第六十四話 2人目の4魔龍公爵
「あれぇ……おっかしいなぁ。他の階に放った、あたしの可愛いゾンビ達の数が減少しているんだけど……」
コンビニの地下階層の最深部。
地下5階層の駐車場エリアに潜んでいる、魔王軍の幹部――緑魔龍公爵は、目を閉じながら現在の状況を不審に思っていた。
見た目は、ごく普通の小さな黒髪の女の子だ。
深緑色の大きなマントと衣服でその小さな体を包み。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持っている、幼くて可愛らしい外見をした少女。
……だが、例え外見は小さな女の子だとしても。
彼女は魔王軍を統率する、4魔龍公爵の1人である。
緑色の魔物達を統率する彼女は、自動増殖をする『ゾンビ』が、特にお気に入りだった。
このゾンビ達さえいれば、大都市や大きな要塞でさえも。ほぼ壊滅状態に追い込む事が出来る。憎き人間どもが蔓延る外の世界を、簡単に破滅させる事だって可能だろう。
本当は、この自慢の自家製ゾンビ達を世界中に解き放ち。人間領の国々や、そこに住む人々をパニックに陥れて楽しみたいと彼女は願っている。
……だが、どうしても魔王軍のリーダーである黒魔龍公爵の許可が貰えないでいた。
だから緑魔龍公爵は、自慢のゾンビ達を自由に戦場では使えずにいる。
それが今回は、敵の異世界の勇者の固有空間の、内部への侵攻が許可されたのだ。
だから彼女は思う存分に、自慢のゾンビ達をコンビニの地下階層に解き放つ事が出来てご満悦だった。
にも関わらず――。
戦況は思っていたよりも、良い方向には向かっていないようだ。
地下3階層に放ったゾンビ達は、一番人数が多かったにも関わらず。その数がどんどん減少に転じている。
このままだと自動増殖のペースよりも、減少するペースの方が遥かに早いので。ゾンビ達が敵に殲滅されてしまうのは時間の問題だろう。地下3階には、戦闘が出来そうな敵はいなかったはずなのに……。この結果は、緑魔龍公爵にとって全くの予想外だった。
地下2階にもわずかに放っておいたゾンビ達は、増殖をする前に、全て敵に殲滅させられている。
メインのこの地下5階層に放ったゾンビ達は、敵の機械兵達を全滅させたまでは良いが――。その後、もの凄い勢いで減少に転じている。
まだ何も被害を受けていないのは、地下4階層のゾンビ達だけだ。
このペースだと、自分がいるこの地下5階層のゾンビ達もあっという間に全滅させられてしまうだろう。
そしてこれだけの速さでこの地下5階層のゾンビ達が消されてしまうという事は……。
それはおそらく――『アイツ』がここに来ているからに違いない。
そう、地下2階層でこの固有空間に潜入をした自分の存在にいち早く気付き。素早く攻撃を加えてきた人物。
緑魔龍公爵は今回、赤魔龍公爵を倒したという異世界の勇者の様子を探りに来ていた。
それが……いざ来てみると。魔王様と同じように、固有空間が作成出来るほどの勇者に成長していた事に驚かされた。しかもその規模はかなり大きい。
既に一つの街を形成するくらいに、巨大な規模の固有空間を地下に作り上げている。このペースだと……やがて巨大な地下帝国が作り上げられてしまうのは時間の問題だろう。
これからはまるでアリの巣のように、この地下空間はどんどん拡大してしまうのだ。
成長した異世界の勇者は、自身の能力に応じて固有空間を作成する事が出来る。
その空間の中には、異世界の勇者を守る守護者達が必ず存在をしている。
おそらく、地下2階層で自分に攻撃を加えてきたあの灰色の服の女は、この空間の中にいる守護者達を束ねるリーダーなのであろう。……でなければあれだけ早く、ここに侵入をした自分の存在に気付けるはずがない。
それだけの実力を持った守護者が――今、この地下5階層に直接降りて来ている。
まあ、それは当然の事だ。
固有空間内の異物を排除するのが守護者の本来の役割なのだ。自分自身も『守護者』として。魔王様の持つ固有空間を守護する立場であるから、それはよく分かっている。
緑魔龍公爵は、自身の元に近づいて来る敵の気配に気付き……大きく深呼吸をした。
「……とうとう来たわね。全く忌々しいわ。守護者同士の戦いだなんて、本当にどれくらいぶりかしら? あたしは別に平気なんだけどねー。でも可愛いゾンビ達を全滅させた事だけは許せないわ。だから、軽くお手並みを拝見させて貰おうかしらねー」
緑魔龍公爵の立つ、地下駐車場の中心部に――。
カツ、カツ……と、ヒールで地面を踏み込む足音が聞こえてくる。
それは灰色の帽子に灰色の制服を着た、ピンク髪の清楚な物腰の女性が、地下駐車場の床をハイヒールで踏み締める音だ。
そう――。コンビニホテルの支配人であるレイチェル・ノアが、魔王軍の4魔龍公爵の1人。緑魔龍公爵の目の前にその姿を現したのである。
「コンビニの地下に侵入をした異物はあなたですね? 申し訳ありませんが当ホテルには現在、総支配人様のご友人の方々が滞在をされています。ホテルの平穏を妨げる異分子は、強制的に排除をさせて頂きます」
「はっはー! 何ソレーー!? 固有空間の中でホテルごっこでもして遊んでいるわけー? 面白い事をしているのねー! あなたが仕えている異世界の勇者さんはーー!!」
中学生くらいの背丈しかない、緑魔龍公爵がケラケラと腹を抱えて笑う。
それに対して、レイチェルは表情を全く変えずに、穏やかな顔つきのままで丁寧に受け応えをする。
「……それでしたら、あなたも早くご自分の働く『動物園』の管理に戻られたらいかがですか……可愛い飼育員さん? わざわざ、こんな所においでにならずに、もっとご自分の管理する動物達の世話を熱心にされた方が良いと思いますよ?」
「――――!!」
途端。
緑魔龍公爵の目つきが急に鋭くなる。
自分が所属をする、魔王様の『動物園』を馬鹿にされたように感じたからだ。
実験途中の可愛いゾンビ達が小馬鹿にされたとしても、別に怒るような事はないが……。
魔王様の動物園についての侮辱だけは……絶対に許す訳にはいかない!
「……まだ新参の異世界の勇者に付き従う、ただの守護者の分際で、このあたしに対してそんな大口を叩いて良いと思ってるわけーー? こっちはもう、この世界で300年近くも生きてきた大ベテラン様なのよ? ちょっとは先輩に対しての『敬い』ってものがないのかしらねー?」
「大変申し訳ございません。当ホテルと、あなた様が勤める管理もずさんで粗悪な動物園とでは――そのサービスの『格』が違いますので……。せめて、動物園から逃げ出した動物達の後始末だけでも、ちゃんと責任を持って対処をして欲しいものですね。まあ、あなたにそれを頼んでも、きっと無駄なのでしょうけれど……」
「――きっさまああああ!! 絶対にぶち殺すッ!!」
緑魔龍公爵が、両手を振り上げて大きな叫び声をあげた。
すると、その周辺の地面から……。
同時に100体を超える緑色のゾンビの群れと、巨大なカエルの魔物が数体、出現する。
地面からニョキニョキと、まるでキノコのように生えて出てきた緑色の魔物達は……。
一斉にピンク色の髪をした女性、レイチェルに向かって飛びかかっていく。
「なるほど……。どうやらあなたは、無限に魔物を増殖させるタイプの敵のようですね――。少しだけ面倒ですが、この私が直接あなたの相手をして差し上げましょう」
レイチェルは、迫り来る無数の魔物達に向かって、ゆっくりとその左手を頭上に掲げてみせる。
そして手の平を広げて、小さく呟いた。
「――重力圧縮領域――!」
レイチェルが真上にかざす左手の先に。
白い閃光の輝きが、ゆっくりと収束をしていき――。
その周囲には、目に見えない空気の断層が出現する。
レイチェルの周囲に展開した白い光の層に。勢いよく正面から飛び込んでいった、緑色の魔物達は……。
次々と圧縮された空気の断層の中で、音を立てて押し潰されていった。
”グチャ! ベチャ! グチャグチャッ……!!
それはまるで、ジュサーの口の中に。無謀にも、自ら飛び込んでいくピーマンやブロッコリーのようでもある。
レイチェルが歩くその周辺には、次々に緑色のドロッとした濃厚な液体が飛び散っていく。
「……あまりこの地下駐車場を汚したくはないのですけど。後で、アイリーンがここの掃除をするのに苦労をしますので……。もうその辺りで、その弱い緑色の魔物達を量産するのを止めて頂けませんか?」
「こ、コイツ……!!」
物腰は丁寧で落ち着いては見えるが――。
目の前のピンク髪の女は、イチイチ神経を逆撫でする言葉を混ぜてくる。
緑魔龍公爵は、緑色のゾンビ達を召喚するのをいったんやめて――今度は巨大なカエルの魔物を大量に召喚し始めた。
まだ試作段階のゾンビ達と違い、緑色の巨大カエル達の皮膚は鋼鉄並みに硬い。
その口からは、あらゆる生物を一瞬で溶かしてしまう事の出来る、強力な毒の攻撃も可能だ。
過去に魔王軍が、最初に人類に攻撃を加えた時には――。
巨大なカエル軍団を率いた緑魔龍公爵が、多くの大都市に攻撃を加え。いくつもの街をあっという間に制圧する事に成功していた。
抵抗する騎士団も、その街に住む住民達も……。
皆、なす術もなく巨大カエル達の毒攻撃によって、溶かされていった。
――それなのに……。
レイチェルが歩くその周囲には。
巨大カエル達が、空気の断層に次々と潰され。
緑色のジュースへと変えられていく、グロテスクでおぞましい光景が広がっていく。
鋼鉄の皮膚を持つはずの巨大カエル達が、レイチェルが展開する、白い光の層の前には――全く歯が立たないのだ。
カツ、カツ、カツ……と。
ハイヒールの音をゆっくりと駐車場に響かせながら――。
灰色の制服を来た女性は、ゆっくりと緑魔龍公爵の方へと近づいていく。
危機を感じた緑魔龍公爵は、自身の周りに、緑色の強力な防御結界を張った。
魔王軍に所属する4魔龍公爵達は……それぞれが、自身の身を守るための強力な防御結界を張る事が出来る。
その強度は、アイリーンとコンビニの勇者である彼方によって倒された……赤魔龍公爵がその周囲に展開をしたものと全く同じである。
コンビニの守護騎士であるアイリーンでさえも、その黄金の剣で切り裂く事の出来なかった鉄壁の防御結界。
それを自身の周囲に張る事で、緑魔龍公爵はレイチェルに対する防御を固めようとしたのである。
「――その程度のシールドで……。私の重力圧縮領域を防げるとでも思いましたか?」
レイチェルは穏やかな表情のまま、ゆっくりとその歩みを進め続ける。
そしてとうとう――。レイチェルが展開する重力圧縮領域と、グリーンナイトメアが周囲に展開する緑色の防御結界が、正面から衝突をした。
その結果は……。
”ズガガガガガガガガッ――!!!”
凄まじい金切音が地下駐車場の中に鳴り響き。
まるでチェーンソーで金属を焼き切るような、激しい衝撃音が連続で轟き続けた。
そして……。
”パリーーーーン!” と緑魔龍公爵の緑色の結界が……音を立てて砕け散る。
「なっ!? ――そ、そんな馬鹿な事が!?」
「――失礼をします!」
砕け散った緑色の結界の中に、レイチェルが素早く足を早めて侵入をしてくる。
「チィッ!!」
緑魔龍公爵は、その場で地下駐車場の天井に向けて高くジャンプをして張り付くと――そのまま、天井に張り付きながら、高速移動をして逃げ出そうとした。
だが……。
今度はレイチェルがその逃走を許さない。
レイチェルの右腕が、まるで消防車の放水ホースのように何十メートルにも長く伸びると――。
そのまま、遠くに逃げ去ろうとしていた小さな黒髪の少女の首を……後ろからガシッと掴みあげる。
「なにッ……!?」
「あらあら……。ダメですよ、ここから逃げ出そうだなんて……。せっかく私のコンビニホテルに足を踏み入れて下さったのですから――。ちゃんともてなして差し上げないと。今からあなたを跡形も残らないくらいに、綺麗にグチャグチャに潰して差し上げますね!」
「………えっ!?」
グリーンナイトメアは自身の首を掴んでいる、レイチェルがホースのように長く伸ばす右腕に込められた、その力の強さに驚きの声を上げる。
それは、首をへし折るなんて生易しいものではなかった。
緑魔龍公爵が存在をしている……その周囲の『空間』ごと、全てを右手の力でへし折っているのだ。
緑魔龍公爵の体は、まるで目に見えない空気の層に押し潰されるかのように……。
音も立てずにへし折られて、形も残らないくらいに粉々にすり潰されていく。
「――ブギャ、ブギッ………ブヘラッ!?」
断末魔の叫び声を上げる事も出来ずに。
緑魔龍公爵の体は、緑色の野菜ジュースのようにドロドロに飛び散って消えていく。
コンビニの地下駐車場の中には、再び静けさが戻った。
後にはドロドロとした緑色の不気味な液体だけが、駐車場の床一面に残されている。
「うーん……。どうやら今、すり潰したのは敵の本体ではなかったようですね。とても残念です……。総支配人様の敵をここで、しっかりと始末しておきたかったのですけれど」
レイチェルは緑魔龍公爵を掴むために。
自身の体から、ホースのように50メートル近くも長く伸ばしていた右腕を元の長さへと戻していく。
そして、灰色の制服を軽く手で叩きながら、服についた埃と汚れを落としていた。
不思議な事に、あれだけの戦闘をした後だというのに。レイチェルの体には、一滴も緑色の液体はついていなかった。
灰色の制服は、ずっと美しい元の状態を保ったままだ。
「どうやら地下3階のゾンビ達も片付いたようですね。小笠原様、野々原様、藤枝様が傷付かない程度に上手にコンビニガード達を操るのは大変でしたけど……。なんとか御三方に成長をして頂く事が出来て、本当に良かったです」
レイチェルはニッコリとご満悦な表情で、ゆっくりとエレベーターに向けて歩き始める。
目指す場所は、地下4階層にまだ残るゾンビ達だ。
敵の親玉である緑魔龍公爵が消滅した事で、ゾンビ達の自動増殖はもう止まっている。
きっとこの状態のゾンビ達を、他のクラスメイト達に倒させても大きなレベルアップは見込めないだろう。
だから3人娘達以外の、他のメンバーのレベルアップは……。また別の機会にしてもらう事にしよう。
レイチェルは1人でホテルに滞在する彼方の友人達、全員の成長プランを頭の中で細かく計画をしていた。
とりあえず今回は、3人の勇者に成長してもらう事が出来たので、成功と言って良さそうだ。
「――まあ、でもまずはアイリーンへのお仕置きが先ですかね。そうですね、この広い駐車場のお掃除は彼女1人に全部やってもらう事にしましょうか」
エレベーターにゆっくりと乗り込んだレイチェルは、静かに『B4』のボタンを押す。
そしてそのまま、コンビニの地下に残るゾンビ達の最後の後始末をする為に向かう。
今回のコンビニの地下襲撃事件は、コンビニ陣営の中からは誰一人として犠牲を出す事なく、無事に解決をする事が出来た。
そして、その結果として――。
コンビニ陣営に所属する3人の勇者が、新たに大きな成長を遂げる事に成功したのである。
小笠原麻衣子――レベル10
『ぬいぐるみ』の勇者。
『茶色のクマのぬいぐるみ』を最大1000個。手元に呼び寄せる事が可能。
その内訳は、大きなフォークやナイフを手に持つ身長60センチほどの『歩兵ぬいぐるみ』が900体。
大型のフォークを手に持つ身長5メートルほどの『大型歩兵ぬいぐるみ』が90体。
巨大なフォークを持つ身長10メートル越えの『巨大ぬいぐるみ』が10体という内訳である。
野々原有紀――レベル10
『アイドル』の勇者。
自分の好きなアイドルと、同じ歌声で歌う事が出来る。
敵の注意を惹きつける、巨大コンサートステージを建設する事が可能。ステージ内でコンサートを開いている間は、結界内への魔物の侵入を完全阻止する事が出来る。味方にとって最強の安全地帯を作る事が可能。
藤枝みゆき――レベル10
『舞踏者』の勇者。
高難易度の踊りを一目見ただけで完全に模倣出来る能力。両手で双剣を持って踊る、剣士の舞を披露する事が可能。
彼女の舞う双剣を用いた剣舞は、1人で数百を超える敵とも同時に戦闘をする事が出来る。そしてそのスピードは風よりも早く、必殺の一撃の破壊力は硬い岩をも易々と砕く。