第四百五十四話 太古の昔に存在した恋人達②
「僕が――『神様』だって? ええっと、ゴメンね。その『神様』と呼ばれる存在の概念が、僕にはよく分からないのだけど……。その人物は、一体どういう事をする人だったりするのかな?」
金髪の青年ナイトは、首を傾げるようにして。疑問の表情を浮かべている。
この様子だと、きっと彼は本当に『神様』という言葉と。それが意味する内容について、全く分かっていないといった様子に見えた。
だから俺は、ナイトにも分かるようにその言葉の意味を詳しく説明する事にする。
「神様っていうのは、正確に定義出来るものではないんだけど、人間とは異なる上位の世界の存在と言われているんだ。一説には人間を創造した存在ともされていて、さっきナイトさんが言っていたように、『時間や死』といった縛りに囚われない。きっと不老不死が当たり前の世界で暮らしているような存在なんだと俺は思う」
「不老不死が当たり前……? 確かに僕にはそういった縛りは存在しないし。この世界にいる、他のみんなと違うのかもしれないと思った事はあったけど……。でも、その『神様』という存在が暮らす世界があったとして。どうして僕はここにいるのだろう?」
まるで生まれたばかりの、無垢な子供のように。自分自身がここに存在する意味を、不思議そうに俺に問いかけてくるナイト。
いや、きっと普通の人間でも自分が存在する理由なんて、誰も正確には分からないだろうけど……。
でも純粋な表情で、懇願するように問いかけてくるナイトに。俺はまだ混濁している自分の脳内の記憶から、出来る限りの情報を絞り出して答えてみた。
「確か俺の脳内でわずかに憶えている記憶によると、大昔に存在したというマクティル王国のお姫様が、敵国に攻め込まれて地下牢に幽閉され。まさに処刑される寸前の時に、必死に助けを求めて祈りを捧げ。その願いに応えてやって来たのが、この世界に最初に異世界から召喚された『最初の勇者』だったという伝説があるみたいです」
「マクティル王国のお姫様だって? それはきっと、アスティアの事だね。そうだよ、僕は確かに彼女の声が遠くから聞こえて、ここにやって来たのを憶えているんだ。だけど別の世界に存在していた僕は、どうやってこの世界に渡って来る事が出来たのだろうか?」
「その地下牢の中には、『ゲート』と呼ばれる異世界転移の装置が置いてありませんでしたか? 遠い未来の世界では、やがてそのゲートはグランデイル王国と呼ばれる国の地下に保管され続けていたようでしたけど……」
俺の口から『ゲート』という言葉が出たのを聞いて。
途端に、金髪の青年ナイトは『ハッ……!』と大きく口を開いて。まるで何かをとても大切なものを思い出したかのように、両目を見開いた。
「……そうか。そうだったのか。僕は『ゲート』を使ってこの世界にやって来たんだ。あの装置は遠い昔に僕が作って、この世界に置き忘れてしまった試作品だったんだよ。僕はそれを探していて、その時に聞こえてきた彼女の声に導かれてここにやって来たんだ。今、その事を全て思い出す事が出来たよ……」
「――ナイト……さん?」
急に目の前にいるナイトの雰囲気が、少し変わったように俺には見えた。
さっきまでは、明るくて優しい好青年の感じがしたのに。外見はそのままに、まるで世界の全てを見通せる、高い知性を持つ『別の存在』に昇華してしまったかのような重厚な雰囲気を漂わせていた。
「彼方くん。本当にありがとう。君のおかげで、僕は本当の僕を取り戻す事が出来たよ。そして残念だけど……もう、この世界にこれ以上長く居てはいけない事も理解したんだ」
「えっ、この世界に居てはいけないって……。でも、アスティアさんの事はどうするんですか? だって2人は恋人同士なのでしょう?」
俺からの問いかけに対して、ナイトは下唇を噛み潰すかのようにして小さく震えて俯く。
「………アスティアには、悪い事をしてしまったと思ってるよ。僕は彼女に、人間には決して起こし得ない『魔法』の数々を教えてしまった。でもこれ以上、彼女を傷付けない為にも、僕は元の世界に戻らないといけないんだ。僕がここに存在するだけで、この世界に『歪み』を広げる結果に繋がってしまうからね」
「そんな……! お願いだから、待って下さい! 俺はまだ何も思い出せていないけれど、それでも分かる事があるんです! 彼女は、アスティアさんは心からあなたの事を愛している。だから彼女をこの世界に置いていってはいけない! そうでないと、彼女はきっと……」
「ゴメンね。君のいう『神の住まう世界』には、普通の人間を連れて行く事は出来ないんだ。あそには『死』の概念が存在しない世界だからね。完璧な不死の概念を手に入れる事が出来ない以上、人間は誰一人してあちらの世界に渡る事は出来ない。例え何かしらの『奇跡』を起こして神の世界に渡ったとしても。きっと一瞬にして死に絶えてしまうだろう。僕はアスティアには、この世界で幸せに生き続けて欲しいと願っているんだ」
「ふざけないでくれ! 彼女を残してこの世界に置いて行こうとしているのに、最もらしい言い訳ばかり言って! 取り残された彼女は、あなたの事を忘れられずに想い続けるに決まっています! そして、きっと……あなたのいる世界に渡る方法を、何としても探し出そうとするんだ。例え何を犠牲にしたとしても、彼女は自分の信じる道を絶対に諦めないはずだから……!」
俺は自分が何者なのか、まだ何一つとして分かっていない。けれど……不思議な既視感が頭の中をよぎって、警鐘を鳴らしているんだ。
ここで絶対に、金髪の青年ナイトを元の世界に帰してはいけないんだと。
きっとこの後……ナイトは自分が本来いるべき、不老不死の存在が住まう『神の国』に帰ってしまうだろう。
そして、残されたアスティアは……その事を悲しみ。何としても彼の後を追いかけようとするに違いない。
それが例え、何百年、何千年……という気の遠くなるような歳月と時間がかかるのだとしても。
魔法という神秘を地下の魔道研究所で、たった一人で研究し続けて。そして異世界から勇者を召喚する魔法体系を構築するに至り。
その結果、どれだけ可哀想な異世界の勇者達が未来の世界で犠牲になるとしても。きっと彼女は、自分の信じた想いを貫き通すんだ。
だから……彼を、金髪の青年ナイトを元の世界に帰してしまっては絶対にいけないんだ!
「ナイト〜! どうしたの? なかなか小屋に戻って来ないから、心配になって見に来たんだけど……。何か、問題でもあったの……?」
その時、最悪のタイミングで水色の髪の少女アスティアがこの場に戻ってきてしまった。
ナイトは、すぐに元の平然とした表情に戻ると。水色の髪の少女アスティアを心配させないように、穏やかな口調に戻して彼女に優しく話しかける。
「……ううん。何も心配ないよ、アスティア。僕はこれから行かないといけない場所が出来てしまったんだ。少し遠出になってしまうかもしれないけど、コウペイと一緒に小屋の中で待っていてくれないかな?」
「えっ? それは、大丈夫だけど……。遠出ってどこに行くの? ちゃんと戻ってきてくれるんだよね?」
心配そうに問いかけるアスティアの呼びかけに対して、ナイトは彼女の顔は見ずに。小さな声で返事をするだけで森の奥に向かって歩き始めてしまう。
「……とある場所に『忘れ物』をしてしまった事を僕は思い出したんだ。そんなに遠くない場所だから、今からすぐに行って来るよ」
ナイトは、そのまま手だけを振って。アスティアの事を振り返る事なく前に向かって進んでいく。
その後ろ姿を見て、俺には分かった。
きっともう、金髪の青年ナイトは……アスティアの元には戻らないつもりなのだろう。
だって彼は『ちゃんと戻ってきてくれるよね?』というアスティアの問いかけに、しっかりと返事を返さなかったのだから……。
無言で歩き去っていくナイトの背中を黙って見守っていたアスティアが、全身をワナワナ震えさせて。
突然、近くに立っている俺の元へと駆け寄ってきた。
彼女は両目から大粒の涙を流しながら、必死な形相で俺の胸に手を当てて問いかけてくる。
「ねぇ……! もしかして、あなたは『別の世界』から、ナイトを連れ戻しにやって来た人なの?」
「えっ、いや……俺はまだ自分の事もよく分かっていなくて、何も分からないんだ」
アスティアが問いかける『別の世界』から来たという言葉は、2つ意味では当てはまっていた。
俺はこの世界では無い『日本』という場所から来ているし、『未来』から来ている人間でもあるのだから。
だが……水色の髪の少女、アスティアが俺に聞きたかったのは、その言葉の意味では無いようだった。
「私……本当はずっと分かっていたの。ナイトはこの世界の人間じゃ無いんだって。きっともっと私達よりも遥かに上位の世界からやって来て、その事を忘れてしまっているんだって……」
俺の胸に手を当てて、子供のように大泣きをするアスティア。きっと彼女はいつか、こんな別れの日がやって来てしまう事を予想していたのかもしれない。
そう――いつかナイトが自分の本当の記憶を思い出し。この世界から去ってしまうんじゃないかという事を……。
「お願いです……私は何でもしますから! だからナイトを連れて行かないで下さい! 私は彼の事が好きなんです……愛しているんです! 彼が私のそばからいなくなってしまうなんて、私には到底耐えられません!」
「…………」
俺はアスティアの悲痛な叫びに、何も答えてあげる事が出来ない。
なぜなら俺には何の力も無いし、神の住まう世界に帰ろうとしているナイトを止める事など、普通の人間である俺には決して出来ないからだ。
そんな俺の曇った顔色を見て。アスティアの表情は、より絶望の色に染まり。今まで以上に、大粒の涙を何度も地面にこぼして懇願し続ける。
「どうか、お願いです……。本当に私は何でもします、してみせますから。ナイトを連れて行かないで下さい……。本当の私は、あのまま地下牢の中に閉じ込められて処刑されるだけの運命だったんです。あの不思議な扉に願いをかけたら『奇跡』が起きて。異世界から、私を救ってくれる勇者様が来てくれた事に心から感謝しているんです」
アスティアは肩を震わせながら、むせび泣くような嗚咽を何度も繰り返す。
そう……マクティル王国のお姫様であるアスティアは、地下牢に幽閉されていて。処刑される寸前だったという話は未来の世界で聞いていた。
きっとその時、たまたまマクティル王国の地下に放置されていた『ゲート』が奇跡を起こして。
生き延びたいと、必死に懇願する少女の願いに応えるように。この世界には決して存在しない、俺達の世界よりも一次元高い『上位の世界』から……本物の『神様』をこの世界に呼び寄せてしまったのだろう。
でも、召喚された神様は自分が何者であるのかについてをすっかり忘れて、記憶喪失になっていた。
アスティアは、その事に気付きつつも。自分を救ってくれた異世界の勇者様を心から愛し。
彼が本当の自分自身の事を思い出さないように願いつつ、ずっとこの森の中で一緒に、彼と幸せに暮らしていきたいと願っていたのだろう。
「私……。行かないと……彼を追いかけないと……」
俺が何も返事を返せない事を理解したアスティアは、森を去ったナイトの後を追うために歩き始める。
その足取りはゆっくりだが、一歩一歩……確実に恋人の背中を追いかけ。前に向かって突き進もうとしていた。
「私は、絶対に諦めない……。例えどんなに遠い道のりだったとしても。どんなに気の遠くなるような時間が、これからかかったとしても。私は必ず彼のいる場所にまで辿り着いてみせる。そして彼に伝えるの、私の事を救ってくれてありがとう……って。私はあなたの事を、本当に心から愛しています……って」
アスティアの歩く先の足元の地面には、黄色い不老カエルのコウペイがいた。
コウペイは心配そうに、アスティアの事を見つめていたけれど。
もう、アスティアの視界の先には……コウペイの姿はまるで映っていないようだった。
そんな彼女の憔悴しきった様子を見て。コウペイは悲しそうな顔をして、森を出ていく彼女の後ろ姿を見つめている事しか出来ない。
そしてその時に、俺の全身には激しく震えあがるような焦燥感が襲ってきていた。
いけない……! このままアスティアに、ナイトの後を追わせてはいけないんだッ!
「――アスティア! 待ってくれ!」
俺は必死に大声を出して、水色の髪の少女の背中に向かって呼びかける。
けれどアスティアは、二度とこちらを振り返ってはくれなかった。
それは俺の声が聞こえていて、反応をしてくれなかったという訳では無く。本当に文字通り、俺の声は彼女の耳に全く届いていなかったらしい。
すぐに俺は自分の体に起きている――『異変』の正体に気付いた。
俺の全身はゆっくりと透明色に染まっていて。俺という『存在』そのものが……この過去の時間軸の世界から消えかかっている事が分かったからだ。
――ダメだ、ここで消えてしまう訳にはいかない!
ここでナイトを、そしてアスティアを止めないと!
遠い未来で、この世界には女神教が組織され。そして何度でも異世界召喚の魔法が行われて……異なる世界から沢山の勇者達が、この世界に呼び寄せられてしまうんだ。
決して、アスティアが悪い訳ではない。俺は彼女がこれから行う事を責める事なんて出来ない……。
でも、彼女のナイトへの一途な想いは……あまりにも純粋で愛情が深過ぎたんだ。
彼女はたった一人で、この世界で何千年も孤独に生き続ける事になろうとも決して諦めなかった。
長く気の遠くなるような時間を費やして、ナイトから教えて貰った『魔法』の研究を一人で続けて。
そしていつか、異世界から勇者を呼び寄せる異世界召喚の魔法体系を完成させてしまうんだ。
彼女はそれを、たった一人でやり遂げてみせた。
いつだったか、帝国領の地下にあった『魔導研究所』で彼女の日記帳を俺は見た事があった。
そして、その時に俺と一緒に地下を探索していた枢機卿が、地底の壁一面に呪いのように書き込まれた古代文字の羅列を見て。『これは、純粋で尊い愛なのよ……』と呟いていた事があったのを思い出した。
きっと、そんなアスティアの一途な想いに共感をして。協力を申し出た人達が彼女の元に集まり、遠い未来に『女神教』が組織される事になるんだ。
不老不死を手に入れて、ナイトのいる神の住まう国へのゲートを開く為に。やがて異世界から召喚した勇者を魔王化させて、魔王種子を取り出す試みが女神教の中で始まっていく事になる。
そして、コンビニの勇者である『秋ノ瀬彼方』が2回も……この世界に呼び寄せられてしまうという未来へと繋がってしまうんだ。
「……頼む、待ってくれ! お願いだから、俺の話を聞いて欲しい……!」
俺がどんなに声をかけても、前に進み始めたアスティアは決して後ろを振り返る事はなかった。
それに例え存在が消えかかっている俺の声が、彼女に届いたとしても。俺は女神アスティアに……一体何と声をかければ良いのだろう?
別の世界に帰ってしまったナイトの事は諦めて、彼に再会したという願いは放り捨てて。
誰にも会う事なく、ひっそりと孤独に生きろとでも、彼女に伝えるつもりなのか?
不老の存在になったアスティアは、自殺でもしない限り決して死ぬ事は出来ない運命だというのに……。
俺が大切なティーナや、みんなに会えなくなったとしても。同じ事が本当に言えるのだろうか?
それが運命なのだから、全てを忘れて別の人生を歩むんだ……なんて言われて、納得が出来るだろうか?
そんな自問自答を自分の心に問いかけつつ、『俺』という意識は……少しずつ1万年前の過去の世界から遠ざかっていった。
この不思議な体験が『夢』だったのか、はたまた本当に一時的なタイムスリップをしていたのか。結局、真相は何も分からない。
俺の意識は……少しずつ暗闇の中に深く沈み込んでいき。そして、気付いた時には――朝の陽光が眩しく降り注いでくる森の中で俺は目覚めていた。
「ここは、迷いの森の中……じゃないよな?」
さっきまで俺は、1万年前の過去の世界に呼び寄せられて。不老カエルのコウペイのいる迷いの森の中にいた気がする。
でも今……俺が目覚めた場所は同じ森の中ではあったけど。その時の森の雰囲気とは大きく異なっている、別の森の中にいる事に気付いた。
「どうやらここは、ソラディスの森の中みたいだな。だとすると、俺はアイリーンが操作してくれていた飛行ドローンから地上に落ちてしまったのだろうか?」
おぼろげに憶えている最後の記憶だと、俺は女神アスティアと巨大コンビニ要塞が戦闘を始めた時に。その場から脱出する為に、飛行ドローンに乗って迎えに来てくれたアイリーンの背につかまって。みんなが待っている、ソラディスの森に戻ろうとしていたはず――。
その途中で、俺は『何か』を見てしまい。
多分、そのまま意識を失って空から森の中に落ちてしまったのだろう。
体を見回してみると、傷らしきものは何も残っていない事が分かった。
これはコンビニ店長服の無敵ガード機能が作動して、俺を守ってくれたからなのだろうか? でも、不思議とそれ以前の戦いで負った全身の傷も、完全に修復されているようだった。
「どういう事なんだろう……? 誰かが俺の体の傷を全て治してくれたのか? 回復術師の香苗は、この場にはいないし。だとしたら回復効果のある苺大福を持つ、パティが治してくれたのだろうか?」
キョロキョロと周りを見回してみても。俺の周りには誰もいなかった。
ソラディスの森の中は、不思議なくらいに静かになっている。カマキリ型の機械兵もいないし、それどころか巨大コンビニ要塞の姿も見当たらなかった。
女神アスティアと、巨大コンビニの戦いの行方は一体どうなってしまったのだろうか……?
状況が分からずに困惑する俺の耳に、ようやく聞き慣れた安心の出来る声が遠くから聞こえてきた。
「彼方くん〜〜! どこなの〜〜?」
この声は玉木か!? 良かった……! どうやらみんなも無事でいてくれたらしいな!
慌てて起き上がった俺の体の上から、一本の長い髪の毛が風に舞うようにフワリと地面に落ちていく。
その長い髪の毛は、よく見ると薄い水色をしているのが分かった。
「えっ、水色の髪の毛だって……?」
どこかで見た事があった気のする髪の毛の色を見て、俺の記憶は一瞬だけ混乱してしまう。
どうやら直前まで見ていたはずの『過去の世界』の記憶も、俺の脳内ではどんどん曖昧なものになってしまっているようだった。
……でも、俺はみんなの所に向かわないといけない。
まずはみんなと合流をして、全員の無事を確認して。そしてこれからやるべき事を話し合わないと……。
俺は急いで、森の中を走り。玉木の声が聞こえくる方に向かう事にした。
俺の体に付いていた水色の長い髪の毛は、風の中を舞う木の葉のように。そのままゆっくりと森の中に、溶け込むようにして、どこかに消えていってしまった。




