第四百六十一話 女神からの試練④
「朝霧……? ここは、どこなんだ? 俺は確か溶岩の川にみんなが落ちてしまうのを救おうと、地底に光の壁を広げて、それから………――ッッ!?」
すぐに俺は直前の記憶を取り戻し、柔らかい朝霧の膝枕の上から飛び起きた。
そして急いでキョロキョロと、周囲を見回してみる。
俺と朝霧の2人は辺り一面、白い大理石の壁で囲まれている大きな部屋の中にいた。周りには俺達以外は誰もいない。そう、何度確認をしても……ここには、ザリルや、区長さん達の姿は見当たらなかった。
「――朝霧!! みんなは、どうしたんだ!? 地底の溶岩の川の上に吊るされていた壁外区の住人達は、どこにいってしまったんだ? 俺が広げた光の壁が壊れてしまった後、みんなは無事に逃げる事が出来たのか……!?」
語気を強めて、まくし立てるように俺は朝霧に問いかけしまう。それはここにみんなが居ない理由を、どうしても確かめたかったからだ。
まさか、ザリルや区長さん達は……あのまま溶岩の川の中に飲み込まれて、全員焼け死んでしまったんじゃないだろうな?
朝霧は、俺の狼狽えている様子を見て。まるで他人事のようにクスッと口元を歪めて笑ってみせた。
そして、そんな事は別にどうでも良いと言わんばかりの冷たい回答を俺に返してくる。
「……彼らがどうなったのかなんて、私は知らないわ。言ったでしょう? 試練のページを『読んでいない』私には、その内容や仕組みは何も分からないんだもの」
「なっ……!? それでもお前は、あの場にいて。俺が気を失う瞬間まで、溶岩の川の水位が上がってきた地底の様子を上から見ていたはずだ。あの時……俺や、ザリル達は一体どうなったんだよ? 女神によって、全員どこかに瞬間移動をさせられたりしたのか?」
「さぁ? それは、どうでしょうね。私は確かに彼方くん達が溶岩の川に飲まれた最後の瞬間を見ていたわ。でもその直後に、急に私自身も暗闇に飲まれて意識を失ってしまったの。目を覚ました時にはこの白い部屋にいて、隣に彼方くんが可愛い寝顔でスピー、スピーと寝息を立てながら寝ていたわ。周りには私達以外、誰もいなかったの」
「そ、それじゃあ……ザリルや区長さん達がどうなったのかは、誰も分からないというのかよ……」
「ええ、そういう事ね。もしかしたら、無敵ガード機能があるコンビニ店長服を着た彼方くん以外は、みんな死んでしまったのかもしれないし。そもそもあの人達は女神が試練の為に用意した『幻』で、あそこには最初から存在していなかったのかもしれないわね。……ウフフ、答えが分からないからこそワクワクすると思わない? 彼方くん」
朝霧はまるで自宅でRPGゲームを進めながら、先の展開にワクワクする子供のような笑顔で、俺にニコリと同意を求めるように微笑みかけてきやがった。
そのあまりにも不謹慎な笑い顔を見て、俺の頭の中でプツンと何かが切れて。
俺は朝霧の白くて細い体を、大理石の床の上に無理やり押さえつけるようにして、押し倒してしまう。
「ハァ……ハァ……、ふざけるな!! ワクワクするだって? みんなが死亡しているかもしれないというのに、何でそんなに呑気に落ち着いていられるんだよ! お前は本当は試練の答えを全て知っているんじゃないのか!? どうなんだよ、朝霧!! 答えろよ!!」
地面に押し倒した衝撃で、朝霧の着る黄色いドレスの胸に付いていた刺繍のワンポイントが落ちてしまい。
少しだけ、上から朝霧の胸元の中が覗けてしまった。
視界にそれが入ってきたせいなのか、それとも曖昧な態度を崩さない朝霧の様子に激怒したからなのか。いつにも増して俺は呼吸を荒げながら、朝霧を激しく怒鳴りつけてしまっている気がした。
そんな俺の様子を嘲笑うかのように、朝霧はゆっくりと両足を左右に広げて。俺の全てを受け入れるような態勢を取り始める。
「ウフフ。――さぁ、どうかしらね? 彼方くんの言う通り、もしかしたら私は女神の試練の答えを知っているのかもしれないわ。だとしたら、このまま力づくで聞き出すというのもいいかもしれないわよ? 私の服を荒々しく引きちぎって、獣のように全てを奪い取ればいいのよ。納得する答えが聞けるまで、遠慮する事なんてないわ。本能のままに私の体に激しい拷問を加え続けるのよ」
艶めかし朝霧の表情が、挑発するように俺の顔を真下から見上げている。
「ハァ……ハァ………」
俺の脳に理性がまだ、残されているからなのか。
朝霧が俺を挑発して、性的に誘惑しようとすればするほど。頭に昇っていた血の気がスーッと引いて、理性の保たれた平常心を取り戻していく気がする。
いったん大きく深呼吸をして、俺は荒んだ心の中を落ち着ける事にした。
「ウフフ、そんなに一生懸命に我慢なんてする必要があるの、彼方くん? 私と交われば、この世界の過去を改変してクラスのみんなを救う事が出来るかもしれないのに。同級生のみんなを救う為だと思って一肌脱いでも、誰も彼方くんの事を責めたりはしないわよ?」
「だーれが、上手いことを言えといったんだ。ここで俺が一肌脱いでお前とチョメチョメをした所で、女神の試練をクリア出来るとは到底思えないからな。毎日、ラッキースケベ攻撃を繰り返してくるティーナさんの過酷な誘惑に耐え続けた、俺の驚異的な忍耐力を甘くみるなよ?」
俺は朝霧の体の上から起き上がり、片目でウインクをしながら余裕の笑みを浮かべてみせる。
「……ふーん。まぁ、いいわ。そのうちきっと土下座をしてでも、私の体を彼方くんが激しく求めてくる日が来るだろうから。その時までお楽しみはとっておいてあげるわね? ウフフ……」
意味深に笑いながら、はだけた胸元を元に戻す朝霧。正直、その仕草が目に入っただけでも。童貞戦士レベル18の俺の目には、余りにも有毒過ぎるんだが……。
ここは、ゴクリ……と唾だけを飲み込んで。必死に耐え忍ぶ事にしよう。
俺から離れた朝霧は、白い大理石に囲まれた新しい部屋の内部をキョロキョロと観察するようにして、前に向かって歩いていく。
その様子を見る限り、確かに朝霧はネタバレ無しで。新鮮な喜びを持って、俺と一緒に女神の試練に挑戦している事を心から楽しんでいるようにも見えた。
朝霧は、先ほどの試練に登場したザリルや区長さん達の存在が、女神アスティアが用意した『幻』である可能性もあると指摘をしていたけれど……。
逆に、今……俺の目の前を歩いている『朝霧冷夏』の存在自体が幻で。女神が試練の為に用意した、偽りの存在という可能性はないのだろうか?
そう考えると、元々別のヒロイン【おそらく、本来はティーナ】が用意されていたという朝霧の話は嘘で。
そもそもこの朝霧の存在自体も含めて、女神アスティアが俺に課している試練の一部、という可能性もあり得るかもしれないじゃないか。
全く……疑い出したら、本当にキリがないな。
だけどもしも目の前を歩く朝霧が、ここには本当にはいない偽りの存在なのだとしたら。女神アスティアは、『叙事詩』の朝霧冷夏の存在をも上回る、『上位の存在』という事になるのか?
勝手な想像で、何も根拠がある訳ではないけれど。おそらく、それは違うような気がする。
朝霧の能力は、あまりにも特殊過ぎる。朝霧が読む物語の主人公である『俺』を中心とする世界の出来事に限定をすれば。
朝霧冷夏はまさに――『神』と呼んでいいほどの絶対的な影響力を持っていると俺は思う。
確かに、巨大コンビニ要塞に凄まじい落雷の攻撃を浴びせられるような、大魔法を朝霧が使える訳じゃ無い。
でも、朝霧はその前提となる『過去の出来事』が存在している意味さえも、外から干渉をして書き換える事が出来てしまうような存在だ。
つまり黄色いチューリップ色のドレスを着ている目の前の女性は、正真正銘の『俺』限定の女神様という事になるのだろう。
時々、意味深に笑う黄色い女神様の仕草に、俺はずっと翻弄されっぱなしだけどな。
「ここで朝霧と俺が結ばれる事があれば、過去を書き換えられるかもしれない訳か……。全く、嫌な誘惑の仕方だよな。それでもし、出来心で浮気でもしたら。突然マジックミラーの壁が崩れて、外から中の様子を凝視していたティーナさんと玉木に、俺がボコボコにされるオチが用意されている気がしてならないぜ……」
「……あら? 彼方くんは、マジックミラーものが好きだったの? それなら、そんなシュチエーションを用意してあげてもいいのよ?」
「遠慮しておく。それと俺の発した小声の独り言を、勝手に聞き耳を立てて盗み聞くのはやめてくれ」
「私はそんなに、聴力は良くないわよ。彼方くんは、思っている事が顔に出やすいのよ。それって、玉木さんにもよくツッコまれてない? 彼方くんの物語の中でも、たびたび指摘されている事だと思うから、今後は気をつけた方がいいと思うわよ」
何で俺の顔に、『マジックミラーもののシュチエーションが好き』だとか具体的な性癖が書いてあるんだよ?
その謎設定、まさか朝霧が勝手に物語に書き加えているんじゃないだろうな?
もしそうなら、マジで床に押し倒して。くすぐり地獄くらいのソフト拷問を加えてやりたいくらいなんだが……。まぁ、やめておく事にしよう。
きっと、くすぐりだけじゃ済まなくなって。変な雰囲気になったら、ちゃんと自分の心を自制出来るかどうか不安になるしな。
しばらく俺と朝霧は、2人きりで白い大理石の部屋を前に向かって進み続けた。
迷路のようなダンジョンになっている空間を、何度も曲がったり。階段を登ったり降りたりを繰り返していると……。
ようやく次の『試練会場』と思われる、広大な空間の場所にまで辿り着く事が出来た。
「彼方くん、見て! 今度はこの緑色に染まった壁に囲まれた部屋が試練の舞台みたいね」
朝霧の指さす場所に急いで駆けつけてみると、そこには森の深緑のように。濃い緑色の壁に囲まれた広大な空間が広がっていた。
「まるで森の中にいるみたいだな……。壁一面が全て緑色ってのも珍しいけど、ここが女神による第2の試練会場って訳なんだな」
最初の立て札に書かれていた文字によると、今回の試練を突破するには3つの難関をクリアしないといけないらしい。つまりここが、『2つ目の試練』が行われる場所という事できっと間違いなさそうだ。
それを裏付けるかのように、緑色に広がる広大な部屋のど真ん中には、また白い文字が刻まれている『立て札』が立てられていた。
さっそく俺と朝霧は、その立て札のある場所にまで歩み寄ってみる。
「ええっと、今度はどんな言葉がここに書かれているんだ……?」
俺は目を細めながら、そして朝霧はワクワクするような顔つきで。
2人で一緒に立て札に書かれた女神による文字を、その場で読み上げてみる。
『――ここに置いてある全ての石像の中から、あなたが一番大切な人だと思う人物の石像を見つけ出し。その石像以外の全ての像を破壊しなさい。そうすれば、あなたの犯した罪は許されるでしょう』
「……ハァ? 石像だって? そんなの、この緑色の部屋のどこに置いてあるというんだよ?」
「分からないわ。でも、仮にそれが問題なのだとしたら。答えを探すのは割と簡単そうね」
「簡単だって……? それはどういう意味だ?」
俺の顔を至近距離から見つめて。朝霧は怪しく微笑みながら、ウフフと意味深に笑ってみせた。
「だってそうでしょう? 今の彼方くんにとって一番大切な人はこの私になっているんだもの。それは変な意味ではなく、私の能力『上書き挿入』によって、ヒロインが書き換えられているから……って意味でだけどね? つまり、彼方くんは私の石像を探し出せばいいのよ」
「あのなぁ……仮にそうだとしても。肝心な石像がどこにも置いてないんじゃ、試練にならないじゃないかよ。ざっと周りを見回してみても、だだっ広いだけで。ここには何も置いてあるようには見えないぞ?」
俺は朝霧の反対側の方向に振り返り。後方の様子を見回してみた。
だけどやっぱり、そこには何も置かれてはいない。前回と同じで野球場のように広いこの緑色の壁に囲まれた空間の中には、何一つ物が置かれているようは形跡は見当たらなかった。
「朝霧、やっぱりこっちには何も置かれてないみたいだけど。そっちはどうだ? 何か石像が置かれていたりしそうか……?」
後方を一通り見回して、俺が立て札の置かれた場所に振り返ってみると。
ついさっきまで、そこにいたはずの朝霧冷夏の姿が突然、目の前から消失してしまっているのに気付いた。
「……えっ? 朝霧……? おい、一体どこにいっちまったんだよ?」
俺が思わず疑問の声をあげた、その時だった。
””ゴゴゴゴゴゴゴ――!!!””
突然、緑色の広大な空間に大地震のような、大きな揺れが生じる。
前回の試練と同じように、もしかしたら地面が崩れ落ちて。地底に落ちてしまうのでは……と思い。俺はとっさにその場にしゃがみ込み。周囲の様子を警戒しなから見回してみる事にする。
すると――緑色の壁から、白い霧のような煙が突然モクモクと噴き出し。
まるで白い濃霧に包み込まれたかのように、部屋の中全体の視界が白い煙によって完全に閉ざされてしまった。
「クッ……何だよこれは!? 朝霧ーーッ!! 俺の声が聞こえるかーー!? 聞こえるなら、すぐに返事をしてくれ!!」
俺は大声で、近くにいるであろう朝霧に向かって呼びかけてみる。
けれど白い霧の中から、朝霧の返事は全く聞こえてこなかった。
やがてゆっくりと、白いもやもやとした霧は晴れていき。ようやく解放された、俺の視界の先には……。
「えっ……!? 朝霧……?」
白い霧が消えて、元の視界が復活すると。そこには先ほどまで何も無かった広大な空間の中に、数千体近くもある人間の姿をした石像が、いつの間にかに連なって立っていた。
そして、白い文字の刻まれた立て札のすぐ近くの場所には――。
全く身動き一つ出来ない姿に変わり果ててしまった『朝霧冷夏の石像』が……俺の顔を見つめるようにして、静かにそこに置かれているのが見えた。




