第七十話 会談の終了
「冬馬このはを殺して欲しいだって? 仮にも自分の仕えていたご主人でもあった人物なのに……それは、一体どうしてなんだ?」
俺はククリアに、その事を尋ねてみた。
「これは元々、紫魔龍公爵がボクに託した内容でもありました。魔王様はもう300年近くも目を覚ましていません。覚醒した自身の能力を制御する事が出来ず、今もずっと1人で眠り続けています。眠っている最中に、ほんの少しだけ思念通話をされるという事もあったようなのですが……。基本的にはもう、目を覚まされる事は無いでしょう。魔王様は今もずっと、覚めない悪夢の中でうなされている状態なのです」
「それは……『動物園』の能力が暴走している事が関係しているからなのか?」
「ハイ、今は魔王様の意思とは関係なく。獰猛な動物達が無限に作り出され、外に溢れ出ている状態なのです。それも以前とは違い、凶暴で外見も醜悪な『魔物』と呼ばれてもおかしくない動物達ばかりです。まさに魔王様が今、長い眠りの中で見られている悪夢の影響を、直接受けてしまっている動物達なのです」
「なるほどな。もう冬馬このは自身の意思とは関係なく、危険な魔物達が無限に作り出されて、暴走してしまっている状況という訳なのか」
それは例えば俺が、機械の兵隊である『コンビニガード』達を無制限で発注出来るようになったとしたら。
そして、そいつらが俺の意思とは関係なく。この世界で無限に暴れ回る未来を想像すると、確かに恐ろしさを感じてしまうな。
『無限』っていうのはある意味、暴走して恐ろしい事態になった時に収拾がつかなくなる危険性がある。
「100年前から続いている『魔王軍と人類との戦争』というのは、魔王様の意思によるものではありません。暴走する魔物達を管理出来なくなり、それらが人々の暮らす街へと、押し寄せてしまっている事による衝突なのです」
「……でも、4魔龍公爵がこの世界の王国を滅ぼしたっていう話も聞いているぞ。もし魔物達が暴走をしているだけなら、何で4魔龍公爵達は人類に攻撃を加えたりするんだよ?」
ククリアは、困ったような顔を浮かべる。そして小さく息を吐いてから、ゆっくりと回答してくれた。
「300年前に魔王様が眠りにつかれてから、おおよそ200年ほどはボク達も、女神教徒達から逃げ回る生活をしていました。ですが、その後……ボク達4魔龍公爵はお互いに意見が割れてしまい、今は全員がそれぞれバラバラに行動をしているのです」
ククリアの話によると、紫魔龍公爵は女神教と異世界の勇者の召喚システムの謎を探し続けていたが……。この世界の人類に攻撃を加える事には反対だったらしい。
動物園の魔王は元々、心の優しい性格だった。だから彼女は人間達との戦争は決して、冬馬このはの望みではないと思っていたからだ。
だが……自分の仲間達が、魔物を率いて人類と戦争を始めたこの状況に絶望し。自ら食事を断ち、静かにこの世界から消え去ろう願っていたとの事だった。
「そうだったのか……それは、何だか悲しい話だな。でも他の4魔龍公爵達は、紫魔龍公爵とは明らかに違う方針を持っている、という訳なんだな」
「そうです。赤魔龍公爵は積極的に魔王様の敵となる者を探し出し、攻撃を加えるスタンスをとっていました。彼はかつて女神教の幹部が逃げ込んだという理由で、西方のミランダ王国に攻め入り、たった1人で国を滅ぼしてしまった事があります」
赤魔龍公爵か……。
確かにあいつは、魔王の敵になりそうという理由で俺に対しても、見境なしに攻撃を加えてきやがったからな。話し合いの出来るタイプでは無かったな。
「緑魔龍公爵は、この世界の人間達全てを憎んでいます。彼女は魔王様の作り出した動物達と、仲間の4魔龍公爵にしか心を開きません。眠りについた、今の魔王様の動物園から生み出された醜悪な魔物達を彼女はとても可愛がっています。その魔物達の為に、人間を餌として与えたり。加工をした新種の魔物達をけしかけて、人類全体に攻撃を加えたりもしています」
緑魔龍公爵とは、直接話をしてはいないが……。この前、俺のコンビニの地下に大量のゾンビ軍団を放り込んできた奴だよな? 何となく趣味の悪そうな奴だという事は理解出来る。
……後、そいつがレイチェルさんよりも弱いって事は分かっている。いや、うちのレイチェルさんが単に強すぎるだけなのかもしれないけれどな。
「今の魔王軍の統率は実質、4魔龍公爵のリーダーである黒魔龍公爵が全て行っています。彼は冷静沈着な男ですが、何を考えているのか分からない所があります。ボク、つまりは紫魔龍公爵がいなくなった事で、統率の取れなくなった紫色の魔物達は彼が操っているはずです。いつも魔王様の眠る動物園の奥にいて、魔王様の護衛役を彼がしています」
「……って事は、今の魔王軍のボスは実質、黒魔龍公爵って訳なんだな。ポジション的には俺のコンビニでいうと、レイチェルさんみたいな存在なんだろうな。守護者達全てを統括する立場にいる奴って事なんだろうし」
「ボクは黒魔龍公爵が今、何を考えているのかは分かりません。魔王様は仲間を殺された事をとても悲しまれていましたが……それ以上にこの世界の事を大切に思われている心の優しいお方でした。ですので、現在のように魔物達が暴走をして、人々に迷惑をかけている状態は絶対に望まないはずなのですが……」
ククリアは一度、視線を落としてから、ゆっくりと俺の顔を見つめ直す。
「ボクは眠り続ける魔王様にもし意思があるのなら、きっと覚めない悪夢を終わらせて欲しい――と願っていると思うのです。だから紫魔龍公爵は心優しい魔王様の守護者として、この世界の人間達とは争わないようにひっそりと生きてきました。彼女は、魔王様がいないこの世界に未練はありませんでしたから」
「それで自ら食事を断ち、衰弱して、とうとう力尽きて。その記憶と能力をククリアに継承させたという訳なんだな。そして今は俺に魔王――冬馬このはの暴走を止める事を望んでいると」
何だか、少し悲しい話になってきたな。
異世界の勇者として、この世界に召喚されてきた者の末路がこれではあまりにも悲しすぎる。
もし……もしもだ。
俺が同じような未来を辿る事になってしまったら。
コンビニの能力が暴走をして、ただ眠り続けるだけの状態にこの世界でなってしまったとして。そしてコンビニガード達がこの世界で、勝手に暴れ回るような事が起きてしまっていたとしたら。
――たしかに。俺なら誰かに殺して欲しいと、全てを終わらせて欲しいと願うのかもしれないな。
その辺りは紫魔龍公爵が願う想いの方が、俺は正しい気がする。
仮に俺がそんな状態にもしなったとしたら、残されたアイリーンやレイチェルさんはどう考えて、どう動くのだろうか……。
そういえば魔王の谷の底にいた、大昔にこの世界の全てを支配したという魔王の遺跡にも、黒い騎士が残っていたけど。
今思うと、あの黒い騎士もかつての魔王の守護者だったのだろうか? だとしたら、その大魔王は一体何の能力の勇者だったんだろうな。
「ククリア。君の気持ちは分かった。俺も出来る限り、冬馬このはと対話をしたいと思ってはいる。でも、もし彼女がこのまま永遠に目を覚さないのだとしたら。その時は君の望むように彼女が苦しまないよう、静かな終わりを与えてあげるのが一番良いような気がするよ」
「コンビニの勇者殿。ありがとうございます……!」
ククリアは座りながら、深々と俺に対して頭を下げた。
その表情にはとても複雑な想いが込められているように感じられる。
自分の主人の殺害を勇者に依頼しているんだからな。その胸中を思うと、俺も悲しい気持ちになる。
でも俺は、一つだけ疑問に思った事をククリアに尋ねてみた。
「ククリア。君は魔王である『冬馬このは』は、目覚めることのない眠りについていると言ってたけれど――。少しだけ思念通話の様な事をしていた事もある、と君はさっき言ったよな? という事は、冬馬このはと会話が出来る可能性があったりするのか?」
「実は……そこはボクにも分からないのです。眠り続ける魔王様の護衛役は、黒魔龍公爵が全て1人で行っています。彼が魔王様の思念を受け取ったとして、他の4魔龍公爵に指示を与える事もあったのですが、それが魔王様からの本当のメッセージなのかどうかは、ボク達には分からないのです」
「それは、黒魔龍公爵が嘘をついている可能性があるという事なのか?」
ククリアは目を閉じて、少しの間……沈黙する。
その様子から察するに、彼女は黒魔龍公爵の事を疑っているのではないかと思えた。
「……分かりません。冷静沈着な彼が、そのような事をするとは思えないのですが……。彼以外、魔王様のメッセージを受け取ったという者はいませんので、ボク達はそれを信じるしかありませんでした。どちらにしても黒魔龍公爵は、ボク達守護者のリーダーです。彼を疑うような事は出来ません。守護者達にとって、リーダー役の守護者の存在は絶対なのです」
なるほどな。本当に冬馬このはが眠りながら指示を出しているのかどうかは、確証はないという訳か。
でも、どちらかというと紫魔龍公爵は、その事を疑っていたという訳なんだな。
だとしたら魔王と対話をするのは、やはり難しいかもしれないな。
それどころか紫魔龍公爵は立場上、疑う事は出来ないだろうけど……。今の魔王軍は、実質、黒魔龍公爵が単独で操っている可能性を否定出来ない。
眠り姫となっている魔王のメッセージを受け取ったと称している黒魔龍公爵が、動物園から生み出された魔物達全てを操っている可能性はとても高いだろう。
うーん。出来る事なら俺は魔王と直接話をしたかったのだけどな。ククリアの話を聞く限りそれは難しそうだ。
暴走して永遠に起きる事がないという動物園の魔王。
ククリアの気持ちを尊重するのなら、その眠りを静かに終えてあげるのが、冬馬このはの為になるのだろう。
もちろん何か魔王を起こしてあげられる手段が他にあるのなら、全力でそれを行ってあげたいとは思うのだけど……。
「――そうだ。あと1つだけ、俺はククリアに聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「何でしょう? ボクに答えられる事でしたら、何でもお答えします。それはコンビニの勇者殿との約束でもありますので」
俺は先程、頭の中に浮かんだ疑問をそのままククリアに聞いてみる事にした。
「大昔にこの世界全てを支配したという魔王がいたらしいんだが……。その時、女神教の連中は一体どうなったんだろう? その魔王は、当時の女神教を全て滅ぼしたという事なのか?」
この世界に召喚された勇者が、女神教の陰謀により魔王にされてしまう。そしていつかは殺害されて、魔王の体から出る『何か』を回収されている連鎖がずっと続いているのだとしたら……。
この世界の全てを支配したという、大昔の大魔王の伝説はそれに矛盾している気がする。
それともその当時の魔王だけは、規格外に強すぎて女神教も制御が出来なかった、という事なのだろうか?
「この世界の全てを支配したという、大昔の魔王の伝説はボクも調べました。数千年以上も前のお話なので、記録はほとんど残ってはいませんでしたが――。今も魔王の谷や、各地に隠れ住む巨大な姿をした太古の魔物達など、その痕跡は多く残されています。ちょうどコンビニの勇者殿が倒した、カディナ地方に長く住む伝説の地竜『カディス』もその1つだと言われていますね」
「ああ、カディスは確かにそうだろうな。アレの色違いである――亜種タイプの黒い魔物を、魔王の谷の底で俺は沢山見つけたしな」
カディスはおそらく、あの魔王の谷に住んでいた魔物達の同類で、大昔にあそこからはぐれた魔物だったんだろうな。そしてその生き残りが細々と、カディナ地方で生き続けていたのだろう。
「その時代に存在した魔王は、女神教も支配出来ない程の最強の魔王であった事は間違いないでしょう。女神教自体も、その時の魔王によって一度完全に滅ぼされたと聞いています。彼らの組織力を持ってしても、その大魔王には勝てなかったのです。その魔王の能力が一体何であったのかは、今となってはもう誰も分かりませんが……」
そうか。この世界を裏で操る女神教の連中でさえも制御が出来ずに。逆に魔王によって、打ち滅ぼされてしまうような事もかつてはあったという事なのか。
そう思うと、あの時――。
魔王の谷の墓所にいた黒い騎士と、もっと会話が出来たら良かったな……。もし、女神教の連中を倒すヒントみたいなものがあるのなら、それを教えて欲しかったのに。
「かつての大魔王によって一度滅ぼされた女神教は、その魔王が死んだ後に、生き残りの者達によってまた復興を遂げたようです。その当時の文献はあまり残ってはいませんが……。女神教の上層部の方では、その最強の能力を持った勇者だけは、絶対にこの世界に存在させてはならない。といった伝承も残っていたようですね。もうだいぶ前の事ですので、今の女神教徒達にまで、その伝承が伝わっているかは分かりませんが」
「なるほど。最強の能力か……それは一体、何だったんだろうな? せめてそのヒントだけでもあれば、今後の女神教対策にもなるんだけどな」
俺は今後は、魔王軍とも戦わないといけないし。
しかも背後から忍び寄る、女神教徒達とも戦わないといけない。
そう思うと、俺達の異世界の勇者達の安住の地はいったいどこにあるんだろうな? 俺は改めて、そんな事を考えてしまった。
その時――。
「彼方く〜〜ん! どこにいるの〜〜?」
玉木が俺を探す声が、外から聞こえてきた。
どうやら俺がどこかに1人で勝手に消えてしまったので、辺りを探しているみたいだな。
「今夜は少し、長く話をし過ぎてしまったようですね。コンビニの勇者殿、続きはまた今度にしましょう」
ククリアが静かに席を立とうとする。
この小さな民家の一室には、今、俺とククリアの2人しかいない。
ククリアにとっても、俺との会話は他者に聞かれては困る内容なのだろう。どうやら、ここから急いで席を外したいようだった。
「分かった。また話の続きをぜひしたいな。これからの俺達の行動方針も立てないといけないしな」
「コンビニの勇者殿。もし良ければぜひ、1週間程このトロイヤの街に滞在をしていって下さい。旅の疲れもあると思いますし、もしコンビニの勇者殿の許可を頂けるようなら、ボクもコンビニの地下ホテルという場所に行ってみたいのです!」
今までの真面目な表情とは打って変わって。ククリアの顔がキラキラと好奇心に満ちた子供のような輝きをしている。
好奇心と新たな知識への欲求が抑えられないって、その顔に書いてある。『ワクワク』っていう擬音の吹き出しが、頭の上に漫画みたいに浮かんでいる状態になっているしな。
うんうん。ククリアがやっと年齢相応な子供の姿に見えて、俺も何だか安心したよ。
でも、1週間と期限を設けたのは……ドリシア王国の女王としての冷静な判断があるのだろう。
俺の表情を察したククリアが、謝罪する様に説明をしてきた。
「ハイ、本当に申し訳ありません。コンビニの勇者殿が察されたように、ドリシア王国での長期滞在は許可が出来ないのです。理由はお分かりと思いますが……」
「ああ。俺がここに長くいると、街の人達に迷惑をかけてしまう可能性がある。魔王軍の魔物達は、俺をターゲットにして攻撃を加えてくる可能性が高い。もしそうなったら、このトロイヤの街の人達にまた迷惑をかけてしまう事になる」
「それだけではありません。グランデイル王国の女王、クルセイスはコンビニの勇者殿を自身の真の婚約者なのだと、公の場で明言されてしまいました。そのコンビニの勇者殿を自国に引き入れてしまっては、ドリシア王国は、グランデイル王国と敵対する意思があるのかと問われてしまいます。あの婚約宣言には、コンビニの勇者殿はグランデイル所属の勇者なので、他国の者が勝手に干渉しないように、というメッセージも込められていたのです」
「あの意味不明な婚約宣言には、そんな深い意味があったのかよ……。一方的に私の物だから、周りは手を出すなみたいな宣言をされても、こっちは迷惑でしかないぞ。どこに行こうが俺の勝手じゃないかよ……」
すると。再びククリアが神妙そうな表情を浮かべた。
そして重苦しそうに、俺にその不安を告げてきた。
「コンビニの勇者殿。グランデイル王国の女王、クルセイスは想像以上に危険な人物だと思います。今後は、彼女にはあまり近づかない方が良いでしょう」
「クルセイスさんが危険だって? それは、どういう意味なんだ?」
「彼女はボクの共有の能力を持ってしても――その内面を見る事が出来ませんでした。相性が悪ければ、相手の記憶を共有出来ないという事も、もちろんあります。ですが完全に遮断されてしまったのは、初めての経験でした。おそらく内面を絶対に覗く事が出来ないように。何かしらの特殊な仕組みが、彼女の体には施されているのでしょう」
「特殊な仕組み……? それは、一体……?」
「おそらく、表面的な性格や言動とは全く異なる――完全なる『裏の顔』が、彼女には存在しているのではないかとボクは思っています」
「クルセイスさんには、他者には決して見せない裏の顔があるという事か。そしてそれを隠す為の、特殊な仕組みが施された、『超怪しい人物』という訳なんだな?」
「そうです。あと、これはコンビニの勇者殿にお話しをするべきか悩んだのですが……」
ククリアが何かを言いあぐねるようにしている。
どうしたんだろう。何か俺に言いづらい事でもあるのだろうか?
「実は異世界から、この世界に召喚された者にとっての悲願。『元の世界』に戻る為の方法の秘密を、不死者の勇者が知っている可能性があります。彼とはほんの少ししか会話をする事が出来ませんでしたが、彼の記憶の一部に、そのような秘密を知っていて。周囲にそれを隠している、という内容の記憶の断片を感じ取る事が出来たのです」