第六十九話 紫魔龍公爵
「……君が紫魔龍公爵だって!? 一体、それはどういう事なんだ?」
俺はとっさに、椅子の上で身構えてしまう。
だって目の前の少女は、ドリシア王国の女王ククリアで、そして魔王軍の4魔龍公爵でもあるって……そんなの訳が分からないぞ。
確かに魔王について詳しいのは、ククリアが実は紫魔龍公爵だからという事なら筋が通るのかもしれない。
でも、何で魔王軍の幹部がドリシア王国の女王をやってたりするんだ? って言うかそれって、兼任出来るような仕事なのか? むしろ絶対に、やっちゃいけない奴なんじゃ……。
「――今から、約10年以上も前の話になります」
ククリアは身構える俺を気にもせず。
独り言を呟くかのように、静かに語り始めた。
「その当時のボクは、まだ5歳でした。でも生まれながらに『共有』の能力を持っていましたので、一般的な5歳の子供と比べたら、遥かに多くの知識を持った大人びた子供だったと思います」
遠い昔を思い出している雰囲気だが、確かにその表情には、15歳とは思えない程の深みが感じられた。
下手をすると、実はもう何百年も生きていますと言われても不思議はない気がする。
「ある日、王宮の庭で遊んでいたボクは、木の裏に倒れていた1人の女性を見つけたのです。彼女の髪の色は紫色で、とても弱っている様子に見えました。何日も食事をしていないのか、体もやつれていて。そのまま放っておいたら、今にも死んでしまいそうな状態でした」
「紫色の髪だって? まさかその女性が、実は魔王軍の紫魔龍公爵だったりするのか?」
「ええ。まさにその通りなんです。ボクはたまたま生き倒れていた魔王軍の4魔龍公爵を王宮の庭で助けたのです。その事は王宮の誰にも伝えずに、ボクは彼女を自分の部屋に匿い、傷ついた彼女の看病をしました」
「誰にも伝えずに……って、何か特別な理由があったりでもしたのか? 魔王軍の幹部だから、大人達に伝えちゃいけないと思ったとか」
ククリアは首を小さく横に振った。
「……いいえ。その時は、その方がどんな人なのかはまだ知りませんでした。ただ体が衰弱していたので、何か訳ありの女性なのだと思ったのです。ボクの共有の能力は決して万能ではありません。出会った人の記憶が全てが知れるという訳でもありませんし、相性が悪ければ、何も分からないという事だってあります」
「それで、実際にその紫色の髪の女性を助けて。その人が実は魔王軍の4魔龍公爵だったと知って、君はどうしたんだ?」
俺は興味深げに、ククリアに尋ねてみる。
「彼女は自ら食事を断ち、力を極限まで弱める事で自害しようとしていました。この世界の謎を探る為に、世界中の謎を独自に調べていたようなのですが、志半ばで力尽きて、そこで果てようとしていたのです。そこにたまたま偶然、『共有』の能力を生まれながらにして持つボクと出会ったのです」
自害しようとしていたって……。仮にも魔王軍の4魔龍侯爵の立場にある人物が、どうしてそんな状態になっていたのだろう。
「最期に彼女はボクに提案をしてきました。自身の持っている『紫魔龍公爵』としての、記憶、知識、能力をボクに引き継ぎたいと……。その代わりに彼女が最後に達成したいと願っていた『悲願』を、ぜひ成し遂げて欲しいとお願いされたのです」
「悲願……? 魔王軍の4魔龍公爵が死ぬ間際の最後に望むものって、一体それは何なんだ?」
俺の質問に対して、ククリアは瞬きもせずに。じっと俺の目だけを見つめて返答をしてきた。
「……それは現在の魔王『冬馬このは』を、殺害して欲しいというものでした」
「えっ!? ちょ、ちょっと待った!」
思わず椅子から体制を崩して、ズリ落ちそうになったぞ。
「冬馬このは……って、それ絶対に日本人の名前だよな? 今の魔王は、元は日本人だというのか? しかも紫魔龍公爵の最後の願いが、自分のご主人であった魔王を殺害して欲しいって、どういう事なんだ?」
俺の慌てた様子は、最初から想定内といった感じで。ククリアは落ち着いた声で説明を続けてくれた。
「まずは順番を追って話していきましょう。紫魔龍公爵はボクが持つ共有の能力を知り、その能力をボクに委ねる事にしました。なのでボクはドリシア王国の女王ククリアという存在を維持しつつ、紫魔龍公爵が持つ記憶、知識、能力の一部を――死にゆく彼女から継承したのです。もちろんまだ未熟なボクは、彼女の持つ能力や記憶の全ては引き継げませんでした。だからボクはドリシア王国の女王ククリアでありながら、紫魔龍公爵の記憶の一部を引き継いだ、不完全な存在となったのです」
ええっと……それは、何だかややこしいな。
つまりは、こういう事か。
紫魔龍公爵は死ぬ前に、幼いククリアに自分の記憶や能力を継承させようとした。
でも、それは決して紫魔龍公爵と同化をしたとか、そういう訳ではなく。あくまでククリアという元の存在を維持しつつ、紫魔龍公爵の記憶を引き継ぐ存在になったという事なのだろう。
でもまだ幼いククリアは、その全てを完全に引き継ぐ事は出来ず。紫魔龍公爵の記憶や能力の一部だけを引き継ぐ、不完全な存在になったという事か。
「その話の通りなら、少しおかしな事にならないか? 今日、トロイヤの街を襲ってきたのは紫色の魔物達だったから、魔王軍の紫魔龍公爵に仕えていた魔物達なのだろう? 君は自分が統治をしている王国の街に、自分の部下の魔物達をけしかけたとでもいうのか?」
「ボクはたしかに紫魔龍公爵の記憶の一部を引き続きましたが、もう、魔王軍の幹部という訳ではないのです。『ボク』という存在は実質ククリアですので、紫魔龍公爵が管理をしていた魔物達を制御する事は出来ません。……ですので紫色の魔物達は統治者を失い、勝手に暴走をしてしまっているのが現状なのです」
「……そうか。という事はククリアはあくまでドリシア王国の女王として今は過ごしていて、魔王軍の紫魔龍公爵としての記憶を少し持ってはいるが、魔王軍に協力をしている訳ではないという事なんだな」
ククリアが、コクリと微笑みながら頷いてくれる。
正直、それが聞けてちょっと安心した。
俺もやっと警戒を解いて、少しだけリラックスした気持ちになれる。
だっていきなり、目の前に魔王軍の幹部がいるなんて聞かされたりでもしたら、こっちも対処に困るからな。
ククリアが紫魔龍公爵の記憶を例え一部でも持っているというのなら、これほど心強い事はないかもしれない。それは、俺達がずっと知りたかった『魔王』の事を詳しく知っている存在が、身近にいるという事なるんだからな。
「もし、ククリアが魔王軍の幹部としての記憶を持っているのなら、俺は魔王の事について色々と聞きたい事がある。魔王の名前はさっき、冬馬このはって言ったっけか? それは俺達と同じ異世界人で、しかも元は日本人だった……という事でいいんだよな?」
「そうですね。魔王様は今から約300年ほど前に日本からこの世界に召喚されて来ました。偶然かどうかは分かりませんが、その当時も魔王様を召喚したのはグランデイル王国でしたね。当時のグランデイル王国はいたって普通な王国でしたし。今のグランデイル王国の女王であるクルセイスのように、得体の知れない不気味な女王ではありませんでしたけどね」
ククリアは自身が持っている紫魔龍公爵の記憶から、色々な事を俺に話してくれた。
だがあくまでも継承したのは記憶の全てではなく、一部だけだ。もう少しククリアが成長をして、その能力を上昇させるような事があれば、もっと思い出せる事が増えるのかもしれない。
だけど今は、紫魔龍公爵が持っていた知識の全てを思い出せる訳ではないようだ。
現在の魔王は、約300年前にこの世界に召喚された日本人で『冬馬このは』という名前の女性である事。
その当時も俺達ほどではないが、複数の日本人が同時に召喚をされて。異世界の勇者としてグランデイル王国で、この世界の説明を受けた事。そしてその時、世界に存在していた当時の『魔王』を冬馬このはが倒した事。
冬馬このはの持つ能力は『動物園』の勇者で、強い戦闘能力を持つ動物達を無限に呼び出す事が出来る事。
魔王討伐後に、この世界の住人達から無実の罪を着せられ。仲間を全員殺されて。女神教徒達から逃げ回る生活を送っていた事。
そして女神教が、その一連の行動全てに深く関わっていて。暗躍していた事なども詳しく説明してくれた。
「……うーん。そもそも『魔王』という定義が俺にはまだ、イマイチよく分からないんだが。異世界の勇者は一体何をしたら『魔王』と呼ばれる存在になるんだ?」
女神教徒達は、異世界から召喚した勇者をどうしても魔王にしたいらしい。だとしたら、一体何をすれば勇者は『魔王』と呼ばれる存在になるのだろうか?
「召喚された勇者の誰もが『魔王』になれる訳ではありません。魔王になれるのは『無限の能力』を持つ勇者だけなのです」
「――無限の能力? たしか赤魔龍公爵もそんな事を言っていたな。それはどういった能力の事を指すんだ?」
ククリアは、少しだけ上を見上げて。
自身の脳内にある知識を呼び出すかのようにして、俺に話してくれた。
「無限の能力というのは、無限に何かを生み出す事が出来る――という能力の事です。この世界に限らず、全ての世界のモノは基本的には『有限』です。無限に何かを生み出せるという事は、世界の法則を乱しかねない『バグ』のようなものなのです」
「無限の能力は『バグ』だって……? それはどういう意味なんだ?」
「魔王様は無限に動物達をこの世界に呼び出す事が出来ました。もしそのまま動物を呼び出し続けたら、この世界は危険な動物達で埋め尽くされてしまうでしょう。コンビニの勇者殿の能力もそれと同じです。もしコンビニで商品を無限に発注し続けたら、この世界にはモノが溢れ返ってしまいます。……そういう世界のルールを破り得てしまう、上限が存在しない無制限な能力を持つ者を、『無限の能力』と呼んでいるのです」
俺がコンビニで商品を無限に発注し続けるとどうなるのか……か。
確かに、試した事はないけれど。
やろうと思えば出来なくはないな。コンビニの商品は事務所のパソコンで無限に発注出来るし、最近は俺の持つスマートウォッチでも遠隔操作でそれが行える。
例えばコンビニで、食料品や調味料を大量に発注し続けたとしたら……。
きっとこの世界には、コンビニの食料品が溢れ返ってしまうだろう。ティーナやザリルは俺の能力が世界中の貧困を救える、凄い能力なんだと言ってくれたけど。
上限を設けずに無限に発注をし続けたら、貧困を救うだけではなく、この世界の食料事情のルール全てを破壊してしまう事だって、出来てしまうかもしれない。
世界中の人々は畑で作物を作ったり、家畜を育てたりしなくても、ただコンビニさえ有れば食べ物を無限に手に入れられるような生活になる訳だしな。
「無限の能力を持つ勇者はレベルを上げ続ける事で、その能力を強化する事が出来ます。そして巨大な『固有空間』も作成する事が出来ます。ボク達、4魔龍公爵の存在がそうですが、『守護者』と呼ばれる無限の能力を持つ勇者を守る存在も生み出す事が出来るのです。そして最終的には、『不老』の力をも手に入れる事が出来ると言われています」
「『不老』の力だって? 無限の能力を持つ勇者は、いつかは不老不死になったりするって言うのか?」
ククリアは『それは違います』と、すぐに首を振って訂正してきた。
「不老不死ではありません。ただ『不老』になるだけなのです。例え魔王と言えども『死』を免れる事は出来ません。誰かに殺されてしまえば、呆気なく死んでしまうのです。……300年前にボク達4魔龍公爵と魔王様がこの世界に召喚され、当時の魔王を倒したようにです。例え不老の魔王であっても、誰かに殺されれば死んでしまうのです」
うーん、となるとだ。
女神教徒達は、異世界の勇者を召喚して魔王に育てあげたいというよりは……。
「女神教徒達は無限の能力を持つ勇者を探し出して、そいつをレベルアップさせ。『不老』の能力を持つ魔王の状態にまで成長させたい。そして魔王になった勇者を殺す事で得られる『何か』を回収したいという事なのか?」
「ええ。そうなります。当時、ボク達が以前の魔王を倒した時は、確かに魔王の体から『何か光るもの』が出てきたのを憶えてはいるんです。――ですが、それが元の世界に帰るのに必要なアイテムだと教えられていた魔王様とボク達は、それをまんまと当時のグランデイル王国の女王に渡してしまいました。女王はそれを使って、魔王様を元の世界に戻す儀式を行ってくれましたが……結果は失敗。魔王様は元の世界には戻れませんでした」
「その当時も、元の世界に戻れる事をエサにして、異世界の勇者を魔王と戦わせていたのかよ……」
「はい。今にして思うと、その光るアイテムは女神教徒達がずっと探し求めていたモノだったのでしょう。元の世界に戻れるようなアイテムなどではなくて、彼らがそれをどこかに持ち去ってしまったのは間違いないです」
ククリアは、ふぅ〜っといったん大きな深呼吸をする。
さっきからずっと喋りっぱなしだったからな。
俺は話してくれる情報の全てが新しいもので、最初からずっと夢中で聞き入ってしまっていたけれど。
まだ15歳の少女の体であるククリアは、少し疲れてしまったのかもしれない。
「そういえば、紫魔龍公爵の記憶を受け継いで、君はよくその事が周囲にバレずに過ごせていたな。その事は、誰にも話していなかったのだろう?」
「そうですね。突然、髪の色が紫色に変わってはしまいましたが――特に疑われはしませんでしたね。元々、『共有』の能力を持つ遺伝能力者として、ボクが特殊な存在として扱われていたからだと思います。成長をして能力による影響が体に出たのだろう……ぐらいにしか周囲の人々には思われませんでした。ボクのお母様にだって、ボクが紫魔龍公爵の記憶を一部引き継いでいる事実を、悟られた事は一度もありませんからね」
「そ、そうなのか……。遺伝能力者という存在自体が元々この世界では珍しいから、突然の変化があってもあまり目立たなかったという事なのか」
「ええ、そういう訳なんです」
ククリアがニコリと小さく笑う。
たったの5歳でそんなに複雑な知識を一気に手に入れてしまったんだ。決してそれは、精神的にも簡単な事だったとは思えないのだが……。
それだけ幼いククリアの精神力が強かったという事なのか。それとも、人知れない沢山の苦労が実はあったのかもしれないな。
「それで、ボクがコンビニの勇者殿にお会いしたかったという、本題のお話に戻ってもいいでしょうか?」
ククリアが改めて椅子の上で姿勢を正す。そして、俺にお願いをするようにその小さな頭を下げた。
「ドリシア王国の女王としてではなく、紫魔龍公爵の記憶を継承する者として、改めてコンビニの勇者殿にお願いをしたいのです。どうかボクが仕えていた魔王様――。冬馬このは様を、あなたの手で殺害して欲しいのです」
自分のご主人様であった魔王を殺して欲しいと頼むククリアの目は、真剣そのものだった。




