第四百四話 幕間 空から降ってくる饅頭
「うっひょお〜〜!? カディス饅頭めちゃくちゃ売れ過ぎだろ!! もう、お金をいちいち貰うのも手間だから、今日は出血大サービスDAYにするぞ! 全部無料にするから、みんな好きなだけ饅頭を持っていってくれ〜!」
杉田が大声で、カディス饅頭の無料宣言をすると――。
屋台を取り囲む壁外区の住人達の群れから、大歓声が沸き起こった。
「うおおおぉぉ〜っ! カディス饅頭をくれぇぇ〜! 俺は20個欲しいぞぉ〜! 頼むから早く俺に饅頭をくれぇぇぇ〜!!」
「私には30個下さい〜! 職場の上司にも配って回る分が必要だから、たくさん欲しいんです〜!」
「僕には50個下さいっ! お世話になってる自警団の騎士さん達にも配って回りたいので、ぜひ、よろしくお願いしますっ!」
まるで地獄にいる亡者の群れのように、凄まじい数の住民達が露店屋台を全方位から取り囲む。
そして全員が両手を必死に伸ばして『饅頭をくれ〜! 饅頭をくれ〜!』と、うめき声を漏らす阿鼻叫喚な環境の中で。『料理人』の琴美さくらだけは、高速スピードで黙々と名物のカディス饅頭を作り続けていた。
「ハイよ! ほら、カディス饅頭30個パックだよ! そっちには50個パックね! 熱いから気を付けて食べなよ〜! もちろん冷めてもうちのカディス饅頭はめちゃくちゃ美味しいからね〜!!」
もはや、お金を貰う事さえ放棄して。カディス饅頭の無料配布に切り替えた『火炎術師』の杉田は、さくらが高速スピードで作り出す饅頭を、屋台に群がる住民達に向けて順番に配っていく。
上空から航空ドローンで見下ろしたその光景は、もはや『大パニック』状態といっても良かった。
琴美さくらと、杉田のいる小さな屋台を取り囲んでいるのは、数えきれないほどの無数の住人達だ。
屋台から半径300メートルを超える、カディス饅頭を求める住民ゾンビ達による、巨大な密集サークルが壁外区の中に突如として出現している。
これではもう、運良く饅頭を手に入れたとしても。後続から押し寄せてくる人間の肉の壁に押し返されて。購入者がその場から外に退避するのも難しいという、謎の大混雑が引き起こされていた。
そんな大混乱に陥っている、露店屋台の真下から。物資補充用の地下通路を通って、『剣術使い』の雪咲詩織が顔を出す。
「――杉田くん、さくらちゃん! 一時撤退よ! 壁外区の騒ぎを聞きつけたグランデイル軍の騎士達が、こっちにやって来ているらしいわ! 次は場所を変えて、別の場所でカディス饅頭を街の住人達に配りましょう!」
「オーケーだぜ! 初動の成果はこんなものだろう! さくら、撤退するぞ!!」
「……わ、分かりましたぁ……。今、調理道具をしまいますぅ……」
杉田とさくらは、急いで雪咲が通ってきた地下の物資補充用通路の丸い穴の中に飛び込む。
そして異世界の勇者達が、忽然と姿を消した屋台付近の上空から。コンビニ支店から離陸した、偵察用のドローン数機が地上に接近していき。
大量の煙幕を散布して、屋台に群がっていた壁外区の住人達の上に白い煙を浴びせかけた。
「ゴホッ、ゴホッ……! 何なのよ、この白い煙は!?」
「アレ? カディス饅頭を売っていた露店屋台の人達はどこに行ったんだ? あの怪しげな風貌のモヒカン男がいなくなってるぞ?」
「うわーーん!! 私まだ、カディス饅頭を買えてないよーー!! 職場の先輩から、あと50個買ってくるようにと言われてたのにーー!!」
大混乱に陥っていた壁外区の中に、銀色の鎧をつけた数百名を超えるグランデイルの騎士達が駆けつけてきた。
「――おい、お前達! これは一体何の騒ぎだ?」
「いえ……実は、めちゃくちゃ美味しいカディス饅頭を販売してくれる露店屋台が来てるっていうから、みんなこぞって饅頭を買いにここに集まって来ていたんです!」
「めちゃくちゃ美味しいカディス饅頭だと……? それは、どんなモノなんだ?」
「えっ? あ、ハイ。これですけど……」
駆けつけたグランデイル軍の騎士隊長は、集まっていた壁外区の住人から。騒ぎの元となったカディス饅頭を一つ手に受け取る。
そしてそれを、住人の目の前で。確認するかのようにパクりと大口を開けて食べてみた。
「ムホォッ……!? 何だ、この至高の旨さは!? コレが本当に饅頭だというのか……?」
「ねっ? 美味しいでしょう、このカディス饅頭? 俺はこの饅頭を20個買ったんですよ。今から家族と親戚にも配って回るつもりなんです!」
饅頭を10個以上も手に待つ住人の言葉を聞いた騎士隊長は、途端に恍惚な甘い表情を変化させ。激昂するように壁外区の住人達を怒鳴り始めた。
「……じ、実にけしからんッ! この饅頭は全て没収する! おい、お前達! ここにいる壁外区の住人達が買ったカディス饅頭を、全て取り上げるんだ!!」
グランデイル軍の騎士隊長がそう叫ぶと、それを聞いていた壁外区の住人達は、せっかく手に入れた美味しいカディス饅頭を奪われてなるものかと。必死の勢いで街の奥へと、一目散に逃げ出していった。
それはまるで牧場に侵入した狼から逃げる、白い羊達の群れのように。見事に統制の取れた鮮やかで俊敏な動きだった。
「隊長! 住人達のほとんどは逃げ去ってしまいましたが、一部の者達からカディス饅頭を没収する事が出来ました。……ですが、コレをどうするのですか?」
「フン。これは全て、オレのもの……じゃなくて! カディナを統治する総督府に献上をするのだ。きっと総督様も、お喜びになるに違いない!」
グランデイル軍の騎士隊長は、意気揚々と接収した大量のカディス饅頭を手土産に、城塞都市カディナの壁の中へと帰還していく。
彼らは壁外区で手に入れた大量の饅頭を、カディナの街に駐留するグランデイル軍の本部にいる騎士達にも配って回った。
もちろんその後……グランデイル軍の本部は大混乱に陥り。急いで数千を超えるグランデイル軍の騎士達が、壁外区にあるという名物のカディス饅頭を求めて。必死の捜索を開始したのは言うまでもなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――よーし! これで、だいぶ沢山のカディス饅頭を配る事が出来たな。大体、3箇所でゲリラ露店販売をして回ったから、数十万個以上のカディス饅頭を住人達に配布する事が出来たんじゃないかな?」
巨大な白いテントに隠されたコンビニ支店中で、『火炎術師』の杉田は腕を組みながら。机の上に置かれたカディナの街の市街地の地図を見つめていた。
「でも、壁外区にいる住人の数と壁の中に住むカディナ市民の数。そして駐留するグランデイル騎士団の数を考えると、全然足りてないわ。これじゃ、カディナの街を完全に『落とす』事はまだ出来ないと思うわ……」
攻城戦のゲームを得意とする、ソロゲーマーの雪咲が冷静にそう分析する。
そう……あともう、ひと押し。もう少しだけカディス饅頭を、露店販売する時間があったなら。
壁外区だけでなく、壁に囲まれたカディナの街の市民や、駐留するグランデイル軍全てにも。さくらの作る特製の饅頭を行き届かせる事が出来たかもしれない。
けれど、杉田達にはもう時間が無かった。
琴美さくらの『料理人』の能力を発動出来る、時間の限界が迫ってきている。
「よーし、こうなったら強硬策を取ろう! タイムリミットは2日間だけだからな。全員で一気に、ミッションコンプリートしてやろうぜ! 秋山は『クレーンゲーム』の能力をフル稼働して、カディス饅頭を空から配ってくれ! 3人娘達もコンビニから出撃して貰うし、俺と雪咲とアイリーンさんは、直接カディナの街のグランデイル軍総督府に乗り込むぞ!」
暫定リーダーの杉田が、拳を振り上げて。大きな声で全員の前で叫んでみせた。
「――了解よ! さくらは、ありったけのカディス饅頭をここで作っておいて頂戴ね! 私達がそれを持って、一気に街に配ってくるから!」
「了解じゃん〜! 一応、魔物の襲来にも備えて、街全体に『アイドル』の能力で防御結界を張っておくね〜! 何かあったら私のコンサート会場に来てくれれば、みんな大丈夫だから〜!」
「OKよ、任せてー! 街でトラブルが起きないように、壁外区の方は『舞踏者』の能力で、監視しておくからー」
コンビニ共和国に所属する、カディナ攻略組の勇者達はコンビニ支店を出発して。一気に城塞都市カディナの制圧を目指す。
彼らの目標は壁外区を含めて、カディナの住人達に一人も犠牲を出す事なく街の解放を達成する、無血開城だ。
そして現在の所……その作戦は、順調に推移をしていると言って良かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カディナの街の中心部にある、巨大な大聖堂。
その中に、城塞都市カディナを実効支配するグランデイル軍のカディナ総督府が置かれている。
総人数5万人を超える、グランデイル軍の騎士団が駐留している総本部には、女王であるクルセイスに仕えるタルタコスという名の中年の総督が任務についていた。
「……何? カディナの街の中で、饅頭を求める怪しげな暴動が起きているだと?」
「ハイ! 壁外区の露天商が販売していたという謎の饅頭が、既に壁の中にも広がり。カディナに駐留する騎士達も、半数近い人数が饅頭を求めて街の中を彷徨うゾンビのようになっています。総督府の中にも、その饅頭を食べ。禁断症状を起こしている者が数多く出ているようです!」
「ムムッ……それはいかん! すぐに、その怪しげな饅頭を食べるのを止めさせるのだ! 騒ぎの元凶となった露天商を早急に見つけ出し、見つけ次第、即刻……その者達の首を刎ねてしまえ!」
カディナ総督のタルタコスは、焦りの顔色を浮かべる。
それもそのはずだ。グランデイル軍の親衛隊長を務めるロジエッタが不在の時に、まさかこのような珍騒動がカディナの街で起きてしまうとは……。彼には予想も出来なかったに違いない。
保身欲の強い彼は、誰よりも自分の失点となる不測の事態が街で起こるのを恐れていた。
「くっ……! 親衛隊長のロジエッタ様が不在の時に、カディナの街でこのような騒ぎが起きるとは……。これは一体、何なのだ? まさか、敵襲だったりするのか!?」
「――た、大変です! 総督様!」
タルタコスの元に、必死の形相を浮かべた彼の部下の一人が駆け込んでくる。
「どうしたのだ? 早速、怪しげな饅頭を販売する露天商を始末する事が出来たのか……?」
「そ、それが……!? カディナの街の上空から、大量の饅頭が降ってきています!!」
「何だと……!? 空から饅頭が降ってきただと?」
カディナ総督のタルタコスが大声を上げて、椅子の上から立ち上がる。
だが……グランデイル軍が、これから何をしようとも。カディナの街は既に『手遅れ』な状態になっていた事を、彼はまだ知らなかった。
現在、城塞都市カディナの街の空には、無数のドローン部隊がカディス饅頭を透明な袋に詰めて。それを空から、大量に街の中に向けて散布している。
そしてそれを拾った街の市民達は、まださくらの作ったカディス饅頭を食べていない人間を街の中から探し出し。饅頭を無理やり食べさせようと、野獣のように大通りを駆け回っていた。
「いだぞぉぉぉーーっ!! アイツらはまだ、カディス饅頭を食べていない人間だぞ!! とっ捕まえるんだ!!」
「嫌ぁぁああぁぁーーっ!! やめて! 変なものを私に食べさせようとしないでーーっ!!」
「来ないでくれーーッ! 僕はもう、腹一杯なんだ! 饅頭なんてもう食べれないよ!」
「全員でそいつらを捕まえるんだ! 口の中に無理やり饅頭を放り込んでやるからな!」
既にカディス饅頭を食べて、禁断症状を起こしている街の住人達は……もう、さくらの饅頭の美味しさを口で説明して拡散させるなんて、まどろっこしい事はしなくなっていた。
彼らは、まだ饅頭を食べていない人間を匂いで見つけ出し。その者を集団で無理やり取り押さえて、空から無限に降り注いでくるカディス饅頭を、無理やり食べさせようとしてくる。
その様子はゾンビウイルスに侵された人間が、他の人間に噛み付く事で、悪性のウイルスを広めようとする光景にもよく似ていた。
もし、それらに大きな違いがあるとしたら。彼らは純粋に『料理人』のさくらが作るカディス饅頭の味を、世界中の人間に広めて拡散しようとしているだけなのである。
無理やり饅頭を食べさせられた、カディナの市民達も。またカディス饅頭の虜となり。まだこの味の素晴らしさを理解していない、更なる未開拓な獲物を求めて街中を必死に走り回る。
特にカディス饅頭汚染が深刻なレベルに達していたのは、壁外区の住人達だ。
彼らはカディナの城壁を突破し、饅頭の味をまだ知らない壁の中の市民達に集団で襲い掛かっていく。
コンビニ支店の中で、さくらが無限に材料を発注して。無限に作り出し続けているカディス饅頭は『ぬいぐるみ』の勇者である小笠原麻衣子が操る、一万匹を超えるぬいぐるみ軍団によって更に街の中に広められている。
そして極めつけは、『クレーンゲーム』の勇者である秋山早苗による、カディス饅頭の重爆撃攻撃だ。
カディナの街の空から、無数の巨大な『クレーンアーム』が地上に向けて降下していく。
銀色のクレーンアームの先には、カディス饅頭のお得セット5000パックが詰められた巨大な箱が握られていた。そしてそれらが街の中に投下されると、一斉に箱に群がっていく住人達によって饅頭は奪われ。
箱の中から新たなカディス饅頭を手に取った住人達が、まだ饅頭を食べていない不届きな人間を探し求めて、街中をゾンビのように走り回り続けるのである。
数時間に及ぶ『カディス饅頭投下作戦』によって――。壁外区も含めた、カディナの街に住む住人全体の約95%を超える人々に、さくらの特製カディス饅頭の味は広められていった。
まだカディス饅頭を食べていないのは、大聖堂に籠る総督府の一部の騎士達だけとなっている。
「――こ、これは……どうなっているのだ!? 誰か、現在の状況を説明するのだ!!」
「総督様! もはや大聖堂には、味方の騎士はほとんど残っておりません。街の周りを囲んでいる城壁の門も、謎の青い髪の女騎士によって、全て破壊されてしまいました。街の中には、壁外区の住人達が饅頭を手に持ち、ゾンビのように大量に押し寄せて来ています!」
「何だと……!? それでは、総督府はもはや丸裸同然の状態になっているというのか? 5万人いた駐留軍の騎士達はどこにいってしまったのだ!? まさか、全員……空から降ってくる怪しげな饅頭を食べて、正気を失ってしまったというのか?」
真っ青な顔色を浮かべたカディナ総督のタルタコスの耳に、軽薄そうな男の声が遠くから聞こえてきた。
「ハイハイ、その通りだぜーっ! もう、お前達に逃げ場は残されていないから。さっさと降伏して、俺達コンビニ共和国の勇者軍団に、カディナの街を明け渡した方が身の為だと思うぜーっ!」
「――な、貴様は……何者だ!?」
カディナ総督府が置かれている大聖堂の中に。いかにもチャラチャラとした様子の、若い男が入ってきた。
彼の後ろには、剣を背中に背負い。ボロボロになった異世界の服を着た女剣士と。気弱そうに、その女騎士の背中に隠れながらこちらを見つめる、調理道具を手に持った背の低い女の子が付き添っている。
「よーし、カディナ攻略ミッションはこれでコンプリートだぜ!! さくら、お前の最終奥義をここで炸裂させてやるんだ! 作戦通り無血開城でカディナの街を、俺達コンビニ共和国の勇者が奪い取ってやるぜ!!」