第六十六話 ドリシア王国での戦い
「彼方く〜ん、どうしょう〜!! ドリシア王国の街が魔物達に襲われているよ〜!」
「分かってる、急いで助けに行こう!!」
ドリシア王国の国境付近は、大きな山々に囲まれている。
その大きな山を越えた所にある、周囲を高い壁に囲まれている街が今、物凄い数の魔物達によって襲撃を受けていた。
国境付近の街は、グランデイル王国やカディナの城塞都市ほどの巨大さがある訳ではない。
それでも遠目で見た感じだと、東京ドーム20個分くらいの広さはありそうだ。街の周囲には魔物対策用の防御壁がぐるりと街全体を囲っている。
しかし魔物達は、その防御壁を平気で飛び越えて。既に街の中深くにまで、侵入しているようだった。
「敵はどうやら、小型の猿の形をした魔物達みたいだな。かなりジャンプ力のある魔物のようだし、街を囲う防御壁を飛び越えて中に侵入してしまっているらしい。外見の色が紫色をしているって事は、この前コンビニを襲って来た紫色のガーゴイルの集団と同じで、魔王軍の4魔龍公爵に仕えている部隊なのかもしれないぞ」
魔王に仕える4魔龍公爵達は、その配下の魔物達をそれぞれ色分けをして管理していると聞いている。
最初に俺とアイリーンが倒した赤魔龍公爵は『赤色』。
ついこの前、コンビニの内部に侵入してきて。『緑色』のゾンビ軍団を地下に放ってきたのは緑魔龍公爵の配下の魔物達だ。
そして、今ドリシア王国の国境付近の街を襲っているのは紫色の魔物達だから――。
以前空を飛んで襲って来たガーゴイル達と合わせて、『紫色』の魔物達を束ねる4魔龍公爵も、きっとどこかにはいるんだろうな。
そいつが今回街の近くにまで直接来ているのか、それとも魔物達だけが街を襲ってきているのかは、まだ不明だ。
「彼方くん、魔物達に街が襲われているんですって? なら私達が先行して街の人達を助けに行くわ!」
「えっ、小笠原達が……?」
コンビニの屋上から、3人娘達がドタドタと慌ただしく降りて来た。
ぬいぐるみの勇者の小笠原麻衣子が、声を強めて俺に訴えててくる。
「コンビニ戦車でゆっくり進んでいたら、その間に街の人達が魔物に襲われて、どんどん犠牲者が増えてしまうかもしれないわ! 早く助けに行ってあげないと!」
「そうよ、そうよー! 地下の駐車場にはたしか、装甲車が数台置いてあったでしょう? アレで先行して、私達だけでも先に街に駆けつければ、助けられる人が増えるかもしれないし!」
「今は、一分一秒を争うわ……。彼方くん、お願い! 私達だけでも先に街に行かせて欲しいのッ!」
3人娘達に、真剣に頼み込まれる俺。
3人の言っている事は確かに間違っていない。
街の人達の犠牲を少なくする為には、こちらから先に出撃して、早めに救出に行くべきだろう。本当は俺がそれをみんなに伝えて、ティーナやアイリーンと一緒に。街に先行して向かおうと思っていた所だった。
3人娘達に真剣に頼まれた俺は、悩みながらも決断を下す事にする。
「――よし、分かった! 先に3人だけで街の人達の救出に向かってくれ! 俺達もコンビニ戦車ですぐに後から駆けつけるから!」
俺の許可を貰った3人の顔が、一斉に明るくなる。
そして――。
『『ありがとう、彼方くん大好きーー!!』』
”むぎゅう〜!”
”むぎゅう〜!”
”むぎゅう〜!”
3人娘にお礼を言われ、順番にハグされていく俺。
……うん。分かっていると思うけど、これは全部不可抗力だからな。俺は完全に無実だ。
だって3人が勝手に俺に抱きついてきたんだし、防ぎようもなかったからな。
3人娘達はエレベーターを呼び寄せて。そのまま駆けるようにして地下に降下していった。
その様子を、俺がぼ〜っと後ろから眺めていると。
「……オホン! 彼方様!! 何をデレデレとされているんですか?」
ティーナが俺の腰をつねるようにして、つついてくる。
「えっ、ティーナさん……? 俺、全然デレデレなんかしてないよ!? だって今のは俺、完全に無実だし……」
「どうかな〜? 彼方くん、今、顎の下がもの凄〜く伸びていたような気がしたけどなぁ〜!」
ティーナに続いて、玉木まで参戦して俺を責め立ててきた。
「何で顎の下が伸びるんだよ。それを言うなら『鼻の下』が伸びるだろう! 顎の下が伸びたりなんかしたら、物理的におかしな事になるぞ」
「そうなの〜? じゃあ代わりに下半身の辺りが伸びてたりしたんじゃないの〜?」
「……ば、バカな事を言うなよ。そんな訳ないじゃないか!」
ティーナと玉木の2人に対して、俺は反論試みるが。
まぁ、今回はこっちの方が分が悪いよなぁ。でへへと鼻の下を少しだけ伸ばしていたのは事実だし。
いや、俺はただあの3人娘達が、まさかこんな風に成長をするとは思わなかったから。つい嬉しくなって、感慨深くなっていたただけなんだぞ。
だってあのカフェ巡りにしか興味の無かった3人が、人助けをしたいと率先して行動を起こしているんだし。そう、これはある種の親心みたいなものなんだよ。娘達の成長に感心をして、その旅立ちを見守っていただけなんだからな。
「――彼方くん! 私達、今から出発します!!」
地下5階の駐車場にある装甲車の中から、本部であるコンビニの事務所のパソコンに映像通信が送られてきた。
「よし! 3人娘達、スクランブル発進だ!! みんな気をつけて行ってくれよ! 敵は魔物だけなのか、背後に大物が控えているのかまだ判断が出来ない。くれぐれも慎重に行動をするように!」
『『――了解!!!――』』
コンビニ戦車から先行して、3人娘達を乗せた装甲車が急発進していった。
キャタピラーのついたコンビニより。装甲車の方がそのスピードはかなり速い。おそらくあっという間に、魔物達に襲われている街の中に辿り着けるだろう。
でも何だかますます俺のコンビニは、航空母艦みたいな感じになっちゃったな。まあ、敵と戦える勇者が俺以外にも増えたのはいい事なんだけど。
「おい、彼方ーっ!! 俺達も戦闘に参加をさせてくれよ! 3人だけ先に行かせるなんて、ずるいじゃないか!」
今度は桂木と、藤堂、北川の男3人組が、揃って俺に詰め寄ってきた。
この3人は女性メンバーが多いコンビニの中では珍しく。俺以外でここに所属している、数少ない男の勇者達だ。
どうやら3人娘達が急激なレベルアップをしたので、自分達も負けられないと焦っているらしいな。
「いやいや……3人娘達は強いから先に行かせたけど。お前らはレベルが低いから、コンビニの外に出たら危ないだろう? だからまだ、ここで大人しく待っていてくれよ」
「そんな〜、彼方ぁ〜〜! 頼むよ〜! あの3人だけ強くなって、俺らは置いてきぼりなんてあんまりだよ〜! 敵と戦わないと成長出来ないのなら、俺達にだって魔物と戦うチャンスをくれよ!」
「うーん、そうは言ってもなあ……」
男3人軍団が言いたい事も少しは分かるんだ。
元の世界には戻れず。これからは、この世界で強く生きていく必要性がある以上……。自分の身は自分で守れるくらいに強くなっていた方が良い。
桂木のように裁縫に優れた能力があったとしても、魔物や敵と戦えない以上、誰かにずっと守って貰わないといけないからな。
それに比べると3人娘達は、自身の能力だけで魔物や自分達の身に迫る危険を、退けられる力をもう身に付けている。
あんな凄い能力を見せつけられたら、他のみんな――特にこの男3人軍団なんかは、俺達も早く……と、焦らずにはいられないだろう。
「なぁ彼方ぁ! 頼むよー! 俺達にもレベルアップのチャンスを与えてくれよー!」
「桂木、お前達の言いたい事はよく分かる。だが、今回はやめておこう。魔物との戦いは遊びじゃないんだ。RPGゲームと同じような感覚で、敵を倒して簡単にレベルアップ! という訳にはいかないからさ。俺はまだ、レベルの低いみんなの命を危険には晒したくないんだよ」
俺は諭すように、男3人軍団全員を説得する。
すまん。気持ちはよく分かるけど、今はダメなんだ。
それに俺だって最初の頃は焦ったさ。
何も攻撃手段のないコンビニの中で、消火器をぶちまけたりして、何とか凶暴な魔物達と戦ったりしてきたんだからな。
「……ならせめて、コンビニの装甲車で出撃しても良いかな? 安全な装甲車の中にいて。絶対に外には出ないようにするからさ。街の外にいる魔物達と戦って、少しでも敵の数を減らすのに協力したいんだよ」
桂木が俺にそう提案をしてきた。
うーん、装甲車の中からか……。
たしかに鋼鉄の車の中から外に出なければ、安全かもしれないな。
地下駐車場には現在、装甲車が2台、戦車が2台ずつ格納されている。
そのうち装甲車1台は、すでに3人娘達が乗って。
街に向かって出撃してしまっている。
「――店長。ならば私も一緒に出撃をしますので、彼らにもチャンスを与えてあげてはいかがでしょうか?」
男3人軍団に救いの手を差し伸べたのはなんと、エレベーターから出てきた、アイリーンだった。
「アイリーン! 良かった、しばらくぶりだな! 地下でレイチェルさんとずっと話し合いをしていたみたいだけど、もう大丈夫なのか?」
「ハイ! 店長、私はもう大丈夫です! ちゃんと地下階層全ての雑巾がけも終えましたし……じゃなくて。コンビニホテルのレイチェル様とも、しっかりと打ち合わせをして、全てを終えてきましたから」
コンビニを守護する青髪の青い女騎士が、いつも通りの爽やかな笑顔を俺に見せてくれた。
そうか。あの広い地下のスペースを、アイリーン1人で全て雑巾がけをしていたのかよ……。
お前も色々と大変なんだな、アイリーン。
うん、うん。後で好きなだけ好物の鮭弁当を食べさせてあげるからな。
「……ど、どうしたんですか、店長。そんな残業300時間越えの、可哀想な残業戦士を見るような目で、私を見つめないで下さい」
「い、いや……。流石にそこまでは思ってなかったけどさ。でも実際そうなのか? アイリーンの残業って、実は300時間を超えてたりするのか? もしそうなら、少しは休暇をとってくれてもいいんだけど」
アイリーンは一瞬しまった……! という表情をしたが。
慌てて口を両手で覆い、赤面した顔を隠す。
そしてすぐに真面目な顔つきに戻すと、普段通りに俺に話しかけてきた。
「私が御三方をお守りするので、大丈夫ですよ。レイチェル様にも、店長のご友人の方々をぜひ、応援してあげて下さいと言われていますので……!」
レイチェルさんが、そう言っているのなら……まあ、良いかな。それに街の中に侵入した魔物達は3人娘に任せるとしても。街の外にいる魔物達も撃退をしないといけないだろう。
だから、うちの最大戦力であるアイリーンを戦場に送り込む必要はあると思う。
それにもしも、魔王軍の4魔龍公爵みたいなのが、いきなり出て来たら大変だしな。
「――分かった。その代わり桂木達は、装甲車から外に出る事は禁止だからな。装甲車についてるミニガトリングショック砲だけで、魔物達と戦ってくれ!」
俺はしぶしぶ、男3人軍団にもGOサインを出す事にする。
「サンキュー、彼方! 俺達、頑張ってくるよ!! 小笠原達には絶対に負けないから、任せてくれよ!」
桂木、藤堂、北川の3人は、喜んでエレベーターの中へと入っていく。その3人の後をついて行くように、アイリーンもエレベーターの中に乗り込んだ。
「まったく、みんなしてコンビニの外に出たがって……。基本俺のコンビニは、防御がメインなんだからな。安全な場所にこもって。敵が油断した所を襲って、漁夫の利を得るのがコンビニの勇者の基本戦略なのに……」
「うわ〜! 彼方くん、何かそれすっごく最低な事言ってるように、私には聞こえるんだけど〜!」
玉木がジト目で俺を見つめてきた。
「何を言ってんだよ。そうやって賢く生き延びてきたからこそ、今のコンビニの進化があるんだぞ! まずは身の安全を確保する事。それがこの世界では一番大事なんだからな」
「――彼方様、とっても素敵です!!」
パチパチパチと、ティーナが盛大に拍手をしてくれる。
うん。賛同者は俺の嫁だけみたいだな。
まあ、ティーナと俺はまさにコンビニの中に隠れて、これまで、一緒に生き延びてきた戦友のようなものだ。
何も戦う能力の無いコンビニの中で。
盗賊達から身を隠して、店内に潜んでいた頃が懐かしいぜ。
魔王の谷の底でも1ヶ月近く、俺とティーナはコンビニの地下シェルターき隠れて生き延びてきたからな。お互いの信頼感は、誰よりも強いのは間違いないぜ。
それなのに最近の若い者ときたら、全く……。
危険な敵の正面に飛び出すような、無謀な事ばかりしようとしてからに……。ぶつぶつ、ぶつぶつ。
……あれ? もしかして俺って、老害みたいになってるかな? ヤバっ! ちゃんと俺は新規の若者にもチャンスを回してるんだから、老害認定だけはしないでくれよな!
『彼方ーー!! 俺達も出撃するぞーー!!』
事務所のパソコンのモニターに、桂木達の映像が映った。
そのすぐ後ろには、アイリーンの姿も映っている。
「ああ、分かった! くれぐれも無茶はするなよー! アイリーン、みんなをちゃんと守ってあげてくれよな!」
「――ハイ、店長! 私にお任せ下さい!」
アイリーンがモニターの映像の中で、俺に敬礼をしてくる。
コンビニ戦車の地下駐車場から、もう一台の装甲車が飛び出すようにして出撃していった。
アイリーンと、その他3人の組み合わせてって所かな。
正直に言ってアイリーン以外のメンバーは戦力にはならないだろうけど……。まあ、少しでも実戦の経験を味わっておく事は大切なのかもしれない。
「……彼方様、私達はどうしますか?」
ティーナが俺に尋ねてきた。
「うーん、そうだな。コンビニ戦車を運転してこのまま街に近づきつつ、ドローンを遠隔操作してみんなの支援に回るって所かな? レイチェルさんにも連絡を取って、コンビニガード100体の出撃準備も整えておこう。街に着いたらすぐに出撃させられるようにしておきたいからな」
「分かりました、レイチェルさんにもすぐに連絡を取りますね!」
ティーナが手際良くパソコンを操作して。
コンビニホテルのレイチェルさんに、チャットとメールで連絡を取る。
これでコンビニに残っているのは、『料理人』の琴美さくらと、『クレーンゲーム』の秋山早苗だけか。
あの2人は基本、内向的な性格だから戦闘には向かない感じだしな。
みんなの料理を、ホテルで作ってくれているさくらはともかく……。秋山の方は、自室に篭ってクレーンゲームで遊んでばかりだしな。あいつをレベルアップさせるのは、かなり難しそうだよな。
秋山は、グランデイル王国の城下街にいた時も、基本はほとんど宿屋に篭っていて。ずっと外の世界と交流をせずにいたらしい……。
「まあ、その辺はレイチェルさんにお願いをするしかないかな。レイチェルさんは面倒見が良いから、クラスのみんなの事を気にかけてくれているみたいだし」
俺は引き篭もりの秋山の事を心配しつつも。
今は、目の前で起きている事態に対処する事に専念をする事にする。
コンビニが持つ全てのドローン部隊も、緊急スクランブル発進だ。
街を襲っている魔物達を撃退する為に。俺は全ての空中ドローンを操作して、魔物達に空から攻撃を加えていく。
こうして、俺達がコンビニの中でドタバタとしている間にも――。
既に先行している3人娘達は、ドリシア王国の街の中で大暴れをしていたようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お母さーーん!! 誰か助けてーー!!」
街の大通りで、足を怪我した母親のそばに寄り添っている小さな子供が、大声で助けを呼んでいる。
……だが、誰も助けには来てくれない。当然だろう。
街の人々は、魔物達から逃れる為に、みんなそれぞれ自分の家に逃げ込んで、家の扉を固く閉ざしてしまっている。
魔物達が溢れている大通りに、わざわざ命の危険を晒してまで。自ら飛び出してくるような者は誰もいないだろう……。
だから、可哀想だがこの親子はもう助からない。
だってここにはもう、自分の命をかけて。助けに来てくれるような勇者は誰もいないのだから――。
そんな身動きの取れなくなった親子を、街に侵入した紫色の猿達が見つけてしまう。
2、3匹の紫色の猿達が鋭い爪を剥き出しにして。一斉に親子に襲い掛かろうと迫ってきた。
「きゃあああああああああーーーっ!!!」
母親に寄り添う、小さな子供が悲鳴を上げた。
すると……。
”ズシーーーーーーン!!!”
紫色の猿達が、『巨大な何か』によって踏み潰される。
子供が顔を上げると……。
そこには、全長10メートルを超える、『巨大な茶色いクマ』が立っていた。
巨大なクマの足が、親子に襲いかかる猿達を全て踏み潰したのである。
しかし、どうやらそれは本物のクマではないらしい。
それらやけにもふもふとした、柔らかい毛に覆われていて。とても可愛らしい顔つきと姿をした、巨大なクマのぬいぐるみだった。
「――大丈夫、怪我はない?」
巨大なクマの肩に乗っている、1人の女性が声をかけてきた。
子供が周囲を見渡すと。通りには身長1メートルほどの可愛らしい茶色いクマの兵隊達がわんさかと集まってきていて、親子を守るようにして周囲の守りを固めてくれている。
「お、お母さんが怪我をして歩けないのっ!! どうか、お願いです、私達を助けて下さい!!」
巨大なクマの上に乗っている女性は、親子を見つめると、
「分かったわ! 私がお母さんを運んであげるから、もう大丈夫。安心してね!」
と、笑顔で優しくそう答えてくれた。
「ありがとうーーっ!! でも、お姉ちゃんは一体、誰なの?」
母親の手を握りながら、小さな子供が不思議そうにそう尋ねると……。
「私の名前は――小笠原麻衣子よ。異世界から、この世界の人々を救い出す為にやって来た『ぬいぐるみ』の勇者よ――!」