第四百六十七話 女神アスティアから明かされる真実
「あなたは……女神、アスティア……!? という事は、俺は女神の試練を全て突破して、無事に元の世界に戻って来れたという事なのか……?」
「ええ、そうですよ。コンビニの勇者さん。その様子だと、どうやらあなたも私と会うのは『今回が初めて』ではなく。既に私とあなたは過去に一度だけ、お互いに面識がある状態になっているみたいですね」
広大なグランデイル王城の謁見の間にいるのは俺と、目の前で玉座に座っている水色の髪の少女、アスティアの2人だけのようだった。
そして、俺は……女神アスティアが言うように。既に女神本人の顔を過去の世界に遡る夢の中で、直接会って見ていたのでよく知っていた。
巨大コンビニ要塞との戦いの後で、朝霧が自分が手に入れた新しい能力『上書き挿入』を使い。俺を1万年前の過去の世界に飛ばして、迷いの森の中で最初の勇者と暮らしていた頃のアスティアに会わせていたからだ。
こうして俺は改めて現在の時間軸の中で、夢の中と外見が何も変わっていない、水色の髪の美しい少女アスティアと対面をして。
自分が一体、目の前にいる女神に対してどうのような感情を持つべきなのかが分からずに……混乱してしまう。
この世界に女神として君臨し、女神教を創設して異世界の勇者を召喚する仕組みを作り出したのはアスティアだ。
そして召喚した勇者の中から、無限の能力を持つ者を探し出し。その者を不老の寿命を持つ魔王になるように導き、過去に存在した多くの異世界の勇者達を不幸な運命に陥れてきた張本人がこのアスティアなんだ。
既にこの世界で死亡している俺の仲間のクラスメイト達を直接殺したのは、ほとんどは元グランデイル女王であるクルセイスの仕業なのかもしれないが……。
ある意味、全ての『元凶』とも呼べるような存在は、目の前にいる女神アスティアだと言えるだろう。
だから俺は心の中で女神アスティアに対して、『絶対に許さない! よくも俺達をこんな異世界に召喚しやがって。俺のクラスメイト達を、そして過去に召喚された他の多くの異世界の勇者達を不幸に陥れやがって……!』――と、憎しみや怒りの感情を本来は女神に対して抱くべきなのかもしれなかった。
だけど俺は、アスティアがどういった目的を持ち。
この世界で1万年という長い時間をかけて、異世界に渡る魔法の研究に挑んできたのか。その経緯を今の俺はよく知っている事もあって……素直に怒りの感情を彼女にぶつける事が出来ずにいた。
そんな俺の様子を全く意に介する事なく。アスティアは冷静な視線を俺に向けなから、淡々とした口調で俺に話しかけてくる。
「……私に対して何か質問は無いのかしら? コンビニの勇者さん。私自身は人よりも多くの魔法が扱えるだけの、ただの人間に過ぎないけれど。この世界では『女神』として崇められ。あなた達、異世界の勇者をこの世界に召喚する秘術を作り出した張本人でもあるわ。何か聞きたい事があれば、この機会に何でも質問してみても良いのよ?」
改めて間近で見たアスティアという女性は、本当に落ち着いた雰囲気を持つ普通の女の子に感じられた。
特段、女神と呼ばれる程の聖なるオーラを放っている訳でもなく。この世界の全てを見通しているような雰囲気を持っている訳でもない。
言い方は失礼かもしれないけれど……そう、彼女はどこにでもいる『普通の女の子』だった。
俺のクラスの中に、もしもアスティアがいたなら。カフェ好き3人娘達と一緒にカフェでお茶をしていたとしても、何も違和感を感じないかもしれないな。
きっと小笠原や、野々原、みゆき達とアスティアは仲良く原宿辺りでカフェ巡りをしている事だろう。
それだけ目の前にいるアスティアという女性は、裏も表も全く感じさせない。真っ直ぐな性格をしている普通の女の子なんだ……という印象を俺は感じた。
けれどある意味、この世界の全てを知っているといっても過言ではない女神様とこうして直接会って話す機会が与えられたんだ。
俺は先ほどまで受けさせられていた、謎の女神の試練の事も含めて。気になっていた事を、一気に彼女に聞いてみる事にした。
「女神アスティア、あなたが俺にさっきまで受けさせていた『女神の試練』には、一体どんな意味があったんだ? 俺は試練を無事に突破する事が出来たみたいだけれど……それで、俺の何が分かったというんだ?」
俺からの問いかけに対して、アスティアは大きな瞬きを何度もしながら。俺の様子を注意深く探るようにして声をかけてくる。
「……私はコンビニの勇者であるあなたが、この世界の未来を託せる人物なのかどうかを知りたいと思ったの。だからあなたが『最愛の人を救う為に、己の全てをかけられる人』なのかどうかを確かめる事にしたのよ」
「俺はあなたの人生が、最愛の人である『最初の勇者』の事を想い続けて、これまで長い道のりを歩んできた事を知っている。だからこの俺もあなたと同じように、最愛の人を救う為に全力を尽くせる人物なのかどうかを、試練を課す事で確かめておきたかったという訳なのか?」
俺からの質問に対して、女神は国を大きく左右に振って。ハァ……と、小さくため息を吐いてみせた。
「……いいえ。全くその逆なのよ。私と同じような道を歩む人物は、これからこの世界を平和へと導く勇者としては相応しくないわ。勇者はこの世界に住む全ての人々に対して、等しく平等であり。例え自分の命を賭けてでも、最愛の人だけでなく。この世界の全ての人を救い出そうと必死になる人物であって欲しいと私は願っているの。そしてそういう人物でなければ、女神のいなくなった後の世界を託せないと思っているから」
女神アスティアから予想外な回答を聞かされ。俺は思わず目を丸くして、彼女の姿を凝視してしまう。
何だって……? アスティアは、最愛の人の為だけでなく。この世界の人々全てに対して、平等に接せられるような勇者を求めているというのか?
「ええ、そうよ。私は私の目的を達成する為に、全てを捧げても構わないと思ってこの世界を生きてきた。けれど、結果としてこの世界に沢山の異世界の勇者を召喚し、無数の悲劇を生み出してしまった事を悔いてもいるの。謝れというのなら、いくらでも謝るわ。それでも私は、自分の歩んできた道を止める事はもう出来ない。それにその長い道のりも、もうすぐ終わりを迎える事になるしね……」
「俺が試練の中で、自分の最愛の人を守るだけでなく。他の全ての人々を救う為に必死になれるのかどうかを、あなたは見守っていたという事なのか。それで俺は、無事にあなたの課した試練を合格出来たという訳なのか?」
「……………」
俺がその事を問いかけると。途端に女神アスティアは、無言で押し黙ってしまった。
――? どうしたのだろう。
女神は何か困った事でも起きたかのように、俺に対して大きなため息を吐くようにして、語りかけてくる。
「……そうね。その事を確かめたいと思っていたのだけど。残念ながら『試練』はあなた自身の能力によって、内部から上書きをされて乗っ取られてしまったの。だから私は試練に対して、あなたがどのような行動を実際に取ったのかを詳細に確認する事は出来なかったわ」
「試練を内部から乗っ取られただって……? それはどういう事なんだ?」
女神の話を聞いて。俺の頭の中に真っ先に浮かんできたのは『叙事詩』の能力を持つ、朝霧冷夏の存在だった。
朝霧は新しく手に入れた能力『上書き挿入』を使用して、今回の女神の試練に外部から干渉し。俺の最愛の人物として、試練の中に自分自身を無理やり参加させるという事をしでかしてきた。
つまり女神アスティアの試練は、朝霧の歴史干渉の能力によって、内容を別なものに上書きされてしまったという事らしい。
本来は試練の中にはティーナが登場をして、俺と一緒に試練を挑む事になっていたのかもしれない。
だが……俺は試練の中でなぜか俺の最愛の人物として登場した朝霧と一緒に行動する事になってしまった。
おそらく女神アスティアは、その事を『試練が乗っ取られた』と言っているのだろう。
「試練の内容が書き換えられてしまった事については、それは俺の責任じゃないぞ。俺には、俺限定でちょっかいを出してくる世話焼きの女神様が別に存在しているんだ。今回もそいつが俺にお節介をして、試練に登場するヒロインの役を無理やり変更してきやがったんだよ。だからそれは俺の能力のせいじゃないからな」
俺はやれやれと、さも困り果てたようなジェスチャーをとり。その事をアスティアに伝えてみせる。
けれど、俺が予想していた反応とは違い……。
女神アスティアは、俺の背後に亡霊が立っているのを見つけたかのような驚愕の表情を浮かべ。
顔を真っ青にしながら、真剣な目線でこちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「そうなのね……。やっぱりあなたの中にも『居る』という訳なのね。コンビニの勇者の心の中にしか存在しない人物が……。5000年前のコンビニ大戦において、私はあなたでは無い、もう一人のコンビニの勇者――無限の大魔王と成り果てた秋ノ瀬彼方に敗北を喫しました。それはコンビニの勇者が待つ『真の能力』に、私が気付く事が出来なかったからなの」
「コンビニの勇者が持つ『真の能力』だって? 一体何の事を言っているんだ……?」
俺には、女神アスティアが何を言っているのか全く分からなかった。
だってそうだろう? 確かにコンビニには、想像も出来ないような沢山の能力が隠されているさ。何せコンビニは人々の願いを叶え、みんなの利便性を追求する願望機の役割も備えているからな。
コンビニを守る守護者がいたり、地下に温泉施設や、映画館、無限に広がる農園エリアだってあるし。
俺の両肩に浮かぶ小型の衛星からは、強力なレーザー砲だって発射する事が出来る。
でもそんな俺に……まだ、知り得なかった謎の『真の能力』なるものが存在してるって言うのかよ?
ハハッ……それは何だか面白いな。出来る事なら、宇宙から隕石を落とす能力だとか、異世界から巨大な羽の生えた神獣を召喚出来るような能力があってくれれば、あの巨大コンビニ要塞をも、一撃で破壊する事が出来るのかもしれないな。
俺は半ば、女神アスティアが冗談を言っているのだろう……と思い。真剣にその内容について考える事が出来ないでいた。
……コンビニの勇者の真の能力? そんなのが最終決戦を控えた最後の土壇場に判明するなんて。何だかあまりにも、ご都合主義全開のような気がしてしまったからだ。
「あなたと、過去に召喚されたコンビニの大魔王は、おそらくそれぞれ異なった『真の能力』を持っているわ。きっとそれは同じ人物でありながら、心の奥底で願った願望が異なっていた為に、途中で能力の分岐が行われてしまったからなのでしょうね」
「だから俺の真の能力というのは……一体、何だって言うんだよ? いい加減、勿体ぶらずにそれを俺に教えてくれないか?」
目の前にいる女性が、この世界で最も尊ぶべき女神様だというのに。俺は少し不機嫌そうに精神をイラつかせて、彼女に問いかけてしまう。
もしかしたら、この時の俺の心は女神の言葉の何かに激しく『動揺』をしていたのかもしれない。
きっと俺の心の奥に潜む何かが、女神の口を通して真実を知らされてしまうのを恐れていたのだろうか……?
「私はコンビニの勇者であるあなたの事は、5千年前の戦いの時に玉木と一緒に直接対峙をしていたからよく知っているのよ。でも、私の過去の記憶の中に……。『あなたと1万年前に実は会っていた』という、謎の記憶が突然挿入されてきたの。それはおそらく、あなた自身によって引き起こされた『真なる能力』による効果だと思う」
「だから、それは違うんだよ! 俺には『俺の物語』の過去も未来も全てを見通す事が出来る、クラスメイトの能力者が別に存在しているんだ。そいつが今回の女神の試練にも干渉をして、試練の中に無理やり入り込んできたんだ。だから俺はそいつと一緒に、今回の試練に挑む事になってしまったんだよ!」
俺が声を荒げて、女神に反論をすると――。
女神アスティアは、何かを悟ったかのような悲壮感に満ちた顔色を浮かべ。
まだ何も知らない子供に言い聞かせるようにして、俺に静かな声で話しかけてくる。
「あなたは何か勘違いをしているようね……。私が用意した女神の試練は、特殊な魔法を用いて作り上げた結界の中で行われていたの。その結界の中には『何人たりとも』外部から干渉する事は出来ないし、内部に侵入する事も出来ない。あなたは最初から最後まで、たった一人だけで試練に挑んでいた事になるの」
「そんなバカなッ……!? いや、俺は『上書き挿入』の能力を使って俺の歴史に干渉してきたクラスメイトの朝霧冷夏と、間違いなく一緒に女神の試練を受けていたんだ。朝霧の能力は女神の魔法結界の能力を上回るほどに強力なものだったから、アイツには試練の内容を書き換える事が出来たに違いないんだ……!」
呼吸を荒くして、必死に反論をする俺を……。
女神アスティアは、ゆっくりとなだめるように。そして冷静に全ての真実を見通しているような表情で、俺の事をじっと見つめていた。
「……コンビニの勇者の、秋ノ瀬彼方さん。あなたに私はもう一度だけ言います。女神の試練の内容は、あなた自身の能力によって書き換えられてしまったの。そこにはあなたが言うような、外部の人物からの干渉は全く無かった。実は今回の女神の試練では、私はあなたにその事についての『真実』に気付いて貰う事も目的としていたのよ」
「……は? 俺が真実に気付くだって……?」
静寂に包まれた、グランデイル王城の謁見の間において。女神アスティアは、俺の様子を伺うようにして一回、深呼吸を挟んだ後で。
子供を諭す母親のような口調で、俺に向かってこう告げてきた。
「――新しいコンビニの勇者の、秋ノ瀬彼方さん。あなたが試練の中に侵入して来たと主張する人物は……。今まであなたの『心の中』以外の場所で、他の誰かに話しかけられたり、見かけられた事が一度でもありますか? よく、思い出してみて下さい。もしかしたらその人物は、常にあなただけにしか見る事も話しかける事も出来ない、あなたの『心の中』だけに存在していた人物だったのではありませんか……?」




