第六十八話 世界の叡智
目の前にいる、この小さな女の子がドリシア王国の女王だって?
俺の目の前には、紫色の煌びやかな衣装を着た小さな女の子が、一人で椅子に腰掛けている。
ここが普通の民家だからなのか、女王様が座る豪華な椅子って感じは全くしないな。
どこにでもあるような古い木製の小さな椅子の上に、ククリアはちょこんと腰を掛けて。こちらを観察するようにじっと見つめてきている。
この世界では唯一神である女神、アスティアという名前の神様を信仰している国が多いと聞いている。
その影響からか一部の例外を除いて、ほとんどの国では女王が国を統治しているらしい。
……にしても、流石にこれは若すぎじゃないのか?
普通に女子中学生くらいの年齢に見える女の子が、女王様をしていると言われてもなぁ。これでよく国が回せるもんだと、つい心配になってしまうくらいだ。
「どうやら、ボクの外見が想像よりもずっと幼い事が気になっているようですね。これでもボクの年齢は15歳ですし、立派な大人なんですよ。初対面の人には10代前半くらいに思われてしまう事も多いですけどね」
「15だって!? それは流石に若すぎないか? グランデイル王国の女王だって十分に若かったけど、15歳で一国の王が本当に務まるのかよ……」
「ふふ。ボクはお母様から順当に女王の位を世襲しただけなのです。ですから、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。ドリシア王国では、まだ若い年齢のうちに女王の座に就くという事はそんなに珍しくはないのです。前女王であるお母様のサポートもちゃんと受けられますしね。……あ、それとボクの事は気軽に『ククリア』と呼んでくれて良いですからね、コンビニの勇者殿」
ニッコリと子供のような笑みを浮かべながら、落ち着いて話しかけてくるククリア。
見た目はともかく。その態度や風格だけは、たしかに大人びて見えるな。なんていうかもの凄く、余裕のある感じがする。
「それで、俺と話をしたかったからこの国に呼び出したって話だったけど。ドリシア王国の女王様が、一体俺に何を話してくれるって言うんだ?」
俺はまず、掴みどころのないククリアに探りを入れてみる事にした。
たしかに、聞きたい事は本当に山ほどあるんだ。
その質問全てに、この目の前に座る小さな少女が答えてくれるのかは、まだ分からないけどな。
「その前に、まずはお礼を言わせて下さい。このトロイヤの街を襲った魔物達を撃退して下さり、本当にありがとうございます。コンビニの勇者殿が来てくださらなかったら、街の住民にはもっと多くの犠牲者が出ていた事でしょう。ドリシア王国の女王として、心から感謝をさせて頂きます」
ククリアはゆっくりと椅子から腰を上げると。その場で頭を大きく下げて深くお辞儀をした。
仮にも一国の女王様が、俺みたいな初対面の余所者に、こんなにも丁寧に礼を尽くしてくれている姿を見ると。逆にこっちが申し訳なく感じてしまう。
「……べ、別に俺が何かをしたって訳じゃないさ。他の異世界の勇者達が、今回は特に頑張ってくれたしな。礼ならそいつらの方に伝えてくれると助かる」
そんな俺の様子をマジマジと見つめながら、ククリアはクスクスと笑った。
「コンビニの勇者殿は、謙虚な心持ちをされているお方なのですね。では、改めて他の異世界の勇者様の方々にも、後でお礼を述べさせて頂くとしましょう」
俺がもぞもぞとしている姿を見て、ククリアは更に俺に関心を持ったようだった。
「さあ、コンビニの勇者殿。ボクはこれでもこの世界では『世界の叡智』などと呼ばれるくらいに、物知りな事で有名な女王なのです。この世界の事について、きっとボクに聞きたい事が沢山あるのではないでしょうか? もしボクで答えられる事なら何でもお答えをします。どうぞ好きなように質問して頂いて大丈夫ですよ」
そうだな。正直、聞きたい事は山ほどあるぞ。
何から聞いていいか迷うくらいなんだが。それを教えて貰う為にここまで来たのだから、ぜひ、聞かせて貰う事にしようじゃないか。
「分かった。なら聞きたい事は全部聞かせて貰おう。俺の知りたい事を君が全て答えられるのなら、だけどな」
「ボクが知っている範囲内の事で、コンビニの勇者殿の聞きたい事にちゃんと答えられれば良いのですが……。さあ、何でも好きに聞いて頂いて構わないですよ」
よーし。
そうしたら、まずはだな……。
「まずはこの世界に存在する『魔王』の事についてを詳しく知りたい。この世界で魔物を操り、人々を苦しめている魔王と呼ばれている存在は……元々はこの世界に召喚されてきた異世界の勇者という事で良いのか?」
「それについては、コンビニの勇者殿はもう答えを知っているはずです。現在の魔王に仕える4魔龍公爵の1人。赤魔龍公爵と戦った際に、直接本人からその事を聞いているはずです」
「……ん、どうしてその事を? もしかして君は、人の記憶の中を覗き見る事が出来たりするのか?」
俺の問いかけに、ククリアは少しだけ首を左右に小さく振った。
「いいえ、少し違います。実はボクは『遺伝能力』を持つ能力者なのです。ボクの所有する能力は、『共有』と言います。それは、ボクがこれまで出会った人々の経験してきた記憶の断片を……少しだけ自分の物として共有する事が出来るのものなのです。もちろん全てではないですが、コンビニの勇者殿が今までにこの世界で経験してきた事を、ほんの少しだけ知る事が出来ました」
「『共有』の遺伝能力だって? なるほど。君が人よりも多くの知識を持っているというのは、出会った人々の記憶を共有をする事が出来るからという訳なのか。だとすると俺に会いたいと言うのも、俺の経験や知識を共有して、君の持つ知識量を増やす事が出来るから……というのが理由なのか?」
俺の問いかけに、ククリアは少しだけニコリと笑ってみせた。
「たしかにそれも少しありますね。ボクは人と出会うたびに自分の知識をより深める事が出来ます。ましてコンビニの勇者殿のように、この世界の普通の人間では決して経験する事の出来ない、貴重な体験をしてきた方と出会えた時には、ボクはより多くの知識を吸収して、自分の持つ知識を深める事が出来るでしょう」
俺が訝しげな表情をしていたのを、察したらしい。ククリアは説明をするように話しかけてきた。
「もちろん、一方的にコンビニの勇者殿の持つ知識を共有する為にお会いしたかった訳ではありません。ボクはボクの知りたかった事を、あなたとお会いする事でより補完する事が出来ました。この世界は本当に謎だらけですからね。このボクをもってしても、分からない事はまだまだ山のようにあるという訳なのです」
ククリアが年相応のあどけない表情で笑ってみせる。
共有の能力を持つククリアでも、分からない事だらけなんて言われてしまったら……。
この俺なんて、この世界の事を5%も理解出来ているかどうか怪しいくらいだぞ。
「コンビニの勇者殿。ボクも一方的に知識を得たいと思ってあなたにお会いした訳ではありません。ボクの知っている知識は、コンビニの勇者殿に何でもお伝えをしましょう。先程の質問ですが、この世界に存在する魔王は、過去にこの世界に召喚された異世界の勇者である、という事は間違いのない事実です」
「……だとしたら、俺の疑問は2つある。まず1つはこの世界に召喚された勇者はどうして魔王になってしまうんだ? その理由が知りたい。そしてもう1つは、いずれ魔王になってしまう危険な存在でもある異世界の勇者を、何でわざわざ召喚したりするんだ? それは結局は諸刃の剣になるはずだ。だって最終的には呼び出した勇者は、魔王になってしまう可能性があるのだろう?」
「その質問には前提として、この世界のほとんどの人々が『真実』を知らされていないという問題が先にあります。ボクも魔王が元異世界の勇者であるという事を知ってはいますが……。その事実をドリシア王国の国民には伝えてはいません。他国の王や、この世界のほとんどの人々もその事は知らないでしょう。この世界の人々は、良くも悪くも女神教の教えに忠実なのです。異世界の勇者様は魔王を倒してくれる、伝説の英雄なのだと心から信じているのです」
それは確か、ティーナも言っていたな。
実は魔王の正体が異世界の勇者の成れの果てなんだ、という事が書かれていた古い書物は……。現在は全て禁書扱いになっていて。そのほとんどが処分され、もう読む事が出来なくなっていると言っていた。
「……って事は、この世界の人々は真実を知らずに、異世界の勇者を大昔から召喚し続けているって事なのか? それとも、そうなるように誘導している奴等が、裏にいたりするのか?」
「おそらくはその両方でしょう。実際に異世界の勇者を召喚する儀式は各国で行われていましたが、真実を知らずに儀式を行っている国は多いと思います。そして真実を全て知っていて、そう誘導しようとしている存在はたしかにいます。この世界の唯一神である、女神『アスティア』を崇拝する女神教徒達の存在です。彼らは世界中に存在していて、異世界の勇者信仰も、彼らが熱心に教会で布教をして作り上げているのです」
そうか、となるとだ……。
この世界のほとんどの人は、真実を知らずに魔王を倒してくれる異世界の勇者を英雄だと信じ敬っている。
そしてそれは、実は真実を知っている『女神教』とかいう謎の連中が影から操っているという訳なのか。
「その女神崇拝をしている連中は、一体何が目的で動いているんだ? 真実をみんなに知らせないで、そいつらに何か得でもあったりするのか?」
「その答えは、先程のコンビニの勇者殿の質問の中にも関わりがあります。この世界に召喚をされた異世界の勇者が、一体なぜ……魔王になってしまうのかという1つ目の質問です」
ククリアはいったん言葉を止めて。
俺の目を真っ直ぐに見つめ直して、説明してくれた。
「おそらく女神教を崇拝する人々の中には、異世界の勇者を、必ず魔王にしたいという強い目的があるのでしょう。そして魔王となった勇者を殺害し、そこから得られる『何か』を集めている、というのが彼らの真の目的のようなのです」
「魔王を殺して何かを集めている? 一体それは何なんだ、ククリアは知っているのか?」
「それが何なのかは、ボクにもまだ正確には分かっていません。おおよその推定はしているのですが、確信がないのです。……ですが、それを手に入れる為に異世界の勇者を魔王に育てる必要が彼らにはあるようです。彼らはその為にあらゆる手段を使って、異世界の勇者を追い詰めていきます。この世界の歴史では秘密とされている、異世界の勇者が魔王を倒した後の『その後』のお話に関わってくる部分ですね」
「召喚された異世界の勇者が魔王を倒した後の、その後の話ってやつか? たしか不思議なくらいに、その後の詳細については誰も知らないんだったよな」
「そうです。歴史の文献からは、その事についての一切の記録が抹消されてしまっています。おそらく女神教徒達は、異世界の勇者が魔王になるように、執拗に追い詰めていったのでしょう。例えば、ありもしない罪をきせたり、その仲間や恋人、あるいは家族を人質として捕らえて、見せしめに残虐な拷問を加えたりしたのだと思います」
「それは、本当なのか……? もしそうなら、めちゃくちゃ最低な奴らじゃないかよ」
話を聞いていて、思わずゾッとしてしまう。
もしそれが本当なら、仮に俺が今の魔王を倒してこの世界に平和をもたらしたとしても――。俺はその後で、女神教の連中に魔王になるようにと執拗に追い回される事になるっていうのか。
それも、精神的に追い詰めてくるってのがヤバい。
以前に俺がグランデイル王国を追放されたように、ありもしない罪を勝手にでっち上げられたりするのかもしれない。
あの勇者は実は邪悪な存在だったとか、この世の全ての悪の元凶は、全部あの勇者のせいだったんだとか。
しかも、もしかしたら俺の仲間のクラスメイト達や、この世界で深く関わった人物――。例えばティーナや壁外区でお世話になった人達が、連中にみせしめとして捕えられて。残虐な拷問を加えられて殺されたりでもしたら……。
確かにこの俺でも闇堕ちしかねないと思う。
それこそ、復讐鬼に成り果てるかもしれないぞ。
そういえば赤魔龍公爵は、俺に『君は何も知らないんだね』といった感じの事を言ってきたけれど。つまりは、そういう事だったのかよ。
少なくとも俺は、俺の大切なティーナに危害を加えるような連中を、絶対に許す事は出来ないだろうからな。
下手をすると、この世界の全てが許せない――って気持ちになる事だって十分にあり得るかもしれない。
「魔王はこの世界の住人全てに深い恨みをもっているって訳なのか。何だか、それだと俺達が真に倒すべきなのは魔王じゃなくて女神教の連中のような気がするな」
ククリアが遠い過去を見つめるような、大人びた表情をした。もしかしたらその事について、何か思う事があったのかもしれない。
「……この世界では、唯一神アスティアを崇拝する女神信仰は人々の生活に古くから根付いています。それこそ数千年以上も前からこの世界に存在している宗教なのです。それだけに世界中のあちこちに、特に各国の王族にまで強い影響力を持っています。どれだけの人間が、その裏の深い部分にまで関わっているのかは不明ですが」
「分かった。つまりこの世界では、大昔から女神を信仰する宗教が存在していて。その女神教徒の中には、異世界から勇者を召喚して魔王に育てあげようと画策している連中がいる。そしてそいつらの目的は魔王を殺して、その後に得られる『何か』を手に入れる事のようだが、それが何なのかまではまだよく分かっていない」
過去の話を聞いてまとめた俺の説明を、ククリアはうんうんと頷きながら肯定してくれた。
「そして女神教の連中は、人々にその真実を隠そうと、あらゆる歴史の文献などを改竄して現在に至っていると言う訳なんだな?」
「そうなのです。女神を信仰する者達が、いかに歴史の中で異世界の勇者を貶めてきたのか……。その罪深さは、本当に計り知れません」
今度、魔王と直接話せる機会があるのなら、俺はぜひ話し合いをしたいくらいだな。
ククリアの話を聞く限り、魔王と争っても何も得はない。それどころか、かえって女神教を信仰して暗躍している連中を喜ばせてしまうだけのような気がする。
「……なあ、無理だとは思うが、何とか今の魔王と話し合えるような機会は作れないかな? 俺達には共通の敵がいる以上、互いに戦っていても何も得はないと思うんだ。元は異世界の勇者だったって言うのなら、きっと話せば魔王とも分かり合えるような気もするんだが」
「そうですね。でも、それは少し難しいでしょう。今の魔王様はもう長いこと意識がありません。現在はその能力が勝手に暴走をして、魔物達が自動的に作られてしまっている状態なのです。4魔龍公爵達も、今はそれぞれ勝手に判断をして行動をしてしまっているので、魔王軍の指揮系統は既に無いも同じです。だから魔王様と話し合いをするという事は不可能でしょう」
「そうなのか。魔王との話し合いは難しいのか……って、アレ?」
――ん?
今、何か少しだけおかしくなかったか?
ククリアは今、魔王の事を……。
「ボクが魔王の事を『魔王様』と、敬称で呼んだ事が不思議なようですね?」
ククリアは俺の言わんとする事を先に察して、クスクスと笑い始めた。
「そ、そうだよ……! まるで君は魔王と昔からの知り合いかのように話していたけど、それは一体どういう事なんだ?」
ククリアはその幼い表情でニッコリと笑いながら。
顔色1つ変えずに、俺にこう答えてきた。
「だってボクは、魔王軍に所属する4魔龍公爵の1人、『紫魔龍公爵』なのです。だから魔王様の事について詳しいのは、当然なのですよ」