第六話 コンビニへの襲撃
「何なのよそれ〜っ!? 本当に倉持くん達がそんなことを言ったの〜? そんなの最低じゃない〜っ!!」
玉木紗希がコンビニの中で、声を荒げて憤る。
もっとも、いつものように。床にはシーツと毛布を敷いて、身体は猫のように丸まりながら昆布おにぎりを片手に頬張っているので、迫力は全然欠けているけどな。
とりあえず喋る時にはまず、手に持ったおにぎりをちゃんと食べ終えてからにしてくれよ。
まーた、うちのコンビニの床が唾液付き昆布で汚されちまうじゃないか。
……後、玉木はいっつも昆布おにぎりばかり食べている気がするな。今時、鮭おにぎりより昆布おにぎりの方が好きとは、意外と渋い好みをしている奴だ。
ちなみに、金森に水浸しにされて汚れてしまったコンビニの中だけど。
その清掃は、割と一瞬で終わった。
俺が能力でコンビニを一度しまって、また出現させたら……『ハイ、元通り!』だったからだ。
俺の能力はコンビニを自由に出したり、しまったりする事が出来る。
しかもどんなに汚れていようが、一度しまって新しく出し直せば、中は元通りのピカピカな状態に復元されるからな。マジで便利過ぎる性能で助かったぜ。
玉木は今日、日中は王都で買い物をしていたらしい。
だが、先ほどの騒ぎを何処からか聞きつけたらしく。深夜にも関わらず、俺のコンビニに突然やって来た。
このまま朝まで店内に居座って、倉持と金森が再びここにやって来るまで篭城をするつもりらしい。
「とにかくそんな理不尽な要求、絶対に聞く必要ないんだからね〜! 私が2人に直接文句を言ってやるんだから〜! 彼方くんは安心してここに居ていいのよ!」
「……まあ、そう言ってくれるのは有り難いんだけどさ。お前だって選抜組の一員なんだろう? 仲間同士で揉めたりしても大丈夫なのかよ?」
すっかり居候する猫のように、うちに居ついてしまっている玉木だが……。
これでもクラスの副委員長でもあり、王宮に残る選抜組の一員でもある。あの妖怪サイコパス野郎と揉めたりするのは、玉木にとって何の得にもならないはずだ。
「別に~。そもそも私だって、毎日ここに来て訓練をサボっているくらいだしね。今の選抜組は、みんなそれぞれに訓練に対する温度感がバラバラだから大丈夫だよ~!」
「……へっ? そうなのか?」
「うん。大体、半々って所かな〜。勇者育成プログラムに熱心なのが委員長の倉持くん。他には『水妖術師』の金森くん、『氷術師』の霧島くん、『結界師』の美雪ちゃん。あと『剣術使い』の詩織ちゃんの5人くらいかな。後のメンバーは私を含めて、けっこう王宮の屋敷の中に篭っていたり、最近はちょっとサボりがちになっているの」
おいおい……。
魔王退治の訓練に真面目に参加しているのが、たったの5人しかいないのかよ。
それはそれで、何だか不安になっちまうな。
もしかして俺達って、もう本当に元の世界には戻れないんじゃないのか?
「初めはね〜……。魔法の構造体系の勉強とか、この世界の歴史の勉強とか。本を使った学習が多かったから、みんな真面目に取り組んでいたのよ。でも、魔物を倒す実践訓練になってからは、だいぶみんなの訓練に対する温度感に差が出ちゃったの……」
玉木が視線を視線を斜め下に落としながら、小さく嘆息を漏らす。
「この前もね、王宮の人達が捕まえてきた豚人と実戦形式での戦闘訓練があったの。その時に『氷術師』の霧島くんが、氷の矢で豚人を滅多刺しにしたんだけど……。流石にみんなドン引きだったわよ〜。『うおおおおっ、俺つええええええっ!!』って、霧島くん、大声で歓喜の雄叫びまであげてたし」
「ははっ。それはあの金森の例もあるから、あまり笑えないな……」
「金森くんは特殊よ〜! あの人はどんな雑魚敵でも、ネチネチと時間をかけて残虐な方法で殺そうとするし。あんなに見た目通りの気持ち悪い性格してる人も珍しいわよ。私、ホントあの人嫌いっ!」
「マジかー。あの水道ホース野郎、選抜組の中でも評判悪いのかよ……」
「水道ホース野郎? 何それ?」
「……何でもない。ただのアイツのあだ名だよ」
俺は、満面の笑みでコンビニの中に水を垂れ流し続けていた水道ホース野郎のことを想像する。そして、つい苦笑いが漏れる。
俺が思うに、きっと金森だとか霧島あたりは――。
この世界をオンラインゲームや、VRゲームと同じようなものだと感じているのかもしれないな。
現実に少し似てはいるが、どこかゲームの世界の延長に思えてしまう仮想現実の世界。
逆に杉田や水無月は、この世界はリアル過ぎる、あまりにも過酷な現実として認識しているのだろう。
魔物退治をゲーム感覚として捉えられるのかどうか。そこがこの世界の受け入れ方を分ける、大きなポイントなのかもしれない。
現実として考え過ぎると、杉田や水無月のように魔物から出る返り血を見て失神してしまう。
逆に金森や霧島のように、仮想現実として捉えている者には、魔物退治は全然苦ではないのだろう。
元の世界に帰る為には、チート能力を使ってゲームと同じように魔物をバンバンと倒していく方が、正解なのかもしれないけれど……。
理屈では分かっていても、現実ではそうなかなか上手くいくものじゃない。
だから選抜組の中で、魔物退治を躊躇してしまう奴が出てしまうのも仕方がないことだと思うぜ。
なにせつい1ヶ月前までは、俺達はただの学生でしかなかったんだ。それがいきなり剣を振り回して、魔物退治に『ヒャッハー!』て感じにはなれないだろうさ。
「そういえば、あの面白妖怪サイコパス野郎とかはどうなんだよ? あいつも魔物を能力で倒して『俺TUEEEEE!』って、雄叫びをあげてたりする口なのか?」
「面白妖怪サイコパス野郎? ……ああ、倉持くんのことね! 彼はそういうことはしないけれど。う~ん、倉持くんはただ真面目な優等生って感じかな。言われた課題は全部そつなくこなすし、訓練だって一日もサボらないから、王宮の信頼も厚いみたいだし」
水道ホース野郎では伝わらなかったのに、倉持のあだ名だけはすぐに分かるのかよ……。
玉木の奴、心の中ではけっこう委員長に対して冷たい評価をしていたらしいな。
俺のジト目が気になったのか、玉木は昆布おにぎりを頬張りながら、目線を横に逸らしやがった。
まあ、倉持の考え方や目標は気に入らないけどな。
アイツが魔王を倒す為に、頑張ってくれているのは評価をしてやろう。
ただ、アイツの場合はその動機がサイコパスだからなぁ。だからあんまり素直には応援出来ないんだよなぁ。
もし魔王を倒したとしても、何かよからぬ悪巧みを計画しているみたいだし。
魔王を倒した後に、あいつがラスボスとしてこの世界に君臨でもされたら、俺達にとっては本当に面倒くさいことにしかならない。
「実は、倉持くんと、私……。あんまり意見が合わないんだよね〜。多分、私だけじゃなくて最近は、みんなも倉持くんのことを怖がっていると思うの……」
「――怖がる? あの野郎、俺以外にも何か意味不明な発言をして、みんなにドン引きでもされてるのかよ?」
「ううん。そうじゃないんだけど……。ほら、私達って訓練が終わると、王宮にあるそれぞれの屋敷に夜は帰るでしょう?」
「ああ。たしか『貴族』の階級を与えられた奴だけが持てるという、もの凄い豪華な屋敷なんだろ? 専用メイドに専用コック付き。全く羨ましい限りだぜ」
俺達3軍が街で暮らしていることを知っている玉木が、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「すまない……今のは良い言い方じゃなかったな。ただの俺のひがみだ、悪かった。あまり気にしないでくれ」
「うん。分かってるから大丈夫!」
玉木が全然気にしてないよ、とニッコリ笑顔を俺に向けてくれる。さすが副委員長。俺なんかと違って、見た目も心も出来た人間だな。
まあ、口ではつい皮肉を言ってしまったが、実は俺は全然、王宮の屋敷の事は気にしていない。
だって俺自身はコンビニの中が超快適で、十分満足しているからな。
玉木が改めて、一度小さくごめんなさいと謝った上で話を続けた。
「でもね、倉持くんだけはその屋敷にいつも帰らないのよ。――彼方くん、どうしてだか分かる?」
倉持だけが、自分の屋敷に帰らない理由?
はて、何だろうな?
「アイツのことだから青春スポーツ漫画みたいに、夜遅くまで1人で自主錬をしているとか? 深夜の公園でバットを黙々とスイングしている姿とかめっちゃ似合いそうだし。汗で濡れた髪を、手でバサーッてかき上げて『フッ……』とか言ってそうじゃんか。まあ、大方そんな所じゃないのか?」
「倉持くん。訓練が終わった後は、いつも王城の最上階にある部屋に1人で帰っているの。ちなみに王城の最上階の部屋は誰の部屋か分かる? そこは、実は女王様であるクルセイスさんの寝室になっているんだけど……」
「……はあああああっ!? って、おいおい! それってもしかして、マジなのかよ!?」
俺は自分でもビックリするくらいの、大声をあげてしまった。
だってそうだろ? 玉木の言っていることがもし本当だとしたら――まさか、あのスケこまし野郎!!
あの超美人なクルセイスさんと、毎晩2人っきりで夜を過ごしているって事じゃないか!!
「くぅっそおおぉぉ!! 許さんぞおおおおッ! それだけは絶対に許さんん!!」
俺の口から、獣のような白い吐息が連続で溢れ出る。
俺がまだ恋愛未経験のチェリーだというのに……。
あのサイコパス野郎だけがそんな羨ましいことを! しかも毎晩だなんて。そんな理不尽、絶対に許せる訳がない!
よし、こうなったら今すぐアイツを八つ裂きにして、東京湾の海の底に沈めてやるぞ!
街にいるクラスの男子達で、非モテ同盟を結ぶんだ。そして、あのリア充をこの世から抹殺してやる!
安心しろ、証拠なんてマヌケな物は一切残さないからな。簀巻きにして、手足に鋼鉄の重り20個はつけて海の底に沈めてやる。
そして数十年は水面に浮かんでこない立派な土左衛門にしてやるから覚悟しておけよ、ふはははっ!
「か、彼方くん……。何か変な所で怒ってない? 私の言っている言葉の意味が本当に分かってるの?」
「はあぁ……。はあぁ……」
俺は深呼吸をゆっくりと繰り返し、いったんクールダウンをすることにする。
倉持を土左衛門にする計画はまあ、いつだって出来るからな。ここはいったん落ち着く事にしよう。
「……ああ、もちろん分かっているさ。今のは恋愛未経験の非モテ男子特有の条件反射みたいなものだから。あまり深く気にしないでくれ」
そう。まずは落ち着こう。
倉持が女王のクルセイスさんと、一緒に寝屋を共にしている。それが意味する所は――。
「倉持の野郎が、訓練後にこの国の女王様の寝室に一人で向かうってことは――。実質、アイツがこの国の次期国王候補として周りから既に扱われている……ってことなんだろう?」
たしか、女王のクルセイスさんは独身だって聞いていた。
そのクルセイスさんと同じ部屋で寝泊りをしていると言うのなら、今は、倉持がこの国の次期国王候補として絶大な権力を握っているということだ。なにせ、独身の女王様の恋人なんだからな。
「それで水無月の奴があんなにも倉持に怯えていた訳か。なるほど、女王様の恋人で次期国王候補様じゃ、しょうがない。それはアイツには逆らえないよなぁ」
「うん。もう私達も同じクラスの一員って感じでは、彼に話しかけづらいの。倉持くん、いつも王宮の偉い人達に囲まれているし。既にこの国の政治とかにも深く関与しているらしいの」
なるほど。それじゃあもう誰も倉持には逆らえっこない。身分が違い過ぎるからな。
この世界の言葉が話せるといっても、異世界からやってきた俺達は全員、王宮の庇護下にいる異邦人みたいなものだ。
選抜組が王宮の中で、豪華な屋敷を与えられているのも。城下街で暮らす俺等が、最低限の生活保障を受けられているのも。
全て、王宮からの手厚い支援があるおかげで成り立っている。
その王宮のトップにいるのが女王のクルセイスさんで。そして倉持は、そのクルセイスさんの未来の旦那様候補という訳だ。
下手をするとアイツの機嫌次第では、俺達の身分や扱いなんて、どうとでも出来てしまうんじゃないのか?
ここは中世ヨーロッパの世界観の国で、公正な裁判なんていうものは一切存在しないからな。
王宮からの支援が打ち切られれば、全員、この国の中では生きていけなくなってしまう。それこそ見ず知らずの異世界で、路頭に迷うようなことは誰だって絶対に嫌に決まってる。
「全く……。やっぱりイケメンキャラにはロクな奴がいないな。本当にムカツク野郎だぜ。――って、ん? さっきから一体どうしたんだ?」
玉木が口元を両手で押さえながら、ずっとニヤリとした笑みを浮かべてこちらを見つめている。
なんだなんだ? ジロジロと俺の方を見ながら。 俺の口元に何かごはんつぶでもついているのか?
「彼方くんって……。まだ、恋愛未経験だったんだねぇ~~!! きゃあああああああっ♡」
顔を真っ赤にして、悶えるように玉木がクネクネと体を動かす。相撲部の川崎と同じくらいに腰をクネらせながら、大はしゃぎで笑い転けていた。
言われたこっちも不用意な発言をしたことに気付いて、顔の表皮の温度が急上昇していくのが分かった。
「――っておい、変な所に食いつくんじゃねーよっ!」
「だってぇ~! だってぇ~! 彼方くん『彼女』を作った事が一度も無いんでしょう? きゃああああっ♡」
きゃああああっ♡(恥) はこっちの台詞だよ!
この馬鹿娘は本当に……。
玉木は昆布おにぎりを片手に、キャッキャッと店内ではしゃいでいる。――子供か、こいつは! しかもなぜか、凄く嬉しそうだし。俺が彼女無しの恋愛未経験者だと、なんでこんなに玉木が喜ぶんだよ!
……しかし改めて考えると、確かにちょっと恥ずかしい内容を、かなり大声で言ってしまった気がするな。
最近は玉木のことを、以前のように美少女として意識しなくなってきていたから、つい油断してしまった。
うちで飼っている子猫のミミに、独り言を聞かせるような感じで、不用意な失言をしてしまったと、今更ながらに後悔する。
よーし、今のうちに。玉木の口をここで封じておくか!
……と、一瞬思ったけれど。
うん。まあ、別にいっか。
そもそも、ここは異世界だし。
俺達が元の世界に帰れるのも、いつのことになるのやらって状態だしな。
俺の彼女無し恋愛未経験宣言なんて、きっと他のみんなは全く興味もないと思う。
それこそ目の前にいるコイツくらいだぞ。
きゃっきゃっ! と大騒ぎして喜んでる奴は。
俺はいつまでもキャアキャアうるさい玉木を尻目に、コンビニのガラス戸から、まだ薄暗い外の景色を覗いてみた。
時計を見ると、時刻は既に午前3時半を回っている。
外はまだまだ暗いが、もう少し経てばじきに夜も明けてくるだろう。
倉持が告げてきた期限は、確か……朝までだったよな。
ということは、今日の朝までに俺がこの街から出て行かないと、何らかの『罰』が執行されてしまう可能性があるという訳か。
それにしても、玉木から倉持がこの国の政治にも深く関与している。しかも王宮でもかなりの影響力持った人物になっていると聞かされた後だからなぁ。
なんだか正直……。下駄箱の靴をこっそり隠されるような嫌がらせだけでは済まない気がするぞ。
しかも、あのサイコパス野郎のことだし。
まあ、何をしてくるのかは分からないが……。ロクでもないことを俺にしてくる事だけは間違いないだろう。
玉木が倉持に直接話してくれるというが、俺は正直あんまり期待していない。というよりも、俺自身が玉木にあまり迷惑をかけたくない。
倉持が本当にこの国の王様に近いような権限を既に持っているのなら。今後のことを考えると、あまり逆らわない方が玉木にとってはいい気がする。
俺なんかと違って選抜組のメンバーな訳だしな。一応この国の貴族でもあるのだから、まだまだ玉木はこの国にいっぱいお世話になるのだろう。
3軍で役立たずの俺なんかより、よっぽど玉木は重要な立場にいる奴だ。
なんか、そんなことを考えていると……。
ますます俺が、さっさとここを立ち去れば良かったような気がして陰鬱な気分になってきた。
玉木が説得してくれるとか、俺を応援してくれるようなことを言ってくれたので、少し気持ち的に甘えてしまったのではないだろうか……?
それともやっぱり同じクラスメイトだし。いくら何でも俺に対してそこまで酷いことはしないだろう、って。俺はまだアイツ等の善意に期待してしまったのかもしれない。
きっと昨日の夕方のことは、ただの脅しだったんだってな。
そんなことを考えながら、俺がコンビニの外の暗闇を見つめていると――。
それは、突然起こった。
―――バンバンバンッ!!!
いきなり大きな衝撃音が、連続で店内に鳴り響く。
俺が覗いていたコンビニのガラス戸に、小さな亀裂が無数に入った。
――な、何だ!?
何かが、ガラスに当たったのか?
俺はガラス越しに、亀裂の入った箇所を注意深く見つめる。
何かがガラスにぶち当たったのなら、その物体は直撃した後、そのまま真下の地面に落ちたはずだ。
俺はガラス戸の下の地面を見つめ、そこに落ちていた『あるモノ』を発見する。
外に落ちていたその物体。
その形には、よく見覚えがあった。
先端が尖っていて、細長い棒状の形をしたものだ。
その独特のフォルムは、何度見ても見間違えようがない。
大昔から存在し、ゲームの中、漫画の中、あるいは歴史の教科書の中……。現代では直接見る機会は少ない品物だが、ファンタジー世界においては定番の飛び道具だからな。
「おいおい、これって……『矢』じゃないのか?」
俺自身、元の世界で矢なんて一度も生で見たことはなかった。
でも漫画やアニメ、映画の世界の中では何度も見てきたから間違いない。
しかも、この矢。先っぽの部分に油か何かを染みこませた布がついていて、先端には火までついてやがる。これって、いわゆる『火矢』って奴だよな……。
外が暗いので、ガラス戸に当たって落ちた火矢が、まるで小さな照明のように辺りを照らし出している。
これがでっかいホタルの光なら俺も笑えるんだが。
どうやらコイツは、本物の火矢だ。こいつはヤバイぞ。マジでまずい事態になっているらしいな。
本能的に危険を察知し、夜闇の奥にまで俺は目を鋭く光らせる。
耳を澄ますと、風を切るような効果音が立て続けに複数――。更にこちらに向けに飛んでくるのが分かった。
「玉木、危ないぞ!! ガラス戸から離れろッ!」
「えっ……。どうかしたの? 彼方くん?」
くそっ、気付くのか遅かったか!
俺は説明する時間がないのを悟り、玉木に飛びつくようにして駆け寄る。
そして抱きかかえるようにして、無理矢理その体を床に屈めさせた。
――バン、バン、バン、バン、バン!!
今度は鉄砲雨のように、ガラス戸を打ちつける衝撃音が連続で店内に鳴り響く。
現代製のコンビニガラスは予想以上に強力で、雨のように振り注ぐ火矢でも割れることはなかった。
だが、あちこちに細かいヒビが入り始めている。
これじゃ、そう長くは持ち堪えられないだろう。
「な、な、な……なんなのよコレ〜!? 一体どうなっているのよ〜!?」
突然の出来事に困惑している玉木を、俺は無理矢理コンビニの奥の事務所に連れ込んだ。
部屋の中に入ってすぐにドアの鍵を閉める。そして、パソコンの電源を起動。表示されているモニターの監視カメラの映像を注視した。
入り口のガラス戸は、深夜ということもあって一応自動では開かないように施錠してある。
不審な侵入者がすぐに入ってくるということはないだろうが。無数の矢でさっきから何度も衝撃を受けている状態だからな。
おそらく、そう長くは耐えられないだろう。
でも……一体、敵は何者なのだろうか?
この世界には、他所の家に悪ふざけで火矢を浴びせるようなおかしな風習でもあったのか?
俺は、モニターに映し出される映像を隅から隅までチェックする。夜闇に包まれた外の様子は、暗視機能付きの監視カメラであってもすぐには分かりづらかった。
そして、カメラの位置をキーボードで調整していた俺の手がピタッと止まる。
外の映像に、眩いくらいに明るい光源の群れが映し出されたからだ。
監視カメラに映し出されたその映像。
俺のコンビニを、取り囲むように立ち並んでいる『そいつ等』の姿は、あまりにも異様な光景に見えた。
コンビニの外には――約100人近い数の銀色の騎士達が、列を成して立ち並んでいた。
俺のコンビニの正面に、横一列に並び。半円状にぐるりと取り囲んでいる。
先頭にいる数十人程の弓兵が、隊列を組み火矢をこちらに向けて構えているのが見えた。
「ね、ねえ……彼方くん? これって今、一体何が起きているの……?」
震え声で俺に尋ねてくる玉木。
玉木も監視カメラに映っている映像を見て、震えているのだろう。
俺は自分自身にも言い聞かせるように。
冷静に、現在の状況を玉木に教えてやった。
「何って……? それは見りゃ分かるだろう? これは『敵襲』だよ!!」
「て、敵襲~~っ!? 何でよ~! 『誰』が『誰』を攻撃してるって言うのよ~!?」
玉木は完全に混乱しているようだった。
わたわたと声を荒げながら、全身を震わせている。
まあ……現代の日本では突然、火矢が雨のように降ってくることなんてまずあり得ないからな。
混乱して怯えるのも無理はないだろう。
この場合、『誰』が『誰』を襲撃しているのかと言われてもだなぁ……。
まあ、この状況を察するにだけど。
「多分……『倉持』の命令を受けた王国騎士団が、コンビニにいる『俺』を攻撃しに来たんだろうな。それ以外の可能性が全く思い浮かばないし」
「そ、そんな……倉持くんが!? どうして、こんなことを……!」
ショックを受けて声を失う玉木。
大丈夫だ。安心しろ玉木。
内心では俺もだいぶ焦っているからな……。
お前が俺以上に慌ててくれているから、なんとか冷静さを保てているけど。これが俺1人の時だったなら、正直かなりヤバかったかもしれない。
ふぅ……。
よし、ここはいったん落ち着こうぜ。
でも、一体どうしたものかな。
何だが突然、明智光秀に襲われて。本能寺に立て篭もった織田信長になったような気分だぞ。
夜闇に紛れての奇襲とは、さすがは妖怪倉持。
サイコパス野郎のする事は、俺の予想の遥か斜め上をいってくれるな。マジで感心するぜ。
「どうしよう……。彼方くん……」
玉木が俺の左腕をきつく抱きしめる。
「落ち着け。大丈夫だ。コンビニのガラス戸は、火矢ぐらいじゃ簡単には割れない。それに俺達はコンビニの奥の事務所にいるからな。ここにいれば命を落とすような危険はすぐには無いから、とりあえず安心してもいいはずだ」
「すぐには無いって……。そのうち命を落とす危険もあるみたい言い方だよぅ」
まあ、そりゃあそうだろう。
火矢で威嚇射撃をしてるだけならまだ平気だが。
もしあの騎士達が剣を振り上げて、本気でここに一斉に突撃でもしてきたら、コンビニなんてひとたまりもない。
だが監視カメラの映像を見ている限りでは、騎士達はこちらに近づいてはこないようだ。
今の所は遠巻きにして、火矢でこちらに脅しているだけのようにも見える。
ただ……今、一番脅威なのは……。
コンビニの周囲で燃え広がり始めている炎の方だな。
既にコンビニ入り口付近は、ガラス戸に弾かれて地面に落ちた火矢が、勢いよく炎上し始めていた。
周囲の草に火が燃え移り、炎の海が次々に辺りを飲み込んでいく。
これじゃ、じきに外に出る事さえままならなくなるな。
コンビニの中に篭り続けていても、周りが火の海にされてしまったらお終いだ。逃げる場所がなくなってしまう。中まで火は来なくても、煙で燻されて窒息死する事も有り得るぞ。
まだ入り口付近だけが燃えている今の状況でなら、裏口から逃げる事も出来るかもしれない。ここは、決断を迫られている場面なのかもしれないな……。
その時、監視カメラに映る映像を注視していた俺の目には、予想外な光景が飛び込んできた。
「……ね、ねえ。あれって、クルセイスさんだよね?」
同じ映像を見ていた玉木が先に声をあげる。
「ああ。どうやら、そうらしいな。これはもう、完全に逃げ道が塞がれてしまったかもしれないぞ……」
コンビニを取り囲む銀色の騎士団。
その先頭には、全身に白い鎧を身にまとった、美しい金髪の女性の姿が見えた。
馬上から指揮をしているその姿は、俺も玉木もよく見知っている人物で間違いない。グランデイル王国女王である、あのクルセイスさんだ。
「――こりゃ参ったな。まさか女王様が、直々に陣頭指揮をしてくるとはな……」