第四百二話 幕間 カディナ奪還作戦
大陸中央部にある、アッサム要塞の中に集合したコンビニ共和国に所属する異世界の勇者達。
そんな勇者達の中に、追加の援軍として急遽駆けつけた『火炎術師』の杉田勇樹は、高らかに右手を振り上げてピースサインを作ると。
さも自分自身が、みんなが到着を心待ちにしていた待望の『ヒーロー』が駆けつけたような顔をして。ここにいる全員に対して、満面の笑顔を振りまいてみせた。
だが、そんな浮かれポンチ野郎の杉田に対して。返ってきた他の勇者達のリアクションはというと――。
「何だ……ただのエロエロ魔人じゃん〜。でさ〜、昨日アルトラスの街で、また新しいパナップ入りのパフェを出してくれるお洒落パフェを見つけたのよ〜!」
「えー、何ソレ食べたーい! 作戦が終わったら、またみんなでカフェ巡りしようよー!」
「ハーイハイ、ちゃんと今回の任務を達成してからカフェ巡りの話をしましょうね! じゃ、改めてカディナ攻略作戦について話し合うけど。問題はどうすれば、街の中にいる住人に大きな被害を出ないように出来るかについてね。雪咲さんは、どう? 何か良いアイデアはある?」
ぬいぐるみの勇者の小笠原に尋ねられた雪咲は、首をうーんと捻りながら声を出す。
「……そうね。うちも敵の戦力がまだ未知数な事を考えると、迂闊に正面からカディナの正門を突破するのはやめておいた方が良いかなって思います。街の外の壁外区にも大勢の住人が住んでいるし、まずは中の様子を偵察してくるのが良いんじゃないでしょうか?」
雪咲の意見を聞いたカフェ好き3人娘達は、揃って両腕を組みながらウンウンと頷き合う。
そんな異世界の勇者達の様子を、会議の輪の外から静かに見守り続けているのは、コンビニの守護騎士のアイリーンだ。
この中で最も実力のあるアイリーンは、今回はあくまでも、みんなのサポート役に徹するつもりでいるらしい。
そして普段から大人しい『クレーンゲーム』の勇者の秋山早苗と、『料理人』の琴美さくらの2人は、ただ無言で他の勇者達の話し合いに耳を傾けているのみだった。
「……………」
なかなか良いアイデアが浮かばずに、いったん沈黙してしまうコンビニ共和国の勇者達。
そんな真剣な表情で悩む彼女達に向かって。激昂するような大声が、すぐ近くから突然響き渡ってきた。
「くぅおらああァァァーーっ!! お前ら、何で俺の事を完全に『居なかった』みたいに扱ってやがるんだよ! カディナ攻略作戦のリーダー役として、この俺がここに派遣されて来たって、さっき言っただろうがーーっ! まずはリーダーである、この俺に意見を求めろよなーーっ!」
せっかくヒーローのように、颯爽と到着したというのに。完全に空気扱いされていた杉田が両手をジタバタと振り上げて、子供みたいに癇癪を起こした。
その様子を見て。ようやく他の異世界の勇者達は杉田がここに『存在して居る』という事実に気付いたようであった。
「何よー、エロエロ魔人っ! 騒々しいから、ちゃんと隅っこで大人しくしてなさいよねー!」
「まったくじゃん〜! そもそも出産間近な奥さんが共和国に残っているんだから、エロエロ魔人は戦場に出てきちゃダメじゃん〜?」
「そうよ、杉田くんは今は無理しちゃダメよ! 生まれてくるお子さんと奥さんを、未亡人や孤児にしたら私達が絶対に許さないんだからね!」
カフェ好き3人娘達から、一斉に総口撃を受ける杉田。
しかし、あの天然記念勇者である秋ノ瀬彼方の親友を、昔から務めている隠れた大物であり。
最強の自由型思考人でもある杉田は、3人娘達に言い詰められても微動だにしなかった。
むしろ彼女達に大声で注意されれば、されるほど。
『……アレ? 俺って今、みんなに注目されてるんじゃね? くぅぅ〜! 何この感じ。超気持ちいい〜っ!!』と、脳裏で考えてしまう超ド変態でもあった。
「ふっふっふ。お前達の言う事もまぁ、分かるさ。だが、安心をしてくれ。そもそもグランデイルとの戦争に勝たないと、共和国に残るうちの嫁や娘の身だって危なくなるんだからな。『思いっきりやって来て下さいね!』 って嫁からは激励をされて、ここにやって来てるからその心配は無用だぜ!」
「いやいや、奥さんのルリリアさんがアンタを応援しようが、戦場は遊び場じゃないのよ? 敵との戦いは戦闘経験豊富な私達に任せて、お調子者の火炎男は大人しく後ろに引っ込んでなさいよねー! 大体何で実戦経験の少ないアンタを『リーダー』にしないといけないのよー!」
『舞踏者』の勇者である、みゆきに言い寄られた杉田は腕を組み。勝ち誇ったようにニヤリと笑ってみせる。
「そう来ると思ったぜ! よーし、さくら! 今こそお前がレイチェルさんに託されたという『作戦指示書』を、ここにいる脳みそお花畑の3人娘達にも分かるように見せてやるんだ!!」
杉田は自信満々に、後方に下がると。
会議の後ろの席で、無言で下を向いていた『料理人』の琴美さくらの肩をグイグイ押して。3人娘達の前に押し出していく。
「えっ……えっ、杉田くぅ〜ん!? 私ぃ、そんな突然の無茶振りをされても、困るよぉ〜!」
「大丈夫だよ、さくら! ほら、レイチェルさんに渡された作戦指示書を、みんなに見せてあげるだけでいいんだからさ!」
「ううぅ……。分かりましたぁ〜。こ、これが私が、レイチェルさんに渡された紙ですぅ……」
オロオロとした様子で、琴美さくらは申し訳なさそうに一枚の紙を3人娘達に手渡す。
さくらから白い紙を受け取った3人娘達は、その中に書かれていたレイチェルさん直筆のメッセージを見て。思わず両目を見開いて。その場で驚きの声を上げてしまった。
「ええ〜〜っ!? 何よコレ〜? 今回のカディナ攻略作戦には、新能力を覚醒した『料理人』のさくらを、メインの戦力として活用するようにって書いてあるじゃん〜!」
「そ、それだけじゃないわー! さくらの新能力については、『生活担当大臣』のエロエロ魔人……じゃなくて、杉田が詳しいから、彼に攻略作戦の運用についてはアドバイスを求める事って、本当にレイチェルさんの字で書いてあるわよー!?」
戸惑いを隠せない3人娘の前に。両腕を組み、仁王立ちをした杉田が上半身を反らしながら立つ。
「ふっはっはっは! どーだ、畏れ入ったか? 皆の者、頭が高いぞ! このレイチェル家の家紋の入った紋所が目に入らぬか? 俺を誰だと心得る? 恐れ多くもレイチェル公の勅命を受けた共和国の生活担当大臣、杉田様であるぞ! さぁ、皆の者。控えおろう〜、控えおろう〜!」
『ハハーーッ!! 杉田様!!』
『はは〜〜っ!! 杉田様!!』
勝ち誇ったように笑みを浮かべて、ピースサインをする杉田の前に。
『アイドル』の野々原有紀と、『舞踏者』の藤枝みゆきの2人だけが、律儀に杉田の前でちゃんと土下座をして、深々と頭を下げた。
そんな安い三文芝居を目の前で見せられた『ぬいぐるみ』の勇者の小笠原と、『剣術使い』の雪咲の2人だけは、杉田達の事を白い目で見て。『ハァ〜〜っ』と大きめなため息を吐き出す。
「ハイハイ、茶番はそこまでよ! 有紀とみゆきも、何で杉田くんの悪ふざけに付き合ってあげちゃってるのよ?」
小笠原に問われて、野々原とみゆきは思い出しかのように『ハッ……!?』と顔を赤くして。慌ててその場で顔を上げて弁明をする。
「ち、違うのよー! これは条件反射なのよ! だって私の実家だと、夕方にいっつも定番の時代劇のドラマが流れていて、その決め台詞をいつも見ていたから、体が勝手に動くように脳内インプットされてたのよー!」
「私もそうよ〜! 私も芸能事務所に所属してるから、事務所の社長に大事な日本の名作古典ドラマはしっかりとマスターしとけって言われてて。昔、スケさんカクさんが出てくる時代劇を繰り返し何度も見て稽古してたから、体が勝手に動いちゃったに決まってるじゃん〜!」
そんな2人の必死な弁明を聞いて。
小笠原は腕組みをしながら、再度大きなため息を吐いた。
「もう、2人ともお人好しでノリがいいんだから。それで、杉田くん? レイチェルさんの指示書によると、今回の作戦には『料理人』のさくらちゃんの能力を活用する事。そして、さくらちゃんの新能力については、杉田くんが一番詳しいから、杉田くんの意見を聞くようにって、書いてあるのよね?」
小笠原麻衣子が、さくらが見せた指示書の内容を上手に要約すると。
杉田はドヤ顔で『その通り!』と、ここにいる大勢の異世界の勇者達の前で、叫んでみせた。
そんな杉田の能天気な様子を見て。ぬいぐるみの勇者の小笠原に次いで、『剣術使い』の雪咲も同じく大きなため息を吐いた。
「えっと、うちもさくらの新能力については、あまり詳しく聞かされてないんだけど。『料理人』の能力をどう活用して、カティナ攻略作戦を行う気なの、杉田くん?」
雪咲にその事を問われて。杉田はようやく腰に巻いていた、今回のカディナ攻略作戦を更に綿密に記している、新しい作戦書を取り出す。
そしてその紙を、クラスメイトの異世界の勇者達の目の前で大きく広げてみせた。
「じゃじゃじゃじゃ〜〜ん!! これが今回のカディナ攻略作戦の詳細を記した作戦書だ! 各自ここに書かれた通りの行動を取って貰うからな! そうすれば誰一人として犠牲を出す事なく、カディナ奪還を成功出来るはずだから、気を引き締めて取り組むように!」
ベートーベンのクラシック曲のようなメロディーで
叫び声を上げる杉田。そんな彼が広げる白い用紙に記されている作戦内容を、ここにいる全員は順番に回し見るようにして確認していく。
そして……ほぼ例外なく。
ここにいる全ての異世界の勇者達が、全員大きな驚愕の声を漏らした。
「ええーーっ、何なのよコレーー!?」
「やっばぁ〜〜! 私達より遥かに『さくら』の新能力の方がヤバいじゃん〜!」
「うち、共和国で毎日さくらのレストランでご飯食べてたんだけど……。だ、大丈夫なのかなぁ……?」
口々に驚きの声を漏らす全員の視線の先には、困惑してオロオロしている琴美さくらの姿が立っていた。
そんな引っ込み思案なさくらの肩をポンポンと叩き。
一人だけ能天気な笑顔を崩さない杉田は、ガッツポーズを作ると。ここにいる全員に対して、高らかに作戦開始の宣言をする。
「よぉーーし!! みんなやるぞーー!! 彼方達がグランデイルの王都に潜入しやすくなるように。出来るだけ多くの敵を俺達が惹きつけて、必ずカディナの街をみんなで奪還してやろうぜっ!!」