第四百二十六話 動き出すコンビニの勇者
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「もう……! 敵地のど真ん中に侵入しているのに、不用意にも一人で外に飛び出して。しかも、トラップに引っかかって鉄球の下敷きになるなんて、本当に無様で間抜けな勇者よね。彼方くんの着ている服に無敵ガード機能が無かったら、一発でゲームオーバーだったんだから、少しは反省しなさいよね!」
グランデイル城近くにある倉庫の中で目覚めた俺は、仮想夢の時と全く同じ台詞で、しっかり者の紗和乃に怒られてしまった。
「すまない……。倉庫の中にティーナがいるのが見えたような気がして、つい中に入ってしまったんだ。不用心だった事は謝るよ。本当にすまなかった……」
「えっ、う……うん。反省してくれたなら、別に良いんだけど。何だか妙に素直すぎていつもの彼方くんらしくないわね。怪しい毒キノコとか拾って、食べたんじゃないでしょうね?」
紗和乃が訝しむようにして腕を組み、寝起きの俺の顔を近くからじっと見つめてくる。
普段の俺って、どうやら失敗しても何も謝罪をしない。屁理屈や言い訳ばかりこねて誤魔化すような、ダメダメ人間のように紗和乃の目には映っていたのだろうか?
まぁ、そういう所は確かに少しはある気もするから、これからは反省しておく事にしよう。
冷たい石の床で目覚めた俺は、すぐに体を起こし。
目の前にいる玉木、紗和乃、フィートの3人にむけて声をかけた。
「……みんな、聞いてくれ! 今から俺達は、やらないといけない事がたくさんあるんだ。これからするべき事を順番に説明していくから、よく聞いて欲しい!」
突然、真剣モードに変わった俺の顔を見て。3人とも、すぐに顔を引き締めて。真剣な表情で俺の話に耳を傾けてくれた。
まずは敵地深くに潜入している俺達が、これなら何をすべきなのか。どういう行動を取るべきなのかについての作戦を、みんなに順を追って話していく。
今回は仮想夢の時と違って、クラスメイトの朝霧の話はしなかった。これからの俺達が取る行動予定だけを、端的に伝える事にする。
「――まずは、行方不明になっているパティを探しに行こうと思う! グランデイル城に侵入して地下に向かうにしても、そこにどんな危険が待ち構えているかは分からない。だから最強のチョコミントの騎士パティと早く合流をしてから、ティーナを救いに行くべきだと思うんだ」
「そうね。その点は私も、彼方くんの言う通りだと思うわ。コンビニチームの中でも、最も戦闘能力の高いパティさんがいない状態で、グランデイル城の地下にいきなり潜るのは危険だと思うもの」
紗和乃がすぐに俺の考えに賛同を示してくれた。紗和乃は仮想夢の中でも、ずっとパティの捜索を優先したいと言っていたからな。だからきっと、俺の意見に同意してくれると思っていた。
一緒に話を聞いていた玉木も、フィートも。うんうんと首を縦に振って頷いてくれている。
「よーし、それじゃあさっそく作戦開始だ! 玉木、俺と一緒に来てくれないか? 一緒にグランデイルの街の中に行って、パティを連れ戻しに行こう!」
「……う、うん! でも、彼方くん、パティさんが今どこにいるのか分かるの〜? ただ闇雲に探すだけじゃ、きっと時間がかかっちゃうと思うけど〜?」
「ああ、それなら大丈夫。パティのいる場所なら知ってるからさ。だから、今からすぐにそこに向かおうと思うんだ!」
「ええ〜〜っ!? 彼方くん、パティさんの居場所を知ってるの〜!?」
これには玉木だけでなく、隣にいる紗和乃やフィートも大きな声を同時に上げて驚いていた。
「にゃにゃにゃ、にゃ〜んで大好きお兄さんは、緑色の尻尾ねーちゃんがいる居場所を知ってるのにゃ〜? まさか予知夢を見たとか、そういう笑えない冗談はやめておけなのにゃ〜!」
もふもふ娘のフィートのあまりにも鋭い指摘に、思わず俺は苦笑してしまう。……いや、今回の場合、笑えない冗談を言ったのはフィートの方なんだぞ? だってそれ、100%真実なんだからさ。
「実はパティは今……ちょっと複雑な状況に置かれているんだ。そこから救い出す為にも、玉木。お前の協力がぜひ必要なんだよ。頼む、俺と一緒に来てくれないか?」
俺が真剣な目つきで、じっと見つめてきたからなのか。玉木は顔を真っ赤にして。『うん、分かった〜!』と快く頷いてくれた。
そんな俺と玉木のやり取りを、なぜか面白くなさそうな表情で見ている紗和乃にも、俺は声をかける。
「――紗和乃、お前にも頼みがあるんだ。お願いをしてもいいかな?」
「私に頼み……? 何よソレ? まさか私一人だけでグランデイル城に地下に潜入して、中の様子をくまなく偵察してこい、とかいうんじゃないでしょうね?」
「いいや、そんな鬼畜なお願いをする訳ないじゃないか。もっと簡単で楽な『お仕事』だから、安心してくれよ!」
「簡単で楽なお仕事? 何だかかすっごく怪しい気がするわね……」
俺の真面目な目線をなぜか不安に感じているらしい紗和乃は、小動物のように体を小さく震わせて警戒する。
そんな紗和乃を安心させる為に、俺は出来るだけにこやかな顔をして。小さな子供に飴玉をあげる、駄菓子屋のおばあちゃんのような優しい声で話しかける事にした。
「紗和乃には、王都の中央部を『ある格好』をしながら、グルグルと歩き回って欲しいんだ。いいか? 同じコースをぐるぐる回り続けるんだぞ! フィートは猫の姿になって、そんな紗和乃の様子を遠くの建物の上から、じ〜っと観察し続けて欲しいんだ」
「何よソレ? その行為に何の意味があるのよ?」
せっかく安心させる為に、優しい声で話しかけたのに。なぜか紗和乃はより不審そうな顔で、俺の事をじ〜〜っと見つめてくる。
何だか、怪しい保険勧誘の人間を見るような目つきで俺の事を見てきているな。根本的に紗和乃は、男嫌いな性格なのは知っていたけど。
その分、女性には優しいというか……まぁ、たぶん熱烈な玉木LOVE一筋なんだろうな。
そんな男嫌いな紗和乃の手を、俺はあえて――ガシッと、力強く握ると。
超真剣な顔で、必死にお願いをしまくる事にした。
なにせ、この世界の未来がかかっているんだ。こんな所で躊躇なんて、している訳にはいかないからな!
「――頼む、紗和乃! これはお前にしか出来ない仕事なんだよ。俺やフィートが街を歩いていても、ダメなんだ。お前だからこそ、成功する特別な作戦なんだよ!」
俺に両手を熱く握られ。途端に顔を赤くする紗和乃。
「ちょっ……やめなさいよねっ! 紗希ちゃんが見てるんだから、変な誤解をされたくないわ! 私は紗希ちゃん、一筋なんだから、男なんていらないの! ……もう、分かったから。何でも言う事を聞いてあげるから、その手を離してよね!」
観念したように、紗和乃は『ハァ……』とため息を吐く。そしてしきりに、玉木に対して。違うんだからね! と、顔を何度も左右に振りながら、自身の潔白アピールを繰り返していた。
「……で? 『ある格好』って、私は一体何に着替えればいいの? まさかコンビニの商品棚にこっそり置いてあるレオタードとか、バニーガール服とかを着て街を歩けっていうのなら、本気で彼方くんをしばき倒すからね!」
紗和乃がジト目で、俺を睨みながら聞いてくる。
「いいや、違うさ。ほら、几帳面なお前の事だから『その服』をまだ、どこかにこっそりと保管しているんじゃないかと思ってさ。元住んでいたグランデイルの屋敷にしまっているとかなら、急いで取ってきて欲しいんだよ!」
俺はゴニョゴニョと、紗和乃の耳に顔を近づけて。その特別な服装を小さな声で耳打ちをする。
「ハァーーっ!? 何よソレーー!? 何の意味があるのか私には全然、分からないんだけど!? まぁ、その服なら確かに、まだ持っているけど……」
「持ってるのかよ!? よっしゃ〜!! じゃあ作戦通りその服を着て、グランデイルの王都の中央部をぐるぐるかと歩き回ってくれ! いいか、ゆっくり適度に目立つように歩いてくれよな! そうすればきっと、お前の事を見つけてくれる奴が現れるはずだからさ」
俺の言葉を聞いても、紗和乃はますます訳が分からない……という顔つきをしていた。
例え俺の真意が今の紗和乃やみんなには伝わらなくても、後できっと分かるさ。なにせ、紗和乃の後を追いかけてくる人物と話す事は、今回の作戦において最も重要な部分になるからな。
だからこれだけは万全を期して、絶対に成功させないといけないんだ!
紗和乃とフィートに作戦を伝えた俺は、改めて玉木の手を取り。一緒に目的の場所に向かう事にした。
「――よし、玉木! 俺達は急いでパティの救出に向かうぞ! 早く行かないと、うちのチョコミントの騎士が異次元の地下室の中に、永遠に閉じ込められてしまうかもしれないからな!」
「もう〜、彼方くんが何を言ってるのかよく分からないけど……。でも、私はついて行くよ〜! 彼方くんの行く所に、私はずっとついて行くって決めているんだから〜!」
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「……うぅ、ヒジョーに困ったのですぅ。動きづらくなってしまったのです。コンビニマスター様とも連絡が取れないし、どうしたらいいか分からないのですぅ〜!」
「――枢機卿様、いかがされましたか?」
「………何でもありません………」
銀髪長身の魔女、オペラに問われて。慌てて無言になる、黒いローブ服を着て玉木の姿になぜか変身している、チョコミントの騎士のパティ。
彼女は今……グランデイル王都の隅にある、人がほとんど訪れない古びた教会の中にいた。
目の前には、無言で椅子に座りこむ2人の怪しい雰囲気の女性達がいる。
しかもその女性達は、以前にコンビニに勝手に近づいてきた時に、思いっきり三色団子の槍でぶっ飛ばしてやった事がある怪しい訪問販売の女性達だった。
パティはグランデイルの王都を探索する為に、コンビニの勇者の彼方達と別れた後――。
王都のグルメ料理を堪能する為に、いったん玉木の姿に変身して。その上から黒いローブを全身に着て、完璧な変装をしながら街の中を歩いていた所を……。なぜかこの怪しげな2人組の女性達に『枢機卿』と呼ばれる、別の人物と勘違いをされてしまい。
そのまま、こんな古びた教会の部屋の一室に、無理やり連れ込まれてしまったのであった。
「……うぅ。早く帰りたいよ〜。コンビニマスター様におねだりして、チョコミントもいっぱい食べたいよ〜。でもでも、ここで勝手にパティめが大暴れをしたら。王都に隠密で潜入しているコンビニマスター様の作戦の邪魔をしてしまうしまうかもしれないし。あぅ、本当に困ったのですぅ〜。お腹も空いたのですぅ……」
――ギロリ。
再び背の高い、目つきの鋭い銀髪の女性に無言で睨まれて。慌てて下を向いて、押し黙ってしまうパティ。
正直、もう自分が『人違い』である事はとっくにこの2人にはバレているんじゃないかと疑いつつも。
ここで、コンビニマスターの彼方の許可を得ずに勝手に戦闘を始めてしまう訳にもいかず。
パティはひたすら、この狭い空間の中で。永遠の空腹感に襲われながら、じっと耐える事しか出来ずにいた。
「ハァ……。このパティめが本気を出せば、こんな怪しい訪問販売女達なんて、すぐに倒せるのにぃ。何も出来ないのが歯痒いです〜。お腹も減ったのですぅ。早く、コンビニマスター様が迎えに来てくれないかなぁ〜」
そんな無言の密室に閉じ込められていたパティの元に、ようやく助け船に乗った救世主が訪れた。
そしてその救世主は、あまりにも意外な人物であった。
「………オペラ、エクレア。ただ今、戻りました。そこに座っているのは、私にソックリな姿に化けている『偽物』で間違いないですか?」
「――す、枢機卿様!?」
「枢機卿様、いつお戻りになられたのですかっ!?」
突然、気配も無く。部屋の中に出現した黒いローブを着た女神教のリーダー、枢機卿の登場にビックリする魔女のオペラとエクレア。
そしてパティも、現在の自分の姿にソックリな外見をした『本物』が登場した事に驚いた。
部屋に現れた本物の枢機卿の周辺の空気は、まるで蜃気楼のようにモヤモヤと歪んでいて。その姿は肉眼では、とても視認しづらくなっている。
――間違いない。この独特の雰囲気とドス黒いオーラは本物の枢機卿で間違いないと、彼女に仕える魔女の2人は確信をした。
改めて部屋の中にいた魔女のオペラとエクレアは、慌てて立ち上がり。本物の枢機卿に対して、その場で深く頭を下げる。
「ハイ、枢機卿様! この者は、グランデイル王都の中を歩いており。その姿とお声があまりにも枢機卿様に似ていた為、我等がこの秘密の隠れ家に連れて参りました」
「……でも、全然雰囲気が違ったんで、私にはすぐにコイツがニセモノだと分かりましたー! それで枢機卿様がお戻りになるのを待って、判断を伺おうと思っていたんですーっ!」
オペラとエクレアの2人が急いで、現在の状況を上司である枢機卿に説明をする。
どうやら彼女達はやはり、自分達が街から連れてきた者が偽物であった事を既に気付いていたらしい。
だが……ここ座る偽物の枢機卿をどのように処分すべきか判断に迷い。本物の枢機卿がこの部屋に戻ってくるまで、ずっとこの部屋の中で待ち続けていたようだ。
「………オペラ、エクレア。私はその偽物と話があります。今から外で、その者と2人きりで話をしてきますので、あなた達は奥の部屋で待機していて下さい」
「しかし、お二人だけになられるのは危険です! 万が一この偽物が枢機卿様に対して、危害を加えようとしてきた時は、我らがお側にいた方が良いかと思われます」
「そうです、そうです! 私とオペラお姉様も、一緒にいた方が絶対に良いと思いますーっ!」
一斉に声を上げる魔女の2人に対して。黒いオーラを全身から放っている本物の枢機卿は、ピシャリと冷淡な声で言い放った。
「………2人とも、私の言葉が聞こえませんでしたか? 奥の部屋で待機していなさいと伝えたのです。もし私の指示を無視すれば、どうなるかは分かっていますよね?」
「ヒッ、ヒイイィィ!? 了解しました!! 枢機卿様っ!!」
震える声で、魔女のエクレアが急いで頭を下げる。長身のオペラも、本物の枢機卿の言葉に従い。その場で静かに頭を下げて服従をした。
「………では、私が戻るまで。くれぐれも勝手にこの場所を離れないように。しっかりと命令をしましたからね」
自分に対して深く頭を下げる2人の魔女達の様子を見届けた枢機卿は、静かに偽物のパティを伴って。一緒にゆっくりと、教会の外へと出ていった。
……しばらく、無言で人気の無い裏道を二人きりで歩き続ける本物の枢機卿と、偽物のパティ。
何がどうなっているのか状況の分からないパティは、とりあえず狭い教会からやっと外に出れた事に感謝しつつ。自分を外に連れ出した枢機卿なる人物の事を警戒しながら、少し距離を取りながら一緒に通りを歩いていった。
すると――無人の通りを、20メートルほど前に進んだ所で。
パティの前を歩いていた本物の枢機卿が、急にその場に立ち止まり。
ピンと張っていた背筋を崩して、いきなりダル〜〜ンと肩を落としてみせた。
「………ハァ、疲れたよぉ〜! 彼方く〜ん、ちゃんとパティさんを連れてきたよ〜!」
さっきまでドス黒いオーラを放っていた姿からは、想像も出来ないような優しい声で。パティの前に立ち止まった枢機卿が、愚痴をこぼすと……。
前方の茂みの中から、若い男が前に飛び出してきた。
「――オッケー! 玉木、本当にご苦労様! パティも、もう元の姿に戻って大丈夫だぞ! ほら、ちゃんとお前の好物のチョコミント味の蒸しケーキも、いっぱい持ってきてやったからな!」




