第五十九話 コンビニホテルの支配人
俺とティーナと玉木の3人の前に突然現れた女性は、自分の事をコンビニホテルの支配人、『レイチェル・ノア』と名乗った。
「コンビニホテルの支配人? あなたは一体、誰なんですか?」
突然の事に訳が分からず、俺は戸惑う。
灰色の制服と、灰色の帽子を着たピンク色の髪の女性――レイチェルさんは、俺に丁寧にお辞儀をすると。
優しく微笑みながら、自己紹介をしてくれた。
「総支配人様。私は新たにコンビニの地下階層に出現した、この『コンビニホテル』の管理とマネージメントを任されているレイチェルと申します。コンビニホテルに滞在されるお客様に満足して頂けるよう、おもてなしをするのが私のお仕事なのです」
「『総支配人』様って、もしかして俺の事なのか? よく分からないけれど、君はコンビニの守護騎士のアイリーンと、同じような存在って事で良いのかな?」
俺がコンビニを出したり、しまったりするのに関係なく。常に俺の側に存在し続けてくれる、コンビニの頼れる守護騎士のアイリーン。
どうやらこのレイチェルという名前の女性も、アイリーンと同じような独立した存在として考えた方が良さそうだ。
きっとコンビニガードのような、機械兵ではなく。自分自身の意思を明確に持ち。目的の為に、自立的な行動が出来る存在なのだろう。
「ハイ、そうです。総支配人様。私はアイリーンのように、コンビニの外で戦う事はございませんが……。コンビニの非常時には、間接的に戦闘に参加させて頂く事もございます。ですがよっぽどの事がない限り、私はコンビニホテルに常駐していますので、いつでも気軽に声をかけて下さいね、総支配人様」
アイリーンとは違って。目の前にいるおしとやかな姿のレイチェルさんが、敵と戦闘をしている姿は想像が出来ないな。
俺達3人は、目の前にいるレイチェルさんの突然の登場に驚き。しばらくその場から動く事が出来なかった。
それは、何というか……。レイチェルさんは、とても不思議な雰囲気のある人だったからだ。
見た目は若くて、とても綺麗な人なんだけど。
どこか大人の気品を漂わせる、穏やかな雰囲気のある女性。
灰色の帽子の下から見える、ピンク色の三つ編みの髪はとても清潔感があり、綺麗に束ねられている。
まるで高級ホテルのフロントにいるような、一流の女性のコンシェルジュさんって感じがする。
見た目の若さより、洗練された上品な物腰のおかげで大人な女性に見える。
俺達は、年上の綺麗なお姉さんに話しかけられたような感じがして、少しだけドキッとしてしまった。
レイチェルさんは、背筋の伸びた綺麗な姿勢でゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
そして、スッ……と玉木に手を伸ばして声をかけた。
「外出の際は、お部屋のカードキーは私どもがお預かりをさせて頂きますね。またお部屋にお戻りの際には、どうか私にお声をお掛け下さい」
玉木はコクコクと、機械人形のように首を上下に振って素直に頷く。
カードキーをそっとレイチェルさんに手渡して。その場にペタンと座り込んだ。
「あの……。俺、ちょっと質問をしてもいいですか?」
俺は、レイチェルさんに質問をしてみる事にした。
「――ハイ、何でしょう? 総支配人様」
『総支配人様』なんて大層な呼ばれ方をしてしまうと、何だかむず痒く感じるな。
俺はこっちの世界に来てからは『店長』って呼ばれたり『女神様』って呼ばれたり。色々な呼ばれ方をされている気がする。
「レイチェルさんは、新しく加わったコンビニの地下階層の事は詳しいんですか? これから俺達は、地下の3階に向かおうと思っているんですけど。そこには何があるのか気になって……」
「地下3階は、コンビニホテルが管理をする『フィットネスエリア』になっています。トレーニングジムや温水プール。岩盤浴から天然温泉の流れる露天風呂まで、沢山の施設を用意させて頂いておりますので、どうかゆっくりと滞在していって下さいね」
「えええ〜っ!? お、温泉が地下にあるの〜!? すっご〜〜い!!」
玉木が大興奮をして、突然大きな叫び声を上げた。
あまりの大声にこっちがビックリしたぞ。いきなり耳元でそんなに大きな声で叫ぶなよな……。耳の鼓膜が破けるかと思ったじゃないか。
「ねえねえ、彼方くん〜! 早く温泉に行こうよ〜! だって私、温泉大好きだも〜〜ん!」
「ハイハイ。分かったからそんなに俺の腕を引っ張るなって……。えっ? ティーナまで!? そんな両方から俺の腕を一気に引っ張られたら……」
温泉に興味津々なのは、どうやら玉木だけではなかったらしい。
ティーナも全力で俺の左腕を引っ張ろうとするので、俺は玉木とティーナに強制連行されるような形で、無理やりエレベーターの中に連れ込まれてしまう。
おーーい、ティーナさーん! 玉木さーん!
俺はもっと目の前のレイチェルさんと、お話がしたかったんですけどー。二人ともちょっと勘弁してくれませんかね〜? と、抗議をしようと思ったのだが――。
ダメだ。ティーナも玉木も目つきが真剣過ぎる。まるで俺の話なんて、聞いてくれそうもない。
レイチェルさんは2人に無理やり連れて行かれる俺を、ニッコリと微笑みながら、丁寧にお辞儀して見送ってくれた。
その表情は、まるで可愛い弟が女友達に無理矢理連れ回されているのを、温かく見守ってくれるお姉さんのように俺には見えた。きっと、母性心が強い女性なのかもしれないな。
「やった〜! やった〜! 温泉、温泉〜〜☆ まさか異世界でも温泉に入れるなんて、テンション上がるわ〜〜!!」
「彼方様! ぜひ、私と一緒に温泉に入りましょうね!」
”ウイーーーーーン!”
エレベーターの扉が閉まり、俺達3人を乗せたエレベーターは地下3階に下降していく。
はぁ……。
何で女性陣は温泉に目がないんだろうな。
……まあ、俺も温泉が気になると言えば、気になるんだけどさ。この異世界に来てから、そんなリラックススポットに立ち寄った記憶は一度もないし。少しくらいなら、疲れを癒したい……という気持ちはもちろん俺にだってある。
”ガチャーーン!”
エレベーターが地下3階に到着する。
扉が開くと。そこにはまさに、この世の『楽園』が広がっていた。
「きゃあ〜〜〜!! 何なのよここ〜!? まさにこの世の天国じゃないの〜〜!! 天国は空の上じゃなくて、コンビニの地下に広がっていたのね〜〜!!」
「彼方様ーーっ! 本当に凄いです!! コンビニの地下には何でも揃っているのですね!!」
玉木のティーナの2人が興奮して歓喜の声を上げる。
地下3階には――見渡す限り、広大なスペースを誇る巨大なスパ施設が無限に広がっていた。
眩いばかりの照明に照らされて。広大なスペースに、いくつもの温水プールやら、無数の温泉施設が用意をされている。
その種類は大小様々だ。競技用の50メートルプールから、もの凄く広い流れる温水プール。風情が漂う、大きな天然の岩石に囲まれた、温泉やサウナなど。
そう。ここには全てが揃っていた。
「これは本当に凄いな……! 元の世界でも、こんなに大きなスパ施設は俺も見た事がないぞ……」
まるで巨大な遊園地の中にあるような、ジェットスライダー付きの大きな流れるプールや、無数の温泉施設があちこちに溢れかえっている。
この地下3階は、ちょっと歩くだけで迷子になってしまいそうなくらいの広さがある、巨大な温泉テーマパークになっていた。
温泉や温水プールなどのスパ施設の隣には、トレーニングジムのエリアが広がっていて、ランニングマシーンが30台近くも並んでいる。
そこには、ありとあらゆる筋トレ用のフィットネスマシーンも用意されていた。
……何だかもう。お金持ち御用達の会員制高級フィットネスクラブに入ってしまったような感じだな。
「彼方く〜〜ん! 私達は2人でここで温泉に入ってくるから、彼方くんはお留守番をよろしくね〜〜!」
「……ええっ!? 何で俺だけここで留守番なんだよ!? 俺だって温泉に入りたいぞ!」
「ダメよ〜! だってここの温泉は全部男女混浴みたいなんだも〜〜ん! だから彼方くんは、ここで静かにお留守番をしててね〜! よろしく〜!」
「彼方様ーっ! 私は彼方様と一緒に、温泉に入りたかったですぅ……」
「ティーナちゃん、ダメよ〜〜! 童貞の彼方くんには刺激が強過ぎるからね〜! まずは私達2人だけで楽しく温泉に入りましょうね〜!」
残念そうな表情を浮かべるティーナを、強引に玉木が引き連れて行く。
玉木の目にはもう、温泉以外何も見えていないようだな。温泉の魔力は本当に恐るべし……。だけど、ここは絶対俺とティーナの混浴風呂シーンが求められるシーンだと思うんだけどなぁ。さすがは玉木、視聴者の夢を破壊するドリームブレイカーっぷりは健在のようだな。
――って、謎の考察はおいといて。
まあ、きっとあの様子じゃ……当分の間、2人とも温泉から出てこないだろう。
「ハァ……。俺はここで、何をして待っていようかな」
お留守番と言ってもなぁ。
ここで温水プールに入ったり、ジムで爽やかな汗を流しているという訳にもいかないし。
なにせ上では、クラスのみんなを待たせているんだ。
アイリーンがいるから、みんなが魔物に襲われるような事があったとしても多分大丈夫だろうけれど……。あまりここでゆっくりとしている訳にもいかないだろう。
俺はエレベーターに乗って。玉木やティーナより先に、残りの地下4階と地下5階の探索を続ける事にした。
「……そういえば、地下4階より下には何があるのかをレイチェルさんに聞けなかったな。まあ、行ってみれば分かるだろうけど」
地下4階がまた、暗闇に覆われているような薄暗い場所ではない事を祈りつつ。
俺はエレベーターのB4のボタンをポチっと押してみる。
”ウイーーーーーン!”
勢いよく下降していくエレベーター。
そして、エレベーターの扉が開くと。
俺は1人で、地下4階へと降り立った。
少しだけ薄暗くはあったが、ここが何の施設なのかはすぐに分かった。
「地下4階は、映画館になっているのか……」
ここは元の世界の映画館の作りと、全く同じだな。
複数のチケット発券機が並んでいて、上映中の映画のタイトルが受付カウンターに電光パネルで表示されている。
残念ながら、今は映画は全て『近日公開予定』となっていて、何も上映されていないようだった。
俺は少しだけ地下4階の映画館の様子を探索して、地下の5階にも向かってみる事にした。
仮に映画がここで上映されていたとしても――あのだだっ広い映画館の中で、1人だけで映画を見るのは、流石に勇気がいるしな。
そもそも俺は暗い所が苦手だし。もし、近日公開予定中の映画が見れるようになったなら、今度はクラスのみんなと一緒にここに見にくる事にしよう。
「それにしても、この映画館……。何か座席の配置とか、建物の作りが、あそこに似ているんだよなぁ」
俺は地下4階にある映画館の中を見つめながら思いだす。
ここは、以前に見かけた『魔王の谷』にあった黒い墓所の中にそっくりなのだ。
あそこに広がっていたイベントホールに、建物の作りがとても似ている気がする。
「まあ、同じ現代風な建物だし……。どうしても作りが似てしまうとか、何か共通点でもあったりするのかな?」
うん。まあ、そこは別にどうでもいいか。
あまり深く気にしていてもしょうがない。
俺は気を取り直して、次の地下5階に向かう事にした。
エレベーターに乗り込み、さっそく地下5階に降り立ってみると……。
そこには、巨大な『地下駐車場』が広がっていた。
「凄いな……。本当に俺のコンビニの地下階層は、全て物理法則を完全に無視しているんだな。さっきの映画館にしても、温泉にしても、絶対にあんなに大きなスペースを地下には用意出来ないだろう」
俺は、地下5階に広がる巨大な地下駐車場を散策してみる事にする。
「照明が照らされているから、一応、暗くはないけどさ……。こういう広大なスペースが広がっている場所って、1人きりで歩くと、ちょっと怖く感じるよな」
誰もいない、夜の学校の中とかもそんな感じがするよな。
日中はあんなに沢山の人がいるのに、夜になってしまうと急に誰もいなくなって、怖さしか感じない。
遠くから聞こえてくるちょっとした小さな物音でさえも、めちゃくちゃ怖く感じるし……。
俺は広大な地下駐車場を歩いていると、そこで『あるもの』を発見した。
1つは、俺のコンビニコンビニを守護する機械兵。
コンビニガード達だった。
「――あれ? どうしてコンビニガード達がここに全員集まっているんだ? 俺はまだスマートウォッチで発注をしていないのに」
俺のコンビニは現在、コンビニガードを合計100体まで操る事が出来る。
それらは普段は、コンビニの事務所の中のパソコンで発注をしたり、俺の腕に付けているスマートウォッチで発注をする事で、コンビニの倉庫に出現する仕組みになっていた。
それが、この地下駐車場に俺がまだ発注をしていないにも関わらず――。
コンビニガード100体全てが、この駐車場の中でじっと待機をしていたのである。
「うーん。ここは発注前のコンビニガード達の倉庫みたいにもなっているのかな? その辺の仕組みがまだ、よく分からないなぁ……」
俺が駐車場の中で見つけたのは、100体のコンビニガード達だけではなかった。
今回のレベルアップで新たに加わった――『戦車2台』と『装甲車2台』も、この駐車場の中にしれっと置かれていた。
「うおおおおっ、すげーーっ! 普通に本物の戦車と装甲車が置いてあるじゃないか!!」
見た目は自衛隊とかで普通に扱っていそうなデザインだな。色はちょっとだけ黒っぽいけど……まるでプラモデルで作った戦車のように、めちゃめちゃカッコ良いデザインをしている。
一般的な男子なら、誰もがこんな戦車に実際に乗ってみたいと憧れを抱くだろう。
――と、いう訳で……。
俺は、実際に駐車場に置いてある黒い戦車に乗ってみる事にした。
戦車の横に付いている小さな梯子のような所から、上部のハッチが付いている所によじ登る。そこからハッチを開けて、戦車の内部に入ってみた。
「すっげーーーっ!! これが戦車の中なのかぁ……。けっこう見た目よりも、中は広い空間になっているんだな」
もうちょっと中は狭いのかと思ったけど、実際はけっこうな広さがあって戦車の内部は快適だ。
運転する為に座る操縦席も、人1人が座るには十分なスペースが確保されていた。
まあ、普通の戦車なら運転免許も持っていない俺みたいな学生じゃ……まず運転なんて出来ないだろう。
でも、俺のコンビニで生み出されたこの黒い戦車は、操縦席がまるでゲームセンターの中にある、ゲーム機のようにシンプルな作りになっている。
座席の正面には、明らかにアクセルとブレーキと思われるペダルとハンドルが付いているし。
シートの横には、バックをする時に引くであろうサイドレバーもあった。
この戦車の運転席は、ゲーセンで車のアトラクションゲームで遊んだ事のある人間なら、誰でも簡単に操作が出来そうな作りになっている。
「よーし、じゃあさっそく、運転をしてみようか!」
俺は黒い戦車を実際に運転してみる事にした。
”ギュギュギュギュギュ……!!”
座席のエンジンボタンを押すと。
重いエンジン音と、巨大なキャタピラーが回転する音が響き出す。そして、ゆっくりと戦車が地下駐車場の中を動き出した。
「うおおっ!! これは凄い! マジで戦車が動き出したぞ!」
俺は黒い戦車の運転に大興奮をする。
だって、普通の自動車だってまだ運転をした事がないのに。いきなりこんなに大きな戦車を運転出来るなんて、本当にヤバいに決まってるじゃないか!
まさか異世界で、こんな初体験をする事が出だ来るなんて思いもしなかった。
しばらく、俺は地下駐車場の中を戦車で自由に走り回っていると――駐車場の中に、『EXIT』と書かれている場所がある事に気付いた。
「あそこが出口なのかな? この地下の駐車場から、一体どこに繋がっているんだろう?」
疑問に思った俺は、そのまま黒い戦車のアクセルペダルを全開で踏みこみ、出口の文字が書いてある方向に進んでみる。
『EXIT』と書かれた細い通路に、戦車を運転しながらゆっくりと入って行くと――。
駐車場の出口は、上に向かう緩やかな螺旋状の通路がぐるぐると回転するような道に繋がっていた。
ちょうど立体駐車場の螺旋スロープを回転しながら進んで、上層部に向かって行くような感じになっている。
かなり長い距離をぐるぐると回転をしながら進み、戦車が行き着いたその先には――。
眩いばかりの明るい太陽の光が差し込む、コンビニの『外』に道は繋がっていた。
コンビニの横に20メートルくらい離れた場所に……いつの間にか、地下駐車場からの『出口』が出来上がっている。
そこから黒い戦車は、勢いよく外に飛び出したのである。
「――ええっ!? コレは一体どうなっているんだ?」
戦車の運転をいったん止めて、俺は外に降りてみた。
地下5階の駐車場から、ここまで繋がっていたはずの出口は、俺が外に出た途端に完全に消え去ってしまっていた。
まさに、コンビニの地下空間は異次元になっているんだと思い知らされるな。その仕組みや構造は全くの謎としか言いようがない。
……ちなみに、じゃあどうやって外に出た戦車を、また地下の駐車場に戻すのかというとだ。
戦車の中に、『ENTRANCE』というボタンが用意をされているのを、俺は後で発見した。
それを押すと、どこにいても地下駐車場に繋がる螺旋スロープの入り口が外に出現をする……という謎の仕組みになっていた。
「もう……俺のコンビニって、完全に異空間みたいな不思議な場所になってしまっているよな。地下にはホテルもあるし、温泉や映画館だってあるし、外に繋がる謎の駐車場もあったりするし。本当に何でもアリな状態じゃないか…」
俺はその後――黒い戦車に乗りながら。コンビニの中に残るみんなと、アイリーンに挨拶をしに行った。
もちろん、みんなは戦車に乗ってやってきた俺を見て、めちゃくちゃビックリしていたけどな。
特に、今回新たに加わったコンビニの地下階層には、危ない場所はなかったし。
コンビニの中でみんなが住むには狭すぎるという問題も、新たに出来た『コンビニホテル』の出現によって、一気に解決をしたと言ってもいいだろう。
何はともあれ。
俺のコンビニは、また一段と大きな進化を遂げたという事は間違いない。
……まあ、謎はいっぱいまだ残ってはいるんだけどな。
それはこれから、みんなと一つ一つ解決をしていけばいいだろう。