第四百五十八話 女神からの試練①
「女神アスティアが、王都に俺一人だけでやって来いと呼んでいるのか……?」
「――そうだ。仲間を連れて来る事は決して許されぬ。もしも、お前の仲間がこっそりと後をついてくるような事があったなら。その時は我ら女神教が全軍を持って、この場にいる貴様の仲間達を皆殺しにするであろう」
「何だとっ!? この野郎ッ!! 黙って聞いてれば、好き勝手な事ばかり言いやがって!!」
俺と女神教の魔女、オペラとの会話を後ろで聞いていた杉田が激昂して。右手から大きな炎の塊を出して飛び出してくる。
慌てて俺は後方を振り返り、右手を伸ばして親友の杉田が短気を起こさないように制した。
「やめるんだ、杉田! オペラはお前が一人で挑んで勝てるような相手じゃない。ここは辛抱するんだ!」
「だ……だけどよ、彼方ッ!? 俺達だって十分な戦力がこの場に揃っているんだぜ? ここで女神教の連中の言いなりになんかなる必要は無いだろッ! こんな高長身の銀髪女なんて、俺達が一斉にかかれば必ずブチのめしてやれるはずだろッ!?」
「オペラは、女神教序列5位の武闘派の魔女だぞ? あの4魔龍侯爵のリーダーだった、黒魔龍侯爵を倒した奴でもあるんだ。だからここは大人しく我慢してくれ!」
「なっ……! あの魔王軍のリーダーの黒魔龍侯爵を、コイツが倒したっていうのかよ……!?」
無鉄砲な所のある杉田も、動物園の魔王軍を指揮していた黒魔龍侯爵の存在については知っていたらしい。
俺からその名を聞いて、杉田は慌てて炎を引っ込めて後方に下がっていく。
杉田は魔王軍の4魔龍侯爵、赤魔龍侯爵や、緑魔龍侯爵との戦いの場にも居合わせた事があるからな。
黒魔龍侯爵を倒せるほどの実力者という言葉が、杉田の心には多分、恐怖として染み渡ったのかもしれない。
「でもでも、彼方くん〜! 一人で行くのはやっぱり危険だよ〜! 中でどんな事をされるのか全く分からないんでしょう〜?」
今度は杉田に変わって、玉木が心配そうな顔をして声をかけてきた。
「大丈夫だよ、玉木。……というか、今回は他に選択肢が無いからな。女神教はもう、魔王種子を10個集めるという当初の目的を果たしている。だから今更、コンビニの勇者の俺ををとっ捕まえて。無理やり『魔王化』させようなんて無茶はしてこないだろうから、安心してくれ」
俺は玉木の頭をポンポンと優しく撫でて、少しでも不安を取り除いてやる事にする。
そんな俺の元に、今度はティーナも近寄ってきた。
「ですが、彼方様……。今回は私も心配しております。確かに女神教は、もう魔王種子を必要としないかもしれません。ですが女神アスティアは、自らの目的を果たす為に、異世界から罪の無い勇者様を幾度も召喚して利用してきたような存在です。そんな方の元に彼方様がたった一人だけで行くのは、やはり危険過ぎると思います」
ティーナにそっと手を握られ、俺は少しだけその場で目を閉じて考え込む。
そしてしばらく考え抜いた結果……やはり同じ結論に俺の思考は辿り着いてしまった。
「ティーナ、心配してくれて本当にありがとう! でも、大丈夫。女神アスティアは、過去の行いだけを見れば確かに信用に足る存在では無いのかもしれない。でも、彼女は決して悪意があってこの世界に女神教を立ち上げた訳じゃないのを俺はよく知っているんだ。それに正直……女神の性格を考えると。今回の呼び出しの件については、俺は信用しても大丈夫そうな気がするんだ」
「彼方様はもしかして、女神アスティアと面識がおありなのですか……?」
目を見開いて、何度も瞬きをしながら驚いた表情を浮かべるティーナに聞かれて。
なぜか俺自身……その事について、自信を持って答える事は出来なかったけれど。
女神に対して、不思議な信頼感が俺の脳内の片隅の記憶には残っているのが感じられたんだ。
「面識があると言えば……あるのかもしれない。それが『夢』なのか、現実だったのかも。今となっては、なぜか曖昧になっているんだけれど。太古の昔に、まだ女神アスティアが『最初の勇者』と一緒に暮らしていた頃に、俺は彼女と一度だけ出会っていた気がするんだ。その時に感じた印象だと、アスティアは決して呼び出した相手を罠にはめるような性格では無かったと思う」
俺から『夢の中の話』かもしれない……という、狐につままれたような不思議な内容を聞かされて。
ティーナは少しだけ、反応に困るような表情を浮かべていた。
まぁ、それは確かにリアクションに困るよな。俺もあの夢が一体何だったのかが、自分自身でもまるで分かっていないのだから。
夢といえば、すぐに連想してしまうのは『叙事詩』の能力を持つ朝霧冷夏の存在が思い浮かぶ。
あの不思議な夢は、朝霧が俺に見せたものだったのだろうか? でも、今までの『仮想夢』とは何かが違っていた気がする。未来を疑似体験する夢ではなく、過去に遡る夢だとでもいうのか……?
分からない……でも、もしかしたら。あの夢の内容に朝霧が関わっている可能性は高い気がした。
「分かりました……彼方様がそうおっしゃるのでしたら、私も彼方様の言葉を信じる事にします。ですが、もしグランデイル王都の中で不穏な動きが起きた場合には、私はすぐに助けに参りますね! コンビニ支店から地対空ミサイルを発射させて、女神教の総本部を粉微塵になるまで破壊してみせますから!」
「この世界で最も崇拝された女神のいる場所に、ミサイルの雨を降らそうとしているティーナさんの方が、俺にとってはよっぽど恐ろしい気がするよ……。でも、気をつけて行ってくるから安心してくれ。必ずティーナのいる場所に、俺は帰ってくるから!」
「ウフフ、ぜひお待ちしてますね。彼方様。ティーナ特製のBLTサンドとミルクティーのセットを用意して、待っていますから!」
天使の笑顔で笑うティーナの顔を見て、俺も思わず笑ってしまう。
やっぱりこの素敵な笑顔を守る為にも、俺は絶対にこの世界を守り通さないといけないと、改めて強く思えた。
そんな俺とティーナの、2人だけのラブラブ空間を横で見つめていた玉木が『きぃ〜〜っ!!』と、オウムの鳴き声のような奇声を突然上げる。
「わ、わ、私だって〜! 玉木特製のコンビニ料理セットを用意して彼方くんの事を待ってるんだからね〜! だからちゃんと無事にもどって来てよね〜、彼方くん!」
「玉木特製の料理セットって、どうせアレだろう? ポテトチップとコーラと、後……昆布おにぎりの詰め合わせなんだろう?」
「ぎくううぅぅぅ〜〜!? 何で分かったのよ〜! 彼方くん〜!?」
「分かるよ、お前の好物ばっかりじゃないかよ! 俺は玉木の事なら何でも知っているんだからな。中学生の時の、メガネ属性時代まで知っている俺を舐めるなよ!」
……そう言って、玉木の頭を再び優しくポンポンと撫でながら。俺と玉木が楽しそうに戯れていると。
今度は隣に立っているティーナさんの場所から、『にゃ〜〜っ!!』っと、まるでコンビニ猫のフィートのような可愛い鳴き声が突然聞こえてきた。
すぐに振り返ると、ティーナさんの顔が真っ赤に染まり上がっているのが見えた。
「――えっ? えっ? 今の鳴き声は、もしかしてフィートが発したのか?」
「そんな訳がないのにゃ〜! 大好きお兄さんは、無自覚にツイン・ヒロインズを嫉妬させる『天然ジゴロリアン』みたいな所があるのにゃ〜! ちなみに、あたいも何だかイライラして尻尾が逆立ってきたからもう、さっさと王都に行ってこいなのにゃ〜!」
”ドゴーーーーーン!!”
フィートに、背中を思いっきり蹴り飛ばされて。
俺はみんなとの別れを惜しむ時間もなく、銀色の槍を持つオペラの乗っている馬の上に乗せられて。グランデイル王都の中へと向かう事になった。
「彼方様ーーっ! 絶対に無事で戻ってきて下さいね!」
「彼方くん〜〜! 怪我をしないように、気をつけてね〜!」
後方から聞こえてくる、ティーナと玉木の心配する声を背中に受けつつ。
俺はオペラの操る馬の背に乗り、女神教の大部隊が占領しているグランデイル王都の中へと侵入を果たした。
王都の中は予想通り、女神教総本部の直営部隊があちこちにひしめき合っている。
見た事も無い連中ばかりだけれど、きっと魔王討伐を専門とする『魔王狩り』のメンバー達も、この中にはいっぱい含まれているのだろう。
おそらく女神教が誇る最精鋭の部隊が今、このグランデイル王都に結集しているのは間違いなさそうだ。
「……それで、女神アスティアは今、どこにいるんだ?」
俺はオペラにそう問いかけてみる。
「女神様は現在、グランデイル王城の地下におられる。そこで、お前が来るのをお待ちになられている」
やっぱり、女神は王城の地下にいる訳か。あそこには『ゲート』もあるし、当然といえば当然なのかもしれないな。
それにしても……魔王種子を10個集めた女神アスティアと、魔法の研究をしていた不老の魔女達は、とうとう『不老不死』に至る方法を見つけ出したのだろうか?
だとしたら、女神アスティアは『ゲート』を使って異世界へと向かうつもりなのかもしれない。
でも、あのゲートを使用するには『座標』が必要になるはずだけど……。その点については、どうなんだろう?
北の禁断の地から来た、コンビニの大魔王とレイチェルの2人は、座標の謎を完全に解き明かしていたのを知っている。だが、女神教が座標の謎を解明したという話は、俺はまだ聞いた事が無かった。
女神アスティアは座標の情報が無い状態で、どうやって『ゲート』を使用するつもりなのか?
そしてもし、ゲートを使用出来るようになっているのだとしたら。彼女の向かうべき異世界は、きっと……。
「――馬から降りるんだ、コンビニの勇者よ! ここからは、お前一人で行くのだ」
考え事をしていた俺は、いつのまにかグランデイル王城の入場門に辿り着いていたらしい。
馬から強制的に降ろされた俺は、すぐに周囲に広がる異変に気付いた。
「何だ……? この紫色の怪しい霧は……?」
グランデイル王城の入り口には、紫色に染まったいかにも怪しい霧に包み込まれていた。当然、以前にこんなものは存在していなかったはずだ。
「おい、明らかに怪しい霧が発生しているみたいだけど。まさかこの中に一人で入っていけというのか?」
「女神様は、グランデイル王城の中におられる。そして王城に入るにはその中を真っ直ぐに進まなくてはならない。――そういう事だ。前に進むかどうかは、お前自身が選択をするのだ……コンビニの勇者よ」
眉一つ動かさない、冷徹な表情でオペラは俺に無言で槍を突きつけてくる。
これはきっと、この中にさっさと入れ。……っていう、無言の圧力だよな。
さっきティーナに『大丈夫、罠なんて無いさ』と言ってきたばかりだというのに。マジで『怪し過ぎる罠』が仕掛けられていた事に俺は思わず愕然としてしまう。
……まぁ、ここに入らなければ女神に会えないと言うのならしょうがない。
本物の悪意のある罠なら、こんな怪しい『紫色の霧』なんて発生させずに。黙って無色透明な毒入りの結界でも、こっそりと忍ばせてくるだろうからな。
「――分かった。俺はこのままこの怪しい霧の中に入らせて貰うぜ、オペラ!」
「それで良い。試練を突破出来るかどうは、全てお前次第なのだからな。コンビニの勇者よ」
今……オペラは『試練』って言ったのか?
なるほどな。罠では無いけど、女神様に会う為には、何かしらの『試練』をクリアしないといけない訳なのか。
俺は周囲の様子を警戒しつつ、ゆっくりと前に向かって進んで行く。
すると――しばらく歩いた所で。いきなり目の前に広がっていた紫色の霧は晴れ。俺の視界の先には、全く見覚えの無い広大な景色が突如として出現した。
「これは……明らかにグランデイルの王城の中じゃ無いよな? どこかのダンジョンか何かなのか?」
天井があまりにも高過ぎて、奥行きが見通せないくらいに広い黒い大理石に囲まれている空間。
一目見ただけで、分かる。ここは今まで俺がこの世界で見てきた中で、最も『迷宮ダンジョン』と呼ぶに相応しい複雑な建物の構造になっている。
さっきの紫色の怪しい霧の中に入った時に、俺はどこか別の空間にワープさせられたのだろうか?
だとしたらきっと、グランデイルの王都から別次元の世界に転送されてしまったのかもしれないな。
「どうせこういうダンジョンは、出口を見つけるまで出られない仕様になってるんだろ? ほら、やっぱり謎解き用の立て札までご丁寧に用意されているじゃないかよ」
黒い大理石に囲まれた広大な空間の、一番手前のスペースに。白い文字の刻まれた大きな看板のような立て札と、その奥に人が一人入れるくらいの大きさがある、黒い棺桶のようなものがポツンと置かれていた。
俺は急いで、その立て札の表面に刻まれている白い文字を読んでみる。
『――この『知の迷宮』から脱出するには、あなた達2人の愛の強さと絆の深さが求められます。あなたにとって最愛の人と一緒に、これから始まる3つの難関を突破してきて下さい』
「……ええっと、あなたの最愛の人と一緒にだって? それはどういう意味なんだ? まさか、俺以外にもこの迷宮に連れてこられた人物がいるというのか……?」
キョロキョロと周りを見回してみても、誰も居ない。
――という事は、この立て札の奥に置かれている、あの『黒い棺桶』の中に誰かが入っているという事なのだろうか?
心臓の鼓動が激しく高鳴り、思わず全身をブルブルと震わせてしまう。
俺にとって『最愛の人』が、この迷宮ダンジョン一緒に連れてこられているとしたら……。
それは、まさか――ティーナなのだろうか? あの黒い棺桶みたいな箱の中にティーナが入っているのか?
女神アスティアが、いつの間に王都の外にいたティーナを連れ去ったのかは分からないけれど。最愛の人と一緒にこのダンジョンから抜け出せと言っているのなら、おそらくそうに違いないと思う。
足速に黒い棺桶の前に駆け寄り。俺は震える手で……ゆっくりと、長方形の箱の上に置かれた黒い蓋を横にずらしていく。
”ギギギーーーーッッ!!”
「ハァ………ハァ………」
きっと箱の中にいるのはティーナだと確信しながらも……。なぜか俺の額からは、大量の冷や汗がこぼれ落ちて、呼吸が乱れてしまう。
この黒い箱の中に、もしも……ティーナ以外の人物が入っているという可能性はあるのだろうか?
そして、もしそうなのだとしたら。その人物が俺にとっての、本当の『最愛の人』という事になるのか?
震える手で、ゆっくりと棺桶の蓋をずらし。
深呼吸をしながら両目を開いて、箱の中に入っていた人物の姿を確認していくと………。
俺は思わず、大きな怒鳴り声を上げてしまった。
「――おいッ! お前は……こんな所で、一体何をしているんだよッ!?」
「ウフフ。何って? 彼方くんの『最愛の恋人』として、黒い箱の中でじっと待機していたのだけど? ……どうしたの? 最愛の人と再会出来て、嬉しくて言葉も出ないのかしら?」
黒い棺桶の蓋を開けて、その中に横たわっていたのは……ティーナではなく。
黄色いチューリップ色のドレスを着た俺のクラスメイト。『叙事詩』の朝霧冷夏がクスクスと笑いながら、箱の中から俺の顔をじっと見つめてきていた。




