第四百五十六話 幕間 カルツェン王国とカルタロス王国の動き
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「はぁ〜、玉木お姉ちゃんが全然帰って来ないよぉー! もう、3ヶ月以上もカルツェン王国に戻ってきてくれないなんて。きっとこれは、どこぞの悪いオスにたぶらかされて、拉致されてしまったに違いないのよー!」
復興中のカルツェン王国の王宮の中で、美しい金色の髪の14歳の少女が、王座の上で口を尖らせながら猫のようにクネクネと体を身悶えさせている。
少女の両手には、玉木紗希の外見そっくりに作られた手編みのぬいぐるみが、大切そうに抱えられていた。
「ねぇー! 私が前に依頼しておいた、玉木お姉ちゃんに近づく悪い虫【醜いオス】を抹殺する為の暗殺者部隊の結成の話はどうなったのー? もう、ちゃんと稼働しているのー?」
「る、ルカ様……! カルツェン王国の女王ともあられるお方が、そのような不穏な言葉を公の場で仰ってはなりませんぞ! せっかく王国の復興が完了しつつあるというのに、皆を不安にさせるような言動はどうかくれぐれも慎んで下さいませ……」
「だって、だってー! 玉木お姉ちゃんが全然私の元に帰ってきてくれないんだものー! ルカは玉木お姉ちゃんが居ないと寂しくて死んじゃうよー!」
王座の上で足踏みをしながら、周囲に控えている臣下の者達を困らせる少女。
彼女はカルツェン王国の新女王である、ルカ・ドラン・カルツェンであり。今は亡き先代グスタフ王の一人娘でもあった。
ルカ女王は、グランデイル王国に王都を占領されていた際に、自分を地下牢から救出してくれた『暗殺者』の勇者である玉木紗希に心酔していて。例え女性同士であっても、玉木と強引に婚姻関係を結び。
玉木を次期カルツェン王国の女王の座に据えて、王宮で玉木と一緒に暮らそうと密かに画策しているのである。
「ねぇーねぇー。玉木お姉ちゃんのその後の足取りはちゃんと掴めているの? 確か3ヶ月前は、バーディア帝国の南部にある森に向かっていたのでしょう? その後は、どうしているのかしら?」
幼いルカ女王からの問いかけに、そばに控えているお付きの騎士が即答した。
「――ハイ! 玉木様はバーディア帝国の森にて、コンビニ共和国に所属する異世界の勇者様方と合流。その後はコンビニの勇者様と行動を共にされているようです」
「ねぇ? そのコンビニの勇者って、オスなの?」
「正真正銘の、純度100%のオスです」
「誰かー! 早く暗殺部隊を派遣してー! 玉木お姉ちゃんにまとわりつく、醜いオスをこの世界から全て抹殺しちゃいなさいっ!」
「ですから、ルカ女王様! そのような不穏な発言を絶対にお止め下さいと、先ほど申し上げたばかりではないですか……!」
「だってー! だってー! 美しい玉木お姉ちゃんが、私を放っておいて。オスと行動を一緒にしているなんて、耐えられないんだものーー! うわーーん!!」
やれやれ……と、ため息を吐いて。泣きじゃくるルカ女王を必死に慰める臣下の者達。
まだ精神の幼さが残るルカ女王は、こう見えても真面目にカルツェン王国の未来を考えている、しっかり者の女王ではあった。
だが……彼女が慕っている大好きな玉木が、なかなか王国に戻ってきてくれない事を不安に感じているようで。彼女にとってごく僅かな身近な臣下達の前では、年相応の子供のような姿を見せてしまう事もあるらしい。
「ひっく、ひっく……分かったわよぉ。それで、玉木お姉ちゃんの最新の居場所は分かっているの?」
「ハイ。前線の兵からの連絡ですと、つい最近はコンビニ共和国を出発して。少数のメンバーだけで、グランデイル王国の王都に向かったとの報告が入ってきています。ですが……」
「ですが……何なのよ? まさか、玉木お姉ちゃんの身に何かあったの?」
家臣の意味深な言いようが気になり。不安になったルカは、慌ててその内容を詳しく聞き返す。
「ハッ、グランデイル王国の北方の国境を監視していた警備兵達からの報告なのですが……。北の山脈の間から、8本の足を動かして進む『巨大移動要塞』が出現したのを確認したそうなのです。その巨大移動要塞は真っ直ぐに、グランデイル王都を目指して前進していたとの事です」
「何ですって!? 北方から現れた巨大移動要塞が、グランデイル王都を目指して進んでいたというの!? そんな……! それじゃあ玉木お姉ちゃんが滞在しているグランデイル王都で、大きな戦乱が起きている可能性があるじゃないの!」
ルカは玉座から慌てて立ち上がると。急いで臣下であるカルツェン王国の重鎮の騎士達に向けて、女王としての指示を飛ばした。
「高速移動が出来る飛空騎士団は、大至急グランデイル王都を目指して! 騎馬兵もグランデイル王国北側の国境ラインを経由して、すぐに王都を目指すのよ! 玉木お姉ちゃんの身に何かあったら大変だわ! みんな急いで出発して頂戴!」
「か、畏まりました……! ですが、それだけの兵力をグランデイル王都に向かわせてしまっても大丈夫ですか? 復興中の我が国に、もしも他国からの攻撃があったら自国を守る事が出来なくなってしまうのでは?」
「大丈夫よ! 玉木お姉ちゃんが、前に私に話してくれた事があるの。いつかこの世界は、北の禁断の地に潜む巨大な移動要塞と最終決戦をしないといけない時が来るんだって。だからきっと今が、その時なのよ! カルツェン王国女王、ルカ・ドラン・カルツェンが命じます。至急、騎士団の総力をあげてグランデイル王国にいる玉木お姉ちゃんの救援に向かって下さい!」
『ハハーーッ!! 畏まりました、ルカ女王様!』
ルカは14歳とは思えない程の威厳のある表情で、彼女の臣下の者達に王としての命令を下した。
新女王の指示を受けた、カルツェン王国の騎士団は急いで支度を整えると――。
約5000名を超える騎士団が、グランデイル王国北方の国境ラインを沿うようにして――最終決戦場である、グランデイル王都を目指して進んでいったのである。
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「れ、レイチェル様……! このような場所に私をお招き頂き、本当にありがとうございます……!」
トレードマークの大きな丸眼鏡を慌ててかけ直し、そばかすのある頬を真っ赤に染めながら。
カルタロス王国女王――サステリア・カルタロスはテーブル席の上で深く頭を下げてお辞儀をする。
ここはコンビニ共和国の中にある、コンビニ本店の地下2階層目。巨大なコンビニホテルの内部に用意された、豪華な客人用のレストランの席だった。
広いテーブル席に腰をかけているのは、コンビニ共和国の臨時大統領であるレイチェル・ノア。
そして、客人としてこの席に招待されたカルタロス王国女王のサステリアの2人のみであった。
サステリアは、自国の商人達による貿易協定の話があった為、コンビニ共和国に立ち寄っていた。
その際に、彼女が敬愛するレイチェルからまさかのプライデートディナーに招待され。自身の胸の高鳴りを必死に抑えて、レイチェルの待つこの宴会の席にやって来たのである。
ああ……まさかこの私が、尊敬するレイチェルお姉様から2人きりで食事をするプライベートディナーに招待されるだなんて……。
カルタロス王国の女王として、家臣団から勧められた青色の派手なドレスを着てきたけれど。浮いていたりはしないだろうか?
こういう時に、もっと普段から街に出て。オシャレの勉強をしておくべきだったと、サステリアは強く後悔する。
普段はカルタロス王国の『農学博士』などど言われているサステリアは、素敵なドレスを着ている事よりも。畑で新しく品種改良をしたカボチャや、白菜の収穫をしている農作業着姿でいる事が多かった。
着慣れないドレス姿を、尊敬しているレイチェルと2人きりの空間で見られてしまい。サステリアは、二重の意味で『気恥ずかしさ』を感じてしまっている。
「――サステリア様、今夜のコンビニ特製ディナーはいかがでしたでしょうか? 牛フィレ肉のステーキに、チョコレートのフォンダン・オ・ショコラをデザートに用意させて頂きましたが、お口に合ったでしょうか?」
「は、はい……レイチェルお姉様! いえ、レイチェル様! 今日のディナー料理は全て本当に美味しくて、私は頬がとろけ落ちてしまいそうになりました。こんなにも美味しくて素敵な料理をご用意下さり、本当にありがとうございます!」
顔を真っ赤にしたサステリアが、頭を下げながら何度もレイチェルに対してお礼を言う。
そんなサステリアの様子を見て、ピンク色の髪を後ろに束ねたレイチェルは、クスクスと笑い。大人のお姉さんのような貫禄をみせながら、温かく見守り続けていた。
「……さて、それでは素敵なプライベートディナーも無事に終わりましたので、本題に移るとしましょうか」
「……えっ?」
いきなりテーブル席から立ち上がったレイチェルは、ハイヒールの音をカツンカツンと響かせながら。ゆっくりとサステリアの座る席の方へと近づいていく。
レイチェルの足跡が近くに聞こえてくるのを感じながら、サステリアの胸の鼓動はどんどん高鳴ってしまう。
自分がコンビニ共和国のレイチェルに対して、並々ならぬ『好意』を抱いているのは……既に知られているはず。
それなのに、こうして2人きりでの会食をわざわざレイチェルが用意してくれたという事は――。きっと何か私に見返りの『お礼』を求めているに違いないと、サステリアは本能的に理解していた。
問題はそれが……何なのだろうか、という事だ。
ま、まさか……この私に『体』を差し出せなんて事をレイチェルお姉様は言ってきたりするのだろうか?
で、でも……この私はこれでも、カルタロス王国を代表する女王としての立場がある身。いかにコンビニ共和国の代表するレイチェルお姉様のお誘いといえども、そうやすやすとこの身を差し出してしまっても良いのだろうか?
――いや、でもでもでも! こんなにも美味しいディナーを既に食べてしまったのだ。今更、何もお返しをせずにレイチェルお姉様の要求を拒むような事なんて出来っこない!
いえいえいえ、むしろお姉様の要求であるならば、私は何でも差し出してしまいたいくらいなのだから。もうここは、覚悟を決めるしかないのよ、サステリア!
鼻息を荒くして、秋の紅葉の葉よりも顔を赤く染めているサステリアの座る席の前に。
レイチェルは、ポン……と。綺麗な刺繍の施された、特製の布に包まれている何かを置いてみせた。
「……?? レイチェル様? この包みは一体、何なのでしょうか?」
「クスクス。それは現在グランデイル王国に滞在している総支配人――コンビニの勇者の彼方様にお届けして欲しい、私からの贈り物になります」
にっこりと笑うレイチェルの顔を見て。その真意がまだ分からずに、困惑してしまうサステリア。
「ええっと、つまり……この包みに入っている品物を、私がグランデイル王国に行って、直接コンビニの勇者様にお渡しすれば良いのでしょうか……?」
「ハイ、ぜひそうして欲しいのです。グランデイル王国の周辺では、北の禁断の地から動き出した軍勢による侵攻が確認されたようです。もし可能でしたら、サステリア様もカルタロス王国軍を率いて、彼方様の援護に向かって頂けないでしょうか?」
「そんな!? 北の禁断の地の軍勢が動いたというのですか!? それでは、レイチェル様が以前に仰っていた……この世界の『最終決戦』が既に開始されているという事なのですね!」
サステリアは両目を大きく見開いて、テーブル席から慌てて立ち上がる。
グランデイル軍の脅威よりも、北の禁断の地に潜む『古代の大魔王』の軍勢の方が遥かにこの世界にとっての災厄となり得る……という話を、サステリアは以前にレイチェルから聞かされた事があった。
つまり、現在――グランデイル王国の周辺では、コンビニの勇者を中心とした、この世界の命運を分ける大きな戦争が起きているのは間違いないだろう。
もしかしたら最終決戦に備えて、既に世界中から救世主たるコンビニの勇者を援護する為に。各国の同盟軍が出発しているのかもしれない。
きっとレイチェル様は、この私にもカルタロス王国軍を率いて、大至急グランデイル王国に向かって欲しいと要請しているに違いないのだ。
「分かりました! ぜひ、この特製の布に包まれた品をコンビニの勇者様にお届けするという任務と。カルタロス王国の軍勢を率いて、グランデイル王国に向かうという両方の使命を私は果たさせて頂きます!」
決意に燃えた表情で、大きな丸眼鏡に指をあてたサステリアは高らかにレイチェルに宣言をした。
そんなサステリアの言葉を頼もしそうにレイチェルは歓迎して。彼女の体をギュッと強く抱きしめる。
突然、レイチェルに全身を抱きしめられたサステリアの頭からは、『ポン!』と、何かの破裂音が鳴り。白い湯気が上がっているようだった。
「は、はぅ……レイチェル様ぁ……! そ、その……それで私はどれくらいの日数をかけて、グランデイル王国を目指せば良いでしょうか?」
「ウフフ。そうですね、出来れば3日以内に、グランデイル王都へ駆けつけて頂けると助かります」
「ええっ、3日以内にですか!? それは流石に、難しいのでは!? ここからカルタロス王国に戻るだけでも、2日以上はかかってしまう距離がありますので……3日以内にグランデイル王都に辿り着くのは、無理なのではないでしょうか?」
恐る恐るといった様子で、サステリアは自分の体を抱きしめてくれているレイチェルの顔を見上げてみる。
親愛なるレイチェルお姉様のお願いなのだ。サステリアとしては、何としてもそのお願いを叶えてあげたい気持ちはもちろんあった。
だが、物理的な距離の問題だけはどうしようもない。
コンビニ共和国は魔王領に近い、西の旧エルフ領の森の奥の平野に存在している。
ここからカルタロス王国へ帰還して、更に軍勢を率いて東のグランデイル王国を目指すとなると。到底、レイチェルの言う3日以内という日数では、足りないのは明らかだった。
心配そうな眼差しで見上げるサステリアの顔に、突然――レイチェルは、大きな『目隠し』を頭の上から被せて彼女の視界を奪い去ってしまう。
「えっ、えっ? レイチェル様!? これは、一体?」
急に自分の視界が真っ暗になってしまったサステリアが、小動物のように怯えて。不安そうな顔を浮かべながら、レイチェルに問いかける。
「ウフフ。何も心配ありませんよ、サステリア様。ここからカルタロス王国までは、私が用意した『黒ヘビ』……いいえ、スペシャル特急列車が用意してありますので☆ 目を開けた時には、あら不思議! あっという間に、カルタロス王国に到着を果たしていますよ☆」
「特急列車……? そ、それは……一体何なのでしょうか、レイチェル様?」
視界を奪われているサステリアは、突然……全身が凍りつくような、妙な悪寒に襲われてしまう。
コンビニホテルのディナー会場の床に、大きな穴が開き。その下から、生物が本能的に怯えてしまうような巨大な『何か』が、にゅう〜っと姿を現したような気がしたからだ。
「この『黒ヘビ号』に丸飲みにされる……じゃなくて、乗車をしますと。次元移動をして短時間で、遠距離にあるカルタロス王国にまで辿り着く事が出来るのです。以前に『回復術師』の香苗美花様を、バーディア帝国の迷いの森に送り届けた際にも使用しましたので。運航の安全性については保証されていますから安心して下さいね」
「今、『丸飲み』って、仰いませんでしたか!? レイチェル様……! 私、今……何か本能的な恐怖感を感じてしまっているのですけど、本当に大丈夫なのでしょうか?」
目隠しをされて前の見えないサステリアの正面には、地下から姿を現した、全長30メートルを超える巨大な『黒ヘビ』が待ち構えていて。
サステリアの体を一口で丸飲みにしてしまおうと、まさに大口を開いて『あーーん』をしている状態であった。
「ええ。何も心配はありませんよ、サステリア様☆ 前回、香苗様を帝国領に送り届けた際は、なぜか香苗様がヘビに対して並々ならぬ恐怖心を抱いてしまうトラウマを背負ったという話を後日に聞きましたので。今回は目隠しをして、黒ヘビに丸飲みして貰う事にしました……じゃなくて、スペシャル特急列車に乗せる事にしましたから☆」
「今……また『丸飲み』させるって言いませんでしたか!? わ、私……もしかして、何か巨大な生き物に食べられそうになっていたりはしないですよね!? レイチェル様……!」
「…………」
レイチェルは無言でニコリと笑いながら、サステリアの手に彼方への手土産である包みを持たせると。
そ〜〜っと、彼女の背中を後ろから押して。
そのままパクリと、サステリアの体を黒ヘビの口の中に丸飲みさせてしまった。
カルタロス王国の女王、サステリアを丸飲みした黒ヘビは――地下に猛スピードで潜っていくと。得意の次元移動を繰り返して、真っ直ぐに彼女の体をカルタロス王国へと運んでいく。
その姿を見届けたレイチェルは『ふぅ〜』と、ため息を吐くと。心配そうに遠くの方向を見つめながら、誰にも聞こえないように、一人で呟いた。
「どうか……総支配人様に私からの手土産が届きますように。そして、5000年前に召喚されたもう一人のコンビニの勇者を打ち倒し。この世界に真なる平和が訪れる事を、私は心よりお祈りさせて頂きますね……」




