第四十六話 異世界の勇者のお披露目 その④
この世界の歴史上――。
おおよそ25年のもの間、その存在が確認されていなかった魔王軍の幹部、『赤魔龍公爵』。
それが突如として、アッサム要塞の上空に25年ぶりにその姿を現した。
魔王軍の『4魔龍公爵』の1人であり、赤い色をした強力な魔物達を従えている、赤魔龍公爵。
魔王軍の幹部である4魔龍公爵達は、自分の直属の配下である魔物達を、それぞれ専用の色に分けて率いていると言われている。
今回、アッサム要塞の中に出現した巨大な赤いカニの魔物達も、高確率で『赤魔龍公爵』が、ここに引き連れて来た魔物達に違いなかった。
赤い巨大なドラゴンに乗った彼は、地上にいる異世界の勇者達に向けて、上空から巨大な火炎球による攻撃を続けている。
だが、なぜ彼はこの場所に突如として現れたのだろうか?
それも歴史上最後に確認をされた『ミランダ王国』をたった1人で滅ぼしたという、恐ろしい出来事から25年という長い沈黙を破ってだ。
「……一体なぜ、この場にあの『赤魔龍公爵』がやって来たのでしょうか? まさか……今回の作戦が魔王軍に、事前に察知されていたのでしょうか!?」
グランデイル王国女王、クルセイスが驚愕の表情を浮かべてそう呟く。
その呟きを、隣の席で聞いたドリシア王国の女王ククリアが溜息をつきながら苦笑した。
「……クルセイス様? グランデイル王国は、あんなにも盛大な戦勝祈願パレードをアルトラスの街で開いていたではないですか? ですから、今回の作戦の内容は魔王軍にもきっと筒抜けだったのだとボクは思いますよ。その辺りの街に歩いている子供に聞いてみても、『異世界の勇者様達が、これからアッサム要塞をみんなで攻めるんだー!』って事は、知っていたと思いますが?」
クルセイスの隣に座るドリシア王国の女王ククリアは、『赤魔龍公爵』が出現をしたという、この緊迫をした状況にも関わらず。
退屈そうに欠伸をしながら、冷静にクルセイスに事実を指摘した。
「……申し上げますっ!! 異世界の勇者様達に何か動きがあったようです!」
騎士団の幹部がクルセイスやククリア達、世界各国の首脳陣に緊急の報告をする。
アッサム要塞の外壁に作られた異世界の勇者達が立て篭っている前線基地。そこから『4人の人影』が外に向かって飛び出していくのが丘の上から見えた。
『防御壁』の勇者、四条京子が作り出した石壁に囲まれた前線基地から。沢山の魔物達が取り囲む、危険な壁の外に飛び出して行ったのは――。
『不死者』の勇者、倉持悠都。
『水妖術師』の勇者、金森準。
『結界師』の勇者、名取美雪。
『氷術師』の勇者、霧島正樹の4人である。
金森が外を囲む魔物な群れを大量の水流で押し流し。
4人の勇者達の進行方向に向けて、一気に道を切り開いていく。
そして、その後に続く様にして。4人の勇者は互いに密集して固まりながら、全速力で外に向かって駆け出していった。
「――あ、あれは……まさか倉持様!? もしや自らが囮となり。上空の『赤魔龍公爵』の攻撃を一身に引き受けようとされているのでしょうか? な、何て危険な事を……! あの方はこんな危険な状況にも関わらず、何と勇敢で責任感の強い立派な勇者様なのでしょう!」
クルセイスが心配そうに悲痛な叫び声をあげると、周囲にいた各国の首脳陣もそれに同調する。
「おおおおおっーーっ!? さ、さすがは……異世界の勇者様達のリーダーである『不死者』の勇者様だ! 自らを犠牲にして敵の中に飛び込んでいくとは! まさに仲間の安全を最優先に考えて行動をする、勇者様の鑑ではないか!」
各国の首脳陣、そして騎士団の幹部クラス達までもが、今回の作戦のリーダーである『不死者』の勇者がとった勇敢な行動に感嘆の声を漏らす。
クルセイスは両手で口を覆いながら、心配そうに自身の婚約者である男の勇姿を見つめ続けていた。
……だが、そんな恋する乙女モード全開のクルセイスに対して。
またしても隣に座るククリアが心底呆れた顔で、小声でツッコミを入れてきた。
「あのぅ、クルセイス様……? 盛り上がっている所にまた水を差すようで大変申し訳ないのですけどね。どうぞよくご覧になって下さい。彼は単に仲間を見捨てて戦場から『とんずら』をしようとしているだけにボクには見えますよ? あのような行動は勇敢でも何でもありません。仲間を見捨てる卑劣で醜悪な『恥さらし』の行動にしか、ボクには見えないのですけれど?」
「ええっ!? 仲間を見捨てるですって……? そんな! 倉持様に限ってそのような事をなさる訳がありません!」
慌てて否定するクルセイスに、ククリアが再び退屈そうに欠伸をしながら冷静に指摘をする。
「……では、何で彼は上空からの攻撃を防ぐ事の出来る『結界師』の勇者を一緒に連れているのでしょう? あれでは前線の基地に残された他の勇者達は、完全に無防備な状態になってしまいますよ? ……今、囮となっているのは、むしろ前線基地に取り残されている他の勇者達の方ではないでしょうか?」
「えっ、えっ……?」と、現在の状況の分析が出来ないクルセイスが困惑の表情を浮かべる。
その様子を見つめながら、ククリアは頭を抱えながら残念そうな顔で深く溜息を吐く。
彼女はその賢すぎる洞察力ゆえに、他人の無知と愚かさに常に頭を抱えながら生きているようだ。まだ幼い年齢であるにも関わらず、その童顔な顔には歳に不相応な疲れが溜まっているようにも見えた。
一方、その頃……。
前線基地に残され、防御結界を張る事の出来る『結界師』の勇者――名取美雪を、倉持に連れて行かれてしまった残りの勇者達は激しく激昂していた。
「あの、クソ委員長! 『結界師』の美雪ちゃんを連れていくなんて、私達を囮に使って見殺しにする気なのね! もう絶対にアイツだけは許せないんだから!!」
『狙撃手』の勇者、紗和乃が声を荒げて裏切り者の倉持を激しく罵る。
倉持は全員に相談する事なく。勝手に前線基地から『結界師』の名取と、『水妖術師』金森を連れて、石壁の外に飛び出して行ってしまった。
そして、3人の悪巧みを近くで盗み聞きしていた『氷術師』の霧島も、基地の中に置いて行かれないように――こっそりと3人の後を追ったらしい。
紗和乃が激昂するのは、当然だった。
上空の赤いドラゴンの攻撃を防げるのは現状……名取が張ってくれる防御結界のみだった。
だからアッサム要塞に侵入をした異世界の勇者達全員が、この前線基地に集まっていたのだ。
この石の壁に囲まれた基地の中は……豪雨を避ける為に一本だけしか用意されていなかった傘に、全員が身を寄せあって降り注ぐ雨を凌いでいたような状態だ。
その命綱であった『防御結界』が張れる名取を……。
倉持は自分の身を守る為だけに、連れ去ってしまった。
これでは前線基地に残る異世界の勇者達は、盾を失い完全に丸裸の状態で、敵前に取り残されてしまったようなものである。
おまけに、2軍メンバーの川崎や、四条、佐伯など。
魔物達と直接戦闘が行えないメンバーも、ここにはたくさん残っている。1番レベルの高い『回復術師』の勇者である香苗美花でさえも、魔物との戦闘は得意ではない。どちらかと言えば、彼女は回復に特化をした勇者である。
だから事実上――この中で戦力になる勇者は『狙撃手』の勇者である紗和乃と、『槍使い』の勇者である水無月と、『火炎術士』の勇者である杉田の3人くらいしかいないのだ。
「くっ……これは、本当に最悪な状況ね……」
紗和乃が舌打ちをして毒づく。
前線基地を守る防御結界が無くなってしまった以上。ここに集団で残るのは、敵に的をデカくして、狙いをしやすくしてしまっているようなものだ。
少しでも生存確率を高めるなら、一か八かで壁の外に全員がバラバラに飛び出るしかないだろう。
それなのに……ここに残っている勇者達は、チームで連携を取らなければ、まともに戦えないようなメンバーが沢山残っている状況なのだ。
「水無月くん、杉田くん! 準備はいい? 私達3人で外の敵を何とか蹴散らして、香苗ちゃんや、川崎くん、四条さんと佐伯くん達を守りながら撤退するわよ!」
それがいかに困難な事なのかは、紗和乃自身が1番よく分かっている。
自分自身の身を守る事さえも難しい状況なのに……他のクラスメイト達を守りながら逃げるなんて、とても無理な話だろう。
でも、逃げ出した倉持のような卑劣な事は絶対に出来ない。
仲間をここに置いていくなんていう決断は……。紗和乃や他の勇者達には、決して出来ない事なのだから。
「……紗和ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜! すぐにここに白馬の王子様がやって来て、私達みんなを助け出してくれるから!」
焦りと緊張で、顔面蒼白な表情をしていた紗和乃や水無月達の耳に。のほほ〜んとした、猫のように甘ったるい声が聞こえてきた。
「……えっ、あっ!? 紗希ちゃん!! そんな所にいたの!? ずっと姿が見えないから、もう……心配をしたじゃないの!」
紗和乃や他の勇者達は、基地の中にいつの間にかに立っていた『暗殺者』の勇者――玉木紗希の声に驚いた。
玉木は1軍メンバーではあったが、他のみんなよりレベルがかなり低かったので。『隠密』の能力を使い、極力敵に見つからないように姿を隠して、自身の身を守りながら出来る範囲で戦闘に参加をするように……と倉持からの指示を受けていた。
だから、みんなは姿の見えない玉木はどこか安全な場所に身を隠して、静かにこちらの様子を見守っているのだと思っていたのだ。
ちなみに『狙撃手』の勇者である紗和乃と、クラスの副委員長でもある玉木はとても仲の良い親友同士でもあった。
「ねえ、紗希ちゃん。白馬の王子様がここにくるから大丈夫って、一体どういう事なの?」
「ふふ〜ん、それはこれからのお楽しみね〜! 私の白馬の王子様は『コンビニ』に乗ってやって来るんだから」
「えっ!? コ、コンビニに……!?」
紗和乃は玉木の言った言葉の意味が分からずに、目を白黒させる。
――ちょうど、その時。
アッサム要塞の上空を旋回していた赤いドラゴンが、前線基地に残る勇者達に狙いを定めて急降下を開始し始めていた。
慎重に狙いを定めて、ドラゴンの口から放出する火炎球で、一気に勇者達を葬るつもりなのだろう。
「きゃあああああああっ――!!」
基地の中に残る、他の勇者達が大きな悲鳴をあげる。
もうここには、自分達の身を守ってくれる防御結界は存在しない。
あの巨大な火炎球がもしまた、ここに吐き出されたのなら……。この場に残る全ての人間が、一瞬で真っ黒な燃えカスにされてしまうだろう。
全員が最期の覚悟を決めた……その時だった。
『『ズドーーーーーーーーーン!!!』』
突如、耳の鼓膜を突き破るかのような巨大な爆発音が……アッサム要塞の上空に大きく響き渡る。
基地に残る異世界の勇者達が、慌てて空を見上げると――、
そこには巨大な黒煙と、激しく燃え盛る炎に包まれた、赤いドラゴンの姿があった。
「……えっ、えっ!? 一体どうなっているの!?」
動揺する紗和乃に、玉木が右手の親指を立ててニッコリと笑いかける。
「だから言ったでしょう? 私の白馬の王子様。――『コンビニ』の勇者の彼方くんのお出ましよ〜! さあ、みんな〜〜! 彼方くんが来たから、大船に乗ったつもりでもう安心しちゃっていいんだからね〜!」
「はああっ!? 彼方だってぇ〜!? 副委員長……それは一体、どういう事なんだよーー!!」
秋ノ瀬彼方と仲の良かった、親友の杉田勇樹が驚きの声をあげる。
黒煙に包まれていた赤いドラゴンが、大きな咆哮をあげて上空で急旋回を開始した。
その後を、追うようにして――。
空に白煙の糸を引きながら。地上のコンビニから発射された『地対空ミサイル』が赤いドラゴンの後を追尾していく。
先程のミサイルによるダメージが、赤いドラゴンには相当こたえたのだろう。
赤いドラゴンは空の上で高速旋回をしながら、追尾してくる地対空ミサイルを何とかかわそうと試みるが――その追跡を振りほどく事が出来ない。
追尾してくる地対空ミサイルが再び、赤いドラゴンに直撃をする寸前で――。
ドラゴンの上に乗っている黒い人影が、何らかの魔法攻撃を放ち。コンビニの地対空ミサイルを空中で撃墜した。
『”ドゴーーーーーーーーン!!!”』
再び凄まじい轟音と、爆発による大きな衝撃と振動が地上を襲う。
赤いドラゴンが、追尾してくるミサイルの攻撃を凌いで安心をしたのもつかの間――。
地上のコンビニからは、立て続けに次の『地対空ミサイル』が白煙の糸を引きながら、赤いドラゴン目掛けて再び発射をされる。
たまらずドラゴンは、アッサム要塞の上空から離れるようにして、大きな旋回を開始する。
しかし、その後を追うように追尾型のミサイルが、空に美しい白煙の線を引きながら追撃していく。
何はともあれ、前線基地に残る異世界の勇者達の危機は回避されたようである。
だが、石壁に囲まれた前線基地の周りには、数万の魔物達が依然として周囲を取り囲んでいる状況だ。
リーダーである倉持が逃げ去ってしまった以上……基地に残るアッサム要塞攻略組の戦力は、半減してしまっていると言ってもいいだろう。
基地に残る勇者達だけの力では――周りを取り囲む、数万を超える魔王軍の魔物達を排除する事は出来ない。
そして、更には………。
「お、おい!! あの巨大なカニの魔物達がここに迫って来ているぞ!!」
『火炎術士』の杉田が、大声でそう叫んだ。
アッサム要塞内で、列を成して行軍して来ていた数十匹の巨大カニの魔物達が、とうとう前線基地の石壁の目前にまで迫って来たのだ。
高さ3メートルを超える前線基地の石壁も、あの巨大なカニ達の侵攻を防ぐ事はおそらく出来ないだろう。
上空の赤いドラゴンの攻撃による危機は、とりあえずは去ったが……。このままでは、もう――。
ここが大量の魔物達に制圧をされてしまうのも時間の問題だ。
基地の中に残る異世界の勇者達全員が、迫り来る巨大なカニの魔物達を見つめて……絶望の表情を浮かべる。
……そんな中、玉木1人だけが余裕の表情を浮かべて笑っていた。
赤いカニの魔物達が、足を早めながら前線基地に迫り。まさにその壁を破壊しようとした、その寸前に――。
””ズドドドドドドドドドドドーーッッ!!!””
凄まじい炸裂音が、連続で周囲に鳴り響く。
コンビニの屋上に装備された『5連装自動ガトリングショック砲』が、赤い閃光の光弾を連続で吹き続け――。
前線基地の周囲に張り付いていた、数百を超える魔物達の群れを次々となぎ倒していく。
更には、基地の壁を取り囲むように張り付いていた、巨大な赤いカニ達の前には……。
コンビニ戦車の上から、飛び降りるようにして降り立つ青い髪の騎士が1人――立ちはだかる。
青い騎士は金色に煌めく、眩いばかりに美しく光る剣線を高速で何重にも描き出す。
すると、基地を取り囲んでいた巨大カニ達の群れは、自分達が何をされたのかも気付けない程の一瞬で――。
青い騎士が描き出す黄金の線の軌跡によって、真っ二つに切り裂かれていった。
切り裂かれたそのカニ達の体の中からは、黒いカニ味噌のようにドロドロとした液体が、大量に大地にぶち撒けられる。
前線基地に残る異世界の勇者達は、その光景をただ唖然としながら見つめている事しか出来ない。
「もう〜〜! 遅いよ、彼方く〜〜ん!! ちょっとだけヒヤヒヤしちゃったじゃないの〜〜!」
玉木紗希が、笑顔で手を振って前線基地から駆け出すと――。
基地の外には、巨大なキャタピラーの音を轟かせながら、こちらに向かってくる『コンビニ』の姿が見えた。
コンビニの下に、キャタピラーが付いている!?
しかも屋上にはガトリング砲が装備されている!?
おまけに地対空ミサイルを発射するミサイルポッドまで付いているだって?
えっ、えっ、何ソレ……どういう事なの!?
基地に残る異世界の勇者達は、自分達が見ている光景が信じられない……といった表情で、だらしなく口をポカーンと開けたまま放心状態になっている。
……まあ、無理もないだろう。
なまじよく見慣れているあの『コンビニ』が、合体ロボのように不思議な変形を遂げてしまっているのだから。
そのコンビニの屋上には2人の人影が乗っていた。
1人は先程、基地の周りにいた巨大なカニ達を一瞬で切り裂いた青い騎士だ。
よく見ると青い鎧を身にまとったその人物は、青髪の美しい女性であった事に気づき、異世界の勇者達は驚いた。
そして、もう一人は………。
基地に残る異世界の勇者達には、よーく見覚えのある顔をしている。
当然だろう。半年前くらいには、学校のクラスで毎日のように顔を合わせていたのだから。
そう。そこに立っていたのは……よく見慣れた懐かしいクラスメイトの姿であった。
だが、そんな事が本当にあり得るのだろうか?
彼はたしか……。森の魔物に襲われて死んでしまったと委員長が言っていたのに――。
「お〜い、みんな無事か? 怪我はしていないかー?」
聞き慣れた、懐かしい声が聞こえてくる。
この馬鹿でマヌケっぽい声は、彼で間違いないだろう。
異世界の勇者達はやっとクラスメイトが生きていた事を確信出来た。
「よーし! コンビニの勇者の俺が来たからには、あとは全部俺に任せてくれ! あの赤い巨大なドラゴンも、必ず俺が何とかして見せるからなッ!」
コンビニの屋上に立っていた人物、それは――。
元2年3組のクラスメイトであり、無能で役立たずな『コンビニ』の勇者である『秋ノ瀬彼方』……その人であった。