第四百五十五話 幕間 花嫁騎士と彼方の騎士の出陣
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まるで高級三つ星ホテルのロビーのように、豪華な赤絨毯が一面に敷き詰められた大広間の中で――。
赤い鎧を着た大勢の騎士達に見守られながら、コンビニ共和国から使者としてやって来た通商担当大臣のザリル・ローレンスと、そのお供である『裁縫師』の勇者の桂木真二の2人が、バーディア帝国第31代目皇帝、ミズガルド・フォン・バーディアとの謁見を果たしていた。
ここはバーディア帝国の帝都、ロストテリア。
皇帝ミズガルドが住まう、巨大なグレイナゲット宮殿の中に用意された来客用の謁見の間である。
皇帝ミズガルドの圧倒的な指導力により、再統一が果たされたバーディア帝国との通商条約を結ぶべく。
コンビニ共和国から派遣されたザリルは、コンビニの商品を帝国内に流通させる為の貿易交渉をする為に、この帝都にやって来ていた。
「――使者殿。我らは、そなた達から提案された交易条件を全て飲ませて貰おう。これからもコンビニ共和国とバーディア帝国の間に、経済、軍事における同盟関係が恒久的に続いていく事を、帝国皇帝であるこの我が約束をしようではないか!」
コンビニ共和国とバーディア帝国との通商条約が無事に成立した事を、皇帝ミズガルドは広間に居並ぶ臣下の騎士達の前で大声で宣言した。
その言葉を聞いた大勢の騎士達から、盛大な拍手の嵐が湧き起こる。
その万雷の拍手の音を聞きながら、無事に交渉を成立させる事が出来たザリルと桂木の2人は、お互いの背中をポンポンと叩き合いながらホッと安堵の息を漏らした。
「いやぁ〜。こんなにもトントン拍子に帝国との通商条約の締結が進むなんて、やっぱザリルさんの商談能力は凄いっすね! 俺、マジで感動したっすよ!」
目上の人物と、女性と話す時だけはなぜか話し言葉の語尾に『――っす』を付ける桂木が、使節団の団長を務めていたザリルにねぎらいの声をかける。
「……いやいや、オレは何もしてねえって! 正直、あまりにも交渉がスムーズに進み過ぎて、こっちは拍子抜けしちまったくらいなんだからな!」
浅黒い肌の色に、紫色のターバンを巻いている西方出身の元商人でもあるザリルは、今回の帝国との交渉は絶対に難航するものだと予想していた。
なにせ、100年以上も魔王軍との戦闘には参加せず。後方から軍事物資だけを西方3ヶ国連合に売りつけて、自国の私腹を肥やし続けてきたバーディア帝国だ。
そのズル賢く狡猾な帝国貴族達がひしめく帝国全土を、現在は完全に掌握して。『バーディアの女海賊』などと世間から噂されて、恐れられている帝国の皇帝陛下と直接、通商交渉をする事になったのだ。
商人でもあるザリルは、コンビニ共和国にとって不利になる厳しい条件の数々を皇帝から突きつけられる事を覚悟して、この地にやって来ていた。
それなのに帝国の皇帝ミズガルドは、こちら側の条件を何一つ反対する事なく。まるで全てを丸飲みしてしまうかのように、受け入れてしまったのだ。
正直な所……自分の持てる全ての商才を用いて、交渉に望もうと気合いを入れていたザリルにとっては、あまりに拍子抜けもいい所だった。
「全く、こんなのは交渉もへったくれもねぇよ! 相手側が全部、こっちの言い値で商品を買い取ってくれると約束してくれたんだからな。コンビニ共和国にとってはありがたい事だが、帝国にとっては何も利益は無いんじゃないのか? 皇帝ミズガルドが一体、何を考えているのか俺には全く理解が出来なかったぜ……」
「それって何か理由があるんすかね? 例えばザリルの兄貴の渋い容姿が、若い女性の皇帝陛下にとって『どストライク』な好みだったとか……?」
「バーカ! オレみたいな荒くれ者の風貌をしたような奴が、帝国の皇帝陛下に気に入られる訳がないだろう? どう見たって盗賊風の外見にしか見えないだろうがよ!」
「……でも、帝国の皇帝だって『バーディアの女海賊』だなんて言われてたりするんだから、実は趣味嗜好が結構似てたりするんじゃないっすかね? ザリルさん、絶対に皇帝陛下に気に入られたんすよ!」
護衛役も兼ねて、ザリルについて来た桂木は、冗談混じりにクスクスと笑いながら茶化した。
桂木の悪ふざけの言葉を、ザリルは『そんなバカな……』と鼻で笑いつつも。
あまりにも通商条約を結ぶ交渉が、上手く行き過ぎてしまった事を、実はザリル自身も不審に思っていた。
そのせいもあり、好奇心からその理由を探ってみる意味でも。ザリルは当初の予定にはなかった行動をして、帝国の若い女皇帝に今夜の食事の席を一緒にどうかと、誘ってみる事にした。
「……それで、皇帝陛下。もし良かったらなんですがね。今夜、コンビニ共和国の使節団が主催の、新鮮なコンビニ料理を振る舞う『親睦会』なるものを開催しようと思うんです。どうですかい? 珍しい異世界の料理をこの機会に味わってみるのも、悪くないとオレは思いますぜ?」
『ヘヘヘッ』と、頭を下げながらニヤリと豪快に笑ってみせるザリル。
もう、これだけ大勢の騎士達が見届けている前で『通商条約』の成立は果たしているんだ。
よっぽど何かヤバい失点でも無ければ、帝国の皇帝ともあろう人物が皆の前で取り決めたばかりの約束を『やっぱり、やーめた!』と反故にはしないはずだ。
その点についても慎重に考慮しつつ、下手な下心など無いとアピールをしながらザリルは、帝国の若い女皇帝を食事の先に誘ってみる事にした。
そんなザリルの大胆な提案を横で見ていた桂木は、思わず顔を真っ赤にしながら、『さっすがザリルの兄貴だぜ! 童貞の俺には絶対に出来ないような行動を平然としてみせるなんて、そこに痺れる憧れるっす!』と、興奮した表情を浮かべている。
そんなコンビニ共和国の使者からの、突然の食事の誘いを申し込まれたバーディアの女海賊こと、皇帝ミズガルドの反応はというと――。
「ハーーッハッハッ! 使者殿は実に面白い御仁のようだな。だが、すまないがその提案は今の我はお受けする事が出来ない。我は、この世界でたった一人だけ敬愛をしているコンビニの勇者の『彼方』に騎士として生涯、我の貞操と忠誠を捧げると誓った身なのでな。例え食事の誘いといえども、殿方と個人的な会食をする訳にはいかぬ身なのだ。すまないな」
燃えるような赤い髪をかき上げながら、若く美人な女皇帝の口から飛び出した余りにも予想外な言葉に。
今度は、ザリルと桂木の2人が動揺してザワザワと落ち着かない様子をみせた。
「……えっ? ザリルの兄貴! 今……帝国の皇帝陛下は『彼方に貞操を捧げている』――とか、言ってなかったっすか!?」
「ああ。俺の耳にもそう聞こえたぜ。あの商才が全く無くて、ティーナちゃんと、玉木ちゃんの2人の可愛い嬢ちゃん達に手を出す事も出来ず。男としての甲斐性を全然発揮してこなかった旦那が、まさか異国で、性格の荒い帝国の女皇帝には既に手を出しているって言うのかよ!?」
皇帝には聞こえないように、ザワザワと小さな声で囁き合うザリルと桂木。
それほどまでに、2人にとってはコンビニ共和国のリーダーである秋ノ瀬彼方が、バーディア帝国の皇帝に好意を持たれている事実が、意外過ぎたのだった。
「そうか……。それで、帝国との通商条約の交渉がこんなにも呆気なくスムーズに進んだという訳なのかよ。皇帝はもう旦那にメロメロという訳なんだな。……いや、マジで旦那が一体どんな夜のテクニックを駆使して、帝国の女皇帝を口説き落としたのか。オレは気になって仕方がないくらいだぜ……」
「ザリルの兄貴、きっと彼方の事だから。何かヤバい、チートスキルをまた手に入れたんじゃないっすかね? アイツの事だから必殺『ギャルゲー・マスター』とか、欲望にまみれた特殊スキルを使用しかねないっすよ!」
「そうかぁ? 旦那はグランデイル王国に重宝されていたという『不死者』の勇者とは違って。その手の色恋沙汰には、てんで疎そうに見えたがなぁ。そんな恋愛能力を強化するようなスキルが手に入ったとしても、旦那の性格上……怖くて使用できずに尻込みするのがオチだとオレは思うんだがな」
当事者の秋ノ瀬彼方がここに居ない事をいい事に、好き放題に彼についての噂話で盛り上がるザリルと桂木。
そんな彼らの元に、突然……広間の後方からよく聞き慣れた大きな声が聞こえてきた。
「うぉーーーい! ザリルに、野球帽頭のガキじゃないかよ! お前達も帝国にやって来ていたのかよーー!」
突然、広間の中に響き渡った女性の大きな声に、赤い色の鎧を着た帝国の騎士達がどよめき合う。
だが……すぐに皇帝ミズガルドは、謁見の間に乱入した少女が自分の知り合いである事を告げて。臣下の騎士達のざわめきを沈静化させた。
「これは、セーリス殿に香苗殿。帝都の病院に滞在して下さっているお二方が、このような場所にやって来こられるとは、珍しい事もあるのだな」
皇帝とコンビニ共和国の使者であるザリルと桂木達のいる広間にやって来たのは、花嫁騎士のセーリスと、『回復術士』の香苗美花の2人だった。
香苗は、以前――コンビニの勇者の彼方達が、帝国領にある迷いの森で夜月皇帝のミュラハイトや、虚無の魔王のカステリナと戦った後。
大きな戦争で傷ついた帝国領の人々を治療する為に、帝都に残る事を決意し。その護衛役として、花嫁騎士のセーリスも帝都に残る事にしたという経緯があった。
「――香苗さん、ご無沙汰ぶりっす! まさか、帝国の帝都で再会出来るとは全然予想していなかったっすよ〜! 一体、どうしたんすか!? 何か緊急の用事でもあったんすか?」
「私も、桂木くんやザリルさんがここに来ているのは知らなかったの。でも、今回は私じゃなくて。セーリスさんから、皇帝陛下やここにいる皆さんにお伝えしたい事があるみたいなの」
香苗から紹介を受けたセーリスが、純白の花嫁衣装を着たままズガズカと皇帝の前に歩み寄る。
そして、大きな声で広間に集まる全ての人に聞こえるようにして叫んだ。
「皇帝さんよ、大変だぜッ!! グランデイル王国にいる『私の旦那様』の身に何か緊急事態が起きているみたいなんだよ! 今さっき、私の体に電流が走るような感覚がしたんだ。コンビニの守護者は遠くにいても、主人のピンチが分かるようになっているからな! だから早く駆けつけないと、大変な事になるかもしれないぜ!」
セーリスから、コンビニの勇者がグランデイル王国でピンチに陥っている事を知らされた皇帝ミズガルドは……。
黄金の玉座の上から、単身でスッと立ち上がると。
両目を見開いて、額から冷や汗を流しながら。セーリスに詳細を教えて欲しいと慌てて問いかけた。
「――そんな!? 彼方の身に何かが起きているというの!? もしそうなら、こうしてはいられないわ! すぐに私は彼方を助けに行かないとッ!!」
突然、玉座から立ち上がった皇帝ミズガルドの様子に驚いたのは、ザリルと桂木だけでは無かった。
――ええっ? 『彼方』って、名前呼びなの?
しかも、口調まで『私』に変わっていて、まるで恋する乙女が恋人のピンチに大焦りで動揺しているような様子を『バーディアの女海賊』である皇帝陛下が見せた事に。
彼女の臣下の者達も驚いて、ザワザワとどよめき立つ。
ちょうどそのタイミングで、グレイナゲット宮殿に帝国の騎士達が緊急事態が起きました――と、皇帝に至急の報告する為に駆け込んできた。
「――陛下! 大変です! グランデイル王国にて、大きな政変が起きたようです! グランデイル女王クルセイスが女王の地位を捨てて、王都から逃亡し。グランデイル王国には新たな女王が即位したとの事です!」
「何だと……!? あの小娘が、グランデイルの王位を追われたというのか? 一体、グランデイル王国では何か起きているというのだ……」
皇帝ミズガルドは、さきほど少しだけ見せた女性っぽい口調をすぐに奥に引っ込めて。
また威厳ある皇帝としての口調に戻して、臣下の者に問いかける。
「――ハッ! 入手した情報によりますと、グランデイル王国周辺で、巨大な移動要塞が姿を現したとの事です。まだ詳細は不明ですが、過去に例の無い大規模な戦闘がグランデイル王国の周辺で起きたのは間違いないようです……!」
「巨大な移動要塞が出現しただと……!? そんな、まさか……! 彼方が前に言っていた、太古の昔に存在した『コンビニの大魔王』がとうとう動き出したというの? こうしてはいられないわ! すぐに、私も彼方を助けに行かないとッ!」
広間にやって来たセーリス達と、部下達からの緊急の報告を聞いた皇帝ミズガルドは……大きな声を上げて、臣下の者達に大号令を発する。
「――皆の者! 帝都にいる全ての帝国騎士をこの場に集めるのだ! 国境周辺を守る守備兵以外は、全て召集せよ! 帝国領に滞在する全ての帝国貴族に仕える騎士達もかき集めるのだ!」
「へ、陛下……帝国貴族の騎士達もかき集めるとなると、その総数は15万人を超えてしまいます。それだけの兵力が帝国領から離れてしまったら、他国から侵略を受けた際に対抗する術が無くなってしまいますぞ!」
皇帝に仕える重臣の老人が慌てて、皇帝ミズガルドを諌めようとしたが……。
燃えるような赤い髪を振り乱した皇帝の決意と情熱を、この場にいる誰一人として止める事は不可能であった。
「構わん! この最終戦争が終われば、世界には遂に平和が訪れるのだ! だから帝国は持てる全ての兵力を動員して、コンビニの勇者の援護をする! 皆の者、急いで戦の準備を進めよ!!」
『『ハハーーーーーーッ!!!』』
皇帝の大号令のもと。広間に集合していた帝国騎士達は、大急ぎで武器庫に向かっていき。
来るべき『最終決戦』に備えて、大軍を総動員する準備を始めていく。
そんな様子を、唖然とした表情で見守るしか出来ないでいるザリルと桂木。
彼らにとっては、まだ一体何がこの世界で起きているのかが頭の中で整理出来ていないようだった。
そんな2人とは対照的に、交戦的な性格をしている花嫁騎士のセーリスだけは、皇帝ミズガルドの果敢な決断力を歓迎し。自らも白いスカートの中から、ロケットランチャーを取り出して、戦闘準備を始める。
「へぇーーっ! さっすがはバーディア帝国を統治する女皇帝さんだぜ! 他の軟弱者の王様連中とは、気合いの入れ方が違うみたいだな! マジで頼もしいぜ! でもよ、皇帝さんよ! それだけの大軍をグランデイル王国に連れてくとなると時間がかかり過ぎちまうんじゃないのか? 沢山兵士を動員してくれるのは、嬉しいけどさ。到着するのに数ヶ月かかりますなんて事になったら、ピンチのダーリンを助ける事なんて到底出来ないぜ?」
ニヤニヤとしながら、挑発するようにミズガルドに声をかけるセーリス。
そんなセーリスに対して、皇帝ミズガルドは全く動じる事なく。余裕の表情で返事を返した。
「――うむ、その点についてはこの我に任せて貰おう。今は亡き、皇祖父殿の置き土産が残っているからな。迷いの森の近くに置いてあった魔王遺物である『転移装置』を改良したものがある。それを使えば、大軍を瞬時にして遠方の地に飛ばす事も出来るであろう! 世界の命運がかかった最終決戦が迫っているのだ。一刻も早く我らは、グランデイル王国を目指し。全軍でコンビニの勇者の戦いを援護させて貰うぞ!」




