第六十話 無限もぐら叩きの終了
コンビニに新たな設備が増えた。
それは、地下5階層からなる巨大な地下施設だ。
倉庫部屋にあるエレベーターを通して、コンビニの地下に行き。ホテルや温泉、トレーニングジムや映画館など。多くの娯楽施設がコンビニの地下で、快適に利用出来るようになっている。
その中でも、特に助かったのは『コンビニホテル』の存在だ。
なにせダブルベッドに、ミニ冷蔵庫やテレビまで付いている豪華な個室が、なんとクラス全員分、用意をされていたんだからな。
クラスのみんなも、快適なホテル暮らしを満喫して。地下の温泉やジムを楽しみながら、きっと自堕落な生活を過ごしていくのだろう――と、最初は思っていたのだけれど。
ところが、いざ蓋を開けてみると。
どうやらみんなの様子は、俺が想定していたものとは少し違っていたようだった。
「彼方様、地下ホテルにいる皆様に、お菓子とペットボトルの差し入れを運んで来ますね!」
「……ん、ティーナ? 別にそんなものをアイツらに運んであげなくて大丈夫だぞ? どうせ昼間から温泉に浸かってダラダラと過ごしてしているだけの連中に、わざわざそんな美味しいエサを与えに行かなくても……」
「それが彼方様、地下2階に住む皆様は、温泉施設をあまり利用されていないみたいでなんです。むしろ男性陣の皆様は、毎日トレーニングジムに通って体を鍛えていますし。女性陣の皆様も、コンビニで発注した異世界の書籍を整理したり。ホテルの個室で流れているテレビ番組から、元の世界に戻れるヒントがないかと……一生懸命、情報の整理をして下さっているみたいなんですよ」
「……えっ、クラスのみんなが? アイツら、コンビニホテルの中でそんな事をして過ごしていたのかよ」
俺が想像をしていたよりも、ずっとクラスのみんなは真面目に、そして各々が目的を持って。
コンビニの中で有意義に時間を過ごしているようだった。
今までダラダラとこの世界で過ごしてきたみんなが、急に真面目な生活を送るようになったのには、幾つか理由がある。
1つはコンビニの地下階層が、少人数で暮らすにはあまりにも広すぎたって事だ。
正直に言って、温泉施設はたしかに快適なんだけど。
やっぱりあれだけ広大な空間に、1人だけでゆっくりと過ごしたりするのは、みんな気が引けたらしい。
もちろん、だんだんと慣れてくれば快適なんだろうけどさ。クラスのみんなの人数は、俺達やティーナを含めてせいぜい10人程度しかいない。
そんな少人数で、あれだけの広さを持つ巨大なテーマパーク施設の中を自由に動き回るのは、迷子になってしまいそうで少し怖いらしい。
だから温泉に入る時は、みんなは出来るだけ仲間を連れて集団で行くようにしているようだった。
2つ目の理由は、コンビニホテルの支配人であるレイチェルさんの存在だ。
クラスのみんなは、今は地下2階のコンビニホテルの中でそれぞれ別に個室をとって寝泊まりをしているのだけれど。
出来るだけ部屋番号の近い部屋に、全員が固まるようにして過ごしている。
隣の部屋から物音が聞こえたり、誰かが近くにいてくれているという実感がしないと。みんなは広い空間にたった1人きりで過ごすという、孤独には耐えられないようだった。
小笠原、野々原、藤枝の3人娘なんかは、1つの部屋に3人で一緒に住んで、共同生活をしているみたいだしな。
……まあ、その辺は俺も同じだな。
せっかくホテルで自分だけの個室を持てても、近くに他のみんながいてくれないと、少し寂しいというか。
広いトレーニングジムなんかも1人きりで使っていると――誰もいない学校の体育館の中で1人でいるよう感覚がして、ちょっとだけ怖く感じてしまう時もある。
そんなみんなの孤独なメンタルを支えてくれているのが、ホテルの支配人でもあるレイチェルさんだ。
レイチェルさんは、それぞれが泊まっているホテルの個室を定期的に訪れては、ベッドのシーツや羽毛カバーの交換など、ベッドメイキングや部屋の掃除を毎日行ってくれている。
部屋の中をすぐに汚くしてしまう、不潔な男性陣の部屋にも堂々と入ってくれるし。汚れた風呂の掃除から、トイレの掃除まで全てを熱心にこなしてくれる。
女性経験の乏しい男性陣なんかは、もうみんなレイチェルさんの存在にメロメロだ。
あの上品そうな、お姉さんキャラのおかげもあって。レイチェルさんは、今やクラスのみんなの話し相手にもなってくれている。クラスのみんなは、身近なレイチェルさんにだけは心を開けるようだ。そして異世界での様々な悩みや、相談事を打ち明けたりしているらしい。
なんていうか、親元を離れて遠方で寮生活をしている学生達の面倒を親身になってみてくれる、寮母さんみたいな存在だよな。
レイチェルさんも、全員の不安の声を聞いてあげたりと。みんなの心のメンテナンスを快く引き受けてくれたので、クラスのみんなは意識改革が出来たらしい。
男性陣は、大好きなレイチェルさんにカッコ良い所を見せる為に。必死に地下のトレーニングジムに通い体を鍛えている。
女性陣は元の世界に戻る為に、少しでも役に立とうと情報収集を進んで行ってくれている。
なので、クラスのみんなは今や『レイチェル・チルドレン』と呼んでもおかしくないくらいに。コンビニホテルの支配人であるレイチェルさんを慕って、それぞれが真面目に新たな異世界生活を過ごしているようだった。
そして、最後にみんなの意識を変える、きっかけになった最大の原因と言えば……。
今まで俺が経験してきた異世界での体験の全てを、みんなに直接話した事だろうな。
ティーナから聞いた話や、魔王の谷の底で見てきた黒い遺跡の事。そこで出会った黒騎士との会話。
更には魔王軍の4魔龍公爵の1人と戦い、そいつが語っていた内容の全てを、みんなに洗いざらい全部話した事が大きかった。
俺達全員は、毎日夜に必ずホテルの一室に集まり。
『料理人』の琴美さくらが作ってくれる料理を、みんなで一緒に食べながら情報交換を行っているのだが。
その集会で、俺がこれまで過ごしてき異世界での話を聞いたみんなは――。真剣にそれぞれが、この世界の事について深く考え込んでいるようだった。
「……彼方の話から推測するとさ、俺達がこれから倒さないといけない魔王ってのは――元々は、俺達と同じ異世界の勇者だったって事でいいんだよな?」
裁縫師の勇者である、桂木が俺に尋ねてきた。
「ああ……。今の魔王は『動物園』の能力を持った、元異世界の勇者なんだと魔王軍の幹部の赤魔龍公爵は言っていたな」
桂木の質問に俺は答える。
返答を聞いたクラスのみんなは、改めてうーん……と唸るようにして、首を捻っている。
「ねえねえ? 何で異世界の勇者は魔王になんてなるのー? それに大昔に召喚された異世界人が、この世界で魔王になるって事は……今の魔王は年齢で言うと一体何歳になるのかな? 魔王になると急に歳を取らなくなったり、不老不死にでもなったりでもするのかしら?」
「……でもそれじゃあ、この世界の魔王は異世界の勇者に倒されてきたって話と矛盾しちゃうんじゃないの? なら魔王は『不老』にはなるけど『不死』の存在ではない、っていう感じなんじゃないのかな〜? だって勇者に倒されたら死んじゃうんだし」
「そ・れ・よ・り・も……! どうして魔王になるかの『動機』の方が大事でしょう! 例えば彼方くんみたいに何でも出来る能力を手に入れて、しかも『不老』の存在になれるのなら。もう後は何でもやりたい放題じゃないの! この世界で好き勝手に自由に生きれば良いのに、何でこの世界の人類と敵対する魔王になんてなっちゃうのかしら?」
3人娘達が真面目に討論をしている所を、俺は初めて見たかもしれない。
当たり前だけど、みんなだってこの世界に来てから今までずっと何も考えてこなかった訳ではない。
ただグランデイルの城下街という限定されて場所にずっと放置され。あまりにも情報が乏しかったので、色々な事をじっくりと考える事が出来ないでいたのだ。
それが、今は俺の出現によって。みんなは一気に大量の情報を手に入れる事が出来た。だから改めて、みんなが真剣にこの世界の事を考え始めるのは当然の事なのかもしれない。
「あのぅ……。やっぱり魔王を倒しても私達……。元の世界にはもう、戻れないのでしょうか……?」
琴美さくらが恐る恐る、小声でこの場の全員に問いかける。
「………………」
その質問に、みんなが一斉に黙り込んだ。
正直に言ってそれは俺も、ずっと考えてきた事だった。
俺の話を聞いたみんなも、きっと俺と同じ『結論』に辿り着いたのだろう。
「――まあ、魔王を倒しても、元の世界には帰れない可能性は高いかもしれないな。もし、戻れるのなら過去の異世界の勇者達も、無事に元の世界に戻って平穏に暮らしていただろうし。それがこの世界に残って、やさぐれて魔王になんかになってしまっている事を考えると。過去の魔王達も元の世界には戻れなかった、と考える方が自然なんだろうな」
俺は自分自身に言い聞かせるようにして、そう呟く。
玉木も、桂木も、いつも元気な3人娘達でさえも。
みんなじっと、その場で静かに沈黙を続けている。
元々、元の世界に戻れるかも――と、俺達に期待をさせたのはグランデイル王国の女王、クルセイスさんだけだった。
そのクルセイスさんも、今ではイマイチ信用に欠けるし。この世界で出会った誰もが、俺達が元の世界に戻れる……という確信のある情報を持ってはいなかった。
過去の伝承と照らし合わせて考えてみても。
おそらくは俺達は魔王を倒しても、元の世界には戻れないという結論にどうしても至ってしまう。
うーん……。
そうなると俺達は今後どうするべきなのか? という疑問にぶつかってしまうな。
仮に魔王を倒しても元の世界に戻れないのなら、俺達はそもそも何の為に魔王と戦う必要があるのだろう、って話になる。
この世界の人の為に? 何かの名誉の為に?
むしろ魔王と直接話せるのなら、どうしてこの世界で魔王になってしまったのかを、本当に教えて欲しいくらいだ。
ふぅ……。
どちらにしても俺達には、まだまだこの世界の情報が全然足りてないのかもしれないな。
誰かこの世界の知識を豊富に持っていて。
俺達を導いてくれるような人がもしどこかにいるのなら……そんな人物に俺はぜひ、会ってみたいな。
そんな真剣な話し合いがあったからなのか。
クラスのみんなは、それぞれに自己鍛錬に取り組んだり。新しい情報の収集に取り組んだりと、急に全員性格が真面目になってしまったようだ。
前回のガーゴイル戦で、みんなはそれぞれレベルアップをしたのだけど。あまり役に立つような能力の大きな変化は見られなかった。
まあ、俺だって最初のレベルアップの時は、せいぜいコンビニで扱える商品が数品増えただけだったしな。
3軍のみんなが、すぐに有能になれる訳じゃないってのは分かっていたさ。
だけど今は――どうすれば更なるレベルアップが出来るのだろうか? と、みんながそれぞれ真剣に、レベルアップについて模索をしているらしい。
おそらくはもう、『元の世界には戻れない』という心構えが、きっとみんなの心の中に出来たのだろう。
もし、帰れないのなら。この世界で生きる術を身につけないといけないからな。
――そうそう。レベルアップと言えば俺のコンビニには、ある『大きな変化』が起きていた。
それは前回のレベルアップで習得した『コンビニの自動修復機能』についてなんだけど……。
実はコレ。なんと俺が今まで敵と戦う時に使ってきた愛用の必殺技……『無限もぐら叩き』が、もう使用出来なくなってしまった事が分かったんだ。
つまり、分かりやすく言うと……。
コンビニを出したりしまったりという、ドラ◯もんの四次元収納ポケットにあたるような能力が、俺にはもう出来なくなっていた。
俺はもう、コンビニを『しまう』事が出来ない。
その代わりにコンビニの『自動修復機能』が新たに追加をされたという事らしい。
もしコンビニが敵に襲われて破損したり、倒壊をしたりしてしまったら……。今まではコンビニをしまって新たに出し直す事で、俺はコンビニを『新品』の状態に戻していた。
ところが、これからは……。俺はもうコンビニをしまえない。その代わりに破損をしたコンビニは……時間をかけて、自動的に修復されるという新しい仕様に変化をしていた。
もちろん壊されたドローンなんかも、時間が経てば倉庫でまた発注を出来る様になっていたりする。
つまりは、いつでも俺のそばに存在してくれているアイリーンや、地下のレイチェルさんのように。
『コンビニ』もこれからはずっと俺のそばにいて。たぶん俺が死なない限りは、そこに永遠に存在し続ける自動修復機能付きの建物になったという事だ。
あの必殺技が使えなくなったのは、うーん……。まあ、残念と言えば残念なんだけどな。
でも、元々コンビニの中に人が残っている状態じゃ、使えないという欠点もあったし。
しかも今は、巨大な地下施設がいっぱいコンビニの地下に追加されている状況だ。
みんながコンビニホテルで寝ている時に、いきなりコンビニを俺が『消す』訳にもいかないだろうしな……。
そう考えると、ある意味では今回の『コンビニの仕様変更』は、しょうがない事なのかもしれない。
地上のコンビニが壊されても、地下のホテルは残り続ける。そして時間が経てば、コンビニは自動修復をされる。そう、俺が死なない限りはな……。
そして、カディナの街に向けてコンビニ戦車を走らせていた俺達の前に。
ある日、突然の来訪者が現れた。
「……彼方様。コンビニの前に、見慣れない騎士の格好をした人が立っています!」
コンビニ戦車の運転をしているティーナが、俺に慌てて声をかけてきた。
それは、確かに今まで一度も見た事がない、不思議な青い鎧を着た異国の騎士だった。
馬の乗った騎士は、こちらに向けて大声で呼びかけてくる。
「――コンビニの勇者様に、お目通りをお願いしたく参上致しました! 私はドリシア王国の女王、ククリア様の命を受けてここにやって来た者です。ククリア様はコンビニの勇者様に、ぜひお会いしたいと願っています。コンビニの勇者様、ぜひ我が主人のお話を聞いて頂けないでしょうか!」