ミランダ王国は魔王軍によって滅ぼされてしまい。その時に家族と一緒にドリシア王国に避難したとの事だ。
そしてその後はドリシア王国の中で育てられ、現在は女王のククリアに仕えている。
ミランダさん自身はまだ小さな赤子だったから、旧ミランダ王国についての思い出は何も覚えていないらしい。でもいつかは魔王軍の手から取り戻したいと願う、大切な目標の1つだと俺達にこっそりと教えてくれた。
今回の遠征は、ドリシア王国軍はククリアの決定により不参加となってしまったが……。
出来る事なら遠征に参加をして。旧ミランダ王国を魔王軍の手から取り戻す為に、ミランダさん自身は戦いたかったらしい。
そう思うと――この世界にとっては、もう25年も昔の事にはなってしまうけれど。
今回の旧ミランダ王国の奪還作戦というのは、それを主催している、グランデイル軍の思惑はともかくとして。この世界に住まう人々にとっては、まさに魔王軍に対して人類が反撃を行う、大きな『第一歩』となるのは間違いないだろう。
かつて魔王軍に奪われてしまった領土を、これから取り戻しに行く訳だからな。
赤魔龍公爵によって滅ぼされた後のミランダ王国の王都はその後、同じく魔王軍に所属している緑魔龍公爵によって現在は支配されている。
この緑に包まれている場所では、緑魔龍公爵が自身の配下の魔物を育てたり。今は、西方3ヶ国連合の国々に向けて攻撃を加える際の根拠地となっていた。
「……パッと見た感じ、この辺り一帯に敵の気配は無さそうね」
コンビニ戦車の屋上にいる、『狙撃手』の紗和乃から、トランシーバーで連絡が入る。
コンビニ戦車は現在、旧ミランダ王都の跡地を見渡せる丘の上の小さなくぼみ部分に停車させている。
この辺りを含めて周辺一帯は、緑の森林に完全に覆われてしまっている。なのでコンビニの屋上からの見晴らしは最悪だった。
敵の魔物は緑の木々の中の、どこに潜んでいるのか分からないし。どれくらいの数が隠れているのかも、これでは見当もつかない。
この場所で戦うという事は、森の中で敵の戦力が全く分からないゲリラ戦を行うようなものだろう。
おまけに緑魔龍公爵の配下の魔物は、全部緑色の魔物のはずだ。だから敵の姿は完全に森の木々と同化してしまい、見えなくなっている可能性が非常に高かった。
「コンビニの最大の武器である5連装式自動ガトリング砲も、この見晴らしでは使いづらそうですね」
上空の偵察ドローンの映像を見ながら、ティーナが静かに俺にそう告げてきた。
「たしかにな……。俺もちょうど今、ティーナと同じ事を思った所だよ」
「なになに〜? どうしてガトリング砲がここだと使いづらいの?」
同じ映像をパソコンで見ているのに。玉木には状況がよく分かっていないらしい。
「いいか、玉木。よく考えてみろよ? もし敵の魔物が、これからここにやって来る世界各国の騎士団に襲いかかって来たとしたら……」
「うん、魔物が襲いかかって来たとしたら?」
「周囲の森の中に敵は姿を隠してしまうから、的をしぼる事が難しくなるって訳なのさ。それにもし、味方と敵が入り乱れて乱戦状態になったら。攻撃力の高いガトリング砲は完全に無効化されてしまう。闇雲に砲撃したら、味方も敵も一緒に吹っ飛ばしてしまう可能性があるからな」
「なるほど、そういう事なんだ〜! 敵の緑魔龍公爵って凄く頭が良いんだね!」
何で玉木が敵に感心しているのかは、分からないけど。緑魔龍公爵はそういった事を想定して、自分の本拠地を緑色の森で覆っている可能性は十分にあり得るな。
少なくとも俺のコンビニの武装にとっては、ここはかなり分が悪いのは間違いない。
今までは、開けた場所で魔物と戦う事が多かった。おまけに味方の軍勢なんてもちろんいないし、俺は大体1人で敵と戦う事がほとんどだったからな。
だが今回は、魔物と戦う人間の騎士団が20万人近くもこの場所に集まってくる。
もし騎士達と魔物達が、森の中で乱戦状態にでもなったら。俺がコンビニのガトリング砲をぶちかましただけで、味方の騎士団にもかなりの被害を与えてしまうだろう。
だから本当は、俺達だけで敵と戦った方が良いのは間違いない。
それこそ今回は、各国の騎士団がお互いの意思疎通が完全には取れていない可能性だってある。
だから一度、事前に作戦会議みたいなものを開いて。コンビニの勇者パーティー以外は、戦場で動かないでくれって、伝える事が出来た方が良いんだけど。
……まあ、今回はそれも難しそうだな。
しかも、ククリアの話によると。緑魔龍公爵は常に自分の本体を隠しながら戦う事が多いようだ。この前みたいに、ゾンビ達を大量増殖させて攻撃をしかけてきたら。敵の本体を探し出すのは、かなり至難の業になるだろう。
「――彼方様、どうされますか? 各国の騎士団がここに到着をする前に、私達だけで緑魔龍公爵と戦いますか?」
「いや、敵と先に戦うのはやめておこう。まだここが緑魔龍公爵の根拠地だってだけで、確実に敵がここにいるって保証も無い。それにまずは他の異世界の勇者を仲間に引き込む事が最優先だ。だからまだ、ここで先に行動を起こすのはやめておこう」
「分かりました。ではこのまま丘のくぼみにコンビニを隠して、ドローンで周辺の索敵を続けますね!」
「うん! 頼むよ、ティーナ」
俺はティーナに返事をすると、トランシーバーでコンビニの屋上で周囲の警戒をしている、紗和乃と連絡を取る。
「あーあー、紗和乃、聞こえるか?」
ザザー、ザー……という無線の音と共に。トランシーバーから返事が聞こえてきた。
「――ハイハイ、聞こえているわよ。こちらは今の所、異常なしよ」
「紗和乃。今の所……俺達以外は、まだここに誰もやって来ていないみたいだけど。1番先にここにやって来そうなのは、カルツェン王国の騎士団って事で良いんだよな?」
「ザザー、ザー、ええ。多分、そうね。位置的にはミランダ領には西方3ヶ国連合の中で、カルツェン王国が1番近いわ。その次にカルタロス王国。そして、アッサム要塞に駐留している、グランデイル王国の遠征軍って順番かしらね。南のバーディア帝国の軍勢は人数も多いし距離も遠いから、きっと最後に到着すると思うわ」
「そうか。だとすると、カルツェン王国に滞在している水無月達と早めに合流が出来たらいいな。その後でグランデイル軍がここに到着したら、1軍の勇者の杉田や香苗、そして2軍のクラスメイト達とも合流したい所だな」
「そうね。でも、そうすんなりとグランデイルが自国に所属している勇者達を『ハイ、どうぞ!』なんて、こちらに引き渡してくれないでしょうけどね。そこは、グランデイル軍の上層部と彼方くんが話し合いをして。その間にみんなと、こっそり連絡を取り合うのが得策でしょうね」
「……ああ、分かった。もしグランデイル女王のクルセイスもここに来ているのなら、新しい情報をクルセイスから聞き出してみるよ!」
今回、世界各国から集まった遠征軍のリーダー役をこなしているのはグランデイル王国だ。そのグランデイルの軍勢がここに到着してからが、本当の勝負になる。
王国によって逮捕されたという倉持が、今、現在どうなっているのかは不明だ。
でも、金森や霧島といった他の選抜勇者の連中は、きっとここに来ると思うし。すんなりと俺達との話し合いに応じてくれるのかどうか、という不安もある。
特に金森のクソ野郎は、俺とティーナを魔王の谷の下に落とした張本人だからな。
話し合いが出来ない相手と判断したなら、悪いがここでアイツとは決着をつけさせて貰うつもりだ。
「……とりあえず、最初にここに到着しそうなカルツェン王国の騎士団がやって来る方角を中心に、ドローンの監視を続けよう。グランデイルの事を心配するのは、カルツェン王国の水無月達と合流を果たしてからの方が良いだろうからな」
「了解よ、彼方くん!」
トランシーバーから、紗和乃の声が聞こえてくると同時に――。
「了解しました、彼方様!」
パソコンで、上空に飛ばしているドローンの操作をしてくれているティーナも返事をしてくれた。
今、現在コンビニが所有している合計8台のドローンは、全てがフル稼働中だ。
旧ミランダ領の王都の上空を中心に、あらゆる方向から周囲に変化がないかを偵察してくれている。
決戦を前に、俺達コンビニ陣営の布陣はみんなと話し合って事前に決めておいた。
コンビニ戦車の屋上には、
『狙撃手』の勇者である紗和乃と、
「防御壁』の勇者である四条京子。
コンビニの守護騎士であるアイリーンも、周囲の索敵も兼ねて屋上で警戒してくれている。
コンビニの事務所の中は、ドローンの操作をして。上空から広範囲のエリアの索敵をしてくれている、玉木とティーナ、そして俺がいる。
さらに遠距離の敵を念写する事の出来る『撮影者』の勇者、藤堂はじめも今回は事務所に待機して貰っている。
地下のコンビニホテルの中では、『クレーンゲーム』の勇者である秋山早苗がロビーで常に待機。
外の状況に応じて、秋山のクレーンのアームを使ってコンビニから外に出撃する事がいつでも出来るように、カフェ好き3人娘達も、同じくロビーで待機して貰っている。
残りのメンバーは、コンビニホテルの中でレイチェルさんと共に自室の中で待機、というのが俺達の布陣だ。
今回、直接戦闘に参加を出来ないメンバー達は、何か他に役に立つ事がないかと、コンビニのホテル内で『座標探索チーム』なるものを立ち上げて活動してくれていた。
それは、今までコンビニで発注した書籍や雑誌などから得られる情報。そしてコンビニホテルの室内にあるテレビなどの情報を解析して、俺達が元いた世界と似ている異世界の情報をまとめているらしい。
でもまあ、情報量が膨大過ぎるからきっと大変だと思う。だが、この世界の過去の勇者達や、女神教もその『座標』と呼ばれるものを探し求めているくらいだ。
見つかるのに、何年かかるのかは分からないけど。俺達コンビニチームの中でそれを探し求める事は、きっと大きな意義はあると思う。
旧ミランダ王国の王都の周辺で、コンビニの周辺をしばらく探索し続ける事、おおよそ3時間――。
上空から周囲の索敵を行なっていた8台のドローンのうち。その中の1台の監視カメラに反応があった。
「ねえねえ、彼方く〜ん!? 大変よ〜! 大人数の騎士団がこっちに向けて向かって来ているの〜!」
パソコンの画面で監視カメラを確認していた玉木が、大声で呼びかけてきた。
「とうとう来たか。――で、方角はどっちからなんだ? カルツェン王国の騎士団がここにやって来たのか?」
これで水無月達と合流が出来る、と少し安堵をしながら俺は玉木に声をかけたんだが。玉木の返事は、予想していたものとは全然違っていた。
「う、ううん〜。それが違うの〜! この方角は、アッサム要塞がある方角からなの! それにこの騎士達の鎧の形は、きっとグランデイル王国のものよ〜!」
「――えっ? そ、それは本当かよ、玉木!?」
俺は慌てて、玉木が覗いているパソコンのモニターを凝視する。
そこにはアッサム要塞のある南東の方向から。こちらに向けて馬を走らせている、おびただしい数の銀色の騎士団が映っていた。
俺もあの銀色の騎士達には、何度もお世話になっているからな。その姿にはよーく見覚えがある。
グランデイル王国の王都では、無抵抗の俺に沢山の槍を突き付けて、街の外に追放した騎士団。
カディナの壁外区では、コンビニの周囲を3000人もの集団で取り囲んで、いきなり襲って来た連中だからな。忘れる事なんて出来るかよ。
「クッ、なんでグランデイル王国軍が真っ先にここにやって来たんだよ。バーディア帝国軍を除けば、1番距離的には遠い所から来ているはずなのに!」
もちろん距離が近い所にある国の軍隊が、必ず1番早くやって来るなんてルールが決められている訳ではない。
でも、それでも最初にやって来るのは、西方3ヶ国連合のどちらかの国からだと予想していた。
それはアッサム要塞からここまでの距離は、他の国に比べてあまりにも余りにもかけ離れていたからだ。
コンビニの屋上から、グランデイル軍が先に駆けつけて来たのを確認した紗和乃が、急いで俺達にトランシーバーで連絡の声を飛ばして来る。
「ザザー、ザー。みんな落ち着いて! 確かにこれは想定外だけれど、落ち着いて対処するしかないわ。グランデイル王国の軍勢は、明らかに馬を全速力で走らせて、ここまで大急ぎで駆けつけて来たのが分かる。もしかしたら、こちらの動きを先に察知されたのかもしれないわね!」
「グランデイル軍に、こっちの動きを予想されていたというのか?」
俺は、モニターの画面を覗き込みながら考える。
仮にグランデイル王国が、俺達コンビニチームの動きを予想して。俺達が他と国の騎士団と接触をする前に、先にここにやって来たのだとしたら。
連中は、何からしらの企みがあってここにやって来ている可能性はありそうだな。
「……どちらにしても、この丘のくぼみにコンビニが隠してある事を、奴らはまだ知らないはずだ。このままここで隠れながら様子を探るしかないだろう」
俺達は上空にいるドローンを目立たないように動かして。ミランダ領に駆けつけた銀色の騎士団。その合計が、約3万人を超えるグランデイルの大遠征軍の真上に、コンビニのドローンを近づけていく。
すると、そこには――。
「えっ……。あれは、もしかして……?」
グランデイル軍の1番先頭で。
真っ白い大きな旗を左右に振り。上空のドローンに向けて何かの合図を送っている、異世界の勇者の男の姿が監視カメラに映り込んだ。
それは俺の親友でもある、クラスメイト。
『火炎術師』の能力を持つ、杉田勇樹の姿だった。