第四十五話 異世界の勇者のお披露目 その③
「――な、何なのよ!? アレは………!!」
最初に異変に気付いたのは、丘の上で要塞の周囲全体を監視していた『狙撃手』の勇者――紗和乃・ルーディー・レイリアだ。
アッサム要塞の遥か上空。
太陽の沈みかけた西の方角から、巨大な翼を持った赤いドラゴンがこちらに向けて迫ってきていた。
その全長は、およそ30メートルくらいある。
真っ赤な翼を羽ばたかせるその姿は、まさにテレビゲームの世界に登場する巨大な『ドラゴン』のフォルムそのものだ。
「川崎くん、緊急事態よ! 西の空から、大きなドラゴンがこっちに………きゃああぁぁっ!?」
丘の上にいる紗和乃が、異世界の勇者全員と思念通話による連絡を取っていた『無線通信』の勇者である川崎亮に連絡を取ろうとする。
だが、その一歩手前で……。
巨大な赤いドラゴンの口から放たれた、巨大な火炎球の攻撃を受けて、紗和乃の通信はそこで途切れてしまった。
――同時刻。
アッサム要塞内に深く侵入して、内部の攻略中だった他の異世界の勇者達の所でも『異変』は起きていた。
「お、おい!? 一体何なんだよ……あの巨大な魔物達の群れはよッ!!」
先行していた『氷術師』の勇者である霧島正樹の正面に。
全長約15メートルはある巨大な『蟹』の形をした魔物数十匹が、列をなしてこちらに迫って来ていたのである。
「――く、くっそッ!! この巨大カニ野郎共ッ!! これでも食らいやがれッ!! 『氷矢砲撃』ーーッ!!」
霧島が氷の槍100本を作り出し。こちらに行軍してくる巨大カニの行列に向けてそれを、一斉射出する。
”カキーーーン”!!
放たれた氷の槍は、全てが巨大カニの硬い赤い装甲によって弾かれてしまった。
低級の魔物であるオークやゴブリンの体を、易々と貫く事ができた氷の槍が……。この15メートル級の硬い殻を持つ、巨大な甲殻類の魔物達にはビクともしない。
「おいおい……。これは、ヤバいぞ!! だ、誰か助けてくれよーー!!」
霧島の動揺を聞きつけた、先行組勇者の残りの2人。
『水妖術師』の金森準と、『火炎術師』の杉田勇樹が駆けつけてくる。
「な、何だよ!? あの巨大なカニの大行列は!?」
「へえ〜〜! これは丸焼きにして食べたら、さぞかし美味しいカニ味噌が食べられそうですよね〜!」
自身の作った氷の槍が全く効かなかった霧島が、逃げるようにして全速力でこちらに向かって走って来る。
カニは元々水辺で暮らす甲殻類の生き物だ。攻撃をするのなら、炎による攻撃の方が有効かもしれない。
「『火炎豪雨』――!!』
まずは先制に『火炎術師』の勇者である杉田勇樹が、空中に作り出した無数の火球を巨大カニ達に対して一斉砲撃する。
放たれた火玉は、巨大カニの外皮に取り付き燃焼する。
……だが、カニ達の行軍は止まる気配が無い。この巨大な魔物達には、炎の攻撃は全く効かないようだ。
「へぇ〜? なら、僕がカニさん達をちゃんと海まで押し返してあげるしかないですよねぇ? とびっきりの大波で全部押し流してあげますよ〜! 食らえええっ!! 『暗黒水流』――!!」
金森が、凄まじい洪水のような激流を放つ!
しかし、オークやゴブリン達をまとめて流していったその激しい水流も……。
15メートル級の巨大なカニ達を押し流すには、力が足りない。
押し寄せる水流に多少の動きが鈍る程度の効果はあるが、その行軍を止める事は出来なかった。
「か、金森! 俺はいったん前線基地に戻るからな! あ、後の事は頼んだぞ!!」
金森の放つ水流でも、巨大なカニ達を押し流せないと分かった霧島が、いち早くその場から逃げる事を決め込む。
逃げる霧島を追うようにして、杉田もその後について走り去っていく。
「えっ、えっ、ちょっと! ちょっと〜〜!! もちろん僕だって逃げますよ〜〜!! お、置いて行かないで〜〜っ!!」
金森が大量の水の放水をやめて、全速力で霧島達を追って要塞内から逃げていく。
これでもう、巨大なカニ達の行軍を止める者は誰もいなくなった。カニ達は、勇者達の後を追うように追跡を開始する。
そして先行する勇者3人の、強力な範囲攻撃によって圧倒されていたアッサム要塞内の魔物達も……。
巨大カニ達の行軍の後について行くようにして、逃げ出した勇者達の追撃を開始する。
この瞬間――。
要塞内の形勢は、一気に逆転をした。
「く、倉持さん……! ど、どうしましょう?」
「水無月さんは、美雪さんと一緒に前線基地まで避難をして下さい! 僕も金森くん達と合流をしたら、基地まで撤退を開始しますから!」
要塞の外でも既に戦況はパニックに陥っていた。
アッサム要塞の上空に出現した赤いドラゴンは、その口から巨大な火炎球を、地上の勇者達に向けて次々に放ってくる。
レベルアップによって、自身の身体能力を上昇させている勇者達は、かろうじて空からの火炎球を避けてはいるが――。
おそらく直撃を食らったなら、ひとたまりもない。
きっと一撃で燃えカスにされて……異世界の勇者と言えども、その場で即死をしてしまうだろう。
「こちら前線基地! みんな、ちゃんと揃ってる!?」
赤いドラゴンから集中的に攻撃をされて、慌てて丘の上から地上の前線基地にまで降りて来た『狙撃手』の勇者……紗和乃・ルーディー・レイリアが全員の点呼を取る。
「倉持さんと、先行組の3人以外はみんな揃ってるよ! 今、この基地の中は美雪さんが防御結界を張ってくれてるから、何とかあのドラゴンの攻撃を防げてるッ!!」
『槍使い』の勇者である水無月洋平が応える。
もはや、異世界の勇者達の戦線は完全に崩壊をしている。
異世界の勇者達は、『防御壁』の勇者である四条京子が建造した、高さ3メートルの石壁で囲まれた前線基地の中に全員が避難している。
その基地の天井に、『結界師』の勇者である名取美雪が張ってくれた防御結界によって、何とか上空から降り注ぐドラゴンの火炎球を凌いでいる状況だ。
もはや基地の中から一歩も外に出る事は出来ない。
結界の無い外に飛び出したなら、あっという間に上空の赤いドラゴンの攻撃の餌食にされてしまうだろう。
「うおおおおっっ!! やっべぇぇぇーーっ!!」
そこに、要塞内に侵入をしていた『氷術師』の勇者、霧島正樹が駆け足で戻ってくる。
霧島の後ろには、金森、杉田、そしてリーダーの倉持もついて来ていた。
前線基地に急いで避難した霧島は、要塞内でのパニックのをみんなに大声で伝える。
「……で、でっかいカニの大群がこっちに向かって来ているぞ!! アレは、マジでヤバいって……!! 俺の氷の槍でも全然アイツらの体には効かないんだよ!!」
「……分かったから! まずは落ち着いて霧島くん!! 状況は川崎くんの能力を通じてだいたい分かっているから。もし何か怪我をしているのなら、香苗ちゃんに『回復魔法』して貰いなさいね!」
この危機な状況に対して、リーダーとしての指示を全く飛ばさない倉持に代わり、『狙撃手』の勇者である紗和乃が次々と指示を飛ばしていく。
あの赤いドラゴンが上空に出現して以来、戦況は完全に一変してしまった。
空からの攻撃に対して、こちら側には反撃の手段が全く無いのだ。
『狙撃手』の能力者である紗和乃は、試しに何度か光の矢を、赤いドラゴンに向けて放ってみたが――それらの全てが避けられてしまい、かすりさえもしなかった。
たとえ、『氷術師』の霧島が、地上から氷の槍を空に向けて放っても結果は同じだろう。
15メートル級の巨大カニの装甲も貫けない氷の槍で、どうやってあの巨大なドラゴンの体にダメージを与えられるというのか……?
「倉持くん、あなた今回の作戦のリーダーでしょう? さっさとこれからの方針を決めなさいよ!! このままここで身動きも取れずに、みんなを全滅させる気なの?」
「――これからの方針? それは一体どういう事だい、紗和乃さん?」
動揺する倉持は、紗和乃の言わんとする事が分からずに聞き返す。
「ハア〜ッ?? そんなの決まってるでしょう!? すぐにここから撤退をするのよ!! あんな化け物みたいなドラゴンが出て来たんだから、私達にはもうどうしようもないじゃないの!!」
紗和乃は口調を荒げて、倉持の言葉に噛み付く。
「それは絶対にダメだッ!!! 異世界の勇者が敵を目の前にして情けなく撤退する姿を見せるだなんて、絶対にこの僕が許さないぞ!!」
いつもの温和な委員長風な口調をやめて、激昂するように倉持が叫び声をあげる。
激しく口論を交わす倉持と紗和乃。
心情的には、この場にいる全ての勇者が紗和乃の意見の方に同意をしていた。
あのドラゴンが放つ、巨大な火炎球に対処する方法がない以上……もうどうしようもない。
この狭い石壁に囲まれた基地の中で、『結界師』の名取がかろうじて防御結界を張って、上空からの攻撃を防いでいるのがやっとの状況だ。
もう、ここから逃げ出す事さえ至難な状態であるというのに……。
前線基地の中に押し込められた異世界の勇者達を追って――。アッサム要塞の中にいた数万を超える魔物達が、既に完全に周囲を包囲してしまっている。これでは完全に万事休すだ。
もはや前線基地は、ゾンビ映画の中で大量のゾンビに囲まれたショッピングモールの状態と化している。
もっと早くに倉持が撤退の判断をして。素早く全員に指示をしていれば、何とか逃げる事くらいは出来たかもしれないのに。
魔王軍に所属している魔物達は、昼も夜も関係なく人間に襲って来る。太陽が昇っている時は動きが鈍る、森の中にいるような野生の魔物達とはその習性が全然違うのだ。
後は、自分達に出来るのは――丘の上にいる数万の騎士団がここに助けに来てくれるのを待つくらいだろうか?
どちらにしても、行動方針は早めに決めた方が良いだろう。
しかし、異世界の勇者達のリーダーである肝心の倉持は……。
「と、とにかく……! みんなもう少し待ってくれないか!! 何か良いアイデアを僕が必ず考え出すから!! 僕はみんなとは違う、神々に選ばれた『不死者』の能力者なんだ! だから、絶対にこんな所で失敗なんてする訳がないんだ……!」
倉持が額から大量の冷や汗を流しながら、同じクラスメイト達に怒鳴り声をあげる。
不思議な事に倉持が大きな声で叫ぶたびに。
その場にいる、他の勇者達の倉持に対する信頼の温度は急速に冷え切っていった。
自分の能力を遥かに超えた責務を任されたボンボンのエリートが――。そのプライドをズタズタにされて……脆くも崩れていく様子を間近で見つめながら、他の勇者達は深い溜息をこぼすしかない。
倉持はきっと、騎士団に助けを求めるという……彼にとって『恥ずべき』選択肢を。その高すぎるプライドのせいで絶対に選択出来ないであろうから……。
「……ねえ、倉持くん。『一応』聞いてみるけど……あなた、私達の為に囮になってくれる気はあるかしら?」
紗和乃が心のこもらない低い声で、倉持にそう尋ねてみた。
「はああああぁっ〜〜!? 僕が、君達の為に囮になるだって!? き……君は、一体何を寝ぼけたような事を言っているんだい!?」
「私はこの最悪な状況を打破する為の、最善手の話をしているのよ! あなたは『不死者』の能力者で、最大5回は生き返る事が出来るんでしょう? なら、あなたが外で魔物達と、あのドラゴンの攻撃を引きつけてくれれば、私達はここから逃げる事が出来るじゃない! 何もあなたに死んでくれって頼んでいるんじゃないわ! あなたの能力をここで使えば、みんなが助かる道がある……って私は言っているのよ!」
紗和乃の言っている事は、確かに全員を納得させる説得力があった。
このままここに全員が残っていたら、いつかは『結界師』の名取の能力が尽きて――上空にいるドラゴンが吐く火炎球の直撃を受けて、みんなが死んでしまうだろう。
それだったら、誰かが囮になった方が犠牲になる人数は少なくて済むのだ。
もしこれが、船が沈む災害系のパニック映画の中なら、そういった尊い自己犠牲を行い、全員の命を助ける役を進んで引き受ける者が必ずいるはずだ。
そんな中で、倉持はクラスの委員長であり……しかも、この作戦のリーダーでもある。さらには便利な事に、一度死んだとしても生き返れる蘇生の能力までも持っているのだ。
この中で『倉持』以上に、この場で自己犠牲をする事に適任な人材は絶対にいないはずなのだが……。
「――ふ、ふざけるんじゃない!! どうして僕が限りある貴重な蘇生回数をこんな所で無能な君達の為に使わないといけないんだ!! 僕には君らと違って崇高な目的があるんだ! やがてくる『その時』の為に、この選ばれし能力を大切に温存しておかないといけないというのに……。こ、こんな場所で、こんな下賤な者達の為に貴重な能力を使うだなんて! そんな事、絶対にあり得る訳がないじゃないか!!」
激昂する倉持の様子をみて。他の異世界の勇者達ほぼ全員が、同時に溜息を漏らす。
紗和乃が聞く前に『一応』と注釈をつけたように……。
聞く前から倉持がどういう反応をするかを、大体ここにいる他のクラスメイト達は、もう予想できていたのだ。
「あっそ。ハイハイ、もういいわ……。初めからそういう反応をするのは予想出来ていたから。川崎くん、香苗ちゃん、私達だけで作戦会議をしましょう!」
紗和乃が早々に倉持への説得を諦め、他のクラスメイト達と打開策について話し合いを始める。
リーダーである自分を無視して、勝手に話を始めた紗和乃に対して、激昂する倉持は睨みつけるようにして不快感を露わにしたが……。
それが、今度は急にニヤリと笑みをこぼす。
倉持は近くにいた金森準と、自分を慕う名取美雪の2人にこっそりと耳打ちをした。
その表情には、クラスメイトの事を心配する『委員長』という雰囲気はまるで感じられない。ただ、ひたすらに自己の利益のみを求める傲慢さが溢れ出ていた。
一方、その頃……。
異世界の勇者達の活躍を見守る後方の丘に陣取っていた、西方3ヶ国連合と、グランデイル王国軍の中にも動揺が広がっていた。
「――まさか、あ、あの赤いドラゴンは!? 伝説の『赤魔龍公爵』なのでは!?」
「『赤魔龍公爵』!? そんなバカな!? 赤魔龍公爵が最後に確認されたのは、もう25年も前の事だぞ! それが一体なぜ、こんな所に突然現れたのだ!?」
各国の騎士達を震撼させたのは、魔王軍に所属すると言われる、伝説の『4魔龍公爵』の1人――『赤魔龍公爵』の存在だった。
赤い巨大なドラゴンの上にまたがり、25年前に西方3ヶ国連合の西側にかつて存在した『ミランダ王国』を……たったの1人で滅したと言われている伝説の存在だ。
その赤魔龍公爵が25年ぶりに、このアッサム要塞の上空に突如として出現をしたのだ。
「そんな……!! それでは、異世界の勇者様達は!?」
グランデイル王国女王のクルセイスが席から立ち上がり、祈るようにして前方のアッサム要塞を見つめる。
もし、本当に魔王軍の『4魔龍公爵』がここに出陣して来たのならば――。
今の異世界の勇者達のレベルでは……きっと太刀打ちが出来ないであろう。
そう、何か『奇跡』でもこの場に起きない限りは……だ。




