第四十一話 玉木を探して
「――店長! あまりその『コーラ』という黒い飲み物ばかりを飲み過ぎてはいけません! その飲み物は糖分が多すぎます。大量に摂取すると、店長の健康を害する可能性があります」
「えーーっ、だって、コーラは美味しいからさぁ……少しくらい見逃してくれよ〜!」
俺が泣くように懇願をしても。コンビニの守護騎士であるアイリーンは、許してはくれなかった。
「ダメです! 私はコンビニの守護騎士として、店長の健康面も守る義務があるのです。私の目の黒いうちは、店長に不摂生な生活をさせる訳には参りません!」
「ガガーーン……そ、そんなぁ〜」
俺の手に握られていたコーラのペットボトルが、アイリーンによって没収されてしまう。
うーん、でもまあ仕方ないか……。
さすがに本日3本目のコーラだったし。正直俺も、ちょっと飲み過ぎたかなと反省していた所だった。
アイリーンには、食品の栄養成分を細かく分析する能力があるらしい。なので彼女は俺の毎日の食生活にも、厳しく注文をつけてくる。
もっとも、当の本人は『鮭弁当』が大好きらしく。
朝、昼、夜と、一日中鮭弁当ばかりを食べている。それこそ偏食なんじゃないかと俺が尋ねたら――、
『鮭弁当は、お弁当の中では1番栄養バランスが良いのです。だから毎日食べても問題はありません』……なんて、やんわりと誤魔化して逃げられてしまった。
うーん、何だか物凄い理不尽さを感じるぞ。
「はぁ〜……しょうがない。コーラは諦めて、鮭おにぎりを食べるとするか」
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。
俺は溜息を吐きながら、また好物の鮭おにぎりを食べ始める。ツナマヨおにぎりはもちろん好きだけど。やっぱり定番のこの味に戻ってきちゃうんだよなぁ。
「彼方様、もう少しでアルトラスの街に到着出来そうですよ!」
「本当か、ティーナ? すぐ行くよ!」
俺はコンビニ戦車を運転してくれている、ティーナの元に向かう。
……そう。俺達は魔王の谷から脱出をして、今は『アルトラス』という名前の街に向かっている。道中のコンビニ戦車の運転は、ティーナが担当をしてくれていた。
――ん?
ああ、そうだよ。俺達はとっくにあの魔王の谷を脱出する事に成功したんだぜ?
あの黒い墓所が崩壊してから、俺は谷の結界が解けているのかを確かめる為に、ドローンを上空に飛ばしたみた。
すると、ドローンはビックリするくらいに簡単に、谷の外へ脱出をする事が出来てしまった。
もう魔王の谷に結界は無い。
そう判断した俺達はコンビニ戦車に乗って、谷の壁面を垂直によじ登るように移動して、谷からの脱出を果たした。
コンビニの店内には不思議な重力が働いている。
コンビニ戦車が谷の岩壁を垂直方向に登っても、店内では普通に過ごす事が出来た。
深さが4000メートル近くもある谷の岩壁も……重力無視で、垂直登りが出来るコンビニのキャタピラー走行のおかげで楽勝だった。
むしろ俺が1番驚いたのは、谷の底の魔物達についてだ。
あの黒い墓所が崩壊した途端。谷底に住んでいた無数の巨大な魔物達が、一匹残らず全て消え去ってしまったんだ。
それも、別に大地に魔物達の死体が転がっているとかいう訳でもなく……。魔物の存在自体が、完全に消え去ってしまっていたとしか言いようが無い。
一体アレは、どういう仕組みだったんだろうな。
谷の結界も、谷底に住まう魔物達も。あの黒い墓所から何かしらの影響を受けていて、それが無くなってしまったから存在が出来なくなった……という感じなのだろうか?
結局、墓所を守っていた黒い騎士からは何も聞けなかったので、その辺はほとんど分からずじまいだ。
まあ、ただそのおかげで俺達が無事に、魔王の谷から脱出を出来たのは間違いないけどな。
魔王の谷の岩壁を無事に登りきり、約1ヶ月ぶりの外の空気を味わった俺達は、すぐ近くの街に立ち寄る事にした。
金森達に捕まった玉木を探す為に、情報収集がしたかったからな。
そうしたら、意外にあっさりと。
簡単に、玉木の情報は入手出来てしまった。
なんでも、あと3日後に西方のアルトラスの街で――『異世界の勇者様のお披露目会』が催されるらしいのだ。
今まで、半年以上もグランデイル王国で訓練を積み重ねてきていた、異世界の勇者の最精鋭メンバー全員が勢揃いをして。
西方にある魔王軍との戦いの最前線。
魔王軍の勢力下にある要所、『アッサム要塞』の攻略作戦が行われるというのだ。
そこには世界各国の首脳陣が参加し、この世界を救う異世界の勇者様の大活躍を拝見すべく、グランデイル王国主催の一大イベントとして、各国に宣伝をされているらしかった。
そういう訳で、アッサム要塞の近くにある『アルトラス』の街では、現在異世界の勇者様が勢揃いをしているらしく――。
お披露目会前の戦勝祈願パレードを、街で大々的に行っているというのだ。
「なるほど……。とうとう異世界の勇者様が魔王軍との戦いに参戦をするという訳か。しかも、そのお披露目会を世界各国の首脳に見せて、グランデイル王国の権勢ぶりもついでにアピールするぞって事なんだろうな」
なにせ、異世界の勇者は全員グランデイル王国に所属している貴族だ。
ある意味異世界の勇者全員が、グランデイル王国軍の最精鋭として、魔王軍との戦いに参加すると言ってもいいくらいだしな。
「……となると、最低でも1軍に所属しているほとんどの異世界の勇者メンバーが、そのアッサム要塞攻略作戦に参加しているとみてもいいよな」
そこには倉持や金森はもちろん。おそらく捕らえられた玉木も参加をさせられているに違いない。
だって、あいつも一応は――選抜メンバーの一員だったりするしな。レベルはまだたったの2しかない、しょぼい勇者だけれどな。
――あ、ちなみにだけど。
俺……また、コンビニのレベルが上がっていたんだよ!
あの黒い墓所を脱出した後で、また例のごとく脳内アナウンス音が頭の中に流れてさ――、
一応、俺はすぐに能力の確認を行ってみた。
『――ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました!』
名前:秋ノ瀬 彼方 (アキノセ カナタ)
年齢:17歳
職業:異世界の勇者レベル12
スキル:『コンビニ』……レベル12
体力値:10
筋力値:10
敏捷値:10
魔力値:0
幸運値:10
習得魔法:なし
習得技能:なし
称号:『魔王の谷の底で暮らす者』
――コンビニの商品レベルが12になりました
――コンビニの耐久レベルが12になりました
『商品』
冷凍アイス 冷凍食品
が、追加されました。
『雑貨』
ビニール傘 剣 槍
が、追加されました。
『耐久設備』
店内専用冷凍庫
追尾型地対空ミサイル追加
対侵入者用火炎放射器
小型ミサイル装備ドローン 4機追加
偵察用小型走行ドローン 2機追加
コンビニの守護機兵『コンビニガード』 6体追加
今回追加された、新商品、新設備はだいたいこんな所だな。
正直、アイリーンが谷底でたくさんの巨大な魔物を倒してくれていたんだけれど……。
その時は、俺のレベルは全然上がらなかった。
やっぱり俺自身が戦闘に参加したり。何かしらの成長をしないと、コンビニのレベルは上がらない仕様になっているらしい。
今回は、あの墓所を守る『黒い騎士』との戦闘に俺も参加していたからな。だから、レベルも上がったという事なんだろう。
「うん。火炎放射器だったり、地対空ミサイルだったり、ドローンにも小型ミサイルが装備されたりと……。マジで俺のコンビニって、ちょっとした軍事要塞みたいになってきているよな」
だんだん追加される商品よりも、耐久設備の方が多くなってきている気もする。
それだけ、コンビニで扱える商品はもう飽和状態になっている……という事なのかもしれない。だってもう、大概の商品はコンビニで発注が出来る様になっているしな。
普通に『コンビニ』として扱えるべき商品は、もう、ほとんど取り扱える感じになれたと思うんだ。
しかも今回は、雑貨に『剣』や『槍』も追加されていた。
コンビニは商品を無限発注出来るから、これからは武器の生産工場としての役割も果たせそうだ。
この新しく扱えるようになった武器は、コンビニガードの機兵隊に持たせるようにしよう。
追加された機兵を合わせて、合計10体の機兵部隊を俺は所有している。ちょっとしたガードマン兼、歩兵部隊として戦闘にもこれからは活用出来そうだ。
今回はコンビニに、冷凍庫や冷凍アイスも新しく追加をされていた。
だから、アルトラスの街に向かう道中で俺はティーナやアイリーンとそれらを美味しく頂いて、楽しく過ごせたりも出来た。
まあ、そんな感じでコンビニの中でのんびりと過ごしつつ……。
俺達は、とうとうアルトラスの街に到着をした。
当たり前だけど、街の中でわざわざコンビニ戦車を走らせて、悪目立ちをする必要はないからな。
この街には、きっとあの倉持や金森達も来ているのだし。
おそらくはグランデイル王国女王のクルセイスさんだって、ここには来ているだろう。
なんて言ったって、グランデイル王国の最高責任者だからな。
アルトラスの街に、目立たないような格好で侵入した俺とティーナとアイリーンの3人。
カディナの街ほどではないが――。そこそこ大きい規模があるアルトラスの街の中は、ちょうど異世界の勇者の歓迎式典パレードか開催されている真っ最中だった。
『きゃあ〜〜!! 異世界の勇者様〜〜!!』
『素敵〜〜っ! みんな美男、美女の勇者様ばかりね〜!』
『ああっ! あの方が今回の選抜勇者様の中で最も期待されているという大エースの方らしいぞ!! 何と神々しいお顔をされているんだ!』
「……えっ、大エース!? どこどこ? って、ブヘェぇぇぇーーーっ!! なんだ倉持かよ! 半年ぶりに、気持ち悪い妖怪サイコパス野郎の顔を見ちゃったじゃないか」
俺は、満面の笑みで街の人々に手を振っている倉持を見かけて、思わず吐きかけてしまった。
街の大通りには今、もの凄い人だかりが出来ている。
豪華な装飾が施された立派な馬車の上で、異世界の勇者様方が、手を振って街の人々に愛想を振りまいていた。
「あ……あれは杉田か!? 久しぶりだなぁ、アイツも元気にしていたのかなぁ?」
懐かしい親友の顔を見かけて、思わず俺も感慨深い気持ちになる。
パレードの中には、俺の見知っている連中がたくさん参加している。
まあ、それも当然か。よくよく考えたら異世界の勇者はみんな俺のクラスメイトなんだし。
パレードに参加している異世界の勇者はおおよそ、約12人のようだ。
当然だけど、グランデイルの城下街で一緒だった3軍のメンバー達は、今回のお披露目会には参加していないらしい。きっと彼らは、グランデイル王国の城下街に残されたままなのだろう。
今回の参加者は、1軍の選抜メンバーと、数人の2軍メンバーが補助要員として参加をしているって所だろうな。
パレードに参加している面々を俺は確認をしたが、1人だけ、『剣術使い』の能力者である雪咲詩織の姿は確認出来なかった。
今回のパレードに参加をしていないのか、そもそもお披露目会の参加自体を拒んで辞退でもしたのだろうか?
まあ、その辺の事情は俺には分からなかった。
雪咲が1人でリザードマンを殲滅させたという話を、俺もザリルから聞いていたし……。もし味方に出来るのなら、こちら側に誘いたい人材ではあったんだけどな。
「……あっ、バカ娘、あんな所にいやがったぞ!」
パレードの最後尾で、これでもか! ってくらいに街の人に愛想を振りまいているバカ丸出しな奴がいた。
「玉木様、お、お元気そうですね……!」
「ああ。アイツ、絶対にこのパレードをアイドルのコンサートか何かと勘違いしてるだろ……。1人だけ周囲から浮くくらいに、満面の笑みで笑顔を振り撒いているし。……あ、アイツ、今投げキッスまでしやがったぞ!」
俺はアイドルオーラ全開で、クルクルと踊っている玉木に小石でも投げつけてやろうかと思ったが――。まあ、やめておく事にする。
とりあえずは、元気そうなので少し安心したしな。
俺は左手に付けているスマートウォッチを操作する。
一緒に街に潜入させていた、偵察用の小型ドローンを玉木にターゲッティングして尾行させる事にした。
これで玉木がこれからどこに移動して、今夜どこに宿泊するのかも知る事が出来るだろう。
「よし、アイリーン、ティーナ! もう行こう。目的は十分果たしたしな」
「ハイ、店長。了解致しました」
俺が同じクラスメイト達の顔が分かるように、向かうもこっちの顔が分かるしな。だから、あまりここに長居は無用だろう。
俺達は異世界の勇者様歓迎のパレードを後にして、街の宿泊施設に向かう事にした。
外見が目立つコンビニを、ここに出す訳にはいかないからな。
ここは大人しく、街の宿屋に泊まる事にしよう。
そして、その夜――。
俺は護衛にアイリーンを連れて。こっそりと異世界の勇者達が宿泊をしている、高級な宿泊施設に潜入を果たした。
もちろん目的は、そこのとある一室で寝ている『自称アイドル』の勘違い娘に、寝起きドッキリを仕掛けてやる為だ。
ベッドで『スヤぁ〜、スヤぁ〜』と幸せそうな寝息を立てているバカ娘を俺は叩き起こす。
「――おい、起きろ! 自称勘違いアイドル! こんな所で一体何をしてるんだ!」
「ええっ、何よ〜〜! まだ、眠いのに〜〜って!? ええ〜〜っ!?」
ベッドから寝相の悪いアイドルが転がり落ちた。
「――か、彼方くん!? どうしてここにいるの〜? じゃなくて、生きていたの〜〜!?」