第四百二十七話 罠にかかった紗和乃
「うわ〜ん! コンビニマスター様ぁ〜〜! パティめはコンビニマスター様に、会いたかったですぅ〜!」
黒いローブを着た枢機卿の姿から、元の緑色のポニーテールをしたチョコミント色の騎士の姿に戻り。コンビニの守護者のパティが、俺の立っている場所めがけて子犬のように一直線に走り寄ってきた。
「お〜〜よしよし! 一人で心細かったよな、寂しかったよな。今、優しく頭を撫でてやるからな!」
――と、俺がうちの実家で飼っている子猫のミミをあやすような仕草で、パティを優しく抱きしめようとすると。
敬愛するご主人様である俺に、パティは全力で抱きついてくるのかと思いきや……。
モグモグ、モグモグ、モグモグ。
俺が手に持っていたコンビニのビニール袋を、パティは目の前ですばやく奪い取り。
そのまま一心不乱に、ビニール袋の中に入っていたチョコミント味の蒸しケーキを、むしゃむしゃと勢いよく頬張りはじめた。
「うまうまうま〜! う〜〜ん☆ やっぱり、チョコミント味の蒸しケーキは最高に美味しいのですぅ〜! これが食べられるから、ブラックな職場環境も歯を食いしばって耐え忍ぶ事が出来るのです〜☆」
完全に満たされた表情で、地面にあぐらをかき。鼻をポリポリかいてゲップまで始めるパティ。
……って、食べ終わるの早くね!?
ビニール袋の中には、50個のチョコミント味の蒸しケーキを用意してきたのに、もう全部食べちゃったのかよ!
マスターとの再会の喜びよりも、チョコミントを食べる食欲の方を優先させたパティ。その様子を呆れた目で見つめながら、俺は思わずため息が出そうになったけど……。
まぁ、無事で良かった。と、思う事にしよう。
うちの子猫のミミも、めっちゃスリスリ甘えてきても。餌を与えたら急に『スン』となって、どこかにいっちゃうからな。飼い猫と一緒に暮らしていると、これくらいの塩対応も全然、許容範囲内さ。
それに、もしもタイミングが遅れて。パティが教会の地下室にある異空間に閉じこめられたりでもしたら、大変だったからな。その前に救出が出来た事を、まずは安心することにしよう。
「……んん、異空間? 何の事ですかぁ〜? コンビニマスター様?」
「いいや、何でもないよ。俺の夢の中の話さ」
お腹いっぱいになって満たされた顔つきのパティは、
すっかり安心したのか。それとも元々のぐうたらな性格からなのか、何かもう既に眠そうな顔になっていた。
でも、ここでまだ寝させる訳にはいかない。すぐにパティには働いて貰わないといけないからな。
「ねぇねぇ〜、彼方く〜ん? 私も、この黒くて暑い服を脱いでもいいかな〜?」
黒いローブ服を着て、枢機卿の演技をしてくれていた玉木が俺に話しかけてくる。
「ああ、玉木もありがとう! ナイスな演技だったぞ! 元の世界に戻る事があったら、芸能プロダクションに演技派女優希望で、一緒に売り込みにいこうな!」
「ええっ〜! 女優よりアラブの石油王の奥さんがいいよ〜! 彼方くん、早く日本で石油の油田を掘り当てて私を迎えに来てよ〜!」
「ハイハイ、じゃあ東京の近隣の県にある山を掘って、ついでに徳川の埋蔵金も見つけといてやるから。俺と一緒にいれば、将来も安泰だから安心しろよな!」
「やった〜! 埋蔵金と石油のダブル・バリューセットだ〜! これでもう老後も安心してグダグダと、コンビニの中で寝てられるよ〜!」
いや、それだけお金があったら高級リゾートのスイートルームとかで寝ろよな。
まぁ、俺の異世界コンビニの本店には、地下に高級リゾートホテルもあるから。言葉の意味合いとしては、合ってる事になるのかな?
黒いローブを全身に着ていた玉木が、急いでローブ服を脱ぎ始める。
きっと慣れない枢機卿の演技をして、玉木も凄く緊張していたんだと思う。
あらかじめ教会の中にいるパティの置かれた状況を、俺は玉木には説明しておいた。
枢機卿の部下である、不老の魔女のエクレアやオペラの名前も教えて。徹底的な演技指導を玉木に施し。そして緊張でガチガチになっていた玉木に、全力で『枢機卿』のフリをして貰った訳だけど……。
何とか上手くいってくれて、本当に俺は胸を撫で下ろしたよ。玉木、マジでナイス演技だったぞ!
やっぱり決め手となったのは、玉木の周囲から出ていた『ドス黒いオーラ』のお陰だな。あれで、きっとエクレアやオペラは玉木の事を、本物の枢機卿と勘違いしたのだろうしな。
「もう〜、『陽炎』の能力は使用するとめっちゃ疲れるんだからね〜。それに周囲がモヤモヤするから、視界も見辛くなるし。だから私は普段、戦闘以外ではこの能力はほとんど使わないんだから〜!」
「でも、そのモヤモヤオーラのお陰で、エクレアとオペラの2人の魔女を欺く事が出来たんだぞ? 流石は玉木だぜ! やっぱり俺達の玉木は、最高だな!」
「そこは『俺達の玉木』じゃなくて、『俺の玉木』は最高だぜ! にしてくれれば、100点だったのに〜! もう、彼方くんは本当に最後の肝心な言葉のチョイスの詰めが甘いんだから〜!」
「……ん? 何か言ったか、玉木?」
「ううん、いつも言ってるけど、彼方くんは聞こえてないフリをするから気にしないも〜ん! ふ〜んだ!」
どうやら、玉木がへそを曲げてしまったようだけど、俺……何か余分な事を言ったのかな?
ちょっと今後の作戦を頭で考えていたから、最後に玉木が何を言ってたのかは聞こえなかったんだけど……。
パティがチョコミントを大量に食べて、お腹いっぱいで眠くなり。玉木がなぜか、へそを曲げてしまったそんなタイミングで――。
俺の脳内に、遠くからもふもふ猫のフィートからの『念話』の声が微かに聞こえてきた。
『大好きお兄さん〜! 獲物が釣れたのにゃ〜! 大好きお兄さんの言っていた怪しい黒い服を着た人物が、餌を見つけて後を追いかけ始めたのにゃ〜!』
「……そうか。とうとう紗和乃を、本物の枢機卿の方が見つけてくれたのか。よーし、フィート! すぐに俺達もそっちに向かう。そのまま念話を続けて、現在の位置情報をこちらに送り続けてくれ!」
『了解なのにゃ〜!』
俺はすぐに玉木とパティの2人にも、一緒に来てくれるように呼びかける事にした。
「玉木、パティ! 行くぞ! 今から王都の中央部を歩いている、紗和乃の所に向かうからな。そこで俺は大切な人物と話さないといけないんだ。2人にも協力して貰うから、一緒についてきてくれ!」
「えっ、今から紗和ちゃんの所に行くの〜?」
「むにゃむにゃ、パティめはもう眠いのですぅ〜!」
状況がまだ分かっていない玉木の手を取り、パティには追加のチョコミントクッキーをあげて。俺は急いで紗和乃とフィートがいる場所へと向かう。
ここからが正念場だぞ。例え相手の位置が分かっているとしても、本当に交渉に乗ってくれるかどうかは、夢の中ではまだ未体験だったからな。
「……でも、やるしかない! 白アリの女王リルティアーナを倒して、ティーナを救い出し。そして襲撃してくる巨大コンビニ要塞を撃退する為にも、どうしても俺はアイツと話し合わないといけないんだ!」
「彼方くんが何を言っているのか、分からないよ〜!」
「大丈夫だよ、玉木。今から順に説明してやるからさ。パティも、ちょっとお願いする事があるから、しっかりと頼むぞ!」
「パティはチョコミントがもっと食べれるのなら、何でもしますなのです〜! だからこれからも、コンビニマスター様についていきますです〜☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう〜! 何で私がこんな格好をして、グランデイルの街の中をぐるぐると歩き回らないといけないのよ!」
グランデイル王都の中心部を明らかに目立つ、不自然な格好をした若い女性が一人で歩いていた。
彼女はコンビニの勇者の仲間であり、現在は王都に潜入している『射撃手』の勇者の紗和乃だった。
元々、グランデイル王国に所属していた選抜勇者として、貴族の称号も与えられていた事のある紗和乃。
彼女はその為、顔がグランデイルの騎士達によく知られている可能性があるので、本来なら特に念入りに変装をして外見を隠さないといけない立場の人物のはず。
「それなのに……何で、この私が日本の『学生服』を着て、グランデイルの街の大通りを、堂々と見せびらかすみたいに歩かないといけないのよーーっ!?」
紗和乃は『もう知らないわ!』と、言わんばかりに、大通りのど真ん中で癇癪を起こして叫んでみせた。
もちろん日本の学生服を着て、街の中央部をまるでファッションショーのように目立ちながら歩け――と、鬼畜な羞恥プレイの指示を紗和乃に出したのは、コンビニの勇者の彼方だ。
だから紗和乃は、『キィ〜〜ッ!!』と怒りに満ちた表情で彼方の事を恨み。さっきから、地面を何度も蹴り上げながら歩き続けている。
この世界から見て、異世界の扱いである『日本』の学生服を着て。これだけ目立つ格好と行動をしているのだから、本来なら紗和乃は、グランデイルの騎士達から職務質問を受けてもおかしくはないのだが……。
さっきからグランデイルの王都の住人達も、グランデイルよ騎士達も。まるで『痛い人物』を見るかのように一定の距離を取りながら、紗和乃には触れないようにして周りを通り過ぎている。
どうやら、怪しい人物には触れないでおこう……という心理は、どの世界でも共通のものなのかもしれない。
「ハァ……それにしても、一体いつまでこの恥ずかしい格好で街の中心を歩き回っていればいいのかしらね? 流石にただのコスプレ羞恥プレイをさせてるだけ、という訳ではないと思うし。彼方くんには、何か考えがあるのでしょうけど。もし、この謎の行動に何か意図があるのだとしたら……誰かに『私』の事を発見させる為に、囮として使っているという所かしら?」
勘の鋭い紗和乃は、この恥ずかしい作戦を自分に実行させている彼方の事を恨みつつも。
彼の有能さについては、一定の理解と信頼を置いている為、彼方の考えている作戦を大体、頭の中で理解出来ているようだった。
「でも、わざわざ日本の学生服を着させているくらいだから。囮である私に喰いつく人物は、日本に関係のある人物なのかしら? だとしたら私達と同じ、日本から召喚された人? うーん、その辺りがよく分からないわね」
腕を組みながら、考察を続けていた紗和乃の目の前に。突然、遠くからかすかに自分を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。
「……お〜い、紗和乃〜〜……」
「えっ? この間抜けそうな声は、もしかして彼方くんなの!?」
周囲をキョロキョロと見回してみるが、コンビニの勇者の彼方の姿は見当たらない。でも、確かに彼の声が遠くから聞こえてきた気がした。
「……紗和ちゃ〜ん、こっちに来て〜〜……」
「ちょっ、今度は紗希ちゃんの声なの!? もう、何なのよ〜コレは!? 敵の罠だったりしないわよね?」
彼方の声に続いて、今度は玉木の声も遠くから聞こえてきた気がした。
仕方なく紗和乃は、大急ぎで2人の声が聞こえてきた方に向かって走っていく。
走っている間も、彼方達の声は聞こえるかどうかギリギリの小さな声で確かに聞こえてくる。罠の存在も警戒しつつも、紗和乃は声の聞こえる方向に走っていく事しか出来なかった。
やがて、しばらくグランデイル王都の裏通りを進み続けると。人が全くいない、暗くて狭い路地裏にまで紗和乃は辿り着いた。
「ハァ……ハァ……。もう、本当に何なのよ! 声の聞こえてきた場所に来たけど、誰もいないじゃないのよ!」
……やはり、何かの罠だったのだろうか?
こんな人気の全く無い場所に誘導されて。自分は敵の罠に、まんまとハマってしまったのではないだろうか?
紗和乃はキョロキョロと周囲を見回して、警戒態勢を取る。でも、どうやら敵の襲撃は無いようだ。
「どうなってるの……? これが敵の罠では無いのだとしたら、さっき聞こえてきた彼方くんや、紗希ちゃんの声は何だったのかしら?」
とりあえず敵の襲撃は無かった。その事に安堵した紗和乃は、ここまでやって来た元の道へと戻ろうと。後ろを振り返りながら足を一歩踏み出した、その時――。
””ズザザザザーーーーッッ!!””
「ええっ!? 何なのよ? これは!?」
紗和乃の体が緑色のスライムのような液体に吸い込まれるかのようにして、地中へと引きずり込まれていく。
どうやら、今……自分が立っていた場所の下には、何者かが擬態をして、石造りの地面を装い。上に立つ人物を、地中に吸い込む為の準備をして待ち受けていたらしい。
まさかグランデイルの王都の中で、まるで砂漠の流砂のように。地中に吸い込まれるとは全く予想もしていなかった紗和乃。
彼女はアリ地獄から抜け出そうとする、小さな虫のように。必死に体を持ち上げようとするも、緑色のスライムのような液体状の地面は、決して紗和乃の体を逃してはくれなかった。
「クッ……! 何なのよ、この緑色のスライムの地面は!? どうしてこんなものが、グランデイルの王都に存在しているのよ!?」
ゆっくりとだが、確実にズリズリと地中に吸い込まれていく、紗和乃。
何とか脱出しようと試みるも、緑色のスライムが体にまとわりついてくる為。紗和乃は自分の能力である、光の弓矢を出現させる事が出来なかった。
このままでは、紗和乃の体はどんどん地中深くに沈み込んでいってしまう。だが、人気の全く無いグランデイル王都の裏通りには、紗和乃の窮地を助けに来てくれるような人物は誰もいなかった。
「た、助けて……っ! 彼方くん。紗希ちゃん……!!」
ちょうど紗和乃の体が、緑色のスライムの中に全て飲み込まれてしまう寸前に――。
通りの奥にこっそりと隠れていた、黒い服を着た何者かが……紗和乃を救う為に外に飛び出て来た。
「―――えっ!?」
緑色のスライムの中に沈み込んでいた紗和乃の体を、黒いローブを着た女性が救出する。
スライムの中から紗和乃の体を拾い上げた人物は、すかさず緑色のスライムに向けて黒いナイフを突き立てると。そのまま抱きかかえるようにして、紗和乃の体を大通りの隅の方にまで移動させた。
地中に完全に引きずり込まれる寸前の所で、救出された紗和乃は……自分の事を救ってくれた人物の顔を、下からそっと見つめてみる。
見上げた人物は――全身に黒いローブを着ていた。
顔には黒いフードを深く被っていて、その中を覗き見る事は出来なかった。
だがら紗和乃は、自分の事を助けてくれた人物が誰なのかが、まだ分からなかった。
けれどなぜか、その人物からは見知った懐かしい雰囲気が感じられる。もしかしたら、ずっと前から知っている人のような匂いがしたのだ。
「……あの、助けてくれて、ありがとございます!」
紗和乃は急いでお礼の言葉をかけてみたが、黒いローブを着た人物はすぐに紗和乃の体を優しく地面に降ろすと。
その場で2本の黒いナイフを構えて、いきなり戦闘態勢を整え始めた。
「………そこに、いるのでしょう? もう一人の彼方くん。隠れていても無駄です。すぐに出て来なさい………」
紗和乃を助けた黒いローブを着た人物は、小さな声でそう呼びかけた。
紗和乃は自分を助けてくれた人の声が、あまりにも自分の親友である、玉木の声に似ている事に驚く。
「――流石は、女神教のリーダーである枢機卿だな。これが全て俺の仕業だという事に、もう気付いたのかよ」
黒いローブを着た人物が見つめる、その先には――。
コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方と、暗殺者の勇者の玉木紗希。そして、もふもふ猫のフィートの3人がゆっくりとその姿を現した。




