第五十二話 アッサム要塞攻略戦 祝勝会②
「まったく……どのツラ下げて、あんな所に堂々と立っていられるのかしら。こんなに派手な祝勝会なんて開いて、恥を知りなさいよ!」
『狙撃手』の勇者である、紗和乃・ルーディー・レイリアが、ワイングラスを片手にこの祝勝会の司会である倉持悠都の姿を見つめながら毒づく。
ここはアルトラスの街の中にある、ホテルのイベント会場内。
その中でグランデイル王国が主催をする、アッサム要塞攻略記念の豪華な祝勝会が開かれていた。
西方3ヶ国の王族達や、グランデイル王国の要人達だけを集めた豪華なパーティーには、今回の作戦に参加した異世界の勇者である、1軍の選抜メンバー達もゲストとして参加させられている。
彼らは全員が、同じ白い丸テーブルに座らされていた。
先程から祝勝会の司会進行をしているのは、クラスメイトの倉持だ。その、うんざりとするような美辞麗句と、自画自賛のスピーチを延々と聞かされ続けて、彼らはほとほと呆れ返っていた。
「……倉持なんて、途中で私達を囮にして逃げようとした、最低のクズじゃないの! もう、あんなクズの言葉が耳に入ってくるだけで、生理的に受け付けないわ、私!」
紗和乃が白いテーブルの上に、手にしていたワイングラスの底を強く叩きつける。
「まあ……紗和乃さんもいったん落ち着こうよ。この祝勝会は元々、アッサム要塞攻略作戦の後に、必ず開かれる予定になっていたものだし。クルセイスさんが病気で体調が悪くなってしまったのなら、代わりに倉持さんが司会進行をするのはしょうがない事だよ」
『槍使い』の勇者である、水無月洋平が、激昂している紗和乃をなだめようと声をかける。
「何言っているのよ! コンビニの勇者である彼方くんが戦場に現れなかったら、そもそも呑気にこんな場所で祝勝会なんて開けなかったじゃないの! 私達はとっくにあそこで全滅していただろうし、勝手に逃げたしたあの倉持は、恥知らずの勇者として、全国指名手配されてもいい所だったのよ! それなのに……!」
”キーーッ!!” と、睨み付けるように。
紗和乃は司会の倉持に向かって中指を立てる。
「……でも、その肝心の彼方くんもここにはいないし。副委員長の紗希ちゃんも、彼方くんと一緒にどこかに行ってしまったし。本当に2人とも、一体どこに行っちゃったんだろうね……」
丸テーブルに座る異世界の勇者達の中で、最も勇者としての能力レベルが高い『回復術師』の香苗美花が、心配そうにそう呟いた。
香苗は元々温和な性格の持ち主で、基本的には争い事をあまり好まない。その能力も回復に特化したものなので、戦闘に有用な攻撃手段は何も持っていなかった。
普段は、グランデイル王国の城下町にある大病院で、人々の病気や怪我の治療に当たっている。献身的に人々に治療を施す香苗は、グランデイル王国の街の人々からは『奇跡の女神』として、とても深く敬われていた。
だから当然、香苗は人々を回復させる為にその能力を使う機会が多く。他の勇者達よりも、数段レベルが高かったのである。
「う〜ん、そうよね……。紗希ちゃん、私達と一緒にいた時も、彼方くんの事はあまり話してくれなかったし。2人には色々聞きたい事がいっぱいあったのにね」
紗和乃は親友の玉木紗希がいなくなってしまった事に、ショックを受けているようだった。
変わった趣味だなとは思いつつも……。親友の玉木が秋ノ瀬彼方に好意を抱いていた事を、紗和乃は知っていた。
だから、玉木が彼方について行ってしまったのはしょうがない事だとは思っている。
でも、せめて事情だけでも教えて欲しかった……という残念な気持ちもあった。
「ところで、皆さんはこれからどうされるおつもりですか――?」
『槍使い』の勇者の水無月が、テーブルに座る他のクラスメイト達を見渡しながら、恐る恐る尋ねてみた。
現在、この丸テーブルに座っているメンバーは――わずか7人だけだ。
元々12人の異世界の勇者が参加した、今回のアッサム要塞攻略作戦だったが――。
『暗殺者』の勇者である玉木紗希は、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方について行ってしまったので、今は消息不明状態。
更に、魔物達との戦闘の途中で。前線基地に残る仲間の勇者を囮にして、自分達だけ外に逃げ出そうとした、4人の卑劣な勇者達。
『不死者』の勇者――倉持悠都。
『水妖術師』の勇者――金森準。
『氷術師』の勇者――霧島正樹。
『結界師』の勇者――名取美雪。
――この4名に関しては。
他のメンバーとの間に完全に軋轢が生じてしまい、今は互いに距離を置くようになっている。
作戦の後の祝勝会の場でも、この4名は他のメンバーとは席を遠く離して、別のテーブルに集まって腰掛けていた。
彼らは、いわゆる倉持派のメンバー達である。
そして倉持からは距離を置いているメンバー達が――現在、紗和乃を中心に白い丸テーブルに座っている7人の勇者達であった。
もはや、お互いのグループに生まれた溝は埋まりようもなく。完全に、仲違いをしたような形になっている。
そしてアッサム要塞攻略戦の最後の方に、突然参加をしてきた『剣術使い』の勇者――雪咲詩織も、戦闘の後には忽然とその姿を消してしまっていた。
元々、一匹狼のように1人で行動をしていた雪咲。
今は完全にソロの勇者として。どこの国にも所属をせずに、1人で単独行動を取る道を選んだようだった。
そしてそれが出来る程に、彼女の実力は十分に強かった。
アッサム要塞の攻略戦に参加をした勇者達。
それが現在は、これだけたくさんの派閥に別れて、別々に行動をしてしまっているのが現状だ。
だから水無月は、この場にいる7人の勇者達にそれぞれの今後の進路についてを尋ねようとしていた。
そしてそれは、彼自身の今後の進路に対しても……。みんなに伝えないといけない重要な変化があったからでもある。
「実は俺……。西方3ヶ国連合の1つの、『カルツェン王国』から引き抜きを受けているんだ。ぜひ、うちの国で魔王軍との戦いに参加をしてくれないかってね。――正直、グランデイル王国では貴族として自分の領地も与えられている身分だったから、少し迷ったけれど。俺は今回の事は、今の環境を変えられるチャンスだと思ってるんだ」
水無月が話した内容は、ここに残る7人の選抜メンバーにとっても他人事ではなかった。
なぜならここにいる全てのメンバーがほぼ例外なく。グランデイル王国以外の他の国から、勧誘や引き抜きを受けていたからだ。
本来なら、クルセイスやグランデイル王国の上層部が……。自国に所属している異世界の勇者達に対する、そのような他国からの勧誘工作など、未然にしっかりとガードする事が出来たはずである。
そもそも、この祝勝会に参加しているグランデイル王国以外の国々は。異世界の勇者を、どうにかして自国に引き入れる事を目的にここに来ているのは明らかなのだから。
それが、どういう訳か……。
異世界の勇者達に対する各国の勧誘工作は、完全に放置をされていて、まるで無防備な状態になっていた。
おかげで各国の首脳達は、破格の条件で次々に異世界の勇者達に対する勧誘交渉を行なえていた。
元々、グランデイル王国だけが、全ての異世界の勇者を占有しているという異常な状態だった。
だから、各国がこの機会に自国に異世界の勇者を取り込もうとするのは当然の事だった。
その想定の範囲内であるはずの、他国からの勧誘活動を……。グランデイル王国上層部が、全く防げていない事の方が不思議だった。
おそらく、女王であるクルセイスが病に倒れ、婚約者である倉持も祝勝会の司会進行に追われて……と。
グランデイル王国の上層部が、現在、上手く機能をしていない状況が理由にあるのかもしれない。
そのおかげもあり、今までグランデイル王国にだけ所属をしていた異世界の勇者達も、より良い条件を求めて、他国に目を向けるチャンスとなったのである。
「そうか、水無月もカルツェン王国から勧誘を受けていたんだな。実は俺もなんだよ……」
そう答えて手を挙げたのは、『地図探索』の勇者である佐伯小松である。
更には『無線通信』の勇者である川崎亮も遅れて手を挙げた。
3人はお互いを見回し、『お前もかよ!』と目を見開きながら、ビックリし合う。
「……じゃあ、3人はグランデイル王国を離れて、これからカルツェン王国に行く訳なのね」
紗和乃が少しだけ寂しそうに俯く。
ここまで半年以上、共に勇者育成訓練を受けてきた仲間達だ。その仲間達がグランデイル王国を離れる決断をしたのは、理解できる気持ちもあり、少し寂しさもある複雑な心境であった。
「俺も紗和乃さんと同じなんです。今回の戦いで、一度倉持さん達とは距離を置いた方がいいと思った。だから、このチャンスにかけてみる事にしたんです! もちろん魔王を打倒して、みんなで元の世界に戻るという気持ちには変わりないです。どこに所属していても、ここにいるみんなとは仲間である事は変わらないと思っています」
水無月は強い眼差しで、同じテーブルに腰掛けている仲間の勇者を見回す。
他の勇者達は、カルツェン王国に移籍する3人の勇者を引き止める事はしない。
今、水無月が言ったように、どこに所属していても魔王を倒して元の世界に帰る……という目標に変わりはないのだから。
「それで、他のみんなはどうするの? やっぱり水無月くん達と同じで、別の国に勧誘をされてたりするの?」
紗和乃がカルツェン王国に移籍する事になった3人を除く、他のメンバーにも聞いてみた。
「私はグランデイル王国に残ります。倉持くんに思う事はあるけれど……。街の病院には私の治療を待っている多くの患者さんがいるので、その人達を放っておく訳にはいきません」
『回復術師』の勇者、香苗美花がそう宣言する。
彼女はその優し過ぎる性格の為。自分を頼りに慕ってきてくれている、街の病院の患者達を見捨てる事が出来ないようだった。
「たぶん……。杉田くんも、グランデイル王国に残るのでしょう?」
香苗が『火炎術師』の勇者である、杉田勇樹にそう話しかける。
「ああ……。俺の場合はグランデイル王国に残らざる得ないんだ。みんなも知ってると思うけど、俺には自分の屋敷に『妻と子供』がいるからな」
杉田が、他の勇者達を見回しながらそう告げる。
コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方の親友でもある彼は、グランデイル王国の王宮にある自分の屋敷の中に、なんと『妻』が存在している。
彼の妻は、屋敷の中で異世界の勇者である杉田に仕えていた、可愛いメイドの女の子だ。
すでにそのメイドの子のお腹の中には、妊娠3ヶ月になる赤ん坊も出来ていた。
杉田は自分の領地にいる領民と、屋敷で帰りを待つ妻と子供の為にも、グランデイル王国から離れる事が出来ない。
「俺が結婚して子供がいるなんて聞いたら……。彼方の奴、白目になって、地面にひっくり返って驚きそうだけどな。『先に童貞を捨てやがって!』とか、『もうお前との友達契約は解除だ〜!』ってアイツの事だから、大騒ぎをしそうだけど。その事を、ゆっくりと話せなかったのが本当に残念だったな……」
杉田がここにいない親友の姿を思い浮かべて、溜息を吐く。
だが、彼方が生きていた……という事実を知れただけでも、彼にとっては大変嬉しい事であった。
「そう……。それじゃあ、香苗ちゃんと、杉田くんはグランデイル王国に残るのね」
紗和乃が2人を見つめて、納得するように頷く。
「そういう紗和乃さんは、これからどうするんですか?」
水無月が、まだ今後の方針を話していない紗和乃、そして『防御壁』の勇者である四条京子の2人を見つめる。
「うん。私達2人にも勧誘が来ているんだけど――基本、私達はコンビニの勇者の彼方くんを探そうと思っているの。それまでは、声をかけてくれた『カルタロス王国』にお世話になろうと思っているわ! とりあえず、グランデイルから離れて、あの最低の委員長から遠くに逃げられれば私達はOKだから!」
紗和乃と四条京子は、お互いに手を繋ぎながらそう答える。
これで、それぞれの勇者達の行き先が、完全に別れた事になった。
グランデイル王国に残る者。
西方3ヶ国連合の国に移動する者。
国を変えつつも、コンビニの勇者の彼方の行方を探す者。
皆、それぞれがこれからは別々の進路を歩んでいく。
だが、『槍使い』の勇者の水無月がみんなに言ったように……。
共に魔王を討伐して、元の世界に戻ろうという目標には変わりないのだから。
そんな目標を、この場にいる異世界の勇者達がお互いに確認しあっていた、その時――。
急に、祝勝会のパーティー会場が慌ただしくなった。
小走りに周囲を駆けて行く騎士達。
特にグランデイル王国の騎士達が、会場内を慌ただしくあちこちへと駆け回っている。
周囲を振り返ると、いつの間にか司会の倉持は席を外していて、その姿は見えなくなっていた。
「……何? 一体何がどうなっているのよ?」
紗和乃が状況が分からず、不安そうな声を漏らす。
すると――。
祝勝会の会場に突然、グランデイル王国の女王……クルセイスがその姿を表した。
会場の席に居並ぶ各国の首脳陣達が、一斉に驚きの声を上げる。
確かクルセイスは体調を崩して、自室で寝込んでいるという事になっていたはず――それが、どうしてここに……?
全員が注目をする中、クルセイスは大きな声で会場にいる全ての人々へ向けて宣言をする。
「――皆様。私、グランデイル王国女王クルセイスはここに宣言を致します。我が国に所属する異世界の勇者、『不死者』の能力者である倉持悠都を、国家転覆罪、そしてコンビニの勇者に対する謀殺未遂罪により、逮捕をしました」
ざわざわ……と、会場全体がざわめき始める。
ついさっきまで会場で司会をしていた『不死者』の勇者の倉持を逮捕した?
一体、何事が起きたのだろうか?
そんな、ざわめく人々を前に、クルセイスは更なる爆弾発言を投下する。
「これより我がグランデイル王国は、この私の『真の婚約者』でもある『コンビニの勇者』様と共に――。魔王軍との新たな戦いを進めていく事をここに宣言致します!」