第七十五話 幕間①――異世界の勇者の皆殺し
西方三ヶ国の領土を、東に数キロ進んだ所。
そこにはアッサム要塞の近くにある、アルトラス商業連合の街が多数点在している。そして更に南東に下った所には、ガブリンの街という小さな宿場町があった。
今、そこにはグランデイル王国から出撃を命じられた2軍の勇者達が、宿舎の中で待機している。
約9ヶ月前に、この世界に日本から召喚された異世界の勇者達の数は、合計で31名。
そのうち1軍メンバーとして、グランデイル王国内で『貴族』の称号を授与されたメンバーは10人。
魔王との戦いには使えない役立たずの勇者、と判断をされた戦力外通告の3軍メンバーは、コンビニの勇者である『秋ノ瀬彼方』を含めて、合計10名。
そして、残り11名のメンバーは……。
主戦力にはならないが、サブとしては有用。1軍メンバーの補助要員として王宮に残されている2軍のメンバー達であった。その合計は全部で11名だ。
1軍メンバーが勇者育成訓練をグランデイルの王宮で受けている間。
彼らは同じように異世界の学問の勉強や、スキルの鍛錬などを王宮内で行ってきた。そして地味ながら、少しずつそれぞれが持つ能力の特性を成長させてきた、将来有望なメンバー達でもあった。
その中から、グランデイル王国主催で開かれたアッサム要塞の攻略作戦に参加したメンバーがいる。
勇者達のお披露目会でもあったこの作戦に、2軍の勇者からは、3名だけが特別に選ばれていた。
その内訳は――。
『無線通信』の勇者、川崎亮。
『地図探索』の勇者、佐伯小松。
『防御壁』の勇者、四条京子。
この3名はアッサム要塞攻略戦に、他の1軍メンバーと一緒に参加をしていた為。残りの8名の2軍メンバー達がアルトラスの街に近い、この『ガブリンの街』でずっと待機を命じられていたのである。
「……なあ。俺達って、いつまでこの街で待機をしていれば良いんだろうな?」
「さあ? でも風の噂だともうアッサム要塞の攻略戦はとっくに終わっていて、異世界の勇者の大勝利に終わったって言うじゃないか。なら、もう俺達もグランデイル王国の王宮に帰っても大丈夫なんじゃないのか?」
「うーん。どうなんだろうな? まだ正式にここからの撤退命令が出た訳じゃないし。ほら、あの倉持の命令を無視して行動したりすると、後で色々と面倒くさい事になりそうじゃないか。いつぞやの秋ノ瀬の時みたいに、俺達もグランデイル王国を追放処分とかにされかねないぞ?」
「うわぁ〜。それは流石に嫌だよなぁ。ハァ。さっさと1軍メンバー達が魔王を倒して、俺達を元の世界に戻してくれないかなぁ。正直もう俺、異世界の生活には飽きたよ」
ガブリンの街の宿舎に泊まる2軍の異世界の勇者達が、口々に愚痴をこぼしあう。
ただでさえメインの戦場に参加する訳でもなく。今回はその控えとして『念のため』に出撃させられているという、中途半端な状態だ。
更には肝心のアッサム要塞攻略戦はもう終了している……という知らせさえ届いているのだから。
街に残る2軍メンバー達が、早くグランデイルの王宮に帰りたいと思うのは当然の事であった。
何もする事もなく、ただ放置をされているだけの2軍の勇者達。
そんな彼らの元に、突然――。
グランデイル王国の次期国王候補と噂されている、選抜勇者達のリーダー、倉持悠都がやって来た。
「――やあやあ、これは皆さん! こんな田舎町にず〜っと待機をさせてしまい本当に申し訳ありません!」
いつもの爽やかな、クラス委員長の顔で。
倉持は何食わぬ顔で、ニコニコと笑いながら2軍メンバー達が集まる宿舎の一室に入ってきた。
突然の倉持の入室に、2軍メンバー達は一斉に凍りつく。
この時には、実は既にアッサム要塞攻略戦は終了している。更にはその後の祝勝会で、倉持は国家転覆罪の罪で女王であるクルセイスによって逮捕までされている。
しかし、そういった最新情報を知る術がまるで無かった2軍のメンバー達。彼らはまだ、倉持が女王であるクルセイスにつぐ権力者であるという認識のままだった為、倉持に逆らうような事は出来なかった。
快適な王宮暮らしを支えていてくれるのは、異世界人を保護してくれるグランデイル王国だ。その王国の権力を握り、実質的に王国を支配していると言われている倉持。
例え本心では苦々しく思っていたとしても、そんな倉持に反抗など出来る訳もない。
「く、倉持さん……! どうして、ここに?」
1軍メンバーとして、前線で指示を出しているはずの倉持がどうしてここに? 宿舎の2軍メンバー達は、驚きの顔で倉持の顔を見つめる。
「皆さん、アッサム要塞の攻略作戦は無事に終了致しました。僕たち異世界の勇者の大勝利です! これまで皆さんと共に王宮で勇者育成プログラムをずっとしてきた成果が、とうとう出たのです!」
爽やかイケメン顔で倉持は、自らが先頭に立って指導してきた勇者育成プログラムの成果を誇らしげに語る。
これが異世界に来る前の、学校の中でだったなら。女性陣も倉持のこのまぶしい笑顔にトキメキを覚えたかもしれない。
――だが、異世界に来てからの倉持の変貌した姿を知っているクラスメイト達は、もう彼を以前と同じようには見る事が出来ない。
倉持はグランデイル王国の実権を握り、その国政を自分の好きなように牛耳ってきたのだから。
「皆さんには、この街にずっと待機をして貰っていましたが……もう、その必要はなくなりました。ですので、早速グランデイル王国に帰還したいと思います。このような田舎町にずっと滞在させてしまい、本当に申し訳ありませんでした。またグランデイル王国の王宮に戻って、皆さんがいつも通りの元の生活に戻れる事を僕はお約束します」
「……元の生活に戻すっていうのなら、早く日本に帰して欲しいわ。こんな不便で全く面白くもない異世界生活なんて、もう真っ平ゴメンよ!」
シーーーーン。
その場にいた2軍の勇者達が、一斉に青ざめる。
メンバーの中にいた1人が、つい、小声とは思えない程の声の大きさで。委員長である倉持に対して、愚痴を呟いてしまったのである。
全員が振り返ると、その人物は『ハサミ』の能力を持つ、2軍メンバーの新井涼香であった。
おそらく彼女は、ガブリンの街での長期に渡る滞在生活で、ストレスが溜まっていたのだろう。
何も指示をされる訳でもなく、ただ無駄に、こんな辺境の田舎町にずっと滞在をさせられていたのだ。心の中に不満がたまるのも当然の事だった。
優雅な王宮の暮らしとは程遠い不自由な生活。まともな食事さえ、ここではほとんど食べる事が出来なかった。これならグランデイルの王都に放り出された3軍のメンバー達の生活の方が、まだマシじゃないか。
自分達は選抜組には選ばれなかったが……能力をある程度評価をされた、実力ある2軍のメンバーなのに、という自負とプライドもある。
人間とは、常に身勝手な生き物だ。
自分の望み通りにならない、ストレスの溜まる環境にいると――無意識に人はその不満のはけ口をぶつけられる相手を探そうとしてしまう。
王宮暮らしをしている2軍のメンバー達にとっては、それが街に放り出された3軍のメンバー達だった。
同じクラスメイトであっても、自分達より虐げられている仲間がいる。その事が、自分達は彼らよりはまだ恵まれた環境にいるのだという、精神安定剤のような役割をしてくれていた。
それなのに、こんな田舎の狭い宿舎でずっと不本意な滞在生活を強いられてしまった。
王都の街で暮らす3軍メンバー達よりも遥かに不自由な生活をさせられるなんて……到底許せるものではない。心の内面に溜まったストレスとその不満は、とっくに限界を超えていた。
しかし、だからと言って絶対権力者である倉持への失言は許される事ではない。
彼が本気を出せば、自分達の生活環境はより劣悪な状態に下げられてしまう事もあるのだ。そう、王国を追放されたというコンビニの勇者の秋ノ瀬彼方のように……。
何の保証もなく、一文無しの状態で街から放り出されてしまう事もあり得るかもしれない。それだけは絶対に避けなければならなかった。
静まり返った部屋の中で、2軍メンバー達はただじっと倉持の反応をうかがう。
勝気な性格の新井涼香が発してしまった愚痴は、当然倉持の耳にも聞こえてしまっただろうから……。
「……ご安心下さい。僕達1軍の勇者は今回のアッサム要塞攻略戦で、敵の魔王軍の幹部を打ち倒しました。もはや魔王軍に残された戦力は少なく、来月には地上の全ての王国軍が結集して、魔王の住む居城に総攻撃をかける予定になっています。――そうなれば、早ければ来月にも僕達は元の世界に帰る事が出来るでしょう!」
「……えっ? それは、本当なのかよ!?」
「私達、来月にはもう……日本に帰る事が出来るの?」
ザワザワ……と、今度は全員で大きくどよめき出す2軍のクラスメイト達。
勇者育成プログラムの進捗が遅く、今まで何も魔王討伐が進んでいない事はここにいる全員が知っていた。
いつになったら元の世界に帰れるのだろう……と、不安に思っていたのは何も3軍メンバー達だけではない。
王宮で暮らす2軍のメンバー達も、漠然とその不安を抱いていたのだ。
それが、まさかの急転直下。
何と、早ければ来月にも魔王を倒して、元の世界に戻れる可能性があるというのだ……。倉持の話は、未来への不安からストレスを抱えていた2軍メンバー達を大喜びさせるのには、十分過ぎる朗報であった。
「ええ。皆さんの苦労と努力がとうとう報われたのです。これで僕たちは日本に帰る事が出来ます! だから、安心してグランデイル王国の王宮に戻りましょう。皆さんを王都に送り届ける為の馬車を外に用意させています。さあ、僕の後について来て下さい」
「やったーー!! とうとう日本に帰れるぞーー!!」
「わーーい! 本当に長かったわね……。私、日本に帰ったら◯クドナルドで思いっきりポテトを無限に頬張ってやるんだから! ダイエットなんてもう知らないわ!」
「私だって! 原宿に行って、新大久保にも行って! 私の推しのアイドルが今、テレビでどんな活躍をしているのかをちゃんと見届けないと死ねないんだから! だから早く早く、日本に帰らなきゃ!」
大はしゃぎで喜び合う2軍のクラスメイト達。
まだ、この世界の魔王は倒された訳ではない。
あくまで早ければ、来月にも魔王城への総攻撃が行われて人類が勝利を出来るかもしれない、という話なのに。
ここにいる全員が、まるでもう明日にも日本に帰れるかのように、互いに手を取り合って喜び合った。
きっと、今までの異世界での生活は全て長い夢だったのだ。そんな夢心地の気分で、2軍メンバー達は委員長である倉持の後をホイホイとついて行く。
その姿には疑いの様子など何も見えない。むしろ今まで評価がガタ落ちしていた倉持の事を、彼ら全員はこの瞬間、尊敬の眼差しさえ浮かべて見つめていた。
『なんだ、委員長もやれば出来るじゃないか!』と……そんな無邪気で、嬉しそうな表情を全員が浮かべている。
そして、言われるがままに倉持の後をついていった2軍のメンバー達は……。いつの間にかに、ガブリンの街から遠く離れた薄暗い不気味な森の中にいた。
ここは、どこだ……?
能天気にホイホイと倉持の後をついて来たメンバー達が、やっと周囲の異様な状況に気付き。急に不安と焦りの顔色を浮かべ始める。
「倉持さん……ここは、一体どこなんですか?」
随分と街から離れた、遠くの森の中まで来てしまったらしい。
気づけば街の灯りは見えなくなり、夜の深い闇が支配する異世界の森の中に全員が立っていた。
「ここが、どこかですって? もう、やだなぁ〜! 僕も本当は、こんな3流の悪役のようなチープな台詞は言いたくないんですよ。でも委員長として皆さんには伝えないといけない義務が僕にはあるので、さっきから本当に困っていた所なんですよ……」
「――は?」
倉持の言葉を聞いた2軍メンバーの数人が、ポカーンと口を開けて絶句する。
一体、今……倉持が何を口にしたのかが、全く理解出来なかったからだ。
「だからぁ。本当は言いたくないって言ったでしょう? もう、しょうがないなぁ。いいですか、皆さん? よく聞いて下さいね。ここはね、あなた達全員の『墓場』になる所なんですよ!」
『………ハアァァァ!?!?』
2軍のメンバー達が、クラスメイトである倉持の最後の言葉を聞いた瞬間――。
倉持の姿が、まるで夜の闇に溶けていくかのように。
突然目の前から消えて無くなってしまった。
「―――!?」
その、瞬間だった。
倉持が消えた夜の闇の中を、青い光の閃光が糸を縫うようにジグザグな曲線を描きながら――。
森の中に立ち尽くす、2軍のメンバー達に襲いかかる。
”バリバリバリバリ………!!!”
「ぐわああああああああああぁーーーーっ!!」
「きゃああああああああああっっーーーっ!!」
深い夜の闇に包まれた森に、複数の絶叫が木霊する。
それは絶望の呻きを含んだ、まさに断末魔の叫び声の大合唱だった。
真っ暗な闇の中を駆け巡った青い電撃の閃光は……。
一瞬にして、その場に立ち尽くしていた異世界の勇者達を黒焦げにした。
体中からプスプスと黒い煙を上げながら、ガブリンの街で待機をしていた2軍の勇者達――合計8名がその場で瞬時に絶命する。
森の中で黒焦げになり、次々と倒れていくクラスメイト達の姿を――。
遠くの木の陰から、倉持は無表情で眺めていた。
そんな倉持の方をポンと叩く美しい女性が、闇の中からヌゥっと姿を現す。
「さすがは倉持様ですね。同級生達が真っ黒に焼け焦げていく様子を見ても、涙一つ流さないで見ていられるなんて……。ああっ、本当に素敵です。それでこそ私の元婚約者の倉持様です!」
倉持の隣に姿を現したのは、グランデイル王国女王……クルセイス・ド・グランデイルであった。
そう――。先程、ガブリンの街に滞在していた2軍の勇者達を一気に始末したのは、このクルセイスである。
彼女がその手から発した、青い電撃の閃光によって。
一瞬にして8名もの異世界の勇者達の命が、無惨にも奪われてしまったのだ。
「フフッ。300年ぶりに召喚に成功した貴重な異世界の勇者様が、8人も丸焦げに……。何と勿体無い事なのでしょう。でも、しょうがないです。もう無限の勇者候補は1名確保出来ていますし。後はあのコンビニの勇者が仲間の復讐に燃えるように、ちゃんと焚きつけて。今の魔王を倒して貰うだけですから。その後にまた必要とあれば、彼に新しい魔王になっても貰えば良いのですものね」
クルセイスは『ルンルン〜♪』と、鼻歌を歌いながらその場でステップを踏む。
そして無言で立っている倉持の頭をポンポンと叩きながら、倉持の周りをくるくると回り始めた。
「では、倉持様。この黒焦げの死体を持ち帰り、異世界の勇者様一行が、魔王軍の攻撃によって全滅したと皆に宣伝してきて下さいますか? あなたのお仲間にも、そしてコンビニの勇者にも。ちゃんとこの素敵な情報が聞こえるように、広めて来て下さいね!」
「………ハ……ィ……」
「ん? 返事が小さいですね? あなたの取り巻きの勇者達も、この『尊い犠牲』に含めても私は全然構わないのですよ? それでも良いのですか?」
「……ハイ。この事をコンビニの勇者に聞こえるように、全ての国々にも宣伝して参ります」
「そうです。それで良いのですよ。さすがは、無能なイケメン腰振り猿勇者の倉持様ですね!」
高らかに笑いながら、森の中を立ち去っていくクルセイス。
倉持はそのクルセイスの後を黙ってついて行く。
だが……一度だけ、後ろを振り返り。黒焦げになった元クラスメイト達の姿をじっと見つめる。
自分のクラスメイト達の哀れな亡骸を見つめる倉持のその表情は――無に満ちていた。
この日、異世界に召喚された勇者達31名のうち。
2軍の勇者である8名が、異世界の森の中でその命を落としたのである。