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第四百一話 幕間 カディナ攻略チームのリーダー


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)が、グランデイル王国に誘拐されたティーナを救出する為に。

 コンビニ共和国を慌ただしく出発してから、おおよそ一時間が経過した――。




「……どうやら彼方(かなた)様はもう、ティーナ様を救いにグランデイル王国に向かわれたようですね」



 オフィス風のモダンな雰囲気のある病室の、茶色い個室ベッドの上で。


 カディナの豪商、アルノイッシュ家に仕える老執事のアドニスは、まだ決して万全ではない体を起こし。ベッドの上から自力で起きあがろうとした。


 その様子を横から見ていた、彼の主治医である『薬剤師(ドラッカー)』の北川(きたがわ)が、慌ててそれを止めようとする。



「――ちょっ、アドニスさん!? まだベッドから一人で起きちゃダメですよ! お願いですから、もう少しだけ安静にしていて下さい!」


 北川の静止を聞く事なく。190センチの高身長を持つ、老執事のアドニスはゆっくりと立ち上がり。

 病院の個室を出て、彼の隣の病室に向かって歩き出す。


「北川様、我が主人(あるじ)であるサハラ様のおられる場所は、こちらの部屋で良ろしいのでしょうか?」


「えっ? ええ。そうです、サハラさんは隣の個室で今は休んでいますけど……」



 おそるおそる答えた、北川の返事を聞き。


 アドニスは『コンコン』と、小さく隣の病室の扉をノックすると。『失礼します――』と一礼をして、頭を下げながら目の前の病室の中へと入っていく。



 アドニスの入った個室は、綺麗な花束の飾られている、白い壁に囲まれた清潔感のある部屋だった。

 その個室のベッドの上に体を横たえているのは、城塞都市カディナの豪商――サハラ・アルノイッシュである。


 サハラは元々、肉付きの良いふくよかな体型をしていた。だが現在は、長い入院生活の中でだいぶ体重も落ち。少しだけ、やつれた顔付きをしているようにアドニスには見えた。



「――おお、アドニスではないか! お前も元気そうで何よりだ。ちゃんと食事は()っているのか? このコンビニ病院で出されるご飯は、このサハラが世界中で食べてきたどんな美食の料理よりも勝るものばかりだ。ぜひ、お前も味わって食べるが良いぞ!」


 サハラは自分の病室に入ってきたアドニスを見かけると、嬉しそうに微笑み。とても落ち着いた声色(こわいろ)で、彼に話しかけた。


「サハラ様。私などの事より主人(あるじ)であるサハラ様の方が、遥かにやつれて見えます。どうか、沢山栄養をお摂りになって休んで下さいませ」



 アドニスは病室の中で片膝をつき。自分の主人であるサハラに対して深く頭を下げた。


 そんな畏まったアドニスの様子を見て。ベッドの上にいるサハラは、さもそれが愉快そうに笑ってみせる。



「ハッハッハ! ワシはいたって健康体であるぞ。元々、体を動かすのを怠けて太り過ぎていたのだ。このコンビニ病院では、毎日健康的で規則正しい食事を摂る事が出来る。おかげでやっと、普通の体型に戻る事が出来たのだ。決してやつれた訳ではないから、安心するが良いぞ」


 アドニスは(ほが)らかに笑うサハラの様子を見て、驚きを隠せないでいる。


 カディナの街で、グランデイル軍による襲撃に遭い。アルノイッシュ家の屋敷に仕えていた多くの者達が、グランデイルの騎士達によって無惨にも殺害されてしまった。


 そして50人近くいる、サハラの家族達全てが犠牲になったという悲しい報告を聞いて。

 以前のサハラ・アルノイッシュは、完全に心神喪失(しんしんそうしつ)状態に陥ってしまっていたはずだ。



 それがまさか、これほどまで穏やかな精神状態に回復されているとは……。


 アドニスは、後方に立つ。白衣姿の異世界の勇者――北川修司(きたがわしゅうじ)の姿をマジマジと見つめ直す。


 コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)の仲間である北川は、アドニスに向けて笑顔でウインクをしてみせると。


「サハラさんにも、俺の作った特製の『蘇生薬(そせいやく)』を投与させて頂きました。だから今は、精神状態がだいぶ落ち着きを取り戻しているんです」


 ……と、『薬剤師(ドラッカー)』の勇者である北川修司(きたがわしゅうじ)は、アドニスに自身が作成した薬の効能の解説をした。


 騎士でもあり、元王族としての高い教養もあるアドニスは、この世界の医療に関する知識も持ち合わせている。


 だから北川が(ほどこ)したサハラへの治療が、本当に『奇跡』と呼べるほどに凄まじい偉業である事を理解し。

 アドニスは心の底から、異世界の勇者である北川に深い感謝の意を伝えた。



 アドニスは改めて、良好な精神状態や取り戻した自分の主人(あるじ)に対して向き直ると。頭を下げたまま、サハラにゆっくりと話しかける。



「サハラ様、カディナの事件は大変残念でございました……。ですが現在、異世界の勇者である彼方(かなた)様が、カディナをグランデイル王国の手から奪還する為の作戦を進めていると聞き及んでおります。どうかそれまで、ご辛抱を頂けると幸いでございます」


「ふむ。その件についてはもう良いのだ。ワシは金に目が(くら)み、大切な家族を(ないがし)ろにしてしまっていた。お主から事前に警告を受けていたというのに、ワシは目先の利益に飛びつき。愚かにもグランデイル軍の街への侵入を許してしまった。ワシの家族が犠牲になってしまったのは、全てこのワシ自身のせいなのだからな」



 まるで全てに達観したかのように。ベッドの上から遠くを見つめ続ける、サハラ・アルノイッシュ。


 合計で50人近くいるという彼の家族は、グランデイル軍によるカディナ襲撃の際に、その多くが犠牲になってしまったと言われていた。


 カディナの街を追われ、沢山の家族も全て失い。

 今、ここに一人でいるサハラの身には、もはや何も残されてはいなかった。



「サハラ様。実はその事についてなのですが、ご報告したき件がございます……」



 アドニスは一度、咳払(せきばら)いをすると。


 畏まった口調で、自分の主人(あるじ)であるサハラに向けて言葉を続ける。


「アルノイッシュ家のご家族についてですが、グランデイル軍が街に侵入してくる直前に。ほとんどのご家族の皆様には、屋敷の奥にある秘密通路を使用して壁外区へと避難をして頂きました。ですのでサハラ様のご家族は現在も、ご健在の可能性が高いでしょう」


「――な、なんと!? それは、本当なのか、アドニス!?」


 先ほどまでの、達観したような穏やかな笑みが一変し。サハラ・アルノイッシュは両目を見開いて、執事のアドニスに対して問いかけた。


「ハイ。本当にギリギリのタイミングでしたが、ご家族の皆様の避難は無事に完了しております。ですが今現在も、ご家族はグランデイル軍の管理下にあるカディナの壁外区に身を潜めていらっしゃると思いますので、まだ正確な安否は確かめられておりませんが……」


「いや! それでも、ワシの家族が生きている可能性あるというのなら、そんなにも嬉しい事はないッ! アドニス……本当によくやってくれた! このサハラ・アルノイッシュ、深く感謝をさせて貰うぞ!!」



 サハラは両目から大粒の涙を流し。ベッドの上から身を乗り出し、執事のアドニスの手を強く握り締めると。忠臣である彼に、心からの感謝の言葉をかけた。



 もちろんサハラ家の家族達は、現在もカディナの壁外区にいるのだ。グランデイル軍に占領されている土地で、皆が全員無事であるという保証はまだ無い。


 だがそれでも、家族が全員殺害されてしまったと思い、悲観に暮れていたサハラにとっては……これ以上に嬉しい希望に満ち溢れた報告は無かった。


 後は、カディナ奪還に向けて既に動き出しているコンビニ共和国軍が、無事にカディナの街を解放してくれる事を遠くから祈る事しか出来ないだろう。



「サハラ様、もう一つだけ申し上げたい事がございます。実はティーナ様の事についてなのですが……」



 アドニスの口から、ティーナの名前が出たのを聞いたサハラは……その場で両目を閉じると。


 アドニスの手を握りながら、コクリと頷いてみせた。


「うむ。ティーナは(わけ)ありの子だったのだろう? お主に預けられたにも関わらず、あまり良い扱いをせずに本当に申し訳なかったと思っておる」


「……いえ、素性(すじょう)の分からない私達2人を手厚く保護して下さり。改めて、心からのお礼を述べさせて下さい。実はティーナ様はグランデイル王家の血を引くお方なのですが、現在……グランデイルのクルセイスによって、誘拐されてしまっているのです」


「そうか……。何と王家の血を引く者であったのか。ワシの家族の事も心配ではあるが、無事にティーナも、異世界の勇者様達によって助け出して頂ける事を、このサハラも心から祈らせて貰おう。何かワシに協力が出来る事があったら言ってくれ。ティーナはワシにとっても、大切な家族の一員だと思っておるからな」


「サハラ様……。本当にありがとうございます!」



 サハラとアドニスは、共にお互いの手を握りながら。遠い場所にいる子供達の無事を祈り涙を流しあう。



 そんな温かい光景を(そば)から見ていた北川は、そっと2人のいる病室から離れ。


 サハラさんが元気になった事を仲間達に伝えようと。廊下にある固定電話から、コンビニの事務所に向けて電話をかける事にした。



『トゥルルル〜、トゥルルル〜、……ガチャ。ハイ! こちら、杉田デスクのターニャです!』


「あれ、ターニャ? 杉田(すぎた)はそこにいないのか?」



 北川は、直通電話に杉田が出ずに。代わりにターニャが出た事を疑問に思った。



『それが、実は杉田(すぎた)様は、現在行方不明になっていまして……』


「ハァ〜〜!? 杉田が行方不明だって!? アイツ……こんな大切な時期に、一体どこで何をしていやがるんだよ〜!?」




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 共和国を出発した高速アパッチヘリに乗って。


 大陸中央部にある『アッサム要塞』に、『剣術使い(ソードマスター)』の勇者である、雪咲詩織(ゆきさきしおり)が到着をした。



 雪咲はヘリから、颯爽(さっそう)とジャンプをして地面に降り立つと。


 その後ろからは、コンビニの守護騎士のアイリーンと、『クレーンゲーム』の勇者の秋山早苗(あきやまさなえ)も続いて、地上に降り立っていく。



 そんな雪咲(ゆきさき)達の到着を出迎えてくれたのは、共和国が誇る最強の3将軍と名高い――カフェ好き3人娘達だった。



「やっほ〜、超久しぶりじゃ〜ん! 雪咲〜!」


「雪咲ー? ちゃんと良い子にしてたのー?」


遠路(えんろ)はるばるご苦労様! 事前に連絡は貰っていたから、こちらの準備は全て整っているわよ!」



 3人娘達に挨拶をされて、急にオドオドと畏まってしまう雪咲(ゆきさき)



「――みゆき先輩、小笠原先輩、野々原先輩、お疲れ様です!」


 雪咲は深くお辞儀をして。先にアッサム要塞で、カディナ攻略の準備をしていた3人娘達に挨拶をする。


 ソロ配信ゲーマーである雪咲は、自分よりもフォロワー数の多い上位インフルエンサーである3人娘達には、常に高い敬意を持って接しており。現在でも彼女達は、雪咲にとっては頭の上がらない存在であった。



「ねぇ、雪咲(ゆきさき)ー? 今回のカディナ攻略の作戦なんだけど。どうするのー? まだ街には沢山の人達が残されているし、グランデイル軍も大勢駐留(ちゅうりゅう)しているしー。正面から闇雲に攻める訳にはいかないと思うんだけどー?」


「そうね、みゆきの言う通りよ。敵を攻めるだけなら簡単だけど。街の人達には危害を加えないようにしたいし、もしも迂闊(うかつ)に攻め込んで。街の人達を人質に取られたりでもしたら厄介だもの」



 到着したばかりの雪咲達は、その場で『う〜ん』と頭を抱えて全員で(うな)ってしまう。


 この場で一番戦力が高いのは、コンビニの守護騎士であるアイリーンである事は間違いないのだが……。


 彼女は今回、異世界の勇者達のサポートに回る事に専念すると心に決めているようで。

 決して、作戦会議のリーダー役を買って出てくれるような様子は見せなかった。



 つまりこの場には、全員をまとめる決定的な『リーダー役』が不在という状況になっている。


 本来は『射撃手(アーチャー)』の紗和乃(さわの)が、その役を買ってくれても良かった。

 だが、紗和乃は今回……彼女の親友の玉木紗希(たまきさき)と共に、コンビニの勇者である彼方達に同行し。グランデイル王都への潜入チームの一員として参加してしまっている。



 カディナの街の住人達に、出来るだけ被害を及ぼさずに。どうやって街の攻略作戦を実行しようかと思い悩んでいた3人娘と、雪咲達の元に……。



 ”バラバラバラバラバラ――”


 突然、上空から黒いヘリのプロペラ音が聞こえてきた。


 そしてヘリは雪咲達のいる場所の近くに不時着し。コンビニ共和国から追加で派遣された、別の『異世界の勇者』が颯爽(さっそう)と大地に大ジャンプをして降り立つ。



「みんな待たせたなーーっ!! カディナ解放作戦を成功させる為に。解放軍のリーダー役として、コンビニ共和国が誇る最強の生活担当大臣の杉田(すぎた)様が、はるばるここに来てやったぜーー!! 俺がここに来たからには、みんなは大船に乗った気持ちで、全部俺に任せてくれていいんだからなーーっ!!」


「……そ、それとぉ〜。レイチェルさんに杉田くんと一緒に行くようにと言われた、さくらもなぜかいますぅ……」



 唖然(あぜん)とした面持ちで、空気の読めない登場の仕方をした、援軍の勇者の姿を見つめる雪咲達。



 コンビニ共和国から、レイチェルさんの指示を受けて。カディナ攻略作戦に遅れて参戦してきたのは、『火炎術師(フレイムマジシャン)』の勇者である杉田勇樹(すぎたゆうき)と。


 なぜか戦闘能力が無いのに、一緒に戦場に来てしまった『料理人(クックマスター)』の勇者である、琴美(ことみ)さくらの2名であった。


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