第七十四話 思いがけない来客
「いらっしゃいませ〜! どうぞ、ゆっくり店内をご覧になって下さいね〜!」
コンビニの中でワイワイと賑わっているお客様達に、玉木が明るい笑顔で声掛けをする。
コンビニがこのトロイヤの街で営業を再開してから。かれこれもう、3日目になる。今、俺のコンビニは、沢山のトロイヤの街の人達で大盛況だ。
――結果だけ言うと。
今回のコンビニの営業再開は、大成功したと言っていいだろう。
現在、コンビニの外にはコンビニに入ろうと立ち並ぶ、お客さんの長蛇の列が出来ている。
家族連れから、お一人様。そして街にたまたま立ち寄っただけという行商人まで、その内訳は様々だ。
もちろん、壁外区でコンビニの営業をしていた時に比べたら、それほどまでじゃないけれど。今、コンビニに並ぶ客の行列は、あくまでも常識の範囲内の行列、といった感じにうまく収まっていると思う。
日本でいうと、雑誌で紹介されている人気ラーメン店に立ち並ぶお客さんの行列……といったイメージかな?
これだけ上手にお客さんの列が管理、コントロールをされているのは、ティーナとレイチェルさんの力による所が大きかった。
最初の頃は、コンビニは野々原有紀のアイドルコンサートを見に来たお客さんを中心に。物珍しさから、ふらっと店内に立ち寄ってみたという感じの客が多かった。
それがコンビニの商品を手に取り。実際に食べてみて。そのあまりの美味しさに感動したというリピート客が、今は爆増している。
そのおかげもあって、今ではこうして店の外に長蛇の列が出来上がる状況までになっていた。
「……お、美味しい〜! このハンバーガーという料理は、何てジューシーな味わいをしているのだろう? 俺は今までにこんなにも美味しい食べ物を、一度も食べた事がないぞ!」
「このチーズケーキという料理も、何て甘くて美味しいんでしょう! こんなにも柔らかくて、しっとりとしている食感の食べ物がこの世に存在しているなんて! 本当に信じられないわ!」
「こっちに置いてあるビニール傘という道具も凄いぞ! こんなにコンパクトに使えるのに、雨をちゃんとしのぐ事が出来んだ! これさえあれば、雨の日でも気軽に外を歩けるじゃないか。異世界には、こんなに便利なアイテムが溢れているのか……!?」
一度、俺のコンビニを訪れたお客さんは、コンビニが取り扱う異世界の食品の美味しさの虜となっていく。
そして再度コンビニに並んで、また利用をしてくれるというサイクルが無限に続く。
コンビニの評判を聞いた人々も、次々と街中から集まって来てくれるので。コンビニの商品を求める行列はずっと途切れる事がない。
そして今回は、商品価格を適正な値段にした事も上手くいっている要因の1つだ。
壁外区の時は、銅貨1枚で何でも商品が買えるという激安価格でコンビニの営業をしていた。
でも今回は、コンビニの商品の魅力を知ったお客さんが、もっと異世界の食べ物を味わいたい! 次はこんな食品も食べてみたい! と、純粋に異世界の商品に興味を持って買いに来てくれている。
なので壁外区の時のように、生活必需品の水やパンをみんなが大量に買い漁るという感じは無かった。
あくまでも、珍しくて美味しい異世界の食品を取り扱う、新しいお店がトロイヤの街で今、流行しているという感覚なんだろうな。
「彼方様、メロンパンとチョコレートケーキが売り切れてしまいました。私、商品の補充に行って参りますね!」
「すまない、ティーナ。そっちの方はよろしく頼むよ。俺は裏口の様子を見にいって来るから」
「分かりました。コンビニの店内は、どうか私にお任せください!」
ティーナが嬉しそうに、倉庫の商品補充作業に向かっていく。
うん。実に働き者だし、商売をしている時のティーナは活き活きとしているな。
いつにも増してティーナが楽しそうにしているのが、俺には分かった。これでもティーナと俺は、長い事ずっと一緒に生活をしているパートナーだからな。
「……という訳で、しばらくレジの方は玉木、お前1人に任せちゃうけど大丈夫か?」
「ええっ〜!? 私1人でレジをするの〜? 無理だよぅ〜だってほら、お客さんすっごく多いよ〜!」
「壁外区の時はもっと凄かっただろう? 大丈夫だよ、仕事の出来る玉木なら、きっと上手にレジも回せるって」
「ぶ〜〜! 後でちゃんとこっちも手伝ってよね〜、彼方くん!」
玉木は頬を膨らませて、べ〜っと舌を出してくるが、まあ、ここは軽くスルーしておこう。
裏口の方が、もっと忙しい事になっているみたいだからな。だから俺も玉木1人だけに構っている訳にはいかなかった。
今回のコンビニは、異世界の商品だけを売っている訳じゃない。
コンビニの新たな地下施設――『コンビニホテル』と『温泉施設』も、街の人達に開放しているからな。
コンビニの正面口ではなく。事務所に付いている裏口の扉。そこを今回はコンビニの温泉施設とホテルの利用者の為の出入り口として、臨時開放している。
基本、コンビニの地下にある温泉やホテルに向かう為には、倉庫にあるエレベーターに乗る必要がある。
なので、そのエレベーターに乗る為の長蛇の行列が、今はコンビニの裏口に出来ていた。
「うわぁ〜。こっちはコンビニの正面入口よりも、もっと凄い事になってるな……」
見た所、現在はおおよそ2時間待ちのくらいの状況となっている。
地下にあるコンビニの温泉施設の利用だが、今回は利用料を『無料』とする事にした。
まあ、初めは銅貨10枚……日本円にして約100円くらいの入場料を取ろうとはしていたんだけどな。
だがそれは、あまりにも温泉施設が人気過ぎて。いちいち並んでいるお客さんからお金を取っていたら、手間が増えそうだったからやめる事にした。
コンビニの地下温泉施設は、トロイヤの街の人達にも大好評だった。
なにせ、ただの温泉じゃないぞ。広大な景色が見渡せる露天風呂から、泡風呂、薬膳風呂、巨大な流れるプールに温水プール、サウナに岩盤浴、砂風呂だってある。
一度温泉を訪れた客が、あまりの凄さに大興奮をして。街のみんなに勧めて回ったらしい。そのおかげか評判が評判を呼び、今ではコンビニ温泉は大賑わいとなり、街の人達に大人気のスパ施設となっている。
だからこちら側は、本家のコンビニよりも遥かに長い大行列が出来てしまっていた。
「はいはいはーーい! 皆さん、順番に並んで下さいねー。次のエレベーターが来たら、列の順番通りに20人ずつ中に入場してもらいますからねー!」
コンビニの裏口で『舞踏者』の勇者である、藤枝みゆきが受付嬢をしている。
うーむ。どうもまだ接客精神の足りていない、ゆるゆるな声掛けをしているようだな。
まあ、これだけのお客さんの入場整理を1人でこなしているんだ。多少は疲れもあるのかもしれないけどな。
「おーい、そっちの様子はどうだー、みゆき! ちゃんとお客さんをエレベーターに誘導出来ているのか?」
「ああっ! 出たなーっ! パワハラ悪徳店長めー! 私を過酷な労働環境で弱らせて。フラフラになった所をホテルに連れ込んで、遊び倒そうとしているんでしょうー! 変態で卑猥なエロエロ店長めーー!」
「いやいや。言っている意味が全然分からないって。何で俺がそんな事を、お前にしないといけないんだよ」
「だって私は朝から、ここで働きっぱなしなのよー。もう休みなしで3時間もお客さんの誘導をしているんだからねー! これはまさに現代社会の闇よ! 彼方くんのコンビニを『ベスト・オブ・ブラック企業』の代表として、ネットに書き込んでやるんだからー!」
「ネットに書き込むって……。異世界にネットはないし、それは流石に無理だろう。それに、だからお前に休憩を与えようと思って、俺は交代に来たんだけど? 休憩がいらないようなら、帰らせて貰うぞ?」
「えっ、休憩っ!? もーう、それを早く言ってよね、彼方くんー! じゃあ、私。ちょっと街に遊びに行ってくるから後はよろしくねー!」
「お……おい! ちゃんと1時間後にはここに戻って来るんだぞーー!」
「ハーイ、了解! 休憩をちゃんとくれる、ホワイトなコンビニ店長、大好きよー! じゃあ、行ってきまーす!」
みゆきは『舞踏者』の能力を使って、まるでアイススケートの選手のように。スイスイとお客さんの行列の間を縫うようにして、高速移動で街に向かっていった。
そして、あっという間に街の中に溶けこんで。その姿が見えなくなってしまった。
「まったく。さっきまで、悪徳店長とか言ってたくせに。本当に現金な奴だよな……」
俺はみゆきから引き継いだ裏口の入場管理をしつつ。トランシーバーで、地下3階にいる温泉施設担当の2人にも連絡を取ってみた。
「……ザザー、ザー、ザー。あーあー、こちら裏口入場ゲートの彼方だけど。温泉施設の方はどうだー? しっかりとお客さん達の受付をこなせているかー?」
「……ザザー、ザー、ザー。あーあー、彼方? アレ? みゆきはどうしたんだよ?」
トランシーバーの中から、ガヤガヤと賑わうお客の声と、桂木の野太い声が聞こえてくる。
「みゆきには今、お昼休憩に入ってもらったんだよ。お前達の方もちゃんと順番に休憩をとって休んでくれよな!」
俺が桂木に休むように伝えると。トランシーバーの奥から激昂したような声が突然響き出す。
「ハーッ!? 休憩だとーー? アホな事を言ってんじゃないぜ、彼方っ! 俺達2人に休憩なんているわけ無いじゃないか! 今、温泉施設はお客で溢れかえっているけど。この大忙しの状況を、2人で回しきる事が出来たら、俺とレイチェルさんの恋はきっと成就するんだよ! それを彼方、てめーっ! さては、俺達の神聖な恋路の邪魔をする気じゃないだろうなー?」
「いやいや……。そんな気は全然ないけれど。まあ、適度にちゃんと休みは取ってくれよな。働き過ぎは体に良くないんだぞ」
すると今度は、桂木の声に混じって後ろから北川の声もトランシーバーの中から響いてくる。
「アホがーーっ!! これくらい俺達2人にかかれば楽勝だぜー!! いいからお前は、何時間でも休憩を取ってサボってればいいだろー! 俺らは24時間体制で働けるから、ちゃんとレイチェルさんに、働き者の俺達の事をアピールしておいてくれよな、彼方ー!!」
――ザザ。ガチャ……。
レシーバーの通信音が、そこで途切れた。
ハア……。
全くあのアホ2人は、手に負えないな。
一応、温泉施設もコンビニも、夕方の6時に閉店する事にしているから24時間働く必要はないんだけどさ。
それに以前、俺は壁外区でそれを1人でしてしまって、本当に死にそうになった事もあるんだぞ。
休憩も仕事のうち。これ、本当に大事なんだからな。
ちゃんと体を休めないと、ベストなパフォーマンスは出ないからな。
……とりあえず地下3階の温泉施設の方は、桂木と北川の2人で上手く回っているようなので、俺は安心する。
地下3階の巨大な温泉スパ施設は、もの凄い人数のお客さんを収容出来るからな。
キャパシティー的には何も問題はないのだけど。問題は入場手段が、倉庫部屋のエレベーター1つのみって所だ。
うちのコンビニの倉庫のエレベーターは、業務用と言っても良いくらいに大きいから、一度に最大20人くらいは収容出来る。
それでも温泉施設に向かう客と、地下から地上に帰ってくるお客を乗せるのに、どうしても順番待ちの大行列が出来てしまう。
うーん。エレベーター以外の入場手段がコンビニにあれば本当は良いんだけどなぁ……。
今の所、俺のコンビニには倉庫部屋のエレベーター以外に地下に行く手段がないので、どうしようもない。
入場待ちの大行列が裏口に出来てしまうのも、今の所は仕方がない感じになってしまっているよな。
そういえば、レイチェルさんが運営をしてくれているコンビニホテルだけど、こちらも当初の予定とは、だいぶ違う運用をする形になっていた。
――最初は、銀貨3枚。
日本円にして一泊二日で、おおよそ3000円くらいをとって。普通にホテルとして、運用をしていこうと考えていたんだけど。
俺達がコンビニ経営をしている間に、街の復興を手伝っている『ぬいぐるみ』の勇者である小笠原麻衣子が、魔物の襲撃で家を失った家族にコンビニホテルへの紹介状を書いて、レイチェルさんに送り届けていたらしい。
小笠原から事情を聞いた、レイチェルさんは、
「では、魔物の襲撃で家を失った人々に、コンビニホテルにぜひ来て頂きましょう!」
……と、急遽方針転換をした。
なので地下2階にあるコンビニホテルの客室は、俺達がそれぞれ宿泊をしている部屋を除けば、現在全てが満室である。
小笠原の紹介を受けた人々は、今はそれぞれホテルの部屋に滞在をしていて。異世界のベッドや快適なバスルームに囲まれながら、ホテル暮らしを楽しんで貰っている。
「……ねえねえ、お母さんー! このホテルのベッド、ふかふかでもの凄く気持ち良いよー!」
「ホントだね! 料理も美味しいし、部屋の中の気温も何だか丁度良い温度に調節されているし。まるで夢のような環境ね!」
「うんー! ぬいぐるみの勇者のお姉ちゃんにここを紹介してもらって本当に良かったねー! わーい、今夜もレストランの食事が楽しみー! 後で温泉にも行こうねー、お母さんー!」
レストランの宿泊者には、朝、昼、晩に、『料理人』の勇者である、琴美さくらが作る豪華料理が付いている。
コンビニの地下1階に設置された臨時レストランでは、さくらが作った牛ヒレ肉のステーキ。フカヒレや松茸をふんだんに使用したスープ、フォアグラとキャビアの前菜などの豪華料理が、毎日宿泊客に振る舞われていた。
さくらはコンビニホテルに滞在する、20組以上のお客様分の料理を、たった1人で全て調理している。
レストランは、それぞれのテーブルに料理を配膳する形ではなく、ホテルによくある『ビュッフェ形式』を今回は採用した。
極力、お客様との接客の機会を減らし。ホテルの宿泊客にさくらの料理のみを楽しんで貰う形にした訳だ。
これなら人見知りのさくらでも、料理だけに専念出来るから安心だろう。
レストランで食事を楽しんだ宿泊中の家族達は、その後、撮影者の勇者である藤堂による記念撮影や、秋山の用意したクレーンゲームでも、遊べるようになっている。
初めは乗り気でなかった2人も、忙しそうに料理を並べてるさくらを見て、そのお手伝いをしてくれるようになっていた。
そしてさくらを上回る、『超』が付くくらいに重度の引き篭もりである秋山早苗も……。
「ねえねえ、お姉ちゃん。このゲームってどうやって遊ぶのー?」
クレーンゲームで1人遊んでいる秋山の前に、1人の子供が近寄って話しかけにいく。
「……………」
秋山は子供の前で、黙ってクレーンゲームを稼働させる。そして見事なクレーンさばきで、景品の可愛いぬいぐるみをあっさりとゲットして見せた。
「凄ーーい!? 何それ何それーーッ! 私にもやらせてー!」
秋山の操作を目の前で見ていた子供が、自分にもやらせて欲しいと秋山にせがみ始める。
「…………」
秋山は無言でクレーンゲームの場所を譲り、子供に操作をさせてあげた。
”ウイーン、ウイーン”
「ええっー! このゲームなんか難しいよー! お姉ちゃんみたいに、上手くぬいぐるみが取れないよー!」
「………貸して……」
何度やっても上手に景品が取れない子供に代わって。
秋山が無言で、クレーンゲーム操作の手本を見せる。
”ウイーン、ウイーン、……ポコッ!”
クレーンゲームの下の取り出し穴から、いとも簡単に、黄色ネズミのキャラクターぬいぐるみが落ちてきた。
「わーーっ!! お姉ちゃん、凄ーーい!! どうやったら、そんなに上手に取ることが出来るの!?」
「……コツがあるの」
秋山が子供の目の前で、クレーンゲームの見本を見せていると、その周囲にはいつの間にか、他の家の子供達がたくさん集まってきていた。
「……何々ー? それ何なのーー?」
「うん、この異世界のゲームめっちゃ面白いんだよー! このお姉ちゃん、ぬいぐるみを取るのが本当に上手いのー!」
いつしかホテルに宿泊滞在する家族の子供達に、秋山のクレーンゲームは大人気となっていた。
食事の為に、地下1階の臨時レストランに行くたびに、子供達は秋山のクレーンゲームの前に列を作って並び始める。
そしてクレーンゲームのプロである秋山の操作を見て、秋山をゲームの『神』として憧れるようになっていた。
うんうん。この辺も、レイチェルさんの計画通りに上手くいっているみたいだ。秋山も子供達との交流が出来て、少しだけ明るくなった気がする。
それにしても、コンビニの経営を再開してからまだ3日目になるが……。
今の所、一向にククリアがここを訪れる気配は無いな。
俺もまだまだククリアとは、話し足りない事がいっぱいあったから。この前の会談の続きをしたいんだけどな。
ククリアがいる場所を俺は知らないから、向こうがコンビニに来てくれるのを、待つしかない訳だが……。一体、いつになったらコンビニに来てくれるのだろう?
そんな考え事をしながら……。俺は、コンビニの裏口で藤枝みゆきが昼休憩に入っている間の受付業務を、当たり障りなくこなしていると。
そこに――。
全く思いもかけなかった来客が突然、現れた。
「いらっしゃいませ! ただいまコンビニの地下温泉までは、2時間待ちになっておりまーす!」
「……み、見つけたわよ!! 秋ノ瀬彼方! まさかこんな所で出会えるなんて……!」
裏口で温泉の受付をしていた俺の目の前に、突然現れたのは……なんと。
『狙撃手』の勇者である、紗和乃・ルーディ・レイリアと。そして『防御壁』の勇者である、四条京子の2人組だった。




