第八十話 ミランダ王国攻略
「自分達が暮らしていた、本当の元の世界に戻る為に必要な物――それが『座標』だって?」
ククリアの話す言葉が、あまりにも俺の理解を超えていた為。その内容を思わず聞き返してしまう。
ククリア自身も、まだ決して確証がある訳ではなく。
未熟な自分は、まだ紫魔龍公爵の全ての記憶を引き継げている訳ではない……と前置きをした上で、俺に座標の説明をしてくれた。
「この世界には『異世界』と呼ばれる、異なる世界が無数に存在しています。もし、いつかコンビニの勇者殿が故郷である日本に帰る事が出来たとしても……。その日本には、コンビニの勇者殿のご両親は存在していないかもしれません。人も地名も微妙に異なる『別の日本』が、無数にこの世界には存在しているからです。ホテルのテレビで流れる番組のように。知らない芸能人ばかり映る、異なる日本に戻ってしまう可能性も十分にあり得るのです」
「何だよそれ……。ただでさえ、元の世界に戻るのは難しいと聞いているのに。その上で更に、俺達が暮らしていた元の日本に戻るには、無数に存在する『異世界の日本』の中から、自分達が暮らしていた『本物の日本』を探し出さないといけないのかよ」
もし、それが本当なのだとしたら……。
俺達が元の世界に戻るっていうのは、絶望的にハードルの高い願いになるな。まだ帰る手段さえ見当もついていないってのに。
帰りたい元の世界でさえ、無限にある異世界の日本という宝くじの中から。本当の日本の座標が記された当たりくじを、手掴みで探し出す必要があるらしい。
そんなの、ガチで溜め息しか出ないぞ。一体誰がそんなクソ仕様の世界を作り上げてるんだ? 『ハイ、こっちは異世界。ハイ、そっちは元の世界』って、分かりやすい単純な構造でいいじゃないかよ。
「ええ。この話が本当なら、異世界から召喚されてきた勇者の悲願――『元の世界に戻る』という願いは、本当に不可能と言ってよいくらいに難しいでしょう。でも、この話の中で一番興味深いのは、大昔の魔王や異世界から召喚されてきた勇者が、座標を探し求める事は理解出来るのですが……。女神教の大幹部達も、やはりその『座標』を探し求めているという話がある事なのです」
「女神教も『座標』を探し求めていた? 一体、それはどういう事なんだろう。まさか、女神様も実は異世界から召喚されてきた『元勇者』だった……とか、そんなオチはないだろうな?」
俺の問いかけにククリアは、目を閉じたまましばらく沈黙をする。
「それは分かりません。女神教という宗教は、その存在自体が謎だらけなのです。おそらくは数千年前、あるいは1万年くらい前から、女神教はこの世界に存在していると言われています」
「えっ、そんなに前から女神教って、この世界に存在しているのかよ!?」
「ハイ。女神アスティアはこの世界に『魔法』という奇跡を、最初に広めた存在だそうです。そして異世界から勇者を召喚する儀式も、巨大な魔力を使う魔法によって行われています。それを考えると、最初に魔法を広めたという女神アスティアが、実は異世界から召喚された勇者だった……という可能性は極めて低い気もします。少なくともアスティアが魔法をこの世界に広めるまでは、この世界には魔法は存在しなかった事になりますから」
「なるほどな。まだ魔法の存在しなかったこの世界に、『異世界の勇者を召喚する魔法』は存在しなかった。だから女神アスティアが、実は異世界の勇者だったという可能性は低い訳か」
うーん、だとすると。女神アスティアってのは、やっぱり奇跡を起こす神様のような存在だったのかな?
女神教の幹部達が座標を探しているのは、その組織の幹部の中に、異世界から召喚された『元勇者』が混ざっているから、とかもあり得るのかもしれない。
……でも、正直な所。
ますます、よく分からなくなった気がする。
この世界には、本当に謎が多すぎる。そもそも俺達みたいに異世界から召喚されてくる勇者の仕組み自体が、謎に溢れている訳だしな。
きっと俺達以上に、この世界に住んでいる人々も。そしてもしかしたら、女神教徒達でさえも。この世界の秘密について、何も分かっていないのかもしれない。
でも、例え何も分からなかったとしても。
それらを一つ一つ理解して進んでいかないと、前進は出来ないからな!
……話は、色々と逸れてしまったけど。
俺は改めてククリアに先程、紗和乃達と話し合った事を色々と聞いてみる事にした。
1つは、この世界の事について。
女神教の歴史や、世界の国々の事についてなど。俺達がまだ知らない異世界についての様々な知識。本当に元の世界に戻れないのか、という事についての情報をもっと知りたい。
1つは、過去の異世界の勇者達について。
この世界に召喚された異世界の勇者は、皆、どのような過ごし方をして。最後にはどうなってしまったのか? その足跡を詳しく知りたい。
1つは、今の魔王について。
動物園の勇者である日本人の『冬馬このは』。その生い立ちや過去の歴史などについてをもっと知りたい。また彼女の守護者である、4魔龍公爵達についての情報もだ。
――そして、最後に。
現在の魔王軍を指揮している黒魔龍公爵と交渉をする事が出来るのか、それについても詳しく聞きたかった。
ククリアは、琴美さくらが用意してくれた料理を食べながら、それらを一つ一つ丁寧に俺に話してくれた。
まだ15歳と若いのに、たくさんの知識を持ち。色々な学問にも精通をしている、ドリシア王国の若き女王。だが実際は長き時を生きてきた魔王軍の紫魔龍公爵の記憶を受け継ぐ者。
そんなククリアの語るこの世界についての話は、俺にとっては実に聞きやすく。そして内容も分かりやすかった。
俺は時間を忘れて、それらの知識を一つも取りこぼさないようにと必死に脳内に吸収していく。
ククリアが話すこの世界の話には、俺が知らない情報がたくさんあった。まずはこの世界に存在する地名や、不思議な場所についてだ。
この世界には『魔王領』と呼ばれる場所や、その他にも『エルフ領』、『禁断の地』と呼ばれている場所があるらしい。
『魔王領』は大陸の遙か西にある地域で、かつてこの世界に召喚された勇者達が魔王となり。そしてその無限の能力で様々な魔物達を生み出し、それらが混在して今も多数、生息をしている混沌とした場所。つまりは人間以外の生物達の聖地となっている場所らしい。
例えるならモンスターが溢れている、まるでゲームの『◯ンハン』の世界みたいなものかな?
空飛ぶ竜だったり、海の中に住まう魔物だったり。そんな巨大な生物達がひしめき合い、とても人間が住めるような環境にはない――荒れ果てた地になっているとの事だ。
この世界には、歴代の『魔王』達がそれぞれの能力で生み出した不思議な生き物がたくさん生息している。
例えば、グランデイル王国や世界中の各地に存在している一般的な『魔物』と。今の魔王である『冬馬このは』の動物園から生み出された魔物は、その種類が全然違う。
俺がこの世界で初めて遭遇をした、グランデイル王都の近くにある、『ソラディスの森』に生息していた黒狼という魔物は、太陽の光が苦手だった。
だが、冬馬このはの生み出した一般的に『魔王軍』と呼ばれている魔物達は、太陽の光を全く苦手としない。日中でも平気で人に襲いかかってくる。
それらは同じ『魔物』と呼ばれていても。生み出した魔王が違うから、それぞれに別の習性があるらしい。
例えば、将来もし俺がこの世界で魔王になってしまったら。俺のコンビニで生み出された機械兵であるコンビニガード達が、この世界の各地で暴れ回ったりするのかもしれない。そうすると、それらもいつかは『魔物』と呼ばれ。この世界の人々に恐れられる存在となる訳だ。
つまり『魔物』とは、歴代の魔王達がその無限の能力で生み出し。この世界に残してしまった有害な生き物達の総称という事になるらしい。
もちろんこの世界の人々は、そんな事はよく分かってないから。単純に危険な生き物達の事を全て『魔物』と呼んでいるみたいだけどな。
魔王領はそんな統一性が全くない、色々な種類の魔物達が多数住んでいる混沌とした場所になっているらしい。
ちなみに『エルフ領』という場所も、大陸の南西にあるらしいが――。そこに住まうと言われているエルフや獣人達も。元はかつてこの世界に召喚された勇者の能力によって生み出された、亜人種達の末裔という事にる。
つまり大昔には、エルフという知性のある種族を生み出す能力を持った勇者もいたという事なのだろう。
その勇者が魔王となりそして死んだ後も、生み出されたエルフ達はこの世界で生き続けていた。そしてその子孫達が自分達の国を作り上げて住んでいる場所が、今の『エルフ領』だ。
ただその個体数は、人間に比べると決して多くはない。なので広大な森に結界を張り、この世界の人間達とは関わらないようにして細々と暮らしているらしい。
ここ数百年ほどは、エルフ族が人間と接したという記録はほとんど残って無いとの事だった。
うーん。なんだか、ククリアの話を聞いていると。
無限の能力を持つ異世界の勇者という存在が、いかにこの世界にとってはイレギュラーである『バグ』のような存在なんだと言う事が、改めて思い知らされた気がする。
新しい魔王が出現するたびに、エルフだったり、ドラゴンだったり、あるいは機械兵だったり。
この世界に元々は存在していなかった、新たな生き物が生み出されてしまうんだからな。
それを思うと、異世界から勇者の召喚なんて事をし続けている限り。この世界はどんどん混沌とした状況になってしまう気がするな。
そしてそれらの事実を本当は知っているのに、人々からその真実を隠しているのが女神教だ。
彼らが影で暗躍しているせいで、この世界の人達は真実を知らされずに生きている。そして自分達の目的の為だけに異世界の勇者を召喚して、また新たな魔王を生み出している訳だからな。
そういえば、この世界には『禁断の地』と呼ばれる謎の場所も北の地にはあるらしい。
その場所には透明な青い結界が張られていて。侵入する者を全て排除する仕組みがあるらしい。なのでそこには誰も入る事が出来ないので、その奥に何があるのかは誰も分かっていないようだ。
一説には、かつてこの世界で魔王となった者が、女神教徒達の追撃を逃れて。その禁断の地の奥に隠れ住んでいるなんて話もあるみたいだけどな。
ちなみにククリアの話だと、かつて動物園の勇者である冬馬このはも、禁断の地を目指した事があったらしい。
女神教徒達も手が出せない、謎の結界に守られた聖域。そこに逃げ込めば、安住の地が得られるだろう……と期待したからのようだ。
――だが、結界に入ろうとした途端。
どこからか、大量の『ミサイル』が空から飛んできて。その侵入を阻まれたらしい。何か禁断の地に入るには、パスワードみたいな物でも必要なのだろうか?
冬馬このはは結局、禁断の地に入る事が出来なかった。そして女神教徒達に追われ続け、やがて仲間を殺されて精神を病み。そのままショックで倒れてしまったとの事だった。
ククリアが独自に調査をした内容だと、もしかしたらその禁断の地は、大昔にこの世界全てを支配したという、伝説の大魔王が作りだした場所なのではないか――という説もあるらしい。
もしそうなら、大昔に女神教を滅ぼしたとされる伝説の大魔王は……『ミサイル』を使う事が出来るような勇者だったという事なのだろうか?
そうすると、やっぱりかなり強力な能力を持った凄い勇者だったんだろうなと思う。
ん? でも、そういえば……。
俺もコンビニの屋上から『地対空ミサイル』を発射する事が出来るんだけど。まあ、それは単なる偶然かな。
この世界に召喚された過去の勇者達は、そうして魔王になったり、女神教徒達に追われて始末されたり。召喚された他の異世界の勇者によって倒されたり……という悲惨な末路をそれぞれ辿ったらしい。
もちろん魔王にはならずに、能力を隠してこの世界でこっそりと生き続けた勇者もいたようだ。基本的に魔王になれるのは、無限の能力を持つ者だけだからな。
女神教徒達からも隠れて、こっそりとこの世界で生き残った勇者達は――。その子孫をこの世界に残して、静かにその人生を終えたらしい。
そしてその子孫達の一部が、今も遺伝能力という特殊な能力を稀に発現させる事があるとの事だった。
そういえば、現在の魔王軍を実質支配している黒魔龍公爵についても俺は聞いてみたんだが……。
黒魔龍公爵はかなり寡黙な男らしく、基本的に他者と交流をしたりするような事はないらしい。
機械のように冷徹な性格で、眠っている冬馬このはのそばにずっといて。そこから離れる事は絶対にないとの事だった。
つまり――黒魔龍公爵と直接会って話をする、というのはほぼ不可能だと明言されてしまった。
もし会えるとしたら、それは俺達が冬馬このはの動物園の地下深くにまで侵入し……。そこで、そいつと直接対面をした時だけという事か。
気付けば、ククリアとの会談は朝まで続いていた。
コンビニの地下なので、外の状況はよく分からないけど。きっと店の外にはもう、朝陽の光が差し込んでいるのかもしれないな。
「……そうか。冬馬このはの動物園は、魔王領と呼ばれる大陸の遥か西の地にあって。黒魔龍公爵はその動物園の地下から決して動こうとしない訳なのか……」
「ええ。4魔龍公爵達は、そこから沢山の魔物を率いて東の国々に向けて出撃していました。そして残念ながら、ボクにはもう、黒魔龍公爵と直接話をするような手段が無いのです」
ククリアが申し訳なさそうに、テーブルの上で頭を下げてきた。
「いや、それは仕方ないさ。君は紫魔龍公爵の記憶を引き継いではいるけれど……。君自身は、あくまでドリシア王国の女王である『ククリア』なのだから。その事は魔王軍に知られてはいけないし、もちろん他の国々や女神教徒達にも知られる訳にはいかない。そんな事になったら、ドリシア王国自体存続が危ない事になってしまうからな」
「ハイ。ボクは自分の正体を他国の国王や、ドリシア王国の国民に話す事は決して出来ません。そのような事を公言すれば、ドリシア王国は大変な事態になってしまうでしょう。ボクはそういう微妙な立場に置かれている存在なのです。ですのでボクの事については、コンビニの勇者殿も、出来る限り他言は避けて頂けると助かります」
「ああ。うちの仲間の勇者達にはもう話してしまったけれど。みんなにも、ククリアの事は決して他所に話さないようにと注意をしておくよ」
ありがとうございます! と、俺に頭を深く下げるククリア。
本当は俺にその事を話すのも、かなり躊躇ったのかもしれないな……。
でも、それでも紫魔龍公爵が願っていた『冬馬このはの暴走を止める』――という悲願をどうしても俺に託したかったのだろうと思う。
その為に、今回異世界から召喚されてきた勇者の中で。それが達成出来そうな勇者を、ククリアは独自に探していたのかもしれないな。
「――ところで、ククリア。今後の俺達の行動方針についてなんだけど……」
俺はこれから取るべき行動についてを相談をしようと、ククリアにアドバイスを求めようとした。
すると――ククリアから、突然予想外な話をされる事となった。
「その事なのですが……。実はこの世界の情勢に大きな変化が起きたので、コンビニの勇者殿にお伝えしないといけない事があります」
「えっ、大きな変化だって?」
「ハイ。本当はその事を先に伝えないといけなかったのだと思いますが……。話が遅れてしまい大変申し訳ありません。この情報がドリシア王国に伝わったのが、本当につい2〜3日前の事だったのです。正確な情報を集めるのに時間がかかってしまいました」
「分かった。それはつい最近この世界で起きた出来事なんだな。それで、それはどういう内容なんだ?」
ククリアが一度、深呼吸をして。改めて椅子の上で俺の方に向き直る。
「実はグランデイル王国が、とうとう本格的に動き始めたのです。前回攻略に成功をしたアッサム要塞を拠点として、駐留しているグランデイル王国軍約3万人が、魔王領に目掛けて進軍を開始したのです!」