第七話 グランデイル追放
マズイな。これはもう、お手上げだろう……。
だって一国の女王様が直接、最前線で陣頭指揮をしているんだぜ?
どうやら俺はグランデイル王国が総力を挙げて捕縛しようとする――本物の『逆賊』にされてしまった可能性が高い。
こいつはもうただの嫌がらせの襲撃なんかじゃない。国を挙げて行われる『大討伐作戦』なんだ。
コンビニの外の様子を注意深く観察していた俺だが、倉持や金森の姿はとうとう見つける事が出来なかった。
自分達は直接ここに来ずに。女王のクルセイスさんを来させるとは、相変わらずやる事が陰湿な奴等だぜ。
カメラの映像に映る、白騎士姿のクルセイスさんが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「――聞こえるか! コンビニの勇者よ! 私はグランデイル王国女王のクルセイスである。グランデイル国教会の審議により、貴公は異世界の勇者の称号を剥奪され、魔王に与する異端の勇者だと認定された。よって、本日を以て我が国から永久追放とする!」
クルセイスさんの勇ましい声が、コンビニの中にまで響いてくる。
召喚部屋で見た時は、清らかで物腰の優しい人というイメージだったが、流石は一国の女王様と言った所か。
こうして騎士達の先頭で直接号令をかける、勇猛果敢な一面も持ち合わせていたらしい。
「貴公への罪状はまだまだあるぞ! この1ヶ月、我が国内で働いた数々の犯罪行為。身に覚えがあるであろう! ――誘拐、監禁、強姦、窃盗、殺人、拉致、恐喝――他、余罪は数え切れない! 異世界からの勇者ゆえに今日まで見逃してきたが、もはやその非道を看過する事は出来ん! 今回は、我が国からの永久追放の処罰のみとするが、再び我が国に入国しようとした際は、厳罰を持って対処する! 命が惜しければ、今後、二度と我が国には近づかないことだ!」
おいおい……。
なんだか俺、すっごい大犯罪人にされてない!?
何だよ誘拐だの、強姦だの、殺人ってさ。
流石にそれはあんまりだろ……。
引き篭もりのコンビニオタクに、そんなに酷いレッテルを何重にも重ね貼りしたって。誰も何の得にもならないぞ。
「何よそれ〜!? 彼方くんがそんな事するわけないじゃないの! こんなのヒド過ぎるよっ!!」
玉木が逆上して、顔を真っ赤にしながら机を叩いている。強く叩き過ぎて、パソコンのモニターが落ちそうになってるから、まあ、落ち着けって。
しかし、こんなにたくさんの騎士達にコンビニを取り囲まれている状況だからな。
正直に言って、俺の為に怒ってくれる人が他に居てくれるだけで、精神衛生上ありがたい。
もし俺1人だけだったなら、倉持の野郎への怒りで、こんなにも冷静ではいられなかっただろう。
玉木がいてくれるおかげで、俺は自分が理不尽な仕打ちを受けている、という事実を客観的に受け入れられるからな。
そして、だからこそ玉木だけはここから逃がしてやりたい――という冷静な思考も出来ていた。
「コンビニの勇者よ! このまま、コンビニの中に隠れ続けるのであれば、火刑によって焼き討ちにするぞ。ただちに投降し、即刻、国外へ退去するのだ!」
外にいるクルセイスさんの声がどんどん大きくなっていく。もう、ここにじっと隠れている事は無理そうだ。
よし! ここは俺も……覚悟を決めよう。
俺は左腕にべったりと抱きついている玉木に向き直る。玉木の顔を至近距離からじっと見つめて、一度大きく深呼吸をした。
「……いいか玉木、よく聞くんだ! この事務所の奥には裏口がある。これから敵の次の攻撃のタイミングに合わせて、お前はそこから外に逃げるんだ!」
「はああぁぁ? 何を言っているのよ! 彼方くんを置いて、私1人だけで逃げれる訳がないじゃないの〜! 私を馬鹿にしているの?」
「まあまあ、俺はこれでもけっこう真面目に言っているつもりなんだぜ? このままここに隠れていたら2人とも炎で黒焦げになっちまう。今なら、まだ火の手が裏口までは回っていないこのタイミングでなら、ここから逃げる事が出来る。これは最後のチャンスなんだ!」
「な……、なら、彼方くんも私と一緒に逃げようよ!」
俺の真剣な表情に、玉木が泣きそうな顔で訴えてくる。
「それは駄目だ!」
「――何でよ!!」
俺は玉木の腕を強く握りしめた。そして、泣き止まない子供を諭すように優しく話しかける。
「いいか? アイツ等の目当ては俺なんだぞ? 俺がいる限り、お前もこれからずっと追われ続けることになる。俺がアイツ等の前に投降しないと、事態は何も解決をしないんだ」
まだ、倉持がここに居たのなら……交渉の余地もあったかもしれないけどな。
でも、グランデイル王国の騎士達と、その女王様が相手じゃ流石に無理だろう。
ここにいる騎士達は女王の命令にしか従わないだろうし。その女王は、きっと倉持に言われた通りに動いているだけだろうしな。
命令元の倉持がここにいない以上、俺達にはもう交渉の余地が全く無いと言っていい。
「そんな……。それじゃあ、彼方くんはこれからどうするのよ?」
「どうするも何も、ここは素直に投降して国外退去を受け入れるしかないさ。幸い命まではとらないって言ってくれてるんだしな。大人しく両手を挙げて、許しを請うしかないだろう」
「嫌だよ……。そんなの、私、絶対に嫌だよ……」
玉木が顔を真っ赤にして、目に大粒の涙を浮かべて泣き始める。
――あれ?
玉木って、こんなに人情味の厚い奴だったっけか?
俺みたいなアホなクラスメイトが1人いなくなったって、別にそんなに悲しいことでもないだろうに……。
ああ、そうか……。
なるほど。そういう事か。
「安心しろよ、玉木! ここから逃げて、いつかまた無事に再会出来たらさ。快適なコンビニのトイレをちゃんとお前にまた貸してやるよ。お前の為に大好物の『昆布おにぎり』だってたくさん用意しといてやるからな。だから今は安心してここから逃げてくれ!」
俺は安心させようと、玉木の頭をわしわしと力強く撫でてやった。
「ば、馬ッ鹿ああああぁ!! コンビニのトイレなんてどうだっていいのよ! 私は彼方くんがここにいるから、毎日ここに来ていたのに――……」
――ヒュン、ヒュン、ヒュン!!
その時――。
丁度、風を切るような音が、同時に複数聞こえてきた。
ドン、ドン、ドン、ドンッ!
コンビニの屋上に、もの凄い数の火矢が連続で当たったらしい。
大きな衝撃音が立て続けに店内に聞こえてくる。
監視カメラの映像には、コンビニの裏手の部分にも火矢が射ち込まれた光景が映し出されていた。
「……チッ! どうやらもう本当に時間がないみたいだな。じゃあな、玉木! 達者でいろよ! お前等が魔王を倒してくれるのを俺はこの世界のどこかで、ちゃんと祈っててやるからな!」
「彼方くんの馬鹿ーーっ! 絶対に死んじゃ駄目だからねーー!! 絶対に絶対に、約束なんだからねっ!!」
俺は玉木を無理矢理、裏口から突き出すようにして、コンビニの外に押し出した。
裏手にも火の手が回り始めてる以上、今が玉木を逃がせる最後のチャンスだと判断したからだ。
玉木を外に放り出してすぐに裏口を閉めると、俺は再び監視カメラを注視する。
次に火矢が放たれるタイミング。その時がきっと勝負になるだろう。
俺に残された道は、コンビニを能力でしまって、両手を挙げて騎士達に投降するしかない。
だが、そのタイミングだけは慎重に図らないといけない。
うっかりコンビニをしまうタイミングと、火矢が頭上に降り注ぐタイミングが重なってしまうと、俺は不幸にも矢の直撃を食らって、即死してしまう事も有り得るからな。
そうならないように、俺は慎重に監視カメラに映る外の映像を注視し続けた。
やがて、銀色の騎士達が再び数十を越える火矢を、夜空に向けて一斉に解き放つ。
その火矢が鉄砲雨のように、コンビニのガラス戸と屋上を強烈に叩きつけた。
「――よし、今だっ!!」
俺は裏口から外に飛び出て能力を使い。コンビニをいったん収納する。
コンビニが建っていた野原には、突然ぽっかりと大きなスペースが出来上がった。
周りを炎に囲まれた野原の上に、1人ぽつんと取り残される俺。
そして可能な限りの大声をあげ、両手を振りかぶり。降伏の意思を騎士達に伝える事にする。
「おーい、聞こえるかーーっ!! 降参だッ! 俺はこの街から出て行くぞ、だからもう攻撃を止めてくれ!」
俺の必死の大声が伝わったのか、クルセイスさんが馬上で手振りをした。
すると弓を構えていた騎士達が一斉に、その手を下ろしていく。
まだ火の手の及んでいない場所を縫うように、瞬く間に俺の周囲に銀色の騎士達が殺到する。
抵抗する意思のないことを示す為に、俺は両手を空に向けて思いっきり伸ばした。
そんな袋のネズミ状態の俺の顔に、ご丁寧にも何本もの槍先が向けられる。
これじゃあ、もう一歩もここから動けそうにないな。だって鼻先に槍が数十本も向けられているんだぜ? 俺がうっかり転んだりでもしたら、そのまま串刺しになっちまうぞ。
「よくぞ投降に応じた、コンビニの勇者よ。グランデイル国教会の慈悲により、貴公の犯した大罪は本来なら極刑を以て処す所だが、今回は我が国からの追放のみとする。……しかし、魔王討伐にはまるで役に立たない――『無能の勇者』の称号を新たに貴公には与える。今後は我が国から永久追放の処分となる故、もはや二度と会う事もあるまい。このまま抵抗せずに、黙って我等の後についてくるがよい」
白馬に乗ったクルセイスさんが、俺に剣先を向けながら高らかにそう宣言をした。
いやいや……。
俺はそもそも大罪なんて、何も犯してないんですけどね?
……っていうか、『無能の勇者』の称号って何だよ。そんなの全然いらんし。なんだか、俺の存在がどんどん貶められている気がするんだけど、気のせいかな?
まあ、こんな状況じゃ何を申し開きしても無駄か。俺は別に歴史に詳しい訳じゃないが、中世の頃に行われた魔女裁判は、きっとこんなものだったんだろうな。
容疑者の言い分なんて、まるで聞く耳を持たない。
お前は『魔女』だ、だから火あぶりだ!
さあ、死ね! そしてこの世界から消えて無くなれ! ……って感じで。
一方的に宣告をされて。無実な人々が、あの時代はどんどん処刑されていったんだろうな。
それに比べれば、まだ殺されないだけ俺はマシか。なにせ命あってこその人生だ。ハーレム勇者になって、十分に楽しい思いをした後ならまだともかく。
こんな異世界で、モブキャラ扱いで殺されるのなんて、死んでも死にきれないじゃないか。
(それにしても、よりによって『無能』の勇者かよ…)
あながち全部が間違いじゃないから、何とも言えない気分になるな。確かに俺のコンビニの能力は、無能である事は間違ってないんだけどさ。
でもだからこそ大人しく街の隅っこで、ほそぼそと暮らしていたんじゃないか。隅っこ暮らし万歳だぞ。
よくネット小説だと、ここから無能系の勇者が後で大逆転劇を演じる展開もあるけれどさ……。
――なぁ?
俺にもそういう展開って、これから本当に期待出来たりするのかな? 何だか全然、そんな感じがしないんだけどさ。
俺の周囲に駆け寄ってきた騎士達は、俺の体を縄で縛り上げるとか、そういう無粋なことはしなかった。
その代わり、俺の周りを取り囲むようにして、無言で前に向けて歩き出す。
後方から槍先を背中に向けられている俺は、彼等の誘導する方向に向けて、大人しく歩くしかなかった。
白馬に乗ったクルセイスさんに率いられた、銀色の騎士達の一行。
その行列がゆっくりと、整然と列を整えながら。
一歩一歩、俺を街の城門の方へと誘導していく。
ふと、俺が横目で街の方を見下ろすと。
グランデイルの王都の街はまだ、夜更けの静けさの中に包まれているようだった。
幸いなのか、この場合は不幸なのかはよく分からないけれど。俺は街から少し離れた場所にコンビニを建てていたからな。
深夜にも関わらず、あれだけの大騒ぎがあった訳だが……。街の連中は誰もその事に気付いていないようだった。
俺がコンビニを建てていた所の野原も、放たれた火矢のせいでだいぶ炎上していたけれど。後からやって来た騎士達によって、どうやら無事に消火されたらしい。
やがて騎士達に取り囲まれた俺は、街の入り口にある大きな城門に辿り着いた。
普段は魔物達の襲撃を防ぐ為に閉ざされている城門が、今は大きく口を開いている。
おそらく俺をここから外に出す為に、今だけ特別に開けられているのだろう。
俺はその門に向かって、ゆっくりと歩みを進める。
特に何か申し訳ないだとか、慈悲の言葉みたいなものは、クルセイスさんの口からは何も無かった。
俺も別に何も言うことはないし。振り返ることもなく、ただ黙って街の外に向かって歩いていく。
俺の背中を見つめている騎士達も、終始ずっと無言のままだった。
それにしても、こんな事になるんだったら……。
昨日の夕方。倉持達がコンビニ来た後に、王宮に行ってあいつに土下座でも何でもして、『お願いです、私にお金を分けて下さい!』って素直に頭を下げておけば良かったな。
そうすれば街で最低限の護衛か、ガイドの1人くらいなら雇えたかもしれないのに。
これじゃあ、一文無しで裸のまま街の外に放り出されるようなものじゃないかよ……。
まさかあの時は、強姦魔だの、窃盗犯だの。訳の分からない罪を勝手に着せられて。しかもそれを理由にこの国から永久追放されるなんて思いもしなかったしな。
サイコパス野郎だとは思っていたけど、倉持が俺に対してここまでやるとは、流石に考えが及ばなかった。
おまけに『無能の勇者』って何だよ。要らない称号まで勝手に付け足してくるなよ……。
俺が溜息混じりに、とぼとぼと歩いていくと。
突然、後方から大きな音がした。
グランデイルの王都の城門が、俺が街の外に出たのを確認して――。
ゆっくりとその大きな口を、永久に閉ざしたのだ。
後ろを振り返ってその光景を確認した俺は、再び正面に広がる巨大な森の方を見つめる。
当たり前だけど、今の俺は完全に1人ぼっちだ。
グランデイルの街の外に広がる、巨大な森の話は俺もよく住人から聞いていた。
街の外には広大な森林が広がっていて、中は迷路のように入り組んでいるらしい。しかもたくさんの魔物がそこには生息していて、護衛なしでは街の人も1人では絶対に出歩かない危険な場所という話だ。
「俺……これから大丈夫なのかな? なんか無一文で、しかも超無理ゲーな状態で。俺の異世界生活、リ・スタートした気がするんですけど?」
装備なし。
お金なし。
仲間なし。
ハーレム要素なし。
今の所、ヒロインも不在。
能力は、コンビニを外に出して隠れるだけ。
こういう時に、ネット小説っぽい展開ならさ。
お約束の可愛いらしい妖精だとか。もふもふ獣人美少女なんかが、ここで突然俺の目の前に現れたりしてさ。
「――伝説の勇者様! 貴方をお待ちしておりました。ここから先は私が案内をさせて頂きます!」
なーんて、ご都合主義的な展開になってくれたりするんじゃないの?
俺は目の前に広がる広大な森を、ただじっと見つめ続けてみた。
「おーい、妖精さーん! それか、もふもふさーん! 封印されし伝説の剣の声とかでもいいですよー! ここに伝説の勇者がいますから、早く声をかけて誘導して下さいよー。勇者の大ピンチなんだから、まさに今こそ出番ですよー!」
「………………」
静寂に包まれた森からは、何も反応が無い。
無慈悲な夜の冷たい風だけが、ただ俺の頬を静かにかすめていくだけだった。
――よし…。
俺、決めたわ……!
俺は静かに決心をする。
これからは異世界モノの小説を読む時は……。
トイレの描写が、ちゃんとされているかどうかという事に追加で――。
「ご都合主義で、勝手に主人公がピンチから救われるようなおめでたい話は、もう絶対に読まないことにしたからなーーっ! このクソ異世界めええぇぇ!! 憶えていやがれよーー!!」
俺の悲痛な叫び声は、暗闇の森の奥にそっと吸収され。辺りに木霊することさえなかった。