第七十二話 コンビニライフ・イン・トロイヤ
「――と言う訳で、みんなにもコンビニの営業を手伝って欲しいんだ!」
コンビニホテルのロビーに集まった、我らが3軍メンバーの勇者達に。俺は今後のコンビニの方針を高らかに宣言した。
「コンビニの営業ぅ〜? 異世界の人達にコンビニの商品なんて本当に買ってもらえるの? だって全部、初めて見る商品ばかりじゃん〜!」
「そうよー! そうよー! この世界の味とは全然違う食品ばかりなんだし、本当に食べてもらえるのー?」
「飲み物だってコーラとか炭酸飲料は、この世界の人達に受け入れて貰えないんじゃないのかしら? そういう分析やリサーチはちゃんと出来ているの、彼方くん?」
3人娘達が、こぞって俺に質問攻めをしてくる。
……ふっふっふ。まあそう来ると俺も思ったさ。
コンビニの営業経験のあるティーナと玉木を除くと、ここにいるメンバーは全員、未経験者ばかりだからな。
みんなは本当にコンビニが、この異世界で上手く商売をやっていけるのかどうか不安らしい。
まあ、最初は誰だってそう思うよな。みんな商売の経験なんてそもそも全く無い訳だし。
「大丈夫さ! 俺は以前にもっと人口の多い街でコンビニの営業をした事があったんだけど、そこでコンビニは大繁盛したんだよ。だからきっとこの街でも、大忙しな状態になると思う!」
「……彼方がやりたいって言うのなら、別に俺達も手伝うけどさ。コンビニの営業って、具体的に俺らは一体何をすれば良いんだよ?」
「よくぞ聞いてくれたな、桂木! みんなにはやって貰う事がた〜っくさんあるからな。これからそれぞれの役割分担を発表するから、よーく聞いてくれ!」
俺はコンビニの営業再開にあたっての、それぞれの役割分担表が印刷されたA4用紙を、順番に配っていく。
分担表はあらかじめ、事務所のパソコンでティーナに作成しておいて貰ったものだ。それをコピー機でカラー印刷して、全員分の枚数を事前に用意しておいた。
今回はやる気満々なティーナさんが、全面協力してくれてるからな。その辺りの細かな準備に抜かりはないぞ。
今回の『コンビニライフ・イン・トロイヤ』営業作戦の初期配置はこうだ。
『仕入れ、商品補充、レジ担当』
ティーナ、玉木、俺。
『宣伝、接客、お客様誘導係』
小笠原麻衣子、野々原有紀、藤枝みゆき。
『地下1階、多目的ルーム担当』
レストラン係――琴美さくら。
クレーンゲーム担当――秋山早苗。
記念撮影担当――藤堂はじめ。
『温泉施設、管理担当』
桂木真二、北川修司。
――以上。
「……おい、彼方っ! 温泉施設の管理担当がたったの2人だけって大丈夫なのかよ? あそこはめっちゃ広い場所だろ! それなのに俺と北川だけで、フロア全部を見るなんて絶対に無理だろう!」
俺は両手を上げて抗議をしてくる桂木の肩を、ポンポンと叩いて慰めてやる。
「……すまんな。他に頼れる人員がいないんだよ。もちろんコンビニガード達を何体でもお手伝いに使ってくれて構わない。それにこれは、レイチェルさんが2人にぜひお願いして欲しいと、頼まれていた事でもあるんだ。『温泉施設はぜひ、桂木様と北川様にお任せして下さい!』ってな」
「なっ!? あの、レイチェルさんが俺達に? それならまあ、頑張るしかないよな〜! はっはっは〜、よーし任せてくれよ彼方! 俺達2人だけで温泉施設はちゃんと運営してみせるぜ! 俺達はレイチェルさんの期待には必ず応える男だからな!」
単純な桂木と北川の2人は、肩を組みながら親指を立てて任せろ! とポーズを取ってくる。
うちのコンビニに所属する男の勇者達は、みんなレイチェルさんに夢中だからな。だからレイチェルさんから頼まれたとなれば、絶対にOKしてくれるのは分かっていた。
実際の所、レイチェルさんが今回の役割分担で、2人を温泉担当に指名したのは確かなんだけど。その内容は2人が期待しているものとは、全然違ってたんだけどな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――総支配人様、今回のコンビニ営業再開の件ですが、私はこれを機に『クレーンゲーム』の勇者の秋山早苗様と、『料理人』の勇者である琴美さくら様の両名を、レベルアップさせたいと考えています」
「さくらと秋山を、レベルアップ? それはもちろん2人のレベルが上がってくれたら嬉しいですけど。でもさくらはともかく、秋山は無理じゃないですか? 元々、あいつは引き篭もりな性格だし。さくらだって人見知りな性格だから、人前にはあまり出たがらないと思いますけど……」
さくらも、秋山も、グランデイル王国の王都の中では、共に宿屋に引きこもり。積極的に外には出なかったメンバー達だ。
特に秋山の方は、部屋から一歩も出てこない日々がほとんどだったらしい。
3軍メンバーをグランデイル王国から連れ出す時だって、先に玉木が秋山の引き篭もっている宿屋に行って。そこで説得をしたから、俺達と一緒に来てくれたようなものだしな。
秋山自身は、みんながグランデイル王国を出ていくのに、たった1人だけ街に取り残されるのは嫌だから……という理由で俺達について来ただけだ。
今だって秋山は、コンビニホテルの部屋に1人で篭っている事がほとんどだし。毎日室内でテレビを見たり、自分の能力であるクレーンゲームで遊びながら、部屋の中で孤独に過ごしている事が多いらしい。
「秋山様はこのままホテルの部屋の中に、お1人で篭っていては、この先ずっと成長が見込めません。異世界の勇者としてのレベルアップは、心の成長と連動しているのです。なので、地下1階の倉庫スペースを臨時レストランに改装しましょう。そこで料理人のさくら様に、シェフとしてご活躍して頂き。秋山様のクレーンゲームもレストランに置かせて頂く事で、街の人達に利用して頂くのです」
「なるほど……特に秋山自身が積極的に接客をしなくても、クレーンゲームを倉庫に置かせて貰って。街の人達にそれで遊んで貰うという訳なんですね」
「はい、秋山様のクレーンゲームの能力は、ご自身がそのクレーンゲームで遊んでいるだけでは、今後も成長が見込めないと思います。そのゲームの魅力を沢山の方々に楽しんでもらう事で、成長を促せると思うのです」
まあ、クレーンゲームをレストランに置いておくだけなら、秋山にも協力して貰えるかもしれないし。
後は街の人達が、勝手にクレーンゲームで遊んでくれたら良い訳だから。一石二鳥のアイデアな気がする。
「……同じように、地下1階の臨時レストランでは、男性陣から藤堂はじめ様もご参加をして頂こうかと思っています。彼は写真を撮る能力をお持ちですので、コンビニに滞在された記念に、街の方々の写真撮影をしてあげる事で、その能力の成長を促せるでしょう」
どうやらレイチェルさんは、今回のコンビニの営業を利用して。同時に他のクラスのみんなの経験値の底上げもしたいと考えているようだ。
確かに『料理人』の琴美さくらや、『クレーンゲーム』の秋山早苗。
そして、『撮影者』の藤堂なんかは、その能力を使って魔物と戦う事が難しいメンバー達だからな。
コンビニが壁外区で商売をしていた時にも、俺のレベルが上がったように。みんなにもその能力を他の人達に使って貰う事で、成長出来るチャンスは十分にあると思う。
「それにしてもレイチェルさんは凄いですね。3人娘の時もそうでしたが、いつでもクラスみんなの事をしっかりと考えてくれているんですね!」
俺はレイチェルさんに感謝の言葉を伝える。
今回のコンビニの営業再開は、単純に俺がまた商売をしかったからという個人的な動機でしかない。
でも、レイチェルさんはそこにクラスのみんなを協力させて。レベルアップが難しそうなメンバーの成長も、同時に達成しようと考えてくれていた。
「いえいえ。総支配人様のコンビニの中には、他の勇者様の成長を促進させる能力があるのです。ですので、皆様は普通よりもレベルが上がりやすくなっています。おそらく総支配人様と一緒にいる事で本来よりも、更に強力な能力を身につけるチャンスが増えているのだと思います」
「えっ、俺のコンビニにそんな能力があったんですか?」
そういえば、俺のステータス欄には前回からよく分からない『習得技能』という項目が増えていた気がする。
たしか……。
習得技能:異世界の勇者の成長促進技能レベル1
称号:『異世界の勇者を指導する者』
こんな感じの表記がされていたんだよな。
……という事は、俺のコンビニはクラスのみんなのレベルアップを促進させる能力があるという事か。
しかもレイチェルさんの話だと、本来のレベルアップよりも、更に強力な能力にパワーアップさせている可能性があるらしい。
「確かに3人娘なんかは、ビックリするくらいに一気にレベルが上がった気がする。しかもその能力はかなり強力なものになっていたしな……」
アッサム要塞攻略作戦の時の、1軍メンバー達のレベルよりも、3人娘達は一気にレベルが上がったからな。単純な比較は難しいけど。
今の能力を見る限りだと、本当に3軍の勇者だったのかと、目を疑うような成長を遂げているのは確かだと思う。
今の3人娘達がいれば、魔王軍の4魔龍侯爵級のボスと戦うのは難しくても……。アッサム要塞の攻略くらいなら、3人だけで出来てしまうんじゃないだろうか。
「総支配人様の能力『コンビニ』は、人々の便利を追求する場所であり、それを実現する事の出来る唯一のスキルなのです。コンビニは、深夜にも営業している店があったら良いなという人々の願望を叶え。郵便ポスト、宅配の受け取り、ATM、各種種類の発行など様々の願望を実現させました。これからもコンビニは、人々から期待されるモノ全てを実現する場所として、異世界でも独自の進化し続けていく事でしょう!」
レイチェルさんが、コンビニの能力を恍惚な表情で顔を赤らめながら熱弁している。
まさにコンビニという神秘的な存在そのものに対して、恋焦がれている少女のような表情だ。
でも、そうか……。
確かにその通りなのかもしれないな。
公共料金の支払いがコンビニでも出来たら良いな……という、期待にも応えてくれるコンビニ。
今はコンサートのチケットをコンビニで発券出来たり、宅急便の荷物を代わりに受け取って、預かってくれたりもするし。
コンビニの中でコーヒーが作れたり、コンビニの中で調理や料理をしてくれる所だってあるし。インターネットのWi-Fiだってもちろん完備してくれている。
そう思うと、俺の異世界コンビニの中にホテルがあったり、温泉があったり、武器や色んな商品が扱えるのも……。みんなの期待にコンビニが応えようとしている為なのかもしれないな。
そういえば、夏場は虫がコンビニに近づかないように、殺虫機能のある青い光をお店の入り口に置いて、虫除けをしている店もあったりするけど。
まさかアレが『青い騎士のアイリーン』を現していたりするとか――。まぁ、流石にそれは考え過ぎか。
つまりは、コンビニの中に異世界の勇者が沢山集まっているのだから。勇者の成長を促進させる謎の効果がコンビニにあっても不思議では無いという事だ。
思い出してみると、魔王の谷に落ちた時も。壁外区でグランデイル軍と戦った時だって。
その時にコンビニに『コレ』があったら良いな、と俺が願った装備がコンビニには増えていった気がする。
それはつまり、異世界コンビニが俺や人々の『便利』を求めて、独自の進化を遂げていた……って事なのかもしれないな。
コンビニが敵に攻め込まれたら危険だから、屋上にガトリング砲が付いていてもおかしくはないよね? ……っていう謎理論も、少しだけ納得がいった気がするぞ。
まあ、現実世界では絶対に違法だろうけど。異世界コンビニでなら何でも有りだ。
俺は顔を赤らめながら、自分が属しているコンビニの能力の素晴らしさを、誇らしそうに熱弁しているレイチェルさんに更に質問をしてみた。
「レイチェルさん、そうすると今回、地下1階を担当しない残りの桂木と北川の2人はどうするんですか?」
レイチェルさんは俺の質問に対して、ニコリと笑うと。
「彼ら2人には今回は私のお手伝いをしてもらいます。温泉施設にも従業員が必要ですからね。ですので、彼らの成長はまた今度の機会にして貰いましょう」
そう俺に、お茶目な顔で笑いながら提案をしてきた。
まあ、つまりはそういう事だ。
桂木、北川……。すまんが、お前達2人の成長はレイチェルさん的には後回しという事らしいぞ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うおおおぉぉっ! レイチェルさんからの、直の頼みだからな。温泉施設を必ず死守してやろうぜ、北川!」
「任せとけ! たった2人で広大な温泉フロアを管理出来たら、きっとレイチェルさんに好意を持って貰えるに違いない! この依頼は、俺達がレイチェルさんに期待されている証みたいなものなんだからな!」
謎の気合いスイッチを入れて。やる気に満ち溢れている2人に、俺はかける言葉がまるで見当たらない。
まあ、お前達のチャンスは次回以降らしいから。その時には、ぜひ頑張ってくれよな!
「――あのぅ、彼方くん……」
役割分担の紙を手にした琴美さくらと、秋山早苗が、小さな声で俺に質問をしてきた。
「私達、この役割分担表だと地下1階でレストランとクレーンゲームをする事になっているけどぉ。ほ、本当に、大丈夫かなのかなぁ……?」
「………………」
さくらはもの凄く自信のなさそうな声だし。秋山に至っては無言で、ずっと下を向いてしまっている。
「大丈夫だよ! レストランって言っても、別にそこでお客の注文をとって接客するって訳じゃないんだ。あくまでホテルに宿泊している客の食事を作って、レストランで振るまうだけだからさ。ほら、よく高級ホテルに泊まると、食堂で宿泊客の為にセルフ料理が用意されていたりするだろう? あんなイメージだから、人前に出て接客をする訳じゃないからさ」
「そ、そうなんだぁ? じゃ、じゃあ……決められた時間に、人数分の料理を用意しておくだけでいいんだよね? それなら私でも大丈夫そうかなぁ」
大人しいさくらが、自分に言い聞かせるように。ウンウンと頷いている。
まあ、さくらは今もコンビニホテルに滞在している俺達の為に、いつも食事を作ってくれているからな。ちょっと作る量は増えるかもしれないが、ウェイトレスのようにお客から注文をとる仕事ではないから、何とかやっていけるだろう。
「秋山も無理はしなくて大丈夫だからな? 地下1階のレストランに、お前のクレーンゲームを置いてくれるだけで良いから。レストランで食事をしたお客さんが、空いている時間にクレーンゲームで遊ぶ事もあるかもしれないし。その時にもし、操作の仕方が分からなかったら、教えてあげるだけで良いからさ」
「…………うん」
秋山は小さく、返事だけしてくれた。
ホッ……。正直、安心したぜ。
レイチェルさんは大丈夫だって言ってくれてたけど……。正直、引き篭もりがちな秋山が、本当にこの役割を承諾してくれるのか結構、不安だった。
まあ、ずっと俺のコンビニにはお世話になっている訳だし。本人も何か役に立たないと、っていう意識はあったのかもしれないな。
ホテルの部屋に閉じこもっている時も、定期的にレイチェルさんは秋山の部屋に行って話しかけているみたいだし。もしかしたら、何か秋山のやる気が出るような言葉を、こっそり裏でかけてくれたのかもしれない。
よし、とりあえず全員の仕事分担が決まったから、さっそくコンビニを開店させるとするか!
今日はいったん準備をするとして。開店する場所は街の真ん中にある大広場辺りでいいかな?
そういえば、ククリアもコンビニホテルの中を見てみたいと言っていたけれど……。一体、いつ頃ここに来るのだろうか?
前回、別れた時に次に会うタイミングも決めておけば良かったな。きっとこの街にはいるのだろうけれど、どこにいるのかが分からないから、こっちから会いに行く事は出来ないし。
とりあえず俺は、明日のコンビニ営業再開に向けての準備をみんなと夜通しで行う事にした。