第四百六十五話 女神からの試練⑧
「朝霧……!? ここは、どこなんだ? 女神アスティアの第3の試練がもう、始まったというのか?」
見渡す限り俺の視界の先には、『真っ黒な闇』が一面に広がっていた。
いつの間にかに、朝霧冷夏の姿は消失してしまい。俺は豆電球のような小さな光が点々と灯されている、宇宙空間にも似た不思議な場所に誘われてしまったらしい。
「朝霧の奴、また意味深な言葉を残して俺の前から消えやがって……。朝霧がこの場にいないという事は、どうやら今度の第3の試練も俺はまた一人きりで挑む事になりそうだな」
薄暗い暗黒の空間は、しだいにモザイク処理がされたかのようにボヤけて色褪せていき。
俺の視界の先には少しずつだが明かりが灯り、白い光に包まれた空間の中を突き抜けると、昔から俺がよく見慣れた懐かしい景色が見えてきた。
「……えっ? ここはもしかして――『コンビニ』の中なのかよ?」
気付いた時には、俺は日本のコンビニの店内にいた。
俺が大好きで、子供の頃からよく通っている見慣れたコンビニの景色。ここは……ドーソンなのか?
青っぽい看板のイメージカラーが特徴的で。コンビニマニアの俺は店内の雰囲気を見ただけで、すぐにそこがどのコンビニの店内なのかを識別する事が出来る。
「いや……今はそんなコンビニのうんちくを垂れ流しているような場合じゃないぞ! ここはマジで『本物のコンビニ』の店内じゃないかよ?」
コンビニの勇者が、コンビニに居て何かおかしいのか……と言われたら、別におかしくなんて無いけどさ。だけど俺が言いたいのは、そういう事じゃないんだよ!
今、俺がいるここは……日本にある、普通のコンビニの『ドーソン』の店内だという事なんだ。
「まさか……!? 俺は異世界から日本に戻ってきたというのか? 店内には普通の客だっているし、レジにはアルバイトの店員も立っているみたいだぞ」
当たり前と言えば、本当にそれは普通に当たり前過ぎる日本の日常の光景だった。
ピッ、ピッ、とレジで商品のバーコードを読む音。そして自動ドアの入り口が開き、コンビニの店内に新しい客が入ってくるお馴染みの入店音。
コンビニに入ってくるのは、みんなどこにでもいる普通の格好をした日本人で、決して異世界の住人達のようには見えなかった。
そう……ここは、どう見ても俺の地元の街にある普通のドーソンの店内だった。
しかも、ここは俺の学校の近くにあるコンビニだ。よく帰り道で寄り道していたから間違いない。俺の馴染みのコンビニの景色が今、目の前に広がっているんだ。
「これは……どうなってるんだ? もしかして、既に女神の第3の試練は始まっているというのか? 俺が通っていた地元の高校近くのドーソンに瞬間移動をさせて、一体何をさせようと言うんだよ……」
不審な点は山ほどある。よく見ると俺の服装は、異世界で着ていたコンビニ店長専用服のままだし。決してタイムリープして、過去のシーンのどこかに戻ってきた……という訳でも無さそうだった。
とりあえず、まずは状況把握が肝心だな。
俺は、若い他校の高校生やら仕事のお昼休憩にコンビニ弁当を買いに来ている、サラリーマン達が並んでいるレジ前の列をすり抜け。
レジでカゴに入った商品のバーコードを読んでいる、バイトのロン毛店員に声をかけてみた。
「――おい! ここは◯◯町の、平成昭和通り前にあるドーソンで間違いないんだよな?」
ロン毛の顔に無精ヒゲを伸ばした、明らかにやる気の無さそうな店員がバカを見るような目つきで、レジ前の列を割り込んできた俺の顔を見る。
そして無表情のままで、感情のこもらない機械的な声で俺にこう告げてきた。
「第3の試練はもう始まっているんだ。そんな所でキョドってないで。さっさと入り口の横にあるATMの画面を見てこい!」
「……ハァ?」
おおよそ、俺が想定出来る言葉の範囲を裏切って。
ロン毛のコンビニ店員は、俺の目を真っ直ぐに見つめながら意味不明な言葉を返してきた。
その明らかに不自然な様子と、告げられた言葉を聞いて。俺は……すぐに現在の状況を察してしまう。
コンビニのレジに並んでいた客達も、俺が突然後方から割り込んできたにも関わらず。何も文句を言う事なく、淡々と動じずにその場に立ち続けている。
――そう。つまりこの場にいる店員や客達も含めて。ここは決して日本のコンビニの店内なんかではなく、女神が用意した『第3の試練会場』という事らしかった。
「……そういう事かよ。って事は、試練の内容を記した『立て札』がまたどこかに置かれているって訳か」
俺はロン毛店員が話した内容通りに、懐かしい日本のコンビニの店内を歩いていき。入り口の横に置かれていたATMの画面をすぐに確認してみる事にする。
そして予想通り、ATMの画面は俺が指で触れた途端に別画面に切り替わり。真っ暗な画面の上には白い文字で俺に向けたメッセージが表示された。
『――今から30分以内に、異世界で現在まだ生存しているあなたのクラスメイトの数と同じ人数の同級生を、このコンビニの中に集めなさい。もし、失敗すれば……あなたは永遠に異空間に閉じ込められてしまうでしょう』
「ハアァァァッ!? 一体何なんだよ、この謎のメッセージは? 今までの試練とあまりにも内容が違い過ぎるじゃないかよ!?」
……大体、30分以内って何だよ? いきなり時間制限とか設定してくるなよな!
それに出題の内容が意味不明過ぎる。異世界でまだ生存しているクラスメイトの数って……この試練を受けてる現時点で、異世界で生き延びている俺のクラスメイトの数って事でいいのか?
その生存人数と同じ数のクラスメイトをこのコンビニの中に集めてこい、っていうのかよ?
いや……マジで冷静になるんだ、俺!
時間は限られてるからな。ほんの1秒でも無駄にする事は出来ないぞ。
もし俺の読解した通りの内容で、このメッセージが出題されているのだとしたら……。
現時点で『生存』しているクラスメイトの人数を、この第3の試練会場の世界で。俺の馴染みのコンビニであるこのドーソンの中に、連れて来ないといけない事になる。
俺達2年3組は、総勢で31人の仲間がいた。
それが約1年半前に、異世界にクラスごと召喚されてきて。現在ではその人数は、半数近くにまで減ってしまっているはずだ。
現時点で、異世界での死亡が確定してしまっているメンバーは――。
クルセイスに殺害された、2軍の勇者の8名。
ミランダ領の戦いで死亡した、水無月。カルツェン王国の地下迷宮で死亡した、川崎と佐伯。クルセイスによって魔物に姿を変えられて死亡した、金森と霧島。
「俺達3軍のメンバーからは、まだ誰も死亡者が出ていない事を考えると……。死亡者の合計は13名。つまり31―13で、合計18名のクラスメイトを今から30分以内に、このコンビニの中にかき集めないといけないって事なのかよ?」
正直に言って、生存者の人数が正確に18名とまだ確定されている訳じゃない。
迷いの森以降、消息が正確に分かっていない倉持と名取の生存がまだ不明だからだ。
倉持については俺の見た仮想夢の中でも、グランデイル王城の地下に出現していたくらいだからな。おそらくアイツはきっと生きていると思う。だが……名取については、その消息が全く分かっていなかった。
でも、おそらく……名取も生きていると思う。倉持と名取は2人でセットみたいな所があるからな。今回は名取が生きていると信じて行動するしかないだろう。
「――にしたって、ヤバいな……。たったの30分以内に、ここに18名ものクラスメイト達をかき集めてこいって、そんなのマジで無理ゲー過ぎるだろう」
「おーーい、彼方ーー!! お前、こんな所で何してるんだよーー?」
「……って、うおおおおぉぉぉ!?」
誰かに声をかけられて、後ろを振り返ってみると。そこにはいつの間に、桂木と川崎の2人のクラスメイト達が立っていた。
野球帽を被っている桂木は、どうやら部活帰りらしい。そして相撲部の川崎の姿を見た俺はというと……。
「えっ、か……彼方くん? どうしたんだよ〜、いきなり僕の顔を見て、大泣きし始めちゃったけど……」
「川崎、本当に、本当にごめんな……。今度はいくらでも好きなだけ俺のコンビニから、トイレットペーパーを持っていってくれていいんだからな……」
「いや、何で僕がトイレットペーパーを欲しがる設定になってるのさ! コンビニの中でえんえん子供みたいに泣かれるのは恥ずかしいから、やめてよね!」
「そうだぞ、彼方ー! それに何だよそのコンビニのアルバイトみたいな格好の服装は? お前、コスプレでもしてるのかよ? 一瞬、別のコンビニの店員かと思ったけど、こんな所で何してたんだよー?」
桂木の言葉を聞いて、俺はすぐに目を覚ます。
――そうだ! 俺には時間が無いんだった。
死別してしまった川崎との再会を懐かしんで、ここでずっと悲しみに暮れている時間は無い。すぐにでも18人のクラスメイトを、ここに集めないといけないんだ!
「桂木、川崎! お前達で2年3組の他のメンバーに声をかけて、ここに呼び集められるような奴はいないか? 俺はみんなを急いでこのコンビニの中に集めないといけないんだよ!」
「ハァ〜? 何だよそれ? 何かのゲームでもしてるのか? まぁ、物分かりの良い俺は、後で『Rチキ』を3つ奢ってくれるなら協力してやるけどな」
「ああ、好きなだけお前達にRチキを奢ってやるからさ。頼むよ、あと30分以内にみんなをここに呼び寄せたいんだ!」
俺からの頼みを聞いてくれた2人は、それぞれ自分のスマホを取り出して。さっそく自分が声をかけられる友人に連絡を取ってくれた。
「オッケー! 俺は北川と藤堂の2人にここに来るようにと、メール送信しておいたぜ! 川崎は佐伯に連絡してくれたみたいだけど、佐伯は隣の駅にいるからちょっと遅れるかもしれないみたいだな」
「いや、遅れちゃダメなんだよ……! マジで後25分以内くらいで、みんなをここに集めてないといけないんだ。最低でも18人。それだけの人数のクラスメイトが、ここに集まっている必要があるんだよ!」
「いや、彼方の奢りのRチキ食い放題がかかってるから、俺も全力で協力はするけどさー。そういう彼方、お前も人の手ばっかり借りていないで、親友の杉田とかにも声をかけて呼び寄せろよなー」
「呼び寄せろって言ったって、俺には何も連絡を取れる手段が……って、うおおおぉぉぉ!? スマホが俺のポッケに入ってるぅぅぅ!?」
いつの間にかに、俺のズボンのポケットにはスマートフォンが入っていた。しかもそれは、俺が日本にいた時に実際に使っていた俺のマイスマホだった。間違いない、壁紙がうちの愛猫のミミになってるしな。
「やべっ……! 久しぶりに自分のスマホを見れて、マジでテンション上がったぜ! よし、俺も声かけられるクラスメイトに連絡を取る事にするぞ!」
まず連絡を取ったのは当然、共に童貞同盟を結んでいる盟友の杉田勇樹だ。
杉田は異世界では同盟を裏切り、リア充丸出しな妻子持ちに成り果てた裏切り者だけど。頭数を揃える為にはしょうがない。すぐにここに出頭するように、アイツにSNSでメッセージを送ろう。
「……ええっと、杉田へ。お前の未来のリアル嫁、ロリメイドのルリリアさんは俺が預かっている。返して欲しければ、今すぐ10分以内に玉木を連れて学校前のドーソンに来ること。――以上」
よし、これでいいだろう! 杉田の奴には真面目な文面より、こういうノリの方が呼びよせやすいからな。
俺は懐かしい自分のスマホの、連絡先一覧の画面を見て。他に俺がクラスで連絡先を知っている奴がいないかと調べていると……。
「ゲゲッ!? よく見たら、俺……倉持の連絡先の電話番号を知っているじゃないかよ。マジで忘れてたぜ。多分小学生くらいの時に、連絡先の交換をしたんだろうけど。全然、記憶に無かったぞ……」
まぁ、この際だから仕方ない。きっと初めてスマホで連絡を送る事になるけど、倉持もここに呼び出そう。
おまけで倉持の熱狂的ストーカーでもある、名取も付いてきてくれたらマジでラッキーだからな!
「ええっと、倉持へ……。子供の頃、近所の将棋大会でお前をボッコボコに負かせて、プライドをへし折っちゃってごめんね、テヘ☆ 謝ってあげるから、学校の前のドーソンに20分以内に来てくれないかな? 後、後ろを振り向いて、もしそこに名取がいたなら、一緒に連れてきてくれると嬉しいな! あなたの親友の、彼方きゅんより☆」
よーし、これでいいだろう!
倉持の野郎のLINEは知らなかったから、ショートメールで直接電話番号にメッセージを送ってやったぞ。
この適度にアイツの自尊心を破壊する感じの、最高のうざうざメールを読めば。怒りで我を忘れて、確実にここに来てくれるだろうと俺は信じてるからな、倉持!
「おーーい、彼方ー! 北川と藤堂が来てくれたぞー! お前、ちゃんと目標が達成出来たなら、コイツらにもRチキを奢ってやってくれよなー!」
「おおっ、桂木! お前マジで最高だぜ! 本当にサンキューな!」
コンビニの中には、何が何やら分からない……といった様子の北川、藤堂の2人組も新たにやって来ていた。
桂木の呼びかけに応じて、2人はすぐに学校からコンビニに来てくれたみたいだけど。
そうか……元々、この3人は仲が良かったんだな。今ではコンビニ共和国の3人組男勇者として、活躍してくれているメンバーになっている奴らなんだけどな。
「……んで、彼方。肝心な時間の方は大丈夫なのかよー? 確か30分以内にクラスの連中をコンビニに集めるゲームなんだろう?」
「そ、そうだった……。残りの時間は……!」
先ほど見た、入り口の横のATMの画面を急いで覗き見てみると。
そこには、いつの間にかにカウントダウンの表示が表示されていた。その数字は、刻一刻と残り時間を減らし続けていて。
俺が第3の試練をクリアする為に必要な残り時間は……あと、17分しか残されていなかった。
「おいおい、マジかよ! あとたったの17分ぽっちで、クラスメイトをコンビニに18人集めないといけないのかよ……」
今ここには、集まってくれているのは桂木と川崎。そして、今来てくれたばかりの北川と藤堂を含めても4人しかいない。
つまり俺を含めて、まだ5人しか居ない状態だ。
それなのに……あと17分で、残りの13人を呼び寄せないといけないなんて。無理ゲーに決まってる。
俺が半ば、絶望的な表情を浮かべて。無慈悲にも、冷酷に時間を減らしていくATMのカウントダウン表示を眺めていると。
まさに助け舟登場といった感じで、俺が中学生の時からよく遊んでいた親友コンビが、入り口のドアを勢いよく開けて、コンビニの店内に走り込んできてくれた。
”ピンポーーーーーン!”
「うおおおぉぉぃぃ〜!! 彼方〜!! 俺の未来のパートナーになるロリメイド嫁ちゃんは、どこにいるんだよ〜!? お前がきっと未来予知でもして。秋葉原のメイド喫茶で働いているメイドさんを、俺に紹介する為に連れてきてくれたんだよなぁぁぁ!?」
コンビニの入り口には、目が真っ赤に血走って。野獣のように白い吐息を吐き出しまくっている、神聖童貞の杉田と……。
そんな杉田に無理やり手を引っ張られて、ここに連れてこられたらしい、オドオドとした様子の玉木の2人が駆けつけてくれていた。




