第五十三話 『不死者の勇者』の処刑
グランデイル王国女王のクルセイスが、『不死者』の勇者である倉持悠都を逮捕したという事実を公表した。
そして更に、『コンビニの勇者』こそがクルセイスの真の婚約者であり。これからはコンビニの勇者と共にグランデイル王国は魔王軍と戦っていくのだ……という、突然すぎる宣言を皆の前でする。
その宣言を聞いた会場の誰もが――。
全員、大口を開けてまま、唖然とした表情を浮かべ。壇上にいるクルセイスの姿を見つめていた。
「ハアああああぁぁーーっ!? 何なのよソレ! 一体どうなっているのよ!!」
会場に残っていた『狙撃手』の勇者である紗和乃が、大声で絶叫した。
他の勇者達も紗和乃と同様に、大声で叫びたい気持であった。一体、何がどうなっているのか……。余りにも突然の発表を、誰も、全く理解出来ようがない。
つい先程までクルセイスの婚約者として、この会場で司会をしていた者が、いきなり逮捕をされたというのに。
しかも、そのクルセイスには別に本当の婚約者がいて。
それがアッサム要塞攻略戦で大活躍をした、あの『コンビニの勇者』だというのだ。
『そんな馬鹿な!』と、会場全体に驚きと、グランデイル王国に対しての疑念が、どよめきとなって広がっていく。
その疑問に答えるべく。クルセイスは壇上で静かに口を開いた。
「グランデイル王国が最も期待を寄せていた、私の本当の婚約者でもある『コンビニの勇者』様。そのコンビニの勇者様を、『不死者』の勇者である倉持悠都は、彼が魔王と通じているかのように偽りの情報で惑わし、王国から強制的に追放をしたのです。更に、異世界の勇者の力を悪用して、私やグランデイル王国首脳部の記憶を魔法で操作し、彼は国家転覆まで画策していたのです」
クルセイスの話す内容を聞いた会場が、更にざわめき始める。
『不死者』の勇者がグランデイル王国を乗っ取ろうとしていた? 一体それはどういう事なんだ……と、人々は次々に驚きの声を上げる。
「――幸いな事に、今回のアッサム要塞攻略作戦に『コンビニの勇者』様が姿を現してくれた事で。私をはじめとするグランデイル王国の首脳陣は、『不死者』の勇者によってかけられた、記憶改竄の魔法の呪いを解く事が出来ました。私は最も大切な婚約者である『コンビニの勇者』様の存在を、思い出す事が出来たのです。そして『不死者』の勇者によって、これまで好きなように国政を操られてしまっていた恥ずべき事実も理解しました」
クルセイスは壇上で小さく頭を下げる。
その顔には、屈辱に耐えているかのような苦悶の表情が浮かんでいる。細身の美しいその体を小刻みに震わせていた。
「今回の一連の騒ぎの元凶となった『不死者』の勇者につきましては……。彼が高い能力を持つ勇者であるが為に、起きてしまった事件とはいえ。私達が彼を信頼し過ぎてしまい、油断してしまった事実を否めません。今回、重大な犯罪を犯した彼に対しては、グランデイル王国は厳正に処罰を加え。しかるべき処置を取らせて頂く事を皆様にお約束させて頂きます」
クルセイスの周りを取り囲んでいる白い鎧を着た騎士達が、一斉にその場で槍を掲げる。
それはパフォーマンスではあったのだろうが、会場にいる全ての人々に対して、グランデイル王国が今回の事件に厳正に対処する、確固たる意思を感じさせるものだった。
「コンビニの勇者様につきましては、私や……グランデイル王国に対して多大な不信と懸念を抱かせてしまったであろう事を、深くこの場でお詫び致します。既に責任感の強い彼は、魔王軍との戦いに1人で旅立たれてしまいましたが……。もし、我が国にお戻り頂ける機会があったのなら、グランデイル王国の次期国王候補として、国を挙げて全力で彼のご帰還を歓迎させて頂きます」
逮捕した倉持に対するグランデイル王国の処置と、コンビニの勇者の帰還を歓迎するという内容に、紗和乃をはじめとする他の異世界の勇者達が顔を見合わせて驚く。
「……ねえねえ、倉持が逮捕されたって、本当なのかしら?」
「分からないよ……。でも、あのクルセイスさんが言うからには、多分、本当なんじゃないのかな?」
「こんな各国の偉い人達が集まっている中で、堂々と嘘はつかないと思うぜ。でも彼方が真の婚約者とかいう所は怪しいよな。だって、手のひらクルクルにもほどがあるぜ。きっとコンビニの能力が惜しくなって、グランデイルに彼方を呼び戻したくなったんじゃないのかな?」
会場にいる、異世界の勇者達も。
西方3ヶ国の王族の者達も、このクルセイスの突然の発表に、全員が半信半疑な表情を浮かべるしかなかった。
そんな、どよめきと混乱で溢れ返った会場の人々に向けて。グランデイル王国女王のクルセイスが、今度は深く頭を下げてお願いをする。
「私から各国の王族の皆様にお願いがございます。もし、コンビニの勇者様が他国に立ち寄られる機会がございましたら……。その時は、ぜひ彼の魔王退治を全力で支援をして頂けるよう――グランデイル王国女王として、また彼の婚約者としても、どうかお願いを申し上げます」
クルセイスは強い意志と誠意を込めて。約3分近くも会場にいる全ての人々に頭を下げ続けた。
会場全体が彼女のその姿を静かに見守りながら、辺り一帯が静寂に包み込まれる。
やがて、顔をゆっくりと上げたクルセイスは、静かに会場から立ち去っていく。
残された会場内の人々も、事態が飲み込めずに……しばらくはその場で沈黙し続ける事しか出来なかった。
残された異世界の勇者達も、突然の事態についていけずに顔を見合わせる。
倉持が逮捕をされたという事自体は、同じクラスメイトとして複雑な気持ちもあるが……。これまで好き勝手に行動をしてきた問題人物が居なくなるという事に関しては、少なくとも歓迎出来る点であった。
しかし、だからと言って全員がグランデイル王国に残留するという道を選ぶ訳ではない。
とりあえずは、先程全員で話し合った進路をそれぞれが進み。こらからのグランデイル王国の様子を見守っていこう――という結論に至った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ここは、どこだ………?」
倉持が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
いやに、体が肌寒い。
上半身はいつの間にか裸にされていて。下半身には黒いズボンだけを履いている。
両手両足の先端には鎖が繋がれていて、身動きが全く取れない状態で立たされていた。
……ここは、どこかの牢獄か何かの中だろうか?
倉持の目の前には、錆びついた鉄格子の扉のような物が見える。
朧げな最後の記憶を辿ると。
確か自分は、アッサム要塞攻略の祝勝会の会場にいたはず……。
そこで、突然グランデイル王国の騎士を名乗る白い鎧を着た連中に囲まれて。自分はここまで強制的に連れ去られてしまったのだ。
途中で抵抗する事も考えたのだが……。そう、確か自分をここに逮捕するように命令をしたという人物の事が気になって――。
それでそれを確かめてやろうと、ここまで大人しくノコノコとついて来たら。
いつの間にか眠らされてしまったのだ……。
「あら、倉持様……。良かった! 目を覚まされたのですね!」
倉持の視界に、よく見慣れた人物が見える。
鉄格子の扉を開けて1人の女性が入ってきた。
そう。彼女の事を倉持はよく知っている。
若くしてグランデイル王国の女王となり。経験のないその未熟さで、やる事なす事全てに戸惑ってしまうような気の弱い女性……クルセイスであった。
倉持は彼女の事を……1人では何も出来ない、レベルの低い無能な女だと思っている。
だから両親を宰相のドレイクに暗殺されて、国政を自分のような見知らぬ男にいいように操られてしまうのだ。
簡単な『魅了』の魔法だけで操る事も出来たし。何もしなくても彼女は、異世界の勇者の中で最も能力が優れていて、容姿の整った自分に対して夢中だった。
元の世界の学校生活でも、幾人もの女性達に同時に言い寄られていた倉持にとっては、このクルセイスの存在もそんな面倒くさい女達の1人に過ぎない。
軽くキスをしたり、体を抱いてやれば何でも自分の言う事を聞いてくれるチョロい雌なのだ……と心の底から侮蔑していた。
だから、クルセイスの姿を見つけた倉持はいつものように高圧的に彼女に告げる。
「女王様! 良かった……。急にこんな場所に閉じ込められて困っていたんだ。さっそくだけどこの鎖をほどいてくれないかな? 服も着てないから寒いし、僕はグランデイル王国の代表として早く会場に戻らないといけないから――」
「……服を着てないのは当然じゃないですか? 倉持様。だって私があなたの服を全て脱がしたのですから。その汚らしい鎖も私がつけました。『無能』なあなたにはお似合いの格好ではないですか? まるで哀れな家畜のように目をウルウルとさせて、とってもお可愛いですよ」
「…………はっ?」
倉持は一瞬、言われた言葉の意味が分からなかった。
クルセイスが自分に対して、侮辱の言葉をかけたのだと気付くのに時間がかかった。
普段、彼女からそのような言葉が発せられる事は絶対になかったので当然だ。
当然、倉持はクルセイスに対してブチ切れる。
「おい、お前ッ!! この僕に対してそんなふざけた口を聞きやがって! 僕が本気を出したら、君なんてどうなってしまうのか分かっているんだろうな!」
倉持が両手に繋がれている鎖を揺らしながら、激昂する。
異世界の勇者であり、『女神の祝福』の能力で上級魔法をいくつも使用できる自分にとっては――こんな鎖を解く事も、目の前の舐めた女をズタボロにしてやる事も簡単だ。
この調子に乗った女を教育してやらないといけない! 倉持はそう考えた。
しかし――。
「……………!?」
能力が発動出来ない……!
上級魔法の詠唱も出来なければ、手に力を込める事も全く出来ない。
これは……一体、どういう事なのだろうか?
「あらあら、残念ですね……倉持様。お得意の『魅了』の魔法を使って、いつものように私を操る事も出来ないのですね。もっともいつも私があなたのレベルの低い魔法にかかってあげている『フリ』をしていたのですけれど……。それさえも、無能なあなたには分からなかったのでしょうね」
「なっ……!?」
倉持は、初めて焦りを感じた。
今、自分の両手足には完全に力が入らない。それどころか身動き一つ取る事が出来ない。
このままでは、魔法も何も出来ないただの一般人と同じではないか……。
そして、今、倉持を不安にさせているのは――。
目の前に立つクルセイスの前の机に置かれている、銀色に輝く特殊な『器具』だ。
クルセイスの前には、まるで手術室に置かれているような銀色の鋭利なハサミや、細長いナイフなど……人の体を切り刻む為に作られたような凶器が大量に置かれている。
この薄暗い部屋の中で不気味に輝くそれらの道具は、まるで拷問に使用される拷問器具のように見えた。
そして、それらを指先で弄りながら……。
クルセイスはニッコリと微笑みながら、こちらを見つめている。
「お、お前……! 僕に一体、何をしたんだ!?」
倉持が、得意の上級魔法を使用できない状況を知る為に、クルセイスに尋ねる。
「ああ、魔法が使用出来ない事を不思議に思っていらっしゃるのですね。大丈夫ですよ。私があなたに『魔法無効化』の能力を発動しているのです。なのであなたは、さっきからずっと魔法を一切使用出来なくなっているのですよ」
ニッコリと余裕持って、銀色のナイフを白いタオルで磨きながらクルセイスがそう答える。
「『魔法無効化』の能力だって!? そんなバカな……! だって、君は……ただの………」
「ええ、私はただの一般人です。特殊な能力を持つ異世界の勇者様ではありません。そんな私が、『能力』を使用出来るのがおかしいですか? あなたは真面目ですから、ちゃんと勇者育成訓練プログラムで学んでいるはずですよね……倉持様?」
「ま、まさか……君は『遺伝能力』を持つ者だと言うのか?」
倉持が驚愕の表情を浮かべて、目を見開く。
『遺伝能力』。
それは異世界の勇者の血を引くその子孫が、ごく稀な低い確率で、『能力』を発現させる事があるというものだ。
決して多くはないが、この世界ではそう言った能力を持つ者が稀に存在している事を倉持も聞いていた。
――では、なぜ?
倉持の持つ上級魔法――『鑑定』でクルセイスの隠れたその能力を見抜けなかったのだろうか?
「私の能力は特殊なんです。普段はそれを隠していますので、貴方の鑑定魔法でも、見る事は出来かったのです」
クルセイスが倉持の内心を見透かしたように、そう答える。そしてニッコリと笑いながら、
「――私は『潜在者』の遺伝能力を持つ能力者。そして、女神アスティア様にお仕えする忠実な僕です。私の能力は普段は潜在意識の下に隠れていますので、表面的には見る事が出来ないのです。ですので、残念。あなたの能力では、私の潜在能力を見る事は出来ませんでした」
クルセイスがそう宣言をした……。
その瞬間――。
”――バリバリバリバリ――!!”
凄まじい電流のエネルギーがクルセイスの右手から放たれ、倉持の体を焦がすほどに、強く焼き付ける。
「ぎゃあああああああああぁぁーーーーーッ!!!」
倉持がこの世のものとは思えない程の大声で、絶叫をあげる。
今まで生きてきた中で、初めて味わう凄まじい痛みに……。
倉持の意識は、完全に飛びそうになる。
プスプスと焦げ臭い匂いを漂わせながら。
倉持の体は、両手に繋がれている鎖に体重を全部預けて、だらしなく、ぷら〜んとその場にぶら下がった。
「あらあら〜〜。これくらいで気絶をしないで下さいね、倉持様! いつも夜には、あんなにもお元気に腰を動かされていたじゃないですか」
大量の電流を放った右手を、左右にクネクネと回しながら……。
クルセイスが微笑みを崩さずに倉持の体に近づいていく。
その左手には、銀色の鋭利なナイフが握られていた。
「……あ、ちなみに役立たずのドレイクは先に始末をしておきましたよ。彼は私の無能な両親を殺してくれるという事に関しては、役に立ちましたけど……。最近は特に存在価値もなかったですし。私が裏で両親殺しに協力をしていた事がバレると、後々面倒でしたので」
「ひぃ……。く、来るなあああぁぁーーっ!!」
倉持の理性はもう、完全に吹き飛んでいる。
今はただただ心の底から恐ろしいだけだ。
まるでホラー映画の世界に迷い込んだかのように。
目の前に恐ろしい拷問狂が迫って来ているのが、心の底から恐ろしくてたまらない。
「大丈夫です。安心をして下さいね。私はあなたを簡単に殺したりはしません。今からあなたが持つ『不死者』の能力の限界ギリギリまで。合計5回分、あなたの体を切り刻んで命を奪う事にします」
その死刑宣告より、遥かに残酷な言葉に――。
倉持は全身を震わせて、戦慄する。
「だって、そうしないと臆病なあなたは、本気でレベルアップをしようと頑張らないでしょう? 命に保険があると思って安心しているから、そうやっていつまでもダラダラと過ごしていたのですよね? フフフ……でももう大丈夫です。これからは私の為に、しっかりと馬車馬のように働いて貰うので。今からトラウマになるくらいたっぷりと、あなたをなぶり殺してあげますから。何度も何度も殺される……という、普通の人では決して味わえない『貴重な経験とスリル』を、どうか目一杯に楽しんで下さいね、無能な倉持様!」
「ぐぎゃああああああぁぁーーッッ!!! い、嫌だああぁぁ!! お願いですぅぅぅッッッ!! もうやめて下さいィィ、ぎにゃあああああァァァーーーッ!!!」
薄暗い暗い牢獄の中で。
選抜勇者達のリーダーである、『不死者』の勇者の苦痛と悲哀に満ちた絶叫だけが、何度も。何度も。
誰も助けに来ない、血塗れの密室の中を木霊し続けるのであった……。