第七十一話 コンビニの営業再開
「ああっ〜! いたいたっ〜! もう、彼方くん、一体どこにいたのよ〜〜?」
朝日の斜光が眩しく瞼を焦がし始める、早朝の時間帯。
トロイヤの街の小さな民家を出た俺は、お酒は飲んでいなかったはずなのに。千鳥足でフラフラと歩いている玉木に見つかり、そのままガシッと捕獲されてしまった。
「た、玉木……? お前、酒は飲めないはずなのに何でそんなにフラフラになってんだよ?」
「ハァ〜〜!? 私はお茶でも、ジュースでも、何でもたくさん飲めば酔っチャウのよ〜〜。だから、早く彼方くんもコンビニホテルに帰りまショウよ〜!」
……あっ、コレはダメだ奴だ。
もう、呂律が完全に回っていないぞ。
どうやら玉木は、一晩中飲み明かしていたようだな。
コンビニ以外で、人が沢山いる街の中でワイワイと宴会をするのは久しぶりの事だったからな。きっと調子に乗って、羽目を外し過ぎてしまったのだろう。
フラフラ歩いている玉木はもう、意識を失う寸前の状態だ。だから俺が背中におぶって、連れ帰る事にした。
「……あっ、彼方様! ずっと探していたんですよ。突然居なくなってしまったので本当に心配しました……」
ティーナが俺と玉木を見つけて。小走りでこちらに駆け寄ってくる。
その呼吸はかなり乱れていて、どうやらずいぶん長い間、俺の事を探し回っていたようだ。
そんなティーナの姿を見た俺は、本当に申し訳ない気持ちになってしまった。
しまった……。ティーナにだけは、ちゃんと俺の行き先を伝えておくべきだったな。
「心配をかけてすまない、ティーナ……」
俺はティーナに頭を下げて謝る。
「大丈夫ですよ、彼方様。彼方様が無事なら、私はそれだけで十分に幸せですから」
朝日を浴びて。笑顔で俺の手を取ってくれるティーナの顔がキラキラと輝いて見える。
ああ……。やっぱりティーナって天使の生まれ変わりだったんだな。
ティーナの綺麗な顔に改めて見惚れつつ。
俺達は、酔っ払った玉木を連れて帰路につく事にする。
昨晩は、結構長い時間を俺はククリアと話し込んでしまっていたからな。
だからもう、時刻は既に朝方になってしまっている。
たぶん4〜5時間くらいは、民家の中で俺はククリアと話していたと思う。
自分の事を紫魔龍公爵だと名乗ったククリアとの会談は、本当に内容の濃いものだった。
正直、一晩だけじゃ全然話し足りない。
それに最後に、倉持について気になる話も聞かされてしまったしな。
一応、玉木が近くに来て、いったん会談はお開きになってしまったけれど……。
このトロイヤの街に滞在している間は、俺はククリアともっとたくさんの事を話したいと思っている。
「ティーナ、玉木を連れていったんコンビニに帰ろう! みんなも昨晩は結構飲んでいると思うし。まずは全員と合流をして、コンビニホテルに戻ろうか」
「了解しました。でも、彼方様もあまり寝ていないと思いますから。ホテルに戻ったら、まずはゆっくりとお休みになって下さいね!」
俺はティーナと一緒に、玉木と他のクラスのみんなを連れて、いったんコンビニへと戻る事にした。
昨晩の宴会で飲み過ぎて、千鳥足になっていたのは玉木だけではなかった。
トロイヤの街の人達が用意してくれた宴の席で、コンビニメンバーのみんなも、ベロンベロンに酔っ払ってしまっていた。
流石にクラスのみんなを、俺とティーナの2人だけでは運べなかったので、コンビニからコンビニガード達を呼んで、全員をコンビニの中に連れて帰る事にした。
「……彼方様。皆様をコンビニホテルにお連れしたら、今後はどうされるのですか?」
ティーナがそう聞いてきたので、俺は正直に今後の予定を教えることにした。
「ああ……。実は昨晩、俺はドリシア王国の女王、ククリアと会ってたんだ。そして、1週間街に滞在しても良いという許可を貰ったから、ここで少しだけ休ませて貰おうと思っている。この街に滞在しながら、みんなと今後の対策を考えようと思ってるんだ」
「えっ!? ドリシア王国の女王様とお会いされたのですか? それで昨晩は、どこかにお1人で行かれていたのですね」
「うん。勝手に1人で行動しちゃってすまない。次からはちゃんとティーナに伝えてから、出かける事にするよ。でも色々と新しい情報もいっぱい聞けたし、分かった事も沢山あるんだ。この街に滞在している間に、俺はククリアともっと話をしたいと思っているんだ」
「分かりました。それにしても、こんなに大きな街に滞在するのは何だか久しぶりですね。カディナの街を出てから、ずっとコンビニは移動しっぱなしでしたものね」
たしかにそうだな……。
壁外区をグランデイル軍に追われて脱出してからは、魔王の谷に落とされて、谷底で1ヶ月くらいは地下に篭って俺達は暮らしていたし。
その後は、ずっと移動を繰り返して赤魔龍公爵と戦ったり、グランデイル王国にトンボ帰りをして、3軍のみんなと合流をしたりと移動ばかりだった。
コンビニにキャタピラー機能がついて、キャンピングカーのように便利に進化したから、不便は何も感じなかったしな。
なにせコンビニの中には食事もトイレも何でも揃っているし。どこかの街にゆっくりと滞在をする……って事はほとんどなかった気がする。
「――ところで、ティーナ。俺はこのトロイヤの街でやってみたいと思っている事があるんだけど、その事でちょっと相談をしてもいいかな?」
「やってみたい事ですか? ……それは一体何でしょう、彼方様?」
魔物と戦ったり、移動を繰り返していたから、ずっと出来なかった事が俺のコンビニにはある。
だけど、俺の能力がそう――『コンビニ』である以上。そして俺が、コンビニの店長である以上。どうしてもそれはやりたいと願ってしまう事なんだ。
「うん。それは、コンビニの営業再開だ! また壁外区に住んでいた時みたいに、コンビニの商品を街の人みんなに買って貰って、ワイワイとたくさんの人で賑わうようなお店に俺はしたいんだよ!」
ククリアからは1週間だけ、とお願いをされてるからな。壁外区の時のように、ずっと営業をするという訳にはいかないだろう。
でも、期間限定でも良いから。レベルアップして豊富な商品を取り揃えた今のコンビニを、この世界の人達にまた利用して貰いたいという思いが俺にはあった。
まあ、何だかんだ言ってもやっぱり俺は、コンビニの店長だからな。コンビニが沢山の人で賑わっている光景を、どうしてもまた見てみたくなったのさ。
「コンビニの営業再開ですか? なるほど。ですがそれには、うーん……」
ティーナが口を濁すようにして、何かを考え込む。
あれ? もしかしてティーナは、俺がコンビニの営業再開をする事に反対だったのかな?
ティーナが、コンビニの営業再開宣言に渋い顔をして、難色を示した事に俺は驚く。
てっきり『それは素敵ですね。ぜひやりましょう、彼方様!』って、一緒に大喜びをしてくれると思ったのに。
「……彼方様。コンビニの営業をこのトロイヤの街で再開されるのでしたら、私はいくつかの条件を設けさせて頂きます。それをご了承して頂けるのなら、コンビニを開店させても大丈夫だと思います」
「じょ、条件!? それは一体、何なんだろう?」
久しぶりに目の前にいるティーナが、お姉さんモードになっている気がする。
そういえばティーナは、商人の娘だものな。
カディナの壁外区にいた時だって、コンビニの経営はほぼティーナのアドバイスに従って俺は行っていた。だから実質ティーナが、コンビニの経営者と言っても間違いじゃなかった。
そのティーナさんが経営者目線から俺に提案する、コンビニ営業再開の条件とは、一体何なのだろう?
ティーナは俺の目を真っ直ぐに見つめると。
人差し指を立てて、コンビニ営業再開の条件を俺に告げてきた。
「まず1つは、コンビニで扱う商品の価格設定についてです。以前のように銅貨1枚で、全ての商品を販売するという訳にはいきません。理由は――お分かりですよね?」
「えっと、きっとアレだよな? 俺がコンビニ商品の価格を安く設定し過ぎたせいで、毎日店に大行列が出来てしまって。そのせいで店が忙し過ぎて、休憩もろくに入れないような状態になってしまった事かな? でも今はクラスのみんなも手伝ってくれるだろうし、何とかなりそうな気もするけれど……」
「違います、彼方様! 私が心配をしているのは、コンビニの忙しさの事では無いのです」
ティーナが、両手で大きなバツ印のゼスチャーを出して。俺の解答が不正解ですよと示してきた。
ええっ、ティーナさん!?
俺はお姉さんモードのティーナさんに、コンビニ営業の基本方針について、真剣なコンサルティングを受ける事となる。
「……いいですか。よく聞いて下さいね、彼方様? お店が混雑するのは商売人にとっては喜ぶべき事です。なので、その事は全然問題ではありません。彼方様がおっしゃったように、一緒に働いてくれるご友人の方も今は沢山いらっしゃいますから、経営には何も問題はないでしょう」
「じゃ、じゃあ……! トロイヤの街でコンビニを営業するのに、一体何が問題なんだ?」
俺は恐る恐るティーナさんに、質問をしてみる事にする。
ティーナは両腕を組みながら。まるで先生のように、俺の目を見つめると。ビシッと指をさして、熱い経営指導をしてくれた。
「彼方様、コンビニの商品は食料品以外にも、衣類や医療品、そして武器類など、多くの種類の商品を扱えるようになりました。それらの商品をもし、銅貨1枚で販売したらどうなると思いますか? それはこのトロイヤの街に存在する、既存の商店の営業活動を妨害してしまう事になるでしょう」
ティーナは俺に、商売における経済の流通の仕組みを身振り手振りを交えて、丁寧に熱弁してくれた。
「……銅貨1枚で買える、高級な異世界の衣料品が街に流通したら。トロイヤの街で衣類を販売している、他のお店は潰れてしまうでしょう。同じように食料品も安価で販売すれば、それらを提供している既存商店の経営を圧迫してしまう事になります。それだけ異世界の貴重な商品を無限に供給出来る『コンビニ』という存在は、圧倒的な力を持っているのです」
なるほど……。商売人の知識があるティーナのお話は、確かにもっともな話だった。
俺はただ、以前のようにコンビニが沢山のお客さんで賑わって。街のみんなも大喜びをしてくれたら嬉しいなという、自己満足な欲求の事しか頭になかった。
魔物達に襲われたトロイヤの街で、復興を始めようと頑張っている商店の経営を、俺のコンビニが妨害してしまうのは確かにマズイ。
壁外区の時は、今更ながらに特殊な状況だったんだな……と俺は痛感する。
あそこは街全体がスラムのような状態で、街の人達も貧困に苦しんでいる人が圧倒的に多かった。
住んでいる住民のほとんどが、出稼ぎ労働者ばかりで。食料品や水も買えずに、その日の生活にも困っていた人達が多かったからな。
だから俺のコンビニが、安価で食料品や水を提供する事を街のみんなが歓迎してくれたし、感謝された訳だ。
もちろん壁外区の中でも、衣料品を扱うお店もあったとは思うが――。そのほとんどが俺のコンビニの商品を買って、それをカディナの壁の中の市民達に転売したりする事で、利益を得ていたから。
他のお店の経営を潰してしまうというケースは、少なかったのだと思う。
「つまりは、俺のコンビニが安価で物を提供するって事は……大手の巨大ショッピングモールが突然、田舎町に進出してくるのと同じ状況という訳か。その街で細々と経営していた小さな商店なんかは、コンビニの登場によって一気に駆逐されてしまう可能性があるよな……」
「そうです。このトロイヤの街は魔物達の襲撃を受けたばかりで、街には被害を受けた家々が沢山あります。そんな中で、これから復興をしていこうと頑張っている街の小さなお店の経営を、コンビニが妨害してしまう事もあり得るのです」
うん、まさにティーナの言う通りだ。
俺のコンビニは無限に商品が発注出来るから。利益や損得は度外視した、殿様経営が出来てしまうからな。
実際、本当は銅貨1枚だっていらない訳で。コンビニの商品を無料で無限に配ったって、俺には何も問題はない。
ただ俺が、自己満足で。『商売をしている風な気分』をコンビニで味わいたいから。価格を安くして、物を売っているようなものだ。
そんなのは生きていく為に、真剣に商売をしている人達から見たら怒られて当然だな。
「そうか。うーん……じゃあ俺がコンビニをこの街で再開するとしたら、一体どうしたらいいのかな?」
俺がだいぶ落ち込み気味になっているのに、ティーナは気づいたのだろう。
俺の手をギュッと握りながら、元気付けるように明るく笑って答えてくれた。
「大丈夫ですよ、彼方様。コンビニの商品をちゃんと『適正な価格』で販売すれば良いのです。例え安価ではなくても、異世界の品々はとても珍しいものばかりですから。街の人達はきっとコンビニに来てくれると思います。既存の商店に影響を与えない程度にバランスを取りながら、またコンビニの営業をこの街で再開しましょう。それは本当に素敵な事だと私も思いますから!」
ティーナが、俺のおでこに自分のおでこをコツンと優しく当てて。至近距離から可愛いウインクをしてくれた。
天使の笑顔をしたティーナに元気付けられて。俺はすぐに元気を取り戻す。
「分かった! 今回はちゃんと価格も、取り扱う商品も計画を立ててコンビニの営業を再開する事にするよ。……ティーナ、もちろん手伝ってくれるよな?」
「ハイ、ぜひ私にお任せ下さい! 私は魔王軍との戦いにはあまりお役に立てませんが、商売の事でしたらきっとお役に立てると思います。また、沢山の人に喜んでもらえるような、素敵なコンビニ経営をこの街で一緒に頑張りましょう!」
ティーナが満面の笑みで喜んでくれた。
きっとティーナも、コンビニで商売をする事が本当は楽しみで仕方がなかったのだろうと思う。その明るい笑顔を見て、俺はそう確信した。
「……そういえば、彼方様? 今のコンビニには地下ホテルや温泉施設もありますけど。そちらの施設も街の人達に提供されるのですか?」
「あっ、そうか……。そうだよな、どうせならせっかくある温泉やホテルもこの世界の人達に味わってもらいたいよな。その辺はレイチェルさんに相談をしてみよう!」
俺とティーナは、いったんコンビニに戻り。
コンビニホテルの支配人である、レイチェルさんにコンビニの営業再開について相談をしてみる事にした。
温泉を利用するにしても。ホテルを街の人達に利用してもらうにしても――。コンビニの中にある、エレベーターを利用する事になるだろう。
ちゃんと順番待ちだとか、利用人数を上手く制限しないと大変な事になる気がする。
それにコンビニホテルは、泊まれる部屋の数も限られているからな。
「……なるほど。そういう事でしたら、私も総支配人様に協力をさせて頂きます。コンビニホテルを街の人達にもぜひ、利用して頂きましょう!」
俺とティーナに相談されたレイチェルさんは、意外にもあっさりと。コンビニホテルの利用を許可してくれた。
「……ええっ、本当に良いんですか? 街の人達にコンビニの地下施設を開放しちゃう事になりますけど」
俺はあまりにもあっさりとレイチェルさんがコンビニの営業再開と、コンビニの地下施設の開放を承認してくれたので。逆に不安になってしまう。
「もちろん、全然大丈夫ですよ。ホテルは大勢のお客様がいらしてこその施設です。ずっと無人状態で、お客様に利用されない温泉施設など、ただ寂しいだけですからね」
俺とティーナはお互いに顔を見合わせて頷き合う。
レイチェルさん、間違いなくめっちゃ張り切っているよな。顔が普段よりもずっと嬉しそうに見える。
きっとホテルを沢山の人に利用して貰えるのが、嬉しいに違いない。
「……ですが、コンビニの入り口。エレベーターの扉の前、そして地下の各施設の出入り口には簡単な『ゲート』を設けさせて頂きます」
「『ゲート』? それは一体何なんですか?」
俺はレイチェルさんの提案する『ゲート』というものがよく分からずに、聞いてみる事にした。
「私が作成した簡易的な荷物検査のような物です。そのゲートを通過した際に、刃物や爆発物。あるいはこの世界の魔物であったり、悪意のある魔力を帯びている者などに反応をして、ブザーが鳴る仕組みになっています」
「空港にある金属探知機みたいなモノの訳か。しかも、それは魔物や魔力にも反応をすると。凄いですね、そんな凄いゲートを、レイチェルさん1人で作ったんですか?」
レイチェルさんはクスクスと笑いながら、にこやかに答えてくれた。
「……元々、ホテルの備品として存在していた物に私が改良を加えさせて頂きました。前回、敵の魔物が人間の姿をしてコンビニの中に侵入をしてきた経緯もありましたからね。今回はその為の対策も、万全にしておこうと思います」
「いや、本当に助かります。レイチェルさん、ありがとうございます!」
……よし! レイチェルさんも乗り気みたいだし。
これでコンビニの営業再開は、何とか出来そうだな。
以前の俺は、無計画に壁外区で経営を始めてしまったけど。今回は違うぞ。
商売の知識のあるティーナや、経営の力があるレイチェルさんの知恵を借りられるし。クラスのみんなにも協力をして貰えるだろう。
うん。俺、何だかすっごくワクワクしてきたぞ。
以前、俺のコンビニはお客さんで賑わっている時にもレベルが上がった事があったからな。
今回だって、豊富な商品を扱えるようになったコンビニで商売をする事で。もしかしたら、また新しい成長が期待出来るかもしれないぞ!