第四百話 グランデイル城の秘密の地下空間
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ここは………?」
金色の髪の少女、ティーナは薄暗い地下空間の中で目を覚ました。
ティーナは、自分の両目を何度も擦り。
目の前に広がる不思議な光景が、夢では無い事を確認しつつ。思わず驚愕の声を漏らしてしまう。
「この不思議な光を放っている壁は、まさか……?」
「――そうよ。その光はあなたもよく知っている、『電気』の照明による光なのよ。ウフフフ」
後方から突然、女の声が聞こえてきた。
振り返ると、ティーナの後方には一人の若い女性が立っていた。
雪のように真っ白な肌。鮮やかな金色が美しい、透き通るような細い髪。
かつてグランデイルの街に行商に訪れた際にも、そしてつい最近では、女神の泉での戦闘の際にも目撃した事がある……そのあまりにも美し過ぎる、特徴的な容姿を決して見間違える訳が無い。
そう――。ティーナの後方に立っているのは、現在のグランデイル王国女王、『クルセイス・ド・グランデイル』その人で間違いなかった。
「あなたは、クルセイス女王……!?」
「ウフフフ。そうよ。私はクルセイス。そしてあなたは、今から約17年前に私が殺し損ねた赤ん坊の『ティーナ・ド・グランデイル』なのね? まさか、あなたとこんなにも数奇な再会の仕方をするとは、全く思わなかったわ」
「私が『ティーナ・ド・グランデイル』……?」
聞き慣れない自分の新しい呼び名に、違和感を覚えるティーナ。
だが、聡明で賢い彼女は……すぐに現在の状況を理解して。自分の置かれている立場を整理する事が出来た。
コンビニ共和国で、執事のアドニスが目を覚ますのを待っていた自分は、おそらくグランデイル王国の手の者によって捕まってしまったのだ。
そしてグランデイル王城の中の、どこか見知らぬ場所に連れてこられてしまったに違いない。
ここにグランデイル女王であるクルセイスがいる事。そして今、私の事を彼女が『ティーナ・ド・グランデイル』と呼んだという事は、つまり……。
「では、やはり……。私にはグランデイル王家の血が流れていた、という訳なのですね」
目の前に立つクルセイスを睨みながら、ティーナは自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。
そんなティーナの様子を見て。
クルセイスは忌々しそうに舌打ちをすると。吐き捨てるように、侮蔑の言葉を口から出す。
「……フン。やはりあなたは、本当に何も理解していないようね? ただグランデイル王家の血を引くだけの者なら、そこら中に腐るほどいるのよ。あなたと私がその中でも『特別』な存在だからこそ、ここにいる事が出来ているという事に全く気付いていないようね」
「私が、特別な存在だから……?」
「そうよ。あなたの覚醒した『遺伝能力』が私達には必要だったから、誘拐してくるようにロジエッタに頼んだのだけど。まさかよくよく調べてみたら、私が過去に始末し損ねたもう一人の『血の継承』を持つ、グランデイル王家の血筋を引く女だったなんてね。カディナでこっそりとあなたが生き延びていた事を知った時は、流石の私もビックリしたわ」
クルセイスに挑発されるような言葉をかけられて。ティーナは改めて、自分の周囲を注意深く見回してみた。
静けさが漂う、薄暗く広大な地下空間の中の壁には、青白く光る『電気』の照明が無数に輝いている。
コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方と一緒に過ごしてきたティーナには、これが異世界の科学文明が作り出した、特殊な機械の放つ光である事が理解出来ていた。
この暗闇に包まれた地下空間の中には、魔法の力に頼らず。機械文明の発達した世界で作られた『照明』の青白い光が無数に輝いている。
そんな不思議な光が溢れている光景を見て。ティーナは自分が特別な場所にいる事を改めて理解した。
ここが本当に、グランデイル王城の地下なのだとしたら……。おそらく城に住む者が誰も踏み入る事が出来ない、『特殊な場所』に連れてこられた事は間違いないだろう。問題なのは、それが一体どこなのかという事だ。
「……ウフフフ。ここはね? グランデイル王城の地下に存在する『ゲート』の置かれた場所。その更に奥にあるグランデイル王家の『血の継承』の条件を満たす者しか入る事が許されない、特別な部屋なのよ」
「『血の継承』? それは一体、何なのですか?」
「本当に分からないの? あなたと私にはお互いに共通する項目があるでしょう? それを満たしたグランデイル王家の血を引く者だけが、この地下の最深部にある『お母様』の眠る場所に来る事が出来るのよ」
こちらを見下すように、邪悪な笑みを浮かべて笑うクルセイスの様子を見て。ティーナは必死に思考を巡らして考える。
コンビニの勇者の彼方からも、グランデイル王国の秘密については何度か聞かされた事がある。
グランデイル王国の地下には確か、遺伝能力を持つ王家の者にしか入れない『秘密の部屋』があると……以前、王城の地下深くに潜入した事がある、花嫁騎士セーリスさんが突き止めていた。
だとすると、ここは――まさか?
その『秘密の部屋』の中……だというのだろうか?
「ウフフフ。その通りよ、ここはグランデイル王家の中でも『選ばれし者』しか入る事を許されない特別な場所なの。……ねえ、お母様?」
クルセイスがニヤニヤと微笑みながら。視線をティーナの後方にある、真っ暗な闇に包まれた広大な空間へと向ける。
すると――今まで何も見えなかった闇の中に。
無数の光が照らし出され、天井から青い光のスポットライトが一斉にその場所に向かって浴びせられた。
広大な闇の空間の中に息を潜めていた存在の、そのあまりにも禍々しい姿が、無数の機械の照明の光によって照らし出される。
「――――!?」
闇の中から照らし出された、巨大な『ソレ』の姿を見たティーナは――思わず息を飲み込んでしまう。
暗黒の空間に浮かび上がって見えてきた存在は、あまりにも巨大で、そして邪悪で禍々しい姿をしていたからだ。
闇に潜んでいたのは、金色の髪に緑色の瞳をした美しい女性だった。彼女は下半身と両腕の先が壁に完全に埋め込まれていて。上半身と顔だけを壁の外に露出させていた。
だが……恐ろしいのは、その女性の『サイズ』だ。
壁から上半身だけを露出させている金髪の若い女性は、その見た目の大きさが普通の人間の約10倍以上はある。
それほどまでに巨大なサイズをした、まさに『巨人』と呼んでもおかしくない程の大きさの女性が、壁に固定されながら大きな目をギョロリと動かし。
闇の中からこちらにいる、クルセイスとティーナの2人をじっと見つめていたのである。
「まさか……!? あの壁に埋め込まれている、巨大な女性は……?」
「そう、あのお方こそ今から1300年前にこのグランデイル王国を統治していた当時の女王様。リルティアーナ・ド・グランデイル女性陛下なのよ。私はリルティアーナ様の事を、より親しく『お母様』とお呼びしているけどね」
「お母様ですって……?」
壁に体の半分以上が埋め込まれている、巨人サイズの女性がティーナの姿を見つけると。大きな瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
だが……古代のグランデイル女王であるリルティアーナは、決して言葉を喋る事は無かった。
その代わりに、その巨体の近くの壁に設置された巨大モニターに。赤色の大きな電光文字が映し出される。
『……ティーナと。『不死者』の勇者を。ゲートの前に連れて行きなさい。』
まるで映画館のスクリーンのような、巨大モニターに映し出された赤い文字を確認して。
クルセイスは一人で納得したように、頷いてみせた。
「――ハイ、了解しました。お母様! では、さっそく『実験』を開始するとしましょう。あの女神アスティアや、枢機卿様でさえ成し遂げられなかった偉業を、私達グランデイル王国が先に成し遂げるのです。歴史を陰からずっと支配してきた女神教を出し抜き、私達が先に完全なる『不死』なる存在を作り出そうとしているのだから、こんなにも愉快な事はないわ。ウフフフ」
愉快そうに高笑いを始めたクルセイスの姿を見て。ティーナはより一層、警戒態勢を強める。
薄暗いこの地下空間の中で、グランデイル城の地下に潜んでいた過去のグランデイル女王リルティアーナは、ティーナと『不死者』の勇者を、『ゲート』へと連れて行けと指示した。
……という事はつまり。やはりコンビニの勇者の彼方が予想していた通りの事が、これから起きようとしているに違いない。
クルセイスと、ここにいる古代のグランデイル女王は、『複製&移植』の能力を持つティーナの能力を利用して。
『不死者』の勇者が持つ、死んでも生き返る事が出来る不死の能力を、誰かに移植させようとしているのだ。
その結果、女神教が求める『不死』の能力を持つ存在を擬似的に作り上げ。その者を『ゲート』を使って、どこか別の異世界に送り込もうとしているのだろう。
ティーナは深呼吸を繰り返しながら、両目を閉じた。
そして、心から強く祈りを捧げる。
きっと、彼方様はここに私を助けに来てくれるに違いない……! だからその時まで、自分は絶対にここで生き延びないといけない。
そして、少しでも有益な情報を手に入れて。彼方様と再会をした時に、その情報を彼に手渡さなくては……と。
グランデイル城の地下深くに隠された、機械によって管理されている秘密の部屋の中で――。
ティーナは一人、コンビニの勇者の彼方が助けに来てくれる事を信じて。彼の到着を孤独に待ち続けていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――今から1300年前に、グランデイル王国の女王を務めていた『リルティアーナ・ド・グランデイル』。その人物が、グランデイル王城の地下に眠る通称――白アリの女王だというのですか?」
俺の問いかけに、ベッドの上で上半身を起こしているアドニスさんがコクリと頷く。
「ええ、そうです。彼女はグランデイル王家の『血の継承』を引き継いだ『遺伝能力』を持つ女王でした。ですがその能力があまりにも強大過ぎて、自ら歴史の表舞台から姿を消し。グランデイル王城の地下にある、秘密の部屋の中に篭られてしまったのです……」
アドニスさんの話によると。そのリルティアーナとかいう遺伝能力持ちの女王は、その後消息不明となり。グランデイル王家の歴史からも、女神教の歴史からも、完全に忘れ去られた存在となってしまったようだ。
だから女神教も、その古代の女王である彼女の存在を確認する事が出来なかったのだろう。
だが、グランデイル王家の一部には……。遺伝能力を持つ者がだけが入る事が出来る、地下の秘密の部屋についての情報が、密かに受け継がれていた。
そして過去から現在に至るまで、グランデイル王国を陰から支配する存在として。地下の奥深くで女王リルティアーナは君臨し続けてきたらしい。
「……ですが、アドニスさん。その古代の女王はどうやって1300年もの時を生き延び続けてきたのでしょう? ただ遺伝能力を発現しただけの女王に、女神教の魔女達のような『不老』の力は無いはずですよね?」
「その点については、私も詳しくは分かっておりません……。残念ながら私は、グランデイル王家に封印されていた過去の文献を調べ上げ。断片的に得た情報を、繋ぎ合わせた知識しか持ち合わせていないのです」
「そうですか……。でも、そんなにも謎に満ちた王家の隠された情報を調べる事が出来たのは本当に凄いです。アドニスさん。あなたは先ほど、自分は王家の遠縁の一族に仕えていた騎士だと仰っていましたけど。実はそれは、違うのではないですか?」
「……………」
俺からの問いかけに対して。
途端にアドニスさんは無言になり、沈黙してしまう。
おそらくそれは、アドニスさんの『正体』について。核心をつく質問だったからなのだろう。
アドニスさんは、あまりにもグランデイル王家の過去の情報についてを深く知り過ぎている。それらは、ただの護衛の騎士には到底知り得ないような、王家の秘密に満ちた情報ばかりである事は間違いない。
どんなに頑張ったとしても、個人で調べられる情報には限界があるはずだ。これだけ多くの王家の秘密を探り得る事が出来たという事は……おそらく、アドニスさんはグランデイル王家に深く関係する人ではないかと俺は思った。
つまり、アドニスさん自身も、グランデイル王家に連なる人物でないと。これだけの情報を得るのは、到底不可能だという推論が成り立ってしまう。
「……流石は、彼方様です。そうです、ご推察の通りです。この私は、グランデイル王家の血を引く者なのです。クルセイスによって殺害されてしまったティーナ様のご両親は、私の実の娘夫婦でした。つまりこの私は、ティーナ様の祖父に当たる人物という訳なのです」
アドニスさんは、遠くを見つめるようにして。
重い口調でその事実を俺に話してくれた。
おそらくアドニスさんは、自分が血の繋がった祖父である事をティーナにはずっと内緒にしてきたのだろう。
そして俺達が思う以上に、アドニスさん自身も娘夫婦を殺害し。一族を皆殺しにした、クルセイスに対して思う所があったのかもしれない。
「彼方様……私は、もうこの通り老体の身です。私に出来る事は限られております。ですがもし、この私の力になれる事がありましたら、何でも言って下さい。ティーナ様を……。いや、私の孫娘であるティーナをどうか、あなた様に救って欲しいのです!」
「分かりました。安心して下さい、アドニスさん。俺は今すぐにでもグランデイル王国に向かい、必ずティーナを救い出してきます! そしてティーナと再会したら、ぜひ本当の事をティーナにも伝えてあげて下さい。血の繋がった家族が生きている事を知ったら、ティーナはきっと喜ぶと思いますから」
アドニスさんは俺の顔を見て。
まるで息子を送り出す父親のような表情で優しく微笑むと。再び頭を深く下げて俺を見送ってくれた。
アドニスさんから多くの情報を得た俺は、急いで出発の準備を始める事にする。
そして頭の中では必死に、グランデイル王城の地下に潜むという白アリの女王『リルティアーナ』の事についてを考えていた。
アドニスさんは、俺にこう教えてくれた。
グランデイル王城の地下に潜む、古代の女王リルティアーナは、『無限複製』の能力を持つ遺伝能力者だと。
そうか――だとしたら……。
リルティアーナが1300年以上も、地下で生き続けてこられたのは……彼女自身の持つ能力が『無限』の力を秘めていたからかもしれない。
遺伝能力でありながら、『無限』の力を持っていたグランデイル女王、リルティアーナはおそらく……。
レベル100の上限を突破して、自ら『魔王化』をして『不老』の存在になってしまったんだ。
その事を女神教に悟られないように、グランデイル王城の地下にこっそりと隠れたに違いない。
もし『魔王種子』を持っている事を知られたら、女神教の魔女達に命を狙われてしまうだろうからな。つまり彼女は自らの命を守る為にも、ずっと地下で女神教への対策を準備し続けてきたんだ。
それで、あれだけの数の魔法戦士のクローンを用意していたのかもしれないな。手下であるクルセイスを操り、女神教に対して反旗を翻したのも。彼女が自分の命を狙う女神教という存在を、強く『敵対視』していたからだとしたら、全てに納得がいく。
「急がないと……早くティーナを救いに行こう!」
1300年も女神教に対して反撃の準備を進めてきた、元グランデイル女王である『魔王』が、この時代にとうとう動き出したんだ。
女神の泉で滅ぼされた、『白アリ魔法戦士』が敵の戦力の全てだったとは到底思えない。
きっと邪悪な怨念に支配された過去のグランデイル女王は、もっと凄まじい『何か』を用意周到に準備している気がする。
それが動き出す前に、早く、早く、俺のティーナを救い出さないと!
病院エリアを飛び出した俺は、すぐにエレベーターでコンビニの地上へと向かう事にした。