第七十九話 ククリア再来
「……えっ!? ククリアがまたコンビニにやって来たのか?」
深夜のコンビニに訪れた、思いがけない来客に俺は驚く。すぐにアイリーンにククリアを迎えに行くと返信をして、コンビニの上層階に行く事にした。
「彼方くん。さっき話した事、ちゃんとお願いね!」
紗和乃が念押しするように、声をかけてくる。
「おう、任せておけって! ククリアからもっと異世界の事や、過去に召喚された勇者達の事。そして黒魔龍公爵と、直接交渉する事が出来るのかを聞いてくる。色んな情報を聞き出してくるから、ここで待っててくれ!」
俺は紗和乃に、親指を立てて安心してくれと合図を送り。そのまま、エレベーターに飛び乗ろうとした所で……。
「――総支配人様、私もククリア様との会見にご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
後ろから突然、レイチェルさんに声をかけられた。
「えっ、レイチェルさん? それはもちろん大丈夫ですけど……」
「ありがとうございます。ドリシア王国の女王様に直接お会いが出来るなんて、とても光栄です!」
そのままにこやかに微笑みながら、レイチェルさんは俺と一緒にエレベーターの中に入ってきた。
……正直、レイチェルさんがこうしてエレベーターの中に入ってくるのは、かなり珍しい。
コンビニの地下階層の守護者であるレイチェルさんは、いつもずっと地下に篭っている。だから、地上に上がって来た所を今まで一度も見た事は無かった。
たまには日の光を浴びるのもいいですよ、と俺も誘ってみたんだけど。『私は地下の雰囲気が好きなので、大丈夫です』と、いつもやんわりと断られていたからな。
「……レイチェルさんが一緒に地上に来るなんて、何だかとても珍しいですね」
「私もたまには、地上に上がる事もあるんですよ。もっともそれは、コンビニにとって重大な危機が訪れた時だけですので。普段は滅多に上がる事はないですけどね。今回は一応、念の為という感じです」
ん? コンビニにとっての重大な危機? それはククリアの来訪が、コンビニにとっての重大な危機になり得るという意味なのだろうか。
レイチェルさんの真意が分かりかねて、俺は首を傾げてしまう。
俺とレイチェルさんを乗せたエレベーターは、静かにコンビニの地上部分に到着した。
倉庫から店内に移動をすると。そこには椅子に座っているククリアと、その近くに立っているアイリーンの姿が見えてきた。
「店長、お待ちしておりました!」
俺の姿を見て、騎士らしく礼儀作法の整った一礼をするアイリーン。
そして、座っていたククリアも席から立ち上がり。俺の姿を見つめて小さく頭を下げてくれた。
「コンビニの勇者殿。来るのが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。新しい情報がドリシア王国に色々と入ってきましたので、その対応でここに来るのが少し遅れてしまいました……」
「それは、全然構わないぜ。ククリアはドリシア王国の女王としての立場があるし、国政を優先させるのは当然の事さ。俺もこのトロイヤの街で、その間に好き勝手にコンビニの営業させてもらっていたからな!」
俺を見つめていたククリアが突然――ビクン! と全身を痙攣させるようにして、体震わせ始めた。
……? 突然、どうしたんだろう?
俺が不思議そうに、ククリアの様子を注意深く観察していると。
どうやらククリアの視線の先には、俺と一緒について来たレイチェルさんの姿が目に入ったらしい。
レイチェルさんを見つめるククリアは、一歩もその場から動こうとしない。そのままじっと硬直をして、体を小刻みに震わせたままだ。
まるで蛇に睨まれたカエルのように、何かに怯えているようにも見えた。
そしてそんなククリアの姿を見つめているレイチェルさんは、いつも通りニコニコ営業スマイルを続けている。
一体、なんなんだろう? この2人は実は、俺の知らない所で隠れた知り合いだったりでもしたのだろうか?
しばらくその場で硬直していた、ククリアは、
「ハァ……ハァ……」
突然、糸が切れた人形のように腰をかがめて。椅子の上に座り込む。そして息を荒げて、ゆっくり深呼吸を繰り返した。
「……さすがはコンビニの勇者殿です。これほど強力な守護者がお側に控えていらっしゃるとは、コンビニの能力がいかに凄いかを、ボクは改めて実感させて頂きました」
「強力な守護者って、レイチェルさんの事か?」
ククリアがあまりにもレイチェルさんの姿を見て驚いているようなので、俺は思わず尋ねてしまう。
何かうちのレイチェルさんが、ククリアを驚かすような事でもしたのだろうか?
「総支配人様、ご心配せずとも大丈夫ですよ。私達『守護者』の間でしか分からない、目に見えない会話のようなものを今、私とククリア様の間で行っただけですので」
レイチェルさんは微笑みを崩さずに、そう答えた。
目に見えない会話だって?
何それ。超、気になるんですけど……。
「ええ。ボクも一応、紫魔龍公爵の力と記憶を継承する者ですので。コンビニの守護者のレイチェル殿から、とてつもない力の片鱗を感じました。あまりにもその力が強すぎて、ボクは身動きすら出来ませんでした。おそらくレイチェル殿は、『黒魔龍公爵』よりも遥かに恐ろしい存在のようですね……」
ククリアに畏敬の念を持って、見つめられたレイチェルさんは、そのまま笑顔を崩さずに平然と立っている。
どうやら守護者同士が互いに威嚇し合い。お互いの実力の優劣を探りあった感じなのかもしれないな。そしてククリアは、レイチェルさんのあまりの力の強さに感服したって事みたいだ。
「いつかボク達のように、コンビニの勇者様がこの世界で、ご自身の力を制御出来なくなる未来が来てしまったら。きっとレイチェル殿を制御出来る人は誰もいないでしょう。そうならない事を、ボクは強く祈らせて頂きます」
「ククリア様。その心配はございませんので、どうかご安心下さい。私が必ず総支配人様と敬愛するその友人の方々を守り抜いて見せますから。ウフフ……」
レイチェルさんがそう言って、クスクスと笑う。
どうやら紫魔龍公爵の記憶と能力を継承しているというククリアが、このコンビニの地下階層に入って来ると聞いて。
『コンビニの地下で何かしでかしたら、タダじゃ済まさないぞ……!』という無言の圧力を、レイチェルさんがかけに来たのかもしれないな。
確かに俺はククリアを全面的に信頼しているけれど。
レイチェルさんからしたら、前回コンビニに侵入してきた緑魔龍公爵と同じような異邦人が、外からコンビニにやって来た訳だからな。
レイチェルさん的に、ククリアは本当に大丈夫な人物なのかと、直接チェックしに来たという事なのだろう。
普段、見た目はおしとやかなレイチェルさんだけど。今回に限っては頼もしさと、恐ろしさも感じさせる。
もちろんそれだけ、コンビニの地下階層の責任者であるという自覚があっての行動だと思うけれど。
俺は来客であるククリアをさっそくエレベーターに乗せて、コンビニの地下階層へと案内をした。
元々、コンビニの地下ホテルを見てみたいとククリアは願っていたものな。どうせ会談の続きをするのなら、ククリアの願いをまず叶えたあげた方が良いだろう。
エレベーターが地下ホテルに到着をすると、ククリアはその中の様子を見て。まるで子供のように興奮しながら、ロビーの中を駆け回り始めた。
「す、凄いっ!? これがコンビニホテルなのですね!」
先程まではククリアに対して威圧的だったレイチェルさんも。ホテルに着くと普段通りの心優しい支配人の顔に戻っている。
興奮を隠せないククリアをホテルの中へと案内して。宿泊部屋や、設備を丁寧に説明してあげていた。
その顔は客人をもてなすホテルの従業員そのものだ。先程の守護者同士の謎のバチバチがまるで嘘のように、2人は打ち解けているように見えた。
ククリアはホテルの部屋の中で、そこに置いてあるテレビの存在にとても興味を持ったようだった。
色んなチャンネルを繰り返し変えてテレビを見つめては、『ふむふむ、ほうほう……』と何度も頷きながら感心している。ククリア的に、何か興味のある番組でもあったのかな?
「――ククリア様、もし宜しければ地下3階にある温泉スパ施設もご案内致しましょうか?」
「いいのですか? それはとても嬉しいです! ぜひぜひ、よろしくお願い致します!」
再び子供のように飛び跳ねながら、ククリアがレイチェルさんの後について行く。
その後、ククリアはコンビニの温泉施設以外にも、まだ稼働をしていない地下4階層の映画館、そして地下の駐車場も見学をして、大満足の表情を浮かべていた。
その案内は全てレイチェルさんが直接行っていたので……もしかしたら、まだククリアの事を完全には安心していなかったのかもしれないな。
そして、コンビニの地下施設の全ての見学が終わり。
さあ会談の続きを……という事になった俺達は。地下1階の倉庫スペースに臨時に作られた、レストランで話をする事になった。
さくらがククリアの為に、腕によりをかけた料理を作ってくれて。レストランに豪華ディナーを用意をしてくれていた。
基本的には、俺とククリアの2人だけで会談をするのだが、遠巻きにレイチェルさんも、レストランの中で待機をしてくれている。
俺に何かがあった時に、すぐにでも対応出来るように、との配慮らしい。
「コンビニの勇者殿。このビーフステーキは本当に美味しくて、頬っぺたが床に落ちてしまいそうですね!」
「ああ。うちのさくらが作る料理は、どれも最高に美味しいものばかりだからな! ぜひ、今日はたくさん食べていってくれよ」
もっとも。味付けによってはさくらの料理は食べ過ぎると中毒症状を起こして……。
その後、一生さくらに従い続けるという、危険なスパイスが含まれている可能性もあるんだけどな。
まあ、その辺は触れないでおく事にしよう。さくらがそんな料理を客人に振る舞うわけないし。
「……ところで、ククリア。コンビニの地下施設の中では、何が一番興味深かったかな? ホテルや温泉や、スポーツジムや色んな物があったと思うけど」
俺は単純な興味から、ククリアにそれを聞いてみた。
ドリシア王国の女王でもあり、紫魔龍公爵の記憶も引き継いでいるククリアが、俺のコンビニの中で一体何に一番興味を惹かれたのかが、気になったからな。
俺のその問いかけに対して、ククリアは――、
「やはり、テレビですね! アレがボクにとっては1番興味深かったです」
即答で、ホテルの部屋に付いているテレビに興味を持ったと返答をしてきた。
「ククリアはもしかして、テレビを初めて見たのか?」
「いいえ、ボクも日本からこの世界に召喚をされて来た『冬馬このは様』によって生み出された動物園の守護者です。いえ、正確にはその守護者の記憶を持っている者ですね。なので日本にあるテレビの事はもちろん知っていましたよ」
「それなら、ホテルにテレビがあるのは割と普通のような気がするのだけれど……そんなに興味を引いたのは、何でなんだろう?」
俺は疑問に思った事を、ククリアに聞いてみる。
日本から召喚されたという『動物園の勇者』であった冬馬このは。
その守護者としてこの世界に誕生した紫魔龍公爵は、当然テレビの知識もあっただろう。
それなのにどうして、コンビニホテルにあるテレビがそんなにもククリアの興味を引いたのだろうか?
もしかしたら、同じ日本でも召喚された年代が違ったとかなのかな? 例えば『冬馬このは』は昭和初期の時代の日本に住んでいたとか。
もしそうなら、テレビはほとんどブラウン管テレビで、今みたいな薄型テレビはまだ存在しなかったはずだ。俺のコンビニホテルの中に備え付けられているテレビは、ほとんどが現代仕様の薄型液晶テレビになっているからな。
「ふふ。きっとコンビニの勇者殿が想像しているものとは、違うと思いますよ。ボクはコンビニの勇者殿が知っている現代日本の知識は大体理解しています。おそらくこのは様と、コンビニの勇者殿とは、ほぼ同じ年代の日本からこの世界に召喚をされていると思います」
ククリアは、俺が頭の中で想像していた答えを先読みして。それは違うと教えてくれた。
だとしたら、一体テレビの何に興味を持ったというのだろう?
「ボクが興味を持ったのは、テレビに映っていたその『番組の内容』の方ですね」
「テレビの番組? 何か特別に面白そうな番組でもやっていたのか?」
「コンビニの勇者殿も、この世界に来てから疑問に感じていたとは思いますが……。コンビニの勇者殿。ボクの主人である『冬馬このは様が過ごした日本』と、『コンビニの勇者殿が過ごした日本』は、本当に同じ日本だと思いますか?」
「えっ……それは、どういう意味なんだ!?」
俺はククリアの話した言葉の内容が、すぐには理解できなかった。
「ボクの所属していた魔王様の動物園にも。もちろん、スタッフの控室や事務所。管理棟のような部屋は存在していたのです。そこには日本で発行されていたと思われる動物情報の雑誌や、動物に関する図鑑なども多数置いてありました」
「そうだったのか……。俺のコンビニと同じように。冬馬このはの動物園にも、日本の書籍が置いてあったという事なのか」
「ハイ。そしてそこに置いてあった書物は、同じ『日本』で発行されているように見えて――どこか少しだけ内容の異なっている書物ばかりでした。表記されている地名が少し違う。写真に載っている動物の名前が微妙に違う。元の世界に似ているけど……何か少しだけズレている異世界の日本の書物」
「冬馬このはの動物園にあった書物も、全部そんな感じだったんだな。俺のコンビニで発注出来る書籍も大体そんな感じなんだが。それは一体、なんでなんだろうな?」
「ええ。とても気になりますよね。ホテルの部屋のテレビに流れていた番組を見て、ボクもそう感じました。ボクは個人的に女神教徒や、そして大昔にこの世界全てを支配したという『伝説の大魔王』の痕跡を調べる研究もしていましたが――。その中で少しだけ分かった事があるのです。その両者はともに、この世界にある『ある物』を探し求めていたようなのです」
「女神教徒や、大昔の大魔王も探していた物? それは一体何なんだろう?」
女神教徒達は、たしか魔王を倒した後に得られる『何か』を求めていたと聞いている。
それを作り出す為に、異世界から勇者を召喚して。この世界で『魔王』に育てあげていたはずだ。
それともそれ以外にも、この世界で別に探している物でもあったという事なのかな?
そしてそれは、大昔にこの世界を支配したという、女神教徒達にも恐れられた伝説の大魔王も、探し求めていたという事なのだろうか?
「それはどうやら『座標』と呼ばれている物のようなのです。ボクが独自に調査をして調べた物なので、もちろん確証がある訳ではないのですが……」
「『座標』? 数学の授業とかでなら聞いた事はあるけど。ここは異世界だから、多分……別の意味がありそうだよな。それは、一体どういうものなんだろう?」
ククリアはいったん深呼吸をすると、少し間を置いてからゆっくりと返答をした。
「――ハイ。座標とは異世界から召喚された人間が、自分達の住んでいた元の世界に戻る時に必要となる物。数多の異世界が無限に広がる、この不思議な世界の中で。自分達の生まれた本当の世界の場所を、正確に特定する為に必要なもの。それが――『座標』と言われています」