第六十一話 ドリシア王国への誘い
俺達の前に、見慣れない異国の騎士が立ちはだかっている。その騎士が大声でコンビニに向けて呼びかけてきていた。
「何なに〜? 一体どうしたのよ〜?」
コンビニの事務所に玉木が入ってきた。
コンビニホテルではなく。玉木はコンビニの倉庫に朝から出入りをしていたので、さっきのティーナの叫び声が聞こえたのだろう。
どうせまた玉木の事だから、倉庫で朝から好物の昆布おにぎりを漁っていたんだろうけどな。
そういえば、俺やティーナや玉木も今は、コンビニホテルにそれぞれ自分の部屋を持って寝泊まりをしている。
俺が住んでいる部屋は、201。
ティーナが202で、玉木が203の部屋番号だ。
一応、俺達3人は……今、コンビニに滞在をしている3軍メンバー達を合わせた『コンビニと愉快な仲間達』のリーダー格の存在でもあるからな。
3人のうち必ず1人は、当番制で地上のコンビニの事務所に残り。そこで夜通し寝泊まりをする事に決めている。
当番になった者は、事務所のパソコンでコンビニ戦車の運転と周囲の索敵……。および、もし危険が迫ってきた時に、みんなにそれを知らせる連絡係の役も兼ねていた。
日中はコンビニの屋上で、常に周囲の警戒をしてくれている、守護騎士のアイリーンとペアになって。移動するコンビニを守る役割をこなす大切な仕事だ。
だから今日の朝は、コンビニの事務所に俺達3人が勢揃いをしたのは本当に偶然の事だった。
3軍のみんなは、今頃地下のホテルの部屋の中できっとまだ寝ているだろうし。『料理人』の琴美さくらはみんなの分の朝食を部屋で作っていて。支配人のレイチェルさんは、全員分のベッドメイキングの支度をしている時間帯だろう。
「どうしましょうか? 彼方様……」
ティーナが小声で俺に問いかける。
「うーん、ドリシア王国の騎士か。たしかドリシア王国って、西方3ヵ国連合に所属する国の1つだったよな? そんなに遠い所にある国の騎士が、どうしてわざわざ俺なんかに会いにきたんだろう? というか、よく俺達コンビニ戦車の走っている位置が正確に分かったよな」
「……店長。それは、あの異国の騎士がかなり前から、コンビニの後をずっとつけて来ていたからです」
屋上でコンビニの警備をしてくれていたアイリーンが、事務所の中に突然入ってきた。
「……えっ、アイリーン、それは本当なのか? あの騎士は俺達の後を、ずっとつけて来ていたっていうのかよ?」
「ハイ。魔王軍の4魔龍公爵と戦った後くらいから――かなり距離を空けてですが。ずっとコンビニの後をつけて来ていました。時々、他の騎士と合流をしたり、グランデイル王国の街に寄ったりと寄り道もしていますが。コンビニから離れる事なく、等間隔でずっと後をつけて来ています。私も警戒しながら監視をしていましたが、コンビニにすぐには害はないかと思い。しばらく様子を伺っていました。報告が遅れてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、それは大丈夫だよ。むしろいつもコンビニの周囲の警戒をしてくれてありがとう、アイリーン!」
アイリーンは自分の仕事だからと、いつもコンビニの屋上で1人で周囲の警戒をしてくれている。
だからコンビニホテルで、ゆっくりだらだらと過ごすような事はまだ一度もなかった。
レイチェルさんもそうだけど。彼女達コンビニの守護者は、それぞれの役割を持っているらしく、それを果たす為に全力を尽くすという、強い信念と誇りを持っているらしい。
俺としては、本当は一度でいいから、レイチェルさんとアイリーンが2人きりで談笑している姿を見てみたい気もするんだけどな。2人きりだと、一体どんな会話をするのか興味もあるし。
何となく恋バナとかに花を咲かせていたら、ほっこりするんだけどな。
「それにしても……。そんな離れた距離から、正確にコンビニの後をずっとつけて来れるなんて。その騎士もなかなか凄いな。もしかしたら、『暗殺者』の能力を持つ玉木の『索敵追跡』のように……。何かしらの追跡能力を持っているか、特殊な訓練を受けた騎士なのかもしれないな」
俺はコンビニの前に立つ騎士に対して、興味を持った。
今、俺はこの世界の情報を多く求めている。
一応、カディナ地方に向けて進んではいるが。その後の予定は完全なノープラン状態だ。
俺達は、これから魔王と戦うのか。
それとも、このまま危険なグランデイル王国から逃げるだけなのか。あるいはクラスのみんなと出来るだけ多く合流をして、俺達が安心の出来る安住の地を探して、そこで平穏に暮らしていくのか。
それともあくまで俺達は、元の世界に戻れる方法を探し続けるのか――だ。
今の所、俺が考えているプランは……お世話になったカディナの街の壁外区によって。そこでザリルや区長さん達と会ってから。改めて、赤魔龍公爵との戦いの後で別れてしまった、杉田達1軍のメンバーとも合流をしようと思っていたのだけど……。
でも、目の前にいる騎士の話をちょっと聞くだけなら、別にいいかもしれないな。
ドリシア王国という国が、どんな所なのかも凄く興味があるし。
「よし、あの騎士をコンビニの中に入れてみよう! もちろん十分に注意をして、警戒は怠らないようにしてだけどな!」
俺はアイリーンに声をかけて。ドリシア王国の騎士をコンビニの中に招き入れる事にした。
これが俺を陥れる何かの罠……って可能性もなくはないが。まあ、今回は大丈夫だろう。
側には最強の騎士であるアイリーンもいてくれるし。今の俺は数回程度なら、致命傷を防いでくれるチートアイテム『コンビニ店長専用服』も着ている。
「お招き頂きありがとうございます、コンビニの勇者様! 私はドリシア王国の女王、ククリア様にお仕えをしている近衛兵のミランダ・サーフィスと申します」
コンビニに入店したドリシア王国の騎士ミランダさんは、手に持っていた武器の全てをコンビニの外に置いてきた。
それがドリシア王国のマナーなのかは分からないが、俺達に対して敵意の無い事の意思表示を示したかったのだろう。
「それで……遠いドリシア王国の騎士さんが、わざわざ俺に会いに来たのは、一体どういう用件なんですか?」
話しかけながら、俺はこっそりとミランダさんの外観を観察してみる。
ドリシア王国の騎士の鎧は、他の国のものとはだいぶ異なっているようだった。
全体的に青っぽい鎧のデザインなのだが、鳥の羽のような飾りが鎧のあちこちにいっぱい付いている。遠目で見たら、鳥のコスプレをしている人に見えなくもないな。
「ドリシア王国の女王陛下――ククリア様は、コンビニの勇者様にぜひお会いしたいと願っております。コンビニの勇者様がご活躍をされた、先日のアッサム要塞攻略戦の前から……ククリア様は既にコンビニの勇者様の存在を高く評価しておられました。そして、その動向に注目をされてきたのです」
「アッサム要塞攻略の前からって……。一体いつから俺の事に注目をしていたんだ、そのククリアって言う女王様は?」
「コンビニの勇者様が、グランデイル王国を追放された時からです。ククリア様はその時から、ずっとコンビニの勇者様に注目をしていらっしゃいました」
「えっ!? グランデイルから追放された頃からって……もう、だいぶ前の事じゃないか! そんな頃から俺の事を気にしていたっていうのかよ……?」
「ハイ。コンビニの勇者様が、カディナ地方の壁外区でコンビニ経営をされていた時も。そこで伝説の地竜カディスを倒された時も。我々は貴方様の動向に注目をして参りました。……その後、約1ヶ月ほど、コンビニの勇者様の居場所が掴めない時期もございましたが――。アッサム要塞の攻略戦にて、貴方様の存在をまた確認出来た時は、ククリア様はとても喜んでおられました」
グランデイル王国から追放された時って、ほとんど俺が異世界に来たばかりの頃だよな?
そんな最初の時から俺に注目をしてたって、その女王様は一体何者なんだよ……。
「グランデイルにいた頃の俺は、コンビニの中でおにぎりくらいしか扱う事の出来ない、本当の『無能の勇者』でしかなかったはずだ。そんな頃の俺に、そのククリアって言う女王様は、一体何を注目していたっていうんだ……?」
「ククリア様はこの世界では珍しい、『遺伝能力』を持つ能力者なのです。わずか15歳と言う幼い年齢でありながら。その知謀は世界の隅々まで見渡せると言われ、『世界の叡智』とまで称されている方なのです」
「――遺伝能力? 一体それは何なんですか?」
遺伝能力と言う言葉を、ミランダさんが発した途端。
少しだけティーナが”ピクリ”と体を揺らして。わずかに反応を示した気がしたが……。それは俺の気のせいだろうか。
「遺伝能力とは、この世界の過去に存在をしていた異世界の勇者様の子孫が……。遠い年月を経て、能力を自身の体に発現させる事があるという、珍しい事例なのです。それらの人々は、異世界の勇者様と同じように特殊な能力を自由に使う事が出来ると言われています」
「……あっ、そう言えばそんな話を俺も以前に聞いた事があったような。たしかティーナから、その話を聞いた気もするな。そういう遺伝の能力を持つ者がこの世界にいる事自体が――過去に異世界の勇者がこの世界に確かに存在をしていた事の証拠になっている、という話を聞いた気がする」
「ククリア様は世界中の知識を集めていらっしゃる、とても聡明で博識なお方です。きっとコンビニの勇者様の今後の道筋に関しても、的確なアドバイスが出来ると私は思います」
うーん。なるほどな。
今、俺達は今後の進路に迷っている。
それを決める上でも……この世界の知識をもっと知りたいと、ちょうど考えていた所だった。
もし、その『世界の叡智』と称されているいう、ドリシア王国の女王様に会えれば……。
俺達がまだ知らない、この世界の沢山の知識を教えてもらう事が出来るのかもしれないな。
俺はティーナと玉木の顔を見る。
ティーナは俺に向けて力強く頷いてくれていて、玉木も俺に任せるという顔をしていた。
うちでもっとも博識なティーナが賛成してくれるなら、きっと間違いなさそうだな。
よし、そのククリアという人物に会ってみようか!
「……分かりました。俺達はドリシア王国に行って、女王であるククリア様にお会いします。ミランダさん、その事をククリア様にお伝えしてもらってもいいでしょうか?」
「ハイ、本当にありがとうございます! ククリア様もきっとお喜びになると思います!」
ミランダさんは嬉しそうな表情で、俺達に深く頭を下げてくれた。
なんて言うか、とても感じの良さそうな人だな、って俺は思う。
この真面目そうで、感じの良いミランダさんが心から慕っている女王様なら。きっと信用しても大丈夫なんじゃないかなと俺は思える気がした。
――という訳で、俺達は……。
ミランダさんが仕えている、『世界の叡智』と呼ばれるくらいに評判の高いククリアに会いに。ドリシア王国へと向かう事に決めた。
ミランダさんはドリシア王国への道のりと、その国への入り方も丁寧に俺達に教えてくれた。
そして先にドリシア王国に戻って。ククリア様に報告に行くからと、ミランダさん自身はコンビニをすぐに出て、ドリシア王国に戻って行く事になった。
そして、その帰り際に――。
俺達は、ミランダさんからドリシア王国の事以外についても。2つの衝撃的な情報を聞かされてしまう。
そのせいで、今後の事についてまた新たに考えないといけない。大きな課題を抱えてしまう事になった。
一つは、グランデイル王国女王のクルセイスさんについてだ。
何とクルセイスさんは、アッサム要塞攻略後の宴の場所で……。そこに居並ぶ世界中の偉い人達の前で、コンビニの勇者が、クルセイスさんの本当の婚約者であるという謎の宣言をしたらしいのだ。
そして、コンビニの勇者に対してグランデイル王国は最大限の支援をするという内容と、『不死者』の勇者である倉持を、逮捕したという事実も教えてもらった。
あの倉持が、逮捕をされただって……?
しかも、俺がクルセイスさんと婚約をしている!?
ハアーーッ!? なんだよそれーーっ!!
もう、全く訳が分からないな。
クルセイスさんは、一体何がしたいんだろう。
ミランダさんからその話を聞いた時には、隣にいた玉木も『ハア〜〜!? 一体何なのよ、それ〜〜!? クルセイスさんは正気なの〜?』と、俺と同じリアクションをして、驚きの声をあげていた。
……うん。俺も玉木と同意見だな。
全くもって意味が分からない。
アッサム要塞攻略での俺の活躍ぶりを見て。
クルセイスさんは倉持を切り捨てて、実力のある俺に乗り換えようとしている……という事なのだろうか?
まあ、だとしてもだ。
肝心の俺に何の了解もなく、『実は貴方は私の真の婚約者です』なんて一方的に宣言をされても、不気味でしかないよな。
そんなんで俺が『……ハイ、実はそうなんです。俺はクルセイスさんと相思相愛の恋人だったんです!』、なんて、返事をする訳がないじゃないかよ。
もしかしたら、グランデイル王国で3軍のクラスのみんなを回収した時に――。
王国の騎士達が俺達に何もしてこなかったのは、クルセイスさんから『俺達に対して何もするな……』という指示を受けていたからなのだろうか……? もしかしたら、下手にコンビニの勇者を刺激しないように、と命令を受けていたのかもしれない。
今になって考えてみると、どうもそんな気もしてしまうよな……。
そしてミランダさんから教えてもらった、もう一つの内容は――。
魔王軍の4魔龍公爵が、本格的に『コンビニの勇者討伐』に向けて動き出した、という事だった。
魔王軍と戦っている最前線から、それは複数の情報筋で伝わってきた内容らしい。それによると、普段は大人しくしている4魔龍公爵達の軍勢が、次々と魔王領を超えて、こちらに向けて進軍を開始してきているとの事だった。
まあ、4魔龍公爵の1人――。
赤魔龍公爵を俺が倒してしまった訳だしな。
他の4魔龍公爵達が、俺を脅威に思って排除に動きだすのは当然だろう。
ちょっと前のガーゴイル軍団の襲撃も、明らかにコンビニを目掛けて襲ってきていたしな。
うーん、でも、そうなるとだ……。
俺達は、一度カディナの街に立ち寄ってからドリシア王国へ向かおうと思っていたのだけど。
その情報を聞いた後だと、予定を変更せざる得ないかもしれない。
だって俺のいる所に、魔王軍の猛攻が押し寄せてしまう可能性が強いのだとしたら……。俺がカディナの街に立ち寄る事で。そこに住むみんなに、また大きな迷惑をかけてしまう可能性がある。
このままカディナに立ち寄らずに、真っ先にドリシア王国に向かうべきなのだろうか――?
そんな事をティーナや玉木と相談していた俺達の前に。またしても突然の『来訪者』が現れた。
それは……ドリシア王国の騎士、ミランダさんと同じように突然、コンビニ戦車の前に現れたのである。
「彼方様、前方に女の人が倒れています! どうやら幼い子供も連れているようです……」
ティーナが、大きな声を上げてそう叫ぶ。
俺達が乗っているコンビニ戦車が進む進路の正面に。
傷ついた格好をした母娘が、苦しそうにしながら地面に倒れていた。
もしかして、魔物に襲われてしまったのだろうか。
それとも野盗に襲撃をされたのだろうか?
どちらにしても、このまま放っておく訳にはいかない。
俺達はすぐにその親子を救出して、コンビニの中に入れる事にした。
だが――後に、この事が発端となり。
俺のコンビニの地下帝国が、崩壊してしまうような大事件が起きるとは。まさか、この時の俺には想像さえ出来なかった……。